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男の娘と  作者: 梢田 了
9/9

男の娘とピアス

 柾谷(まさや)博一(ひろかず)、十七歳。現在、ご立腹中である。

 それというのも後輩である安藤(あんどう)昌也(まさや)にすっぽかしを食らったからだ。

 セーラー服女装っ子のくせにやたら男らしい元ヤンの安藤は、周囲にマァサなんて自分を呼ばせてアイドル気取りである。男子校総出で持ち上げられているせいで調子に乗っているのか、約束してないはずの約束ごとで引っ張り出されることもよくあるのだ。

 なーにが一緒に映画見ようぜ、どこどこ集合、だよ。結局四時間待っても来やしない。映画チケット買ってやったのに無駄になっちまった。

 や、帰りたかったんだけど、逆ギレされるのが怖くてずっと待ってたなんて言えない。

 まあそんな安藤が授業の開始前、休憩時間といつもなら現れる時間に全く出てこない。

 前まではどんなイタズラする気だと戦々恐々していたが、最近気づいたけど、これ人に会いたくない時なんだよな。

 前はメイクしてなくて帽子被ってたりしたし、三者面談の日なんてとんでもないことになっていた。

 だが、今回なんに対して教室にこもってるのか知らないが、こっちにはチケット代を無駄にしたのに謝りにも来ないと言う怒りポイントがある。

 先輩らしくビシッと言ってやる!

 ということで俺は、一人こそこそ昼飯を食っているであろう安藤に近づくべく、こっちもこそこそ屋上にやってきたのだ。

 せ、先輩らしく、先輩らしくいくぞー。どきどき。

 お、いた。ヅラ取ってるけど穴でもあいたのか?

 相変わらず人気のいなくなった午後の授業開始頃に居やがるもんだから、こういう時は俺も授業サボるはめになってしまうのだ。いい口実、もとい、後輩を正しく指導する為には仕方ないな!

 やいこら、安藤!

「お、まさやん先輩! ちょうど良い所に」

 お?

 なんだか予想と違ってご機嫌な安藤に面食らう。セーラー服の少年は、一番てっぺんで光ってる太陽よりもさらに眩しい笑顔で手招きしていた。

 どうやら安藤、ヅラを新調したようだ。でも安っぽそうな毛質は変わらず、何が変わったのかよくわからんね。

 てかお前、耳に絆創膏はってるけどどうかしたのか?

「ああ、実はさ……その、昨日は映画に行けなくてごめん。まさやん先輩から貰ったピアスつけて行こうとしたんだけど、思ったより血が出ちゃって行けそうになかったんだ」

 なぬ、血!? 耳って穴あけたら血が出んのか!

 当たり前だろって顔でこちらを睨みつける安藤。知らなかったんだもん、しょーがねーだろ。

 しかしそういう理由があったのか。それならそうと早く連絡してくれると良いんだが、間が悪いことにこいつのケータイは安藤父ちゃんに没収されてるんだよなぁ。俺もケータイは学校に忘れてるしで、どっちにしろ連絡つかない状態だったのだ。

 いや、しかし、うーん。ピアスをつけてくれると聞いて凄く嬉しく感じてしまったな。あんにゃろを可愛くすら見えるあたり俺も所詮は男子ということか。

 モヤモヤした気持ちを抱えているといきなりケータイが鳴って心臓が爆発するかと。相手は俺の前の席の奴。まあ、授業始まってるし俺がどこかで昼寝でもしてると思ってるんだろう、無視だ無視。

 電源を切って後輩に顔を向ける。

 そんで安藤、お前はなにやってんだよ?

 すっかり怒る気をなくして安藤の隣に座ると、耳の絆創膏を剥がして俺にライターのような道具を手渡してくる。

 だからなんだよ。

「もう血は止まったんだけどさ、穴が塞がっちゃって。あけてくんない?」

 ……血とか……見たくねえんだけど……! そんな簡単に穴塞がるのかよ!

 耳たぶの肉を抉る鉄の針を思い浮かべて血の気が引ける俺。嫌じゃー、グロい! 痛そう!

 安藤はむっ、とした様子で、ピアスなんぞ買っておいてなにを言うのだと睨みつけてくる。いやだってお前が欲しそうだから買ったんだもの!

 元々はクリスマスプレゼントの予定が、なんのかんのあって結局、ホワイトデーになってしまったんだよなー。

「ほら、怖いんなら俺が押すから、まさやん先輩は持っててくれよ」

 待ってくれって、なんで俺なんだよ! お前自分でやるのが怖いのか!

「別に怖かねーよ。ただ……先輩にやってほしいんだよ」

 目線を合わせずに安藤。だからなんで俺なんだよ!

 しかし、押し黙って不機嫌そうに道具を押し付ける安藤に折れた俺は、そいつを受け取った。ライターっぽいと思ったけど、先の側面に耳たぶとか入れるスペースがあって、ここでバチンとやるようだ。

 ……ううう、不快感でゲボ吐きそうだ……。

 支えようとする安藤の手を払って、とりあえずと耳たぶにセットする。こうして見ると小さいもんだなぁ。

 あれっ、なんか傷跡とかあると思ったけど見当たらないな。どこにあければいいんだ?

