第79話 夢と未来
仲間との世界をめぐる旅はとても楽しかった。
世界の果ては今だに見えずに、毎日が新しい事の出会いに溢れていた。
ルナを中心とした獣人たちの生活範囲は順調に広がっていると報告を受けている。
ルナネクサス全土に人々が到達するのはまだまだ先だろうが、確実に繁栄の時代を迎えようとしている。
時の流れは皆に訪れる。
俺と共に旅をしてくれた仲間にも、とうとう立ち止まらなければならない日が訪れる。
「メリウス様、申し訳ございません。この老骨、もう共に歩くことは叶いません……」
なんでもない獣との戦いで傷を受けてしまったカイン、傷自体は大したことは無いが、すでにその体は老い、思うように動かないと本人に自覚させた。
「メリウス、私もね、以前みたいに動けなくなってきた……」
「旦那様、私もそろそろ無理は……できないようです」
皆、歳を重ねるのだ。
俺以外……
「今まですまなかった。しばらくはこのあたりでゆるりと暮らそう」
「謝らないでくださいメリウス様、私は心の底から幸せでした」
「そうだよ、みんなで旅して、色々なものを見て、感じて、メリウスと歩いた日々はどれも幸せだよ」
「旦那様、どうか涙を拭いてください。ご一緒できるその最後まで、おそばにいさせてください」
俺は、仲間たちの最期の時まで、家を作り、のんびりと過ごした。
一つの場所に留まって暮らす生活も、仲間のおかげでとても楽しかった。
毎日その日に獲れた獲物や野菜をいただき、過去の思い出を語ったり、その思い出を書に書き示したり。こういう暮らしを過ごす選択もあったなぁと、穏やかに過ごした。
皆、笑顔で旅立っていった。
明日、ここをでて俺は、まだ旅を続ける。
この世界の果てまで、俺は旅を続ける。
皆の弔いを済ませ、明日旅立つ思い出の家で、眠りについた。
……夢を見た。
光に包まれた場所に、俺は浮いている。
よく見れば、天も地も数多の星々が浮いている。
「ここは……」
『久しぶりじゃなメリウス』
気が付けば目の前に赤い宝石が浮いている。そしてその宝石が自分に話しかけてくる。
「……貴方は?」
『そうさな、大神様、そう呼ばれるものじゃ』
『ようやく大神様の場所へ至りました』
石の隣に女性の姿がある。光の集合体のようなその姿、その声には覚えがある。
「ルナ、か。とうとう見つけられたんだな」
『いつぶりかのぉ……メリウス、お主は本当にやり遂げてくれたんだな』
俺は貴方を知らないと答えようと再び石を見ると、その場には老人の姿が在った。
鏡の中の老人、メリウスが遠き地にて出会ったあの人物だ。
「あなたは、鏡の……」
『そう……お主が賢者の石に願ってくれた世界、そこにいた愚かな老骨。それが大神の正体……
自らをそのように呼ばせることもおこがましいがな……』
「いったいどういうことなんですか?」
『遥かなる太古の昔、邪神が現れるよりも遥かに古い時代、世界を混沌に落とした愚かな魔術師がいた。
その魔術師は世界の平和を愚かなことに自らの手によって作り出そう、生み出そうとした。
その結果は、最悪じゃった。
この世に存在するありとあらゆる厄災を呼び出し、手に入れたのは小さな小さな希望の光、わずかな願いを叶えるだけの小さな石。
それと引き換えに世界を恐怖の闇で包み込んでしまったのだ。
しかも、その石は自らで使用が出来ない、誰かが訪れるのを待つことしかできなかった。
世界を包み込む闇が、世界中を不幸にしていく姿だけが流れ込んでくる、その状況でただただ待つことしかできなかった。
悔しくて悔しくて、辛くて辛くて、それでも何もできない。そんな日が続いた。
そして、とうとう私の元に一人の男が現れた……』
「それが、俺だったんですね」
老人はゆっくりとうなづく。そして俺の目をまっすぐと優しい瞳で見つめてくる。
『そうだ、メリウスは立派に世界を救ってくれた。
そして、私は消えるはずだった……
しかし、消えなかった。それどころか世界の願いを叶える圧倒的な力に触れたことで、真理の一部を知るに至ってしまった。そう、知ってしまったのだ。
そして私は、不死の存在となった。
人間社会にかかわることを恐れた私は、誰も寄り付かぬ秘境の奥で静かに自らの知識を書に起こしたりしながら悠久の時を過ごしていた。
時折覗く人間の社会は……また、汚れてきてしまった……
せっかくメリウスが存在をかけて綺麗にした水は、また濁ってきていた。
……そして、私は神のまねごとをするようになった。
人間に知恵を与えていった。
生活が豊かになれば、人々は争う必要がなくなる。
そう、信じていた。
結果は、その幸せを独占しようとするものが現れ、争いは消えなかった。
それでも私は信じていた。いつか分かってくれると……
