結婚パレード
それから、三ヶ月の時が過ぎ……。
その日、サン・カリブ王国の城下町では、早朝から大きな賑わいを見せていた。
王城から西の港に連なる街道沿いには黒山の人だかりができ、国民たちが列をなしてその時を待っている。
熱帯地方の色鮮やかな花に彩られた馬車が、白馬に引かれて城門から現れるやいなや、ワーッ! と大きな歓声が沸き起こる。
それもそのはず、今日は王女マルガリータ姫の輿入れの日。サン・カリブ王国ではパレードが催されている。
空は雲一つなく、これ以上ない快晴。今日という日にふさわしい、まさに婚礼日和である!
「嵐だったら良かったのに」
「こらっ!」
天気に対し、文句をこぼすマルガリータ姫をとがめるマルティニク王。
客車がオープンになっている四輪馬車、天蓋は花のアーチで形作られ、どの方向の観客からも王女の姿が見えるような造りとなっている。
サン・カリブ島の名産『サン・カリブ絹織り』で拵えられた純白のドレスは、はるか極地でしか見られないというオーロラのような七色の輝きを放っている。
それを纏った彼女の姿は、女神かと見紛うばかりの美しさ。だが、気の進まない婚礼を前にして、その表情は当然曇っている。
その横には、父親のマルティニク王と執事長のケイマンの姿もある。
「姫、その顔はNGですぞ」
「せっかく、皆の者が集まっておるのだ、もっと笑顔を見せてあげなさい」
「はーい……」
父にたしなめられたマルガリータは、観に来てくれた国民たちに手を振り、表面上は愛想を振りまく。
マルガリータの思惑はともかく、祝賀ムードに包まれて、馬車はゆっくりと西の港へと向かっていった。
「キャーッ! 姫様ー!」
「こっち向いてーっ!」
「危ないから、白線の内側まで下がってくださーい!」
「皆さん、落ち着いてー!」
少しでも近くで王女の姿を見ようと観客たちが押し寄せるが、警備についている水兵団員にグイグイ押し戻される。
ギャラリーの中には、先立ってマルガリータがワンピースを買い求めた服屋の色っぽい女主人と、居酒屋の前で一悶着あったハゲ・ヒゲ・眉毛の大工の棟梁が並び立っている姿も見えた。
「姫様……、素敵なドレスを召していらっしゃるわ……」
「そうですね、やはり結婚式はいつ見ても良いものです」
大工の棟梁は、普段のガサツさを封印しつつ、達磨大師のような顔にイケメンな雰囲気を醸し出しながら。
「服屋さん。もし良かったら、ボクたちも姫様にあやかって、結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか?」
棟梁の一世一代の告白に対し、服屋の女主人は。
「でも、姫様が結婚してしまうなんて、ポンコツちゃんは落ち込んでないかしら…………はっ。傷心の彼に大人の女性の包容力で慰めてあげたら、いい感じになるんじゃ……って、ダメよダメよ、失恋したところに付け込むなんて卑怯だわ。歳だって親子くらい離れてるじゃない。何て事考えてるの、私のバカバカ!」
「あのー……、服屋さん?」
いやんいやんと妄想にふける彼女は、ちっとも話を聞いてはいなかった。
さらに、先日迷子になっている所を助けてあげた女の子、ロアたんの母子も観客の中に混じっている。
『お姫様、素敵だわ……、とてもお幸せそう……』
『一番の大国である帝国の、さらに皇帝が結婚相手なんて、これ以上の組み合わせはないよな!』
『今までいがみ合っていた帝国と同盟関係になるんだ。これでサン・カリブ王国も安泰だ!』
馬車上にあるマルガリータの神々しい姿を見て、周りの観客は大いに盛り上がるが。
「ねえ、お母さん。お姫さまって、あたしを助けてくれたお姉ちゃんだよね?」
「ええ、そうよ。まさかあの時の方が姫様だったなんてね……」
「お姉ちゃんは全然嬉しそうじゃないよね?」
「これ、なんて事を言うの」
慌てて、ロアたんの言葉を遮ろうとする母親。でも、どうしても納得がいかないロアたんは。
「ねえ、お姉ちゃんは何で、帝国の人とけっこんするの? あの面白い顔のお兄ちゃんとじゃないの?」
ロアたんのお母さんは、苦い顔をしながら政略結婚の事を噛み砕いて説明する。
「姫様はね、私たちのために帝国の皇帝と結婚するのよ」
