男の娘とゲームセンター
「この俺を相手にパンチ力で勝負とは……ヤキが回ったな、まさやん先輩!」
ふっ。言ってくれるじゃねーか後輩君よぉ。先行は譲ってやるぜ?
俺の言葉に自信たっぷり、不適な笑みを浮かべるツインテールが左手にグローブをはめた。
小柄な体躯だが喧嘩にゃ強い、こいつがそれなりの数字は出すことぐらい予測済みだ。
「うっし、行くぜ!」
左手を挙げて睨みを利かせる。可愛い顔もこうなると一匹の狼のようだ。
踏み込みと同時に出された左のストレート、数値は――!?
……ひ、ひゃくろくじゅういち……?
「あたた。ま、こんなもんかな。強いのか?」
左をふりふり、こちらを見やるその自慢気な顔。
おま、マジかそこまでいくか、お前そのパンチ力でぼこすか俺を殴ってたの?
し、しかしその打ち方、ゲームセンター慣れしてない打ち方だ。見てろ、パンチングマシーンってのはこう打つんだぜ。
「約束忘れんなよ、まさやん先輩」
お前こそだぞこの野郎! いくぞおらぁーっ!
それはとある日の帰り道。あまりの暑さに頭が痛くなり、影が欲しいと鞄を頭に乗せていた俺こと柾谷博一は、隣に並ぶ女装少年、安藤昌也の言葉に驚き鞄を落としてしまう。
なんだと安藤! お前、ゲーセンに行ったことないのか!
「あんなチャラチャラしててうるさそうなところ、どこが面白いのか教えてくれよ先輩」
肩を竦めたセーラー服に怒りを覚える。確かにチャラチャラしててうるさい所だが、ゲームセンターを舐めてもらっては困る。
ゲームセンターとは古くから子供、そして大人の遊びの場であり、友情を育む場所であり、あるいはハングリー精神を育て、腕を競う戦争の場でもあるのだ。
どこが面白いと言ったら人によるが、やはり俺のオススメは格闘ゲーム、いや、対戦全般だね!
「へ~、じゃあさ、まさやん先輩。今から一緒にゲーセン行こうよ。なんか賭けて勝負しようぜ」
おっと、ゲーセン初心者の安藤君が気軽に上級者の俺と勝負するのかね?
と言っても、俺も最近は行ってなかったんだよなぁ。久々だけに腕は鈍ってるだろうが、ルーキー相手に問題はないのだ。
「んじゃ、負けた人は勝った人の言うことをなんでもひとつ聞くっての、どう?」
片手を差し出す安藤。よし、乗ったとばかりに俺はその手を握った。
さすがに制服姿だとマズいので、一度帰宅して私服に着替えた俺は近所のゲームセンターの入り口で安藤を待つ。そういやあいつの私服ってどうなんだろう?
学校でこそセーラー服にツインテールのカツラを被った化粧つき女の子スタイルの安藤だが、ああ見えて中学校ではやんちゃだったらしく、先日にもヤンキーを一人ブチのめしている。小さい頃からボクシングを習っていたという話だが……金的で終わったからボクシングが強いのかはわからんかった。
つまりはバリバリのヤンキージャージとかで現れる可能性もあるわけだ。ちうかいつまで待たせんのあいつ。
「なんだ、まさやん先輩もう着いてたの?」
呑気な待ち人の声にムカボディがスタンディング。
とっとと中に入るぞと振り向けば、そこに居たのはヘソ出しルックスのスカート姿。思わず二度見してしまったが間違いない、安藤だ。
少しサイズの大きそうな長袖のシャツなのにヘソ出しとはこれいかに。チェックのスカートに黒のニーソックスで決めた女装野郎は肩提げ鞄から取り出した棒付き飴を口にくわえてころころしている。
なにこれめっちゃ可愛い。いや安藤だけど。
お前、普段着それって学校よりも女なのな!
「別にいいだろ、普段から着てようが着てなかろうが。
でもさー、先輩。結構、似合ってるだろ?」
いつもの意地悪な笑みとは違い、無邪気な横顔にドキリとする。
まあ、そう思ったのは事実だからそこは認めよう。なんか〝褒めて褒めて〟オーラが出てるし。
素直に可愛いと告げる。こっ恥ずかしいから顔見て言えないけどな!