人間の文明に合わせて知恵を与えて、どんどん人間の生活は豊かに便利になっていく、争いは形を変えていたが、消えることは無かった。
武器による闘争から、情報や経済を利用した闘争……
戦いから成長も生まれることもある、しかし、私は悲しかった。
そして、自らの理想を形にする研究を始めた。それがルナ計画だ。
邪心を持たない動物を進化させて、生活させて、そんな風景を眺めて心の平穏を取り戻していた。
しかし、私が現実から目を背けている間にも人間は進化を続けていた。
独自で研究し、技術を開発し、世界を我がものとして利用していた。
大地の恩恵を自分たちでコントロールしようとし、自然をないがしろにしていった。
私も含めて、人間は最後の瞬間まで気が付けなかったのだ。
この大地も、この星も生きているということに……
星の中心に莫大なエネルギーがあることに気が付いた人間は、そのエネルギーを利用しようと躍起になって各国が競い合った。
地面を傷つけ、海を汚し、空気を汚染した。
そして、あの日が訪れる。星は、人間を完全な敵とみなしたのだ。
そして星によって生み出された対人間用兵器、それが邪神。
邪神の力は圧倒的だった。巨大なこの星が、自らを脅かす存在に放つ最後にして最高の攻撃。
決して倒すことはできない、もし、倒しても、それは星の終わりを意味する。
どっちにしろ、滅亡だ。
その事実に気が付いた私は人間たちにその事実を伝えた。
しかし、人間たちは莫大なエネルギーに目がくらんで、あろうことか力を合わせて邪神を倒すなどという結論を出した。
私は、人間をあきらめた。
そして、ルナを違う次元に逃がすことで、この星から生命を保存した。
もちろん邪神の追撃は執拗を極めた。
私は、星の存在に訴え続けた。しかし、邪神とその兵はこの星の上のすべての人間を消し去るまで、止まることは無かった。
私は星から離れるしかないと判断をして、空へと旅立った。
そして、空で研究をつづけたのだ。
長い長い時間が過ぎた……星の上から人間が消え去って、邪神やその兵たちが滅んで、さらに長い長い時間を経て、私は君を見つけたのだ』
「俺を……」
『君の存在は、私と似ていた。残念ながら願いを叶える力の直近にいたため、私のような存在にはなれずに消えてしまっていたが、その粒子のようなかけらを観測したときには歓喜したよ。
この体は、次元を渡れない、君を蘇らせて、君にルナを救ってもらおう、私はそう考えた。
そして、さらに長い長い日々を、大海に落とした砂を拾うような作業を続けた……
もう、どれほどの時間がたったのかわからないが、君をよみがえらせることが出来た。
そして、あとは君の方が知っているな?』
「森で目覚めて、カインやプリテに出会い、たくさんの獣人を助けて、この星に戻ってきた。
そうか、俺も、あんたと一緒でもう死ねない体になっているんだな……」
一人になって、これからも旅を続ける気ではいたが、悠久の時を一人で生きる孤独感は、目の前にいる老人のように辛い旅になる事が容易に想像できた。
『人に、人間にもどりたいかメリウス?』
「戻れるのか?」
『お主のおかげでわしは願いを叶えた。お主の願いを叶えてやらねば、罰が当たるでな……
メリウス。お主は選択することが出来る。
一つはお主もわしの元にきて、皆の生活を見守り続け、永遠を生きていく人生。
もう一つは、不死の存在として、世界を旅して生きて行く人生。
そして、最後は人として、獣人達と生きて、死ぬ人生』
「最後で」
『早いな、迷いはないのか?』
「ない」
俺の見つめる目から目をそらすことなく老人はにっこりとほほ笑んだ。
『お主ならそう選ぶと思っておった。
メリウス、世界はまた一つ形を変える。
ルナが作り上げた因子は空気に、大地に、海に生き続けている。
いずれ精霊のような存在となり、世界を監視し続ける。
獣人の中には精霊と触れ合うものもいるだろう、その力を利用する者も出てくるじゃろう。
しかし、精霊の本分は世界の監視だ。
あの星に害をなすような行いをする物には、相応な罰が下るだろう。
わしは、わしの可愛い子供たち、獣人達にあの星で穏やかに暮らしてほしい。
再び邪神を呼び起こすことがないように、ワシは監視者としてこの世に生きていく。
神の奇跡を起こすことは無い、ただ監視し、違反者には罰を与えるだけの存在だ。
そのことを、皆に伝えて、決して忘れないように受け継いでほしい』
「わかった。貴方の想いはきちんと伝える」
『……メリウス、本当に世話になった。お主の余生、幸せに溢れたものになるように高き空より祈っておる』
暖かな光が、俺の体を包み込んでいく。
『そうじゃ、ルナの中身は全て大地に転移して、ルナの機能はこっちで掌握するぞ。
まぁリューとかアンとかドワあたりがすぐにネットワークを構築するじゃろ。
