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第一話 森のなかに居る

ファンタジー頑張りたい週間


 痛い。


 痛い。


 痛い。


 その男が目を覚ました時、はじめに感じたものは痛みだった。


 ズクン。


 ズクン。


 ズクン。


 自らの身体をめぐる血潮の鼓動に合わせ、彼の額から側頭部にかけての広い範囲で、鈍い痛みが暴れて回っている。


「ぬぐ……痛い……」


 彼は口を開け、言葉を発する。

 同時に本来当たり前のように意識せずに行っていた、呼吸という作業を忘れていたかのように、胸が膨らみ身体が足掻くように大きく息を吸い込んだ。


「ブハっ! ゲッホ……な、なんだ、ゴッホ……」


 まるで喉を初めて大気が通るのかのように身体が拒絶反応を示し、大きく咳き込んでしまう。

 口の中は一滴の唾液も消えてしまったようにカラカラで、うまく次の言葉をつなぐことが出来ずに、しばらく咳き込みが続く。

 えづいている内に、苦痛から唾液が分泌され、カラカラの喉と口の中を満たしていく。

 気がつけば自然と呼吸をするという、生命として至極当然な働きを取り戻していた。


「……頭も……痛くないな……」


 コツ。


「ん?」


 彼は自分の顔の違和感に気がつく。

 頭痛の原因を探るつもりもなく、無意識に手を顔にやると、顔にあるべきでない感触に触れる。


「な、んだコレは……」


 両手で自分の顔を覆う。

 硬い何かが前頭部から口唇の上まで張り付いている。


「仮面……か……ふんっ……っといたたたた。

 だめだ、剥がれない。何が起きてる……」


 あまりに異常なことが連続して起こりすぎたために、ごくごく自然に最初に疑問に思うべきことに今更ながらに気がついた。


「ふむ……ここは、どこだ……?

