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第二話 記憶のカケラ

 メリウスは未だに森の中を歩いていた。

 気がつけば持ち物も増えていた。

 水を入れた植物を利用した水筒、皮を剥いて齧れば甘みの出る枝、食用可能なキノコや山草類、こすり合わせるとしょっぱい味の粉が出る石、こすり合わせることで火花を放つ蔦、ソレに巻きつけて火種とする綿毛のような植物、そしてそれらを収納する大きな葉と細い葉を織り込んで作られたカバンだ。

 すべてこの森で石などを細工道具にこしらえたものだ。

 穴を開けやすい石、切込みを入れやすい石などは大切に取ってある。


「これは……夜を越すことを考えたほうがいいな……」


 少し日が傾いてきてしまった。

 獣道は残念ながら終りが見えない。

 このままもしかしたら森を抜けられる事を当てにして先に進むより、木漏れ日の光がある内に夜に備えた方が良い。メリウスはそう考えた。

 色々なものを作っている間に、自身の技術と知識に少なくない自信を持てたことも大きい。

 夜の備えもすでに幾つかの案が浮かんでいる。


「フフフ……こんな状況なのに……少し心躍っているんだな俺は」


 メリウスは当然最初は戸惑っていたが、今は森の中で零からいろいろな準備が整っていく感じに心地よさを覚えていた。


「こんな生活を、記憶を失う前の俺は、望んでいたのかもしれないな……」


 獣道の脇のヤブを木切れで整備して空間を作る。

 周囲の枝葉を組み上げて簡易的な雨よけを手慣れた手つきであっという間に組んでしまう。

 身体を横にして休める空間を作ったら、すぐに火を起こす場を作る。

 周囲を探れば手頃な石もすぐに見つかる。

 形の良い物を組み上げて、いい具合に乾いた木々に火種から移しやすい細かな枝もすぐに集まる。

 水筒にも利用している節を半分に割れば、それが鍋の代わりにもなる。

 蔓をすり合わせ、毛球に火を起こし小枝と葉にあっという間に火を移す。

 順序だって組まれた木々はすぐにパチパチと大きな火へと変わってくれる。

 

「暖まるな。炎は人の営みの象徴だな」


 周囲にも囲うように木々で壁を作り炎の熱が場を暖めてくれる。

 森を歩いて手に入れた山菜類にその場で潰した香辛料代わりの木の実、それに岩塩をこすり合わせれば、見事な山菜のスープが出来上がる。

 ふつふつと湧いているスープからは腹の虫を刺激するいい香りがする。

 筒を割っただけの鍋兼食器に、木の皮を利用したさじで少し味見をする。


「おお、いい塩梅だぁ」


 キノコや山菜の味わいに香辛料の風味、そして優しい塩味。

 

 ゴロゴロゴロ


「はっはっは、お前も早く食べたいか!」


 腹がとんでもない音を立てる。

 食事の香りをかいで自らの空腹に今更ながらに驚いてしまうほどだった。


「いい頃合いだ。頂きます」


 自然とてを合わせ、自然の恵みを口に入れる。

 

「……旨い」


 それ以上言葉が出てこなかった。

 2つの節に作られたスープを、無言で腹に流し込み続ける。

 厚手の葉を重ねて鍋を持ち上げて、その最後の一滴まで身体に取り込んでいく。

 一心不乱。

 最後の最後まで、一言も発することなく、夢中で食べ続けた。


「ごちそうさまでした」


 静かに器を置いて手を合わせる。

 体中に森の力が流れ込んでいるような気がする。

 身体が自らの力で熱を作り、寝ぼけていたエンジンが動き出すような心持ちだった。


「はぁ……こんなうまい食事は、初めてだな」


 空腹は最高のスパイスだ。

 さらにこの絶望的な環境で、ここまでまともな食事にありつけたのはメリウスの身につけていた技術と知識の賜物だろう。


「ふむ、取り敢えず他の動物の気配は感じないが、夜は何が起こるかわからない。

 しっかりと準備をしないとな」


 満たされた気分にいつまでも浸っていたかったが、日はどんどんと傾いて、森は明かりを失っている。

 メリウスはかまどに残った火種から大きめな木々を選び周囲に篝火を作っていく。

 地面に石を置いての簡単なものだが、周囲は炎の熱と明かりに照らされて夕闇に飲み込まれることを防いでくれる。

 野生の生物であれば、このような空間には近づかないだろう。

 メリウスの知識がそう教えてくれていた。

 部屋と呼んでもいい一角にメリウスは一本の火種を置く、そこに葉を載せ、草と幾つかの木の実をすりつぶした汁を垂らす。

 ブツブツと泡だったその汁から大量の白煙が上がる。

 メリウスは大きな葉を団扇代わりに用いて、眠る予定の場所にたっぷりと白煙で燻していた。


「これで虫も寄り付かないはずだ。それに、はでに煙を上げれば、何か起こるかもしれんしな」


 それもメリウスの知識の一つだった。

 たくさんの葉を敷いた寝床は、十分に彼の体を受け止めてくれた。

 いぶされた香りも不快ではなく、むしろ上等な香でも炊いたように彼を香りでも楽しませてくれる。

 大きめな葉を数枚縫い付けた布団をかければ、十分に森の換気からメリウスの身体を守ってくれる。

 室内の釜の火も彼を温かく照らしてくれていた。

 