あ奴らは優秀な子供じゃからな』
「……でもあいつらはもう……」
『礼代わりのサービスじゃ、お主が最も望む時に送ってやる。おっと、答えんでも良いぞわかっておる。
ワシとの記憶は皆に伝える言葉以外忘れる。世話になったなメリウス。
お主は、誠の世界を救った勇者じゃった!! 幸せにな!』
その言葉に、返事をしようとすると、意識が、途切れた。
目を開ける。目の前には見慣れた天井がある。
体が動かない、何かが自分に巻き付いている。
周囲を見渡すと、プリテとシャロンが俺の体に絡みついて寝息を立てている。
「ああ、そうか、結婚式を終えて……いてて……飲みすぎたな……」
ポロリと何かが顔から落ちた。赤い宝石だ……
「……???? …………まさか!!」
慌てて身を起こしてプリテとシャロンをはぎ取って鏡を見る。
自分の額にあった宝石がきれいさっぱりなくなって、まるで最初から何もなかったかのような自分の顔に戻っている。
「変な光も消えているな……それに……」
壁においてあった剣が、仮面に戻っていた。
しかも、念じても何をしても仮面から形が変わらなくなっている。
仮面の額にちょうどいいくぼみがあるので石をはめてみた。
「おお、ぴったり! って、ふざけてる場合じゃないな……あれ? ん! ぬぐぐ!!
は、外れない!! ぐぬっ!! この!!」
どんなに頑張っても宝石と仮面は一つになって外れない、その後、いろんなことをしてみたがこの仮面と宝石は決して離れることは無く、そして壊れることもなかった。
「メリウス様おはようございます。どうかされましたか大きな声を上げて?」
「ああ、カインか、重要な話があるから全ての獣人を集めてくれ」
「はい、すべての獣人ですね」
「……ん? なんで……今俺はそんなことを……いや、伝えなければならないことがあるな……」
飲みすぎたのか、記憶が混乱している。
絶対に伝えて受け継いでいかなければならない『言葉』がある。
「メリウス……元気じゃの……酒は残っておらんのか?
ん? なんじゃ男前になったのぉ」
「フー、なんか朝になったら取れた。しかもあの剣がこれになってた」
「懐かしいですねその仮面、メリウス様と出会った頃を思い出します」
「あれー、なんでメリウス額の取れてるのー?」
「メリ、旦那様、さらに男前があがりましたね」
「みんな、おはよう。自分でも何が何だか……」
「メリウス悲しいの?」
「え?」
気が付けば、瞳から一筋の涙が流れ、それをきっかけに涙が止まらなくなった。
悲しいわけではない、心の中には喜びが満ち溢れていた。
俺は全ての住人の前で演説を行った。
この星、いつのまにかルナネクサスの地を星と呼んでいたが、この星には精霊が住んでいて、いつも俺たちを見守っている。ただ、同時に監視もしている。この地にあだなすものには罰が当たるだろう。
いずれは精霊たちの声を聴ける者もあらわれるかもしれないが、隣人として友としてその力を借りるといい、繰り返すが、精霊たちは俺たちを見ている。精霊に恥じないようにこの星で生きていこう。
そんな内容のことを話した。
正直、なんでそんなことを話したのかは、自分でもわからない。
それでも、生活をしていて、ふとした時に何かの気配を感じることはある。
魔力の素因が強いものは、すでに精霊の力を利用して火を起こしたり風を起こしたり出来ているらしい。魔石と異なる機序の減少に研究員たちは燃えていた。
ルナは消えた。
リューもアンもドワも原因を探っていたが、何もわからなかった。
忽然と姿を消した。
ルナの内部にあったものは大地としてルナネクサスの一部となっていた。
これからこの星を探索するのは全て自分たちの手で行わなければならないが、研究所のみんなは逆に張り切っていた。
俺とプリテ、シャロンの3人は幸せに暮らしている。
子供にも恵まれ、……過ぎてもう8,9人目が二人のおなかの中にいる。
フーも相変わらず家族に囲まれ、弟子に囲まれ幸せそうだ。
カインは、実はプレイボーイで来るものを拒まず、去る者を追わず俺の右手となって働いてくれている。羨ましいなんて言ったら二人に怒られるな。
俺の手には二人いれば十分すぎる。
美しい星、ルナネクサス。
この大地で、俺はこれからも充実した人生を歩んでいくだろう。
俺の旅は、ここで一区切り。
この世界の果てを見るのは、俺の子供たちやそのまた子供たちがやってくれる。
俺は、皆が笑顔で暮らせる世界を作ったのだ。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
最終話が説教臭くなって、急展開すぎてもうしわけないです。
まだまだいろんな話を書いていきます。
もしよろしかったらお付き合いください。
ありがとうございました。




