魔獣
一方、本艦で戦いを続けるジョン兵団長と水兵団員たちは、船尾に追い詰められつつも、王族を守りながら奮闘していた。
チョップの活躍と専守防衛に徹している事で、少兵なりに海賊たちと渡り合っている。
だが一方、敵の将帥であるバルバドスは、さも戦況に興味が無いとでも言わんばかりに舵輪にもたれながら、船首で退屈げにネイルの手入れをしている。
何を考えているのか全く読めず、ブサイクが色気付いている姿に、水兵団員たちはただならぬ不気味さを感じていた。
だが、その一瞬の集中力の低下が命取り。身軽な海賊兵の一人が船壁をよじ登り、真後ろからマルティニク王に襲いかかる!
「ヒャッハー! 偉そうなオッサンの首は貰ったぜえ!」
『しまっ……!』
「国王っ!」
ドンッ! とマルティニク王にタックルを敢行する、タキシードの男。執事長のケイマンが身代わりになって立ち塞がる。
「ケイマン!」
「くそがぁー! 雑魚が邪魔すんじゃねー!」
国王、姫様……、あなた方にお仕えできて私は幸せでした……。たとえここで果てることになろうとも、あなた方の盾になって死ねるなら本望です……。
死を覚悟して目をつぶるケイマン。そこへ容赦なく振り下ろされる海賊の曲刀。
だが。
「『空羽斬』!!」
ザンッ!
突如、飛来した真空の刃が海賊の側面を捉え、男はホッケの開きのように下ろされながら、ドシャッと甲板に崩れ落ちる。
命拾いしたケイマンが思わず横を振り向くと、隣の艦には空を裂く手刀を放った少年水兵の姿。
ケイマンを無事に救えた事に、チョップは屈託なくニコッと笑うと再び敵の方を向く。
「私を……、助けてくれたのか……」
執事長は、ずれた眼鏡を戻そうともせず、海賊たちを相手取って戦い続ける少年水兵の背中を見つめた。
ズバッ、ドバッ、ズバババシュッと、疲れも見せずに敵をズバって行く水兵チョップ。すでに兵数を半分に減らし、焦りが見える海賊団。
だが、なんの前触れもなく、チョップはガクッと片膝を付く。
グロロロロロロロロロロ……!
地の底から響くような、魔獣の唸り声のような音が辺り一帯に響き、チョップは胸の辺りを押さえて苦しみ出した。
「来たか……。鎮まれ……。頼む……、鎮まってくれ!」
『何だか知んねぇが、今の内だーっ!』
『ぶっ殺せーっ!』
好機と見た海賊たちは曲刀を振り上げて、一斉にチョップに躍りかかる。
「チョップくん!!」
隣の艦から、その危機を見たマルガリータ姫は思わず声を上げる。
「くっ!」
チョップは腹部を押さえながら立ち上がると、船室の入り口に走り、ドアを開けて中に転がり込んだ。
『は!?』
少年水兵の突然の行動に、訳が分からず甲板の上で呆然とする海賊たち。だが、次の瞬間。
ドバン!