 突然の出来事に、それは驚いたが、こうして無事に寝所を得ることができた。

 疲れ果てていた彼の脳細胞が眠りにつくまでに、長い時間は必要としなかった。




 夢を見た。

 真っ白い空間で、何かと話している。

 何かと表現したのは、話している相手の姿がはっきりとしないからだ。

 人ではないのかもしれない、あるいは生命でさえ無いのかもしれない。

 そんな、ナニカとメリウスは向き合って話している。

 姿形は分からないが、ナニカはメリウスをまっすぐと見つめており、メリウスもまたナニカを真っ直ぐに見つめている。


『世界を救ってほしい』


 ナニカの声がはっきりとそう告げる。

 その瞬間メリウスの意識は急速に森へと戻っていく。





 パキンという甲高い音でメリウスは目を覚ました。

 石釜の中で大きな木が爆ぜて割れた。

 自分が考えているよりも深く眠っていたことに少し驚いていたが、身体は十分に休まっていた。

 枝葉で囲われた部屋は想像以上に温かさを逃さずにいてくれた。

 身体を預けていた寝床も朝までの心地よい睡眠を守ってくれた。


 薄く開けた瞳から見える景色は、眠る前と変わっていない。

 まだ空は暗い。

 しかし、端の方から橙の光が差し込んできている。

 朝が訪れている最中だった。


「さて、今日も歩くか……」


 今の彼にはそれしかない。

 森で糧を得ながら、唯一の文字通り彼を導く道を歩く。


 朝餉も夜と同じだ。

 優しく彼の起き抜けの腹を満たしてくれる。

 水で軽く顔を流そうとした時に、仮面に気がつく。

 それくらい違和感がない。


「顔を洗えないのは、気持ちが悪いものだな……」


 コンコンと仮面を叩いて悪態をつく。

 小川で水面に映った顔を思い出す。

 真っ白な仮面、予想通り鬼の型はしているが、目元などは目にピッタリと合わさり穴が空いていて、鬼を表すような禍々しい表情で作られていない。

 むしろのっぺりとした『顔』の無い作りに感じた。

 仮面の下の自分の顔は、思い出せなかった。

 どうやら黒髪の短髪、身体と同じように鍛えられた首筋からごつい顎、自分自身は戦士か何かではないかと思っている。


 一晩自分を守ってくれていた寝床から必要なものは回収する。

 布団や壁代わりはその場で作らないと大きな荷物となる。


「世話になった」


 寝床に礼を言うのも変な気がしたが、気がつけば口から感謝の言葉が出ていた。


 森の恵を取り入れたメリウスの身体は、この世界に連れてこられた時に比べると充実していた。

 地を踏みしめる足にはしっかりと力が入り、棒切れを振るう腕のキレも良くなっている。

 獣道を進む速度もあげることが出来る。

 きちんとその日を過ごすための恵みを探しつつも、かなりの速度で獣道を駆けていく。

 

「ふむ、我ながらよく鍛えているな」


 しばらく駆け足と言っていいペースで森を走り抜けていても、身体は悲鳴をあげることもない。

 逆に適度な運動によってますますほぐれていくような感覚さえ覚えていた。

 そんな速度で進んでいくと、この森で初めての他の生物の声を聞く。


 キーーーーー


 高い雄たけびのような鳴き声、声のした方を見たメリウスの目には飛び立つ大きな鳥が飛び込んでくる。

 

「……あんな鳥は知らないな……」


 木の上の方から羽を広げて飛び立ったその鳥は、距離を考えれば数メートルに達するだろう。

 アレ程の巨大な鳥が空を飛んでいる知識はメリウスの中には存在していなかった。


 そして、まるでその鳥との出会いがきっかけのように、森のなかに生き物の息遣いを感じるようになった。

 それと、道幅も段々と広くなる。

 はじめは走っていれば服に枝葉が当たるような幅から、今では人が二人並行して歩けるほどになっている。

 この道の終わりを感じさせる。

 そんな変化だった。


「うむ、甘い!」


 幸運なことに、木々の種類も増えて中には果物がなっている木を発見することができた。

 背の低い木々も散見され、森の明るさも増してきた。

 果汁とその甘味はさらなる英気をメリウスの身体に注ぎ込む。

 

「ほっほっほっほっほ……」


 薄っすらと汗をかきながら、とんでもないスピードを出し始める。

 景色は飛ぶように過ぎていくが、メリウスの目は周囲の状況を把握し、少しでも使えそうなものがあれば飛びついて採取していく。


「……もう一度どこかで水を手に入れないと……料理がしんどいな……」


 水分は果実から取ればいい、しかし、煮る料理をすべて果実でやると、たぶん難しいだろう。

 残念ながら川や小川に道がぶつかることはなかった。

 しかし、メリウスは水を別の方法で手に入れることができた。

 実の中の空洞に吸い上げた水分をためておく木々、茎をしごくと大量の水分が吹き出す草、森のなかには生活を支えてくれる様々な物があった。

 更には鳥類の巣などから卵を得る機会にも恵まれた。

 そういった恵みを一身に取り込みながら、メリウスは5日目の朝を迎える。


「この生活が続いても、それなりに楽しいけど、できればそろそろ変化が……」


 まるでその言葉に合わせるように、道の先で森が途切れている。

 丁度頭上に上がった太陽が、眩しく草原を照らしていた。


「おお! 抜けたか!」


 さらに速度をあげる。

 びゅおおと風をきる音さえ聞こえてきそうだ。

 森が途切れる手前で速度を落とす。

 あまりに明るさが違いすぎるために、外の風景がよく見えない。

 崖にでもなっていたら一貫の終わりだ。


「ふむふむ、地面は続いているな」


 太陽に照らされ、緑に輝いている草原。

 メリウスは、とうとう深い森から脱出に成功したのだった。

 



 


 

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