「なんで? けっこんって、とっても大好きな人とするんじゃないの? お姉ちゃんはお兄ちゃんと仲良しなのに、なんでけっこんできないの? かわいそうだよ!」
ジロリと周りの者から睨まれるロアたん親子。せっかくのお祝いのムードに水を差すような格好になり、すいませんすいませんと頭を下げる母親。
しかし。
「……いや、その子の言うとおりだ」
観客の男性が、ポツリとつぶやく。
「正直、俺たちもこの結婚が姫様の望む物ではないのは分かっているんだ」
「私たちも、無理してお祝いしてるように見せているんだ。本当は、あんなクソ帝国のクソ野郎なんかに嫁いで欲しくないのに!」
「姫様が帝国との争いを止めるために、自分を犠牲にしてくれてるんだ……。俺たちのために……」
ロアたんが投じた一石に、正直な気持ちを吐露する国民たち。
理解を示してくれた人々に、ロアたんの母親は。
「今の私たちにできることは、姫様の今後の幸せを願う事しかありません。皆さん、せめて姫様の門出を、精一杯お祝いしませんか?」
「……そうだな、姫様を応援するか!」
『姫様ー! 頑張って下さーい!』
『姫様ー!』
その意見に同調した彼らは、マルガリータ姫に向けて声援を送る。
それが耳に入った姫は、声のする方にニコッと微笑みかける。
「あっ、お母さん見て、見て! お姉ちゃん、笑ってくれたよ!」
嬉しそうにはしゃぐロアたんを、母親はギュッと抱きしめながら、遠くへ流れていく馬車を、涙を浮かべて見送った。
本来、サン・カリブ島から東の大陸に向かう場合、水兵団船が停泊している東の港から出港する方が効率がいい。
だが、パレードを広く国民に見せるために、城下町を経由する必要があるという帝国からの提案と、最後にサン・カリブ島をぐるっと外周しながら見ておきたいという、マルガリータの希望が合致した事により、一行は西の港からの出港を予定している。
そこには結婚式に参列する、サン・カリブ王国の重鎮及び大臣たち。そして、水兵団からはジョン=ロンカドル団長以下、二十部隊の隊長・副隊長が燕尾服をまとって勢揃いしていた。
しかし、それを見て、落ち着きなくキョロキョロとするマルガリータ。
「あれ? チョップくん、どこにいるの……?」
*
「えーっ!? チョップくんは来ていないのですか?」
出港を間近に控えた西の港に、マルガリータ姫の声が響く。
「わたしは団長さんに直接お伝えしたはずですよ? 帝国までの護衛には、ぜひチョップくんをお願いしますと」
「申し訳ありません、姫。実は……」
「ワシがそう申し付けたのじゃ」
ジョン兵団長につかみかかりそうな勢いの、マルガリータの元に現れたのはマルティニク王。
「お父様……」
「そのチョップという水兵を連れて行くのは、トラブルの元になりかねないと考えたのでな。今回の渡航からは省かせてもらった」
「トラブルだなんて、チョップくんはそんな事しませんわ」
「念には念を入れて、西の港には出入禁止とも伝えてある。ヤケを起こして花嫁を奪いに来ないとも限らないからな」
「そんな事まで……」
「申し訳ありません、『王様の命令は絶対!』でありますゆえ……」
マルガリータは深々と頭を下げる水兵団長と、尊大な態度を見せる父親をにらむと、ぷんぷんと怒りのオーラを放ちながら、帝国から迎えに来た黒船にさっさと乗り込む。
「すまなかったな団長。お主には損な役回りをさせた」
「いえ、王のお気持ちは分かりますので」
「変にいつまでも一緒にいたら、未練が残るからな。どうせならきっぱりと別れてもらった方がよい」
マルティニク王は、ふーっと大きなため息をついて空を仰ぐと。
「この結婚は国のためにも、国民のためにも、必ずや成功させなければならん。ようやくここまでこぎ着けたのだ、絶対に帝国に疑念を抱かさせぬよう、慎重を期しておかねばな」
「御意」
約百人からなるサン・カリブ王国の婚礼の一団は、帝国の五隻の黒船にそれぞれ乗船する。
ジャーン……、ジャーン……。
銅鑼の音を鳴らして艦が離岸すると、最後の見送りに来ていた観客たちから、ワーッ! と歓声が上がり、湾岸に横隊している全ての水兵団員は、スチャッ! と一糸乱れぬ敬礼をする。
恙無く国内のパレードを終えた一行は、追い風を受けながら東の海上。そして、皇帝が待つバミューダ帝国へ向けて出発した。