「えっ、ええっと、そうだなぁ。うん。……適当……?」

 お前ふざけんなよ。不安で手まで震えてきたじゃねーかっ。

 さすがにこれには安藤も焦ったようだが一呼吸。手の震えを押さえて、思い出したようにセーラー服の肩にハンカチを置く。血で汚れたら大変だもんな。

 よ、よよよよよーっし、いっ、いっ、いっくぞー!

「おう」

 マジで行くからな! 下手でも怒るなよ!

「いや怒るけどさ」

 人にやらせといてそりゃないだろ!?

「いいから早くやれよ!」

 うぬぐう。

 再度深呼吸。もう一度、安藤にいくぞ、とだけ言って、器具に力を込める。

「――ンっ……!」

 思ったより簡単に針が出て耳を貫いたようだ。鼻から抜けるような細い呻き声が安藤から出て、また手が震えてしまった。

 苦心しながら器具を取り外すと、安藤が持ってた除菌シートで押さえている。

 ……思ったより血が出ないな。これもうピアスつけれんのか?

「まさか、きちんと治ってからだよ。それまではファーストピアスっての着けるんだ」

 ほへー。面倒なんだなぁ、ピアスって。

 シートで押さえる安藤がどことなく嬉しそうだ。やっぱりそういうモノが好きなんだろうな。

 ……ヘソとかマブタとかやるなんて言い出さないだろうな。絶対に手伝わんぞそんなとこ!

「ん、と。ここらへんかな?」

 怖い怖い怖い。

 安藤からピアスを奪い取ると、俺が着けてやると安藤の耳たぶを探る。穴が増えたら堪ったもんじゃない、なんて考えてると全く同じ言葉を返された。

 そこまで不器用じゃないやい!

 えーっと、ここだな。よし。……お前、これ痛くないのか?

 ピアスを通して留めを入れる。安藤は痒くもねーぜと笑っていたが、本当にお前男らしいよね。

「……へへっ」

 耳たぶに触って嬉しそうにしている安藤に、俺もなんだかつられて笑ってしまう。可愛い顔してんだから、それなりにしときゃモテそうなもんだけどなぁ。いや、モテてるそばから蹴散らしてるんだ、こいつ。

 そんな安藤も例の新調したヅラとやらを取り出した。正直このままでも十分に女子として通用すると思うんだけど、なんでツインテールのヅラなんだろうな。

 被った姿はやはりそこまで変わらず……あれ。なんか髪の量多くなってる?

「お、気づいた? これサイドのボリュームが出てるから、ほら、耳が隠れるんだよ。

 これならまさやん先輩のピアスしてても、そうバレないだろ?」

 ……そんなことに気を回してたのか……。

 嬉しそうに偽の髪をぴっこぴっこやってる安藤に、なんとなく気恥ずかしくて顔をそらした。ちゅーかそれ、いつになったらピアス着けれるようになるんだよ。

「一ヶ月以上だよ。四週間はかかるかな」

 へー、結構かかるんだなぁ。

 …………、ん? 待てよ。それじゃあお前、あのピアス結局着けられなかったんじゃないのか? 一昨日まで穴あけてなかったろ。

「知らなかったんだよ、そんなに手間がかかるなんてさぁー。だからどうせなら、あけんの今日にしようと思って……、あ」

 なぬ。今日あけるだぁ? 今があけたのか!

 お前、やっぱすっぽかしてただけじゃねーか! こっちはチケットまで買って待ってたんだぞ!

「なんで来てもいないのにチケット買ってんだよ!」

 来てから買ったんじゃ間に合わないだろ! 金返せこの野郎!

「べ~っ!」

 掴みかかろうとする俺の手を見事なワンツーで弾き返し、安藤はなめた顔で舌を出して逃げ出した。

 あ、あ、あ、あの、や・ろ・う・う! 待ちやがれー!

 屋上を飛び出して、階段の手すりを滑り降りる安藤にこちらも対抗して滑り落ちる! ……チョー尻がいてえんですけど。

 階段を駆け下り、けたけた笑いながら走る安藤を追いかけて廊下の角を曲がると、そこに立ち止まっていた安藤に思い切りぶつかってしまった。

 あぶっ。

 倒れることなく、二人分の体重をキャッチしたのは我が校唯一の女性、生活指導の先生だ。

「授業中に楽しそうなことをやってるじゃあないか、安藤ぅ君に柾谷くぅん」

 育ち盛りの高校生二人の体重を、いとも簡単に止めてみせた先生がサディスティックに唇を吊り上げる様に、俺はチビりそうになっていた。

気づけば3月14日、ホワイトデーとなりました。

このお話はホワイトデーの後日談として作っていたものなのですが、気づけばこの時期だったため、完成していないホワイトデーの話は放っておいて、こちらを先に投稿する運びとなりました。

曜日感覚すらなくなっているのに記念日ものを投稿しようとしていたのは無謀だったかも知れません。

追記として、ピアスでは簡単に穴をあけられるというピアッサーは実際にはトラブルが起きやすい(といってもリスキーなわけではないです)とのことなので、穴をあける際には色々と調べてから行動しましょう。

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