 そして……俺は、誰だ?」


 ここが自分のいるべき場所でないことはわかる。

 しかし、どうして自分がここに居るべきでないのかが、まるで靄がかかったかのようにわからない。


 そして、自分自身がわからなかった。


 自分でわかるのは、今、自分自身がいるべきではない、森のなかに居ること。

 周囲を見渡すと木々と草木が鬱蒼としている。

 人の手による管理など一切入っていない、そんな森のなかにぽかんと空いた空間。

 空を見上げれば木々が途切れ、小さな空が見える。

 隙間から照らされた光がこの広場に差し込んで、草花を豊かに育てている。

 自分が居るのはそんな場所だった。


 そして、それしかわからなかった。


「ふむ、これは困ったな。」


 静かに呟く声がとても良く聞こえる。しかし、答えるものは誰もいない。

 静かな、あまりにも静かな空間。

 異常……常とは異なる空間だ。

 こういった木々生い茂る自然の森で一切の音がない、他の生物の気配もないことは異常だと、そう感じた。


「すぅーーーーーーーーーーー、はぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー」


 大きく息を吸い込んで森の空気を身体に取り込む。

 この森の空気は静かで、美味しかった。

 少し肌寒さを覚えるほどの空気が肺に取り込まれ、思考の網に囚われかけていた脳みそを冷やしてくれる。


 吸い込んだ空気を一息に吐き出す。

 この動作を数度繰り返す。

 深呼吸を行うことで、自分の思考は少しづつ靄から晴れていくような気がした。


「まずは、落ち着いたな。」


 自分に言い聞かせるように、あえて言葉を口にする。


「今、俺は森にいる。

 手足も動く、服も着ている。荷物は……ない。

 妙な仮面をつけられ、気がついたらここいた。

 俺は……俺は、メリウス……ハロス・メリウスだ。

 そうだ。メリウスだ。」


 自分の名前を呼ぶ。

 しっくりとその名が耳に覚え、身体に染み付く。

 自分自身を取り戻していくような感覚がする。


「よしよし、じゃあなんで、こんなところにいるんだ……

 俺は何をしていた……なんでここに来た……」


 今の状況に陥る前に、自分が何をしていたか、自分の過去の生活、そのあたりの記憶はまるで意図的に隠されているかのように不自然に思い出せない。

 思い出そうとするたびに、出る寸前のくしゃみを無理やり止められているような、猛烈な不快感に襲われる。 


「うーむ。変な感じだ。

 これのせいかな……」


 もう一度顔を両手で探ってみる。

 顔のラインに沿って半円のすべすべとした仮面だ。

 視界は全く邪魔されない、つけている感覚さえも感じない。

 しかし、その仮面は決して皮膚から浮くこともなくピタッと顔に張り付いている。

 まるで皮膚の一部のように……


「少し、角みたいのが付いているのか……

 口元も尖っているな……牙か……オーガの面なのか……?」


 自分の発した鬼という記憶があることに、本人は疑問には思わなかった。

 当たり前の常識として自分の中に鬼という存在が、存在していたのだ。


 ペタペタと仮面を触りながら形を想像する。

 陶器ほどすべすべではないがなめらかな表面、どうやら角と牙がついている。

 目と鼻は穴が空いていて、視界や呼吸の妨げにはならない。

 違和感さえ無い。

 そして額部分に少しくぼみがあるように感じる。 


「とりあえず、こんなところに居ても仕方ないな。

 明るい内に他の人が居るところを探さないと……」


 空は抜けるような青空、太陽はまだ天頂には差し掛かっていない、と思われた。

 このままこの場で日でも暮れたら、彼は想像するだけで身震いする。

 森の中のために体感する気温は秋口らへん、彼の着ている少し厚手のシャツとズボンで丁度いい。

 しかし、日が暮れれば間違いなく寒いだろうと予想がつく。


 目の前の森のある部分を見つめる。

 目覚めた空間から、わざとらしく一本の獣道が出ている。

 選択肢は他にない、何も持たないメリウスが草木が鬱蒼としている場所を、道を作りながら進むのは不可能に近い。

 すでに開けている道を行くという選択肢を選ばざるなかった。

 道があれば、この先に人がいるかもしれない。

 淡い期待を胸に、森のなかに入っていく。


 森の中を歩きながら、自分に起きたことを一生懸命思い出そうとするが、やっぱりなぜこの場にいるのか、何をしていたらこの場に来たのかを思い出そうとすると、変な感覚が記憶を紐解くことを邪魔してくる。


「ふむ、森は珍しくもないが、これだけ大きな森に単身で入る理由はない」


 ハロス・メリウス。自分の名前から思考を広げる。

 しかし、それもうまくいかない。

 自分の名がソレであることは疑いようもないが、自分が何者かはわからない。

 身体を動かして気がついたが、たぶん、何か身体を動かす職についていたのだろう。

 腕は丸太のように太く力強い、胸板もかなりの厚みを持っている。

 足はカモシカのように鍛えられ、獣道を歩いていると、自分自身で驚くほどに体幹が安定している。

 近くの枝を軽くもいで、握ってみるとなるほどしっくりと来る。

 軽く振るってみると、ヒュオッ、と小気味いい音を立てる。

 長い時間そういったものを振るっていた者が出せる音に感じた。


 緩やかに曲がりながらも一本道の獣道はまだ続いていく。

 左右は木々と生い茂る草木で視界は悪い。

 倒れていた場所は天井部分の木々が途切れていたが、一旦獣道に侵入して暫く進むと木漏れ日だけになってしまうために薄暗い。


「日が当たらないと肌寒いな……なんとか日が暮れる前に何処かに出られるといいが……」


 どこかもわからない場所を、宛もなく歩くことは不安も大きい。

 心理的影響から気が付かない内に早足になっていく。

 そのまましばらく進んでいくと、小さな音に気がつく。

 生命の音一つせずに、自らが地面を踏みしめる音しかしなかったために、その新しい音は敏感に耳に届いてきた。


「これ……水音……か?」


 ごくり。

 喉が鳴る。

 はっきり言って喉はカラカラだ。

 幸運にも水音は道の先から聞こえてくる。

 思わず小走りになってしまう。


「おお!」


 道が広くなり、美しい小川にぶつかってくれた。

 水を得られる安堵と、その美しい光景に声が漏れた。

 道の続きは小川の先、軽く飛び越えれば簡単に超えられる。

 しかし、今はそれよりも大事なことがある。

 カラカラの喉を潤したい。


「……これほどの清流なら……問題はない、といいな」


 手ですくってみると水は驚くほど綺麗だ。

 匂いを嗅いでも変な匂いはしない。

 恐る恐る口をつけると山間で冷やされた水は、カラカラに乾いた喉に素晴らしい潤いを与えてくれた。


「うむ、有り難し」


 身体に飲む水が広がって行くような感覚さえ覚えてしまうほどに身体が水を求めていた。

 ひとしきり飲み干すと、文字通り潤った。


「一心地つけた」


 身体にはびこっていた気だるさが驚くほど抜けていた。

 想像以上に深刻な脱水状態だったようだ。


「水は確保しておきたいな……何か、ないかな……」


 今後のことを考えてこの水は確保しておきたい。

 小川沿いを見渡す。


「あれは……」


 目に入った植物に近づく。

 小川の脇に周囲の木々とは感じの違う背の高い植物が生えている。

 節ばった作りの背の高い木。

 

「確か、これは……」


 近くにあった角ばった石を、その植物の節に当てて先程の木切れで叩きつける。

 すると綺麗に節で木が分かれる。

 同じように逆の節で外すと一節の筒が出来上がる。


「後は……」


 尖った石を探し、その節を塞いでいる部分に穴を開ける。


「おお、やはりそうか」


 そうすることでその筒の中に水を貯めることが出来る。

 後は近くの手頃な木の枝で栓をすれば、水を持ち運ぶことが出来る。


「これで、しばらくは大丈夫だな」


 近くに生えていた蔓状の植物も利用して5つほど水をためた筒をぶら下げる。


「どうやら俺はこういう生活に慣れているようだな」


 サバイバル知識があるのか、身体が勝手に動く。

 どうすればいいかというのが身体が覚えている感じだ。


「さて、進むかね」


 小川の先にまだ道は続いている。

 水を得たことで少し心に余裕を持って歩きだすことが出来た。

 再び歩みだしたその足は、少し軽くなっているような気がしていた。

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