プロローグ
新暦1032
機械人形。通称『ドール』。
それは、神の領域をも侵して造られた人類最大の発明。
機械という名の生命体。
人類は、踏み越えてはならない境界線を踏み越えた…。
そして今、人類は自らの業によって、その存続さえも危険に晒しているのだった。
―現在―
新暦1132
機械人形が発明されてから100年。
人類とドールとが混在する時代。
今や、ドールは外見では判断できない程精巧に、より人間に近い存在となっていた。
それによって、人類の生活は豊かになり、さらに繁栄するかに思われた。
誰もがそれを信じて疑わなかった。
だが、その確信を裏切られるのは、そう遅くはなかったのだ。
神の領域を侵した報い。
その報いを初めに受ける事になったのは、今から6年前のあの日…。
惨劇とでも言うべき事件。
起こるべくして起こったそれは、一瞬にして全人口の3分の1を葬り去った。
『機械人形反逆事件』
人類が完全に管理していると考えていた機械人形。
だが、技術が進歩するにつれ、その性能は人類の予想を遥かに越えて向上し、
人類と同等の…あるいはそれ以上の存在となっていった。
いつか機械人形に取って代わられるのではないか…。
そんな不安を人々が抱くようになった頃、
その引き金は遂に引かれた。
人類を存続の危険にまで晒すあの事件の引き金となった人物、それは…
パタン
静寂に包まれた室内に小気味良い音が響く。
小難しいタイトルの本ばかりが並ぶここには、少年をおいて他に誰の気配もない。
「ああ、知ってるさ。そいつは、俺の…」
少年は一度目を伏せ、読んでいた歴史書を棚へ戻す。
椅子が近場にあるにも関わらず、彼はまた立ったままで読書に耽っていたらしい。
しかも、随分と長い間。
もちろん、偶々目に留まった本を読んでいただけの彼には、そんなつもりは全くなかった。
だが、時間の経過を表すかのように、窓からは沈みかかった朱色が射し、
少年の漆黒の髪を同色に染めようと影をつくっている。
酷く感傷的な気分になっている彼だったが、
どうやらその原因はこの本だけではなかったようだ。
一見すると血のようにも思えるその夕日に、過去さえ照らし出されそうな錯覚を覚え、
少年はそれに一瞥もくれず、逃げるようにして階段を下りた。
「よお、キョーヤ。もう帰るのか?」
帰り際、受付にいる司書、マサトにいつものように話しかけられる。
ほぼ毎日この図書館に通い詰めているキョーヤは、今ではすっかりここの常連で、
大多数の司書とは面識があった。
なかでも歳の近いマサトとは気が合い、よく二人でとりとめもない話をするのだ。
「ああ、仕事があるんだ。悪いな、マサト。また今度。」
軽く右手を上げ、キョーヤは小走りでそこを通り過ぎ、図書館を出ていく。
「たまには何か借りていけよなー!」
マサトはキョーヤの背中に向かって叫んだ。
その声が聞こえたかどうかは分からない。
図書館の常連として知られている彼だが、彼が有名な理由は他にもあった。
本を借りた事が、一度たりともないのだ。
読みたい本は全てここで読んでいく。
そして、読むのが異常に速いため、一日に一冊は必ず読破する。
「大変だなあ、学校と仕事の両立は。」
学校へ行かず、こうして図書館の司書をやっている自分には到底分らないであろうその苦労に、
マサトは小さく苦笑した。
その数分後、キョーヤはある少女とすれ違った。
淡い空色の髪に、深海のような蒼の瞳。
その人間離れした容姿に…いや、少女の纏う何かが気にかかり、
キョーヤは思わず後ろを振り返った。
だが、すでに少女の姿は何処にもなく、そこには残った花風が靡くだけだった。
それを何気なく眺めた後、キョーヤは向きなおり、再び歩き出した。
恐らく、このとき感じた何かは単なる気のせいではなく、
己の未来に大きく関わる重要なものだっだのであろう。
あの少女との再会はそう遅くはない。
だが、それを今の彼が知る由もなかった。
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