ドアを開け放って現れたチョップ。その手には七面鳥の丸焼きが握られていた。
その脚をもぎ取り、モシッとかぶり付く。絶妙な焼き加減で柔らかさを保ったモモ肉。口一杯にあふれ出る肉汁、ハーブ塩で焼き上げた香ばしい風味にチョップは満足げに舌鼓を打つ。
あ然とする海賊たちを尻目に、胸身、あばら肉、手羽、腰肉とケンチキンのように部位を切り分け、再び嬉しそうに頬張るチョップ。
モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。
「おい、お前……、何をやってる……?」
モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。
モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。
「うおいっ!」
「……ご飯を食べてるんですよ。見て分かりませんか?」
「……何でメシを食うんだ?」
「昼ごはんがまだだからです」
「それは俺たちもそうだが、何で今メシを食うんだ?」
「お腹が空いたからです」
「いや、それはそうだろうが、何で戦いの最中にメシを食ってるのかって訊いてんだ!」
すると、チョップはプッと鳥の骨を吐き出し。
「僕の戦闘法は、すごくお腹が空くんですよ」
もういいですか? と言わんばかりに、再びモシャモシャと七面鳥を貪るチョップ。
「なあんだ。さっきの音って、お腹が鳴っただけだったのね」
「団長、アイツあんなことやってますけど……」
「懐かしいなあ。ナックルさんもあんな感じだった」
と、遠目に眺めながら語らう、マルガリータとトーマスとジョン。
モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。
『いいかげん、食うのを止めろぉ!』
ドバババババッ! と発砲する海賊たち。チョップはそれらを躱しながら、軟骨までコリコリと美味しくいただくと、手裏剣のように鳥の骨を投げて海賊たちに直撃させる。その隙にチョップは右腕を振りかぶってタメを作る。だが、背後に現れる巨大な影。
ブオンッ!
「わっ!」
頭を狙って襲いくる風圧をとっさにしゃがんで避けると、続けざまに降ってくる黒い塊を飛び退いてかわす。
ドキャッ! と甲板を穿った黒い塊の正体は、丸太のようなトゲつきの巨大な金棒。チョップの目の前には鬼のような大男がそびえていた。
「ぐわっはっはっ! 俺様は魔導海賊団の幹部。賞金首『牛殺しの大巨人』たぁ俺様の事よ!」
スチールウールのようなロン毛を振り乱し、グオンブオン、グオブオンッ! と重さを感じさせない速度で鉄棒を振り回す。何しろこの男、素手で闘牛の首を捻じ切る怪力の持ち主。
ドゴオッ!
チョップは振り下ろしをわざとギリギリで避けると、甲板にめり込んだ金棒を片足で踏みつける。牛殺しは再度攻撃を仕掛けるべく、水兵ごと棒を持ち上げようとするが。
「むっ? なぜだ、棒が動かん……?」
男はぐおおおおーっとあらん限りの力で金棒を動かそうとするが、足一本で完全に押さえ込まれ微動だにしない。
「まさか、この俺様が力勝負で負けるだと……!?」
対するチョップは、無言で手刀を構え。
「やめ……!」
ガヒュッと切り落とされた大男の首は、ゴトリと音を立てて床に転がる。残された胴体は立ったまま、たった今まで生きていた証を示すようにドクドクと血を流した。
『キョーッ!』
感傷に浸る間もなく、奇声を上げて襲来する影!
チョップは大男の死体を蹴って、三角飛びからのバック宙で攻撃を捌くが、さらに側面からもう一つの影!
空中で手刀を放ち、敵の刃を叩き折るも手応えはない。ズザザッとチョップは着地しながら敵に相対する。
「キョキョッ、これも避けんのかぁ……」
「キョッキョッキョッ、さすがは『牛殺し』を殺すだけあって良い動きしやがるぜぇ……」
二刀流の手持ち鎌を携えた二人組の小兵は、奇妙な笑い声を上げながらチョップの前にその姿を現す。
「キョーッキョッキョッ! 俺たちゃ賞金首、『瞬殺の死神』ことキラーゴ兄弟よぉ」
「キョキョキョッ、俺たちの速さについて来れるかぁ?」
ヴゥン! と、残像を影絵のように揺らめかせ、同時に姿を消すキラーゴ兄弟。だが。
ヴゥン! ザクッ!
「ぐぎゃあああああっ!」
影をも掴むスピードで動いたチョップは、敵の片割れを手刀で捉えて袈裟斬りにする。
「まさか……、俺の速さを上回るとは……」
絶命するキラーゴ兄。しかし、もう一人の死神の鎌が、死角からチョップの首を掻き取ろうとする!
が。
ドボオッ!
「ぐぼっ!」
チョップは気配だけでそれを捕捉し、後ろ蹴りで吹っ飛ばす。さらに。
スヒュン! ズバッ!
「ごぎゃあああああっ!」
追い討ちとばかりに、前方宙返りをしながら後方に真空の刃を飛ばし、キラーゴ弟を真っ二つにする。
瞬殺とはまさにこの事。
力と速さ。海賊幹部との戦いは、結果チョップの恐ろしさを知らしめるだけのものとなった。
「あの強かった幹部たちが、あんなにあっさり……」
「ば、化物……」
ザコ海賊のつぶやきを聞いたチョップは、餓えた鷹のように敵陣を睨み付ける。怯えながらじりじり後退する海賊たち。
「『船割り』!!」
ズヒュッ……、ドガバアアアアアーーーーーンッ!
『うおわあああああーーーーーっ!』
『どわわあああああーーーーーっ!』
黒船はアケビを割るように縦一閃で断ち斬られ、海賊たちを巻き添えに海の藻屑と消えていく。
沈み行く船を背後に、チョップは最後の副艦の甲板に降り立った。
「まだ、やりますか?」
「ひ、ひいぃ~……」
右手だけで人を屠る殺人術に加え、この状況下で飯を食う胆力と、幹部すら全く相手にしない戦闘力を見せつけられ、戦意を喪失した海賊たち。
中には船を飛び降り、海上に逃げようとする者まで現れる。だが。
「『水の手』」
海面が盛り上がり、海水で出来た複数の巨大な腕が、逃げた海賊たちを捕らえる。そして。
『ぎゃあああああっ!』
『うぎゃあああああっ!』
ベキッ、ボキゴキグキ、グチャッ!
掴み上げた海賊を水圧で握り潰すと、船の上に叩き戻す。
「逃げた奴は殺すって言ったでしょう? 我の手を煩わせんじゃないわよ」
それが人間であった事など認識出来ないような、赤黒い肉塊が甲板に転がる。あまりにも凄惨な処刑執行に、敵も味方もチョップですらも声を失う。
水を打ったような静けさの中、一瞬で場の空気を変えた海賊提督は隣の艦の手下たちに告げる。
「オッホッホ……。我が率いる魔導海賊団は世界最強。我がいる限り敗北の二文字はないわ。貴方たちもその一員を誇るなら、男もアソコも奮い立たせなさいな」
『ヒャッハー……』
「って、元気ないわねえ……。報酬が足りないというのなら、勝った暁には西海洋の島を一人一個ずつくれてやらなくもないわ。押しも押されぬ一国の主、悪くないでしょう?」
『ヒ……、ヒャッハーッ!』
「そうよ、好きな事やって遊んで暮らせる国王様。気に入らない奴は皆殺し、国の女は全て自分の物。食いきれない飯、飲み尽くせない酒、使いきれない程の金! この世の快楽の全てが貴方たちの物よう!」
『イーーーーーヤッッッハーーーーー!!』
部下の恐怖心に更なる恐怖で上塗りし、圧倒的な報酬でそれをねじ伏せ、欲望を煽る事で再び闘争心に火を点ける。
人心を粘土細工のように操る術を心得た、魔導海賊バルバドス。
チョップを化物と評すなら、この男の魔性も埒外の怪物。
良い感じに脳内麻薬が海賊たちに回った所で。
「今こそ貴方たちにあげた、『魔導薬』を使う時よ。無敵の戦士にお成りなさい!」
バルバドスの怪しげな命令を受け、手下たちはピストルの弾のような形の薬を取り出し、ズボンを下ろして『おうっ!』『あおっ!』とうめきながら、一斉にそれぞれの尻の穴に突き刺す。
すると。
『ぐおおおおおっ……!』
『があああああっ……!』
海賊たちに異変が表れる。全身の筋肉が膨れ上がり、と同時にびっしりと灰色の毛が生え、ハイエナのような身体へと変わっていく。
『ヴォオアアアアアーーーーーッッ!』