「へっへっへー。だろーっ」
途端に笑顔が弾けたと思われる安藤。なんか、普段一緒にいる分は可愛い奴なんだけどなぁ。
はっ、いかんいかん。気を許すとナニをされるか分からない、安藤昌也に情けは無用。
くっくっく、今回はその服装も仇になるぜ安藤。嫌がらせしてやる。
さあ、レッツ・ゲームセンター!
むーん。
スカート丈はいつもと変わらないのに、なんだかスースーして感じるなぁ。
ちょっぴり足下を気になるが、ジーンズにジャージを着付けたまさやん先輩よりはマシだろ、多分。
「おーし、こいつだ。こいつで勝負!」
早くも先輩が勝負に使うゲームを見つけたようだ。サンドバッグの形に、画面にはボコボコにされたようなひどい面。
パンチ力を競うゲームじゃないか。ボクシングやってるって知ってるのにこれを選ぶとは、まさやん先輩ってマゾなんじゃないのか。
まあサクッと終わらして、なにを命令するかゆっくり決めよう。だって今日は、ゆっくり遊べるんだからな。
右手用のグローブしかなかったけど、無理矢理左手にはめてファイティングポーズを取る。虚空を打って肩の調子を確認、右手で的との距離を計る。
うっし、行くぜ!
肩と腰と足、踏み込みと同時に回る体から打ち出されるようなイメージで拳を放つ。
いつもは滑車だけど、今回は引き戻しを考える必要はない。
最近であった糞リーゼントの面を的に重ね――ブチ抜く!
インパクトと同時に更に拳を回してねじ込むように的を倒した。出た数字は実際のところどんなもんかわからないけど、まさやん先輩を見る限りいい結果のようだ。
んじゃま、なにさせるか考えとかないとな~。先輩が賭け事引き受けるのって珍しいし、やっぱりここは女装とかかな?
そんな俺を尻目にグローブをはめるまさやん先輩。ふっ、諦めの悪い男だな。
約束忘れんなよ、まさやん先輩。
「お前こそだぞこの野郎! いくぞおらぁーっ!」
指を突きつけた先輩。そのまま振り返る勢いでパンチを……って、あーっ!
スーパーマンパンチじゃんかー!
振り返りとジャンプの勢いに任せて全体重を乗せたパンチが的に炸裂した。画面のところまで滑って転げ落ちるまさやん先輩。
す、数字は……、百六十三!
「だっしゃあああ! 安藤見たかこの野郎っ!」
もっかい勝負だ! そんなの認めないぞ!
「はーん? 勝敗のついた勝負事に異議申し立てとは、男らしくないねえ安藤君」
ぬぐぐぐぐ……! わかった、認めてやるよ。じゃあとっとと罰ゲームをやれよ。
「ふっふっふ、殊勝な心掛けじゃないか。それじゃ命令だ、今日一日、そのヅラを外すんだ」
せめてウイッグと呼んでくれよ、まさやん先輩。
「別にいいんだけどさ」
え、別にいいの?
あっさりがっぱりヅラを取る安藤に勝ち誇った顔が凍りつく。あ、あれー? こんなつもりじゃなかったんだけどなー。
もっと嫌々恥ずかしそうに、畜生めって感じだと思ったんだが……そうか! こいつメイクしてるからヅラ取るぐらいじゃ恥ずかしくないのか!
いやしかし、ツインテールからボブカットにいきなり変わるんだから、きっとその違和感が……。
ヅラを肩提げ鞄に入れている所に周りの連中がざわついていたものの、普通に可愛いですね。分かってました。
畜生め! これじゃ何の罰ゲームにもならねえじゃねえか!
「んじゃ、次の勝負に行こうぜ、まさやん先輩」
ぴっとりとこちらに寄り添って拳を胸に当てて来る。う、うぐぐぐ。見上げる挑発的な顔にどっきりするけど、これは健全な男子たるもの仕方ないのだ、だが安藤は男子だ! それさえ頭が理解していれば問題ない!
まあリベンジ戦については却下だけどな。一発勝負のつもりだったから、つうかヅラ取られて泣いて帰ると思ってたから引き受けたのに、連戦する気なんてさらさらないのだ。
「別に賭けはいいよ。勝ち負けだけで。それに、ゲーセンの面白さ、教えてくれるんでしょ?」
……うーむ。そう言われると……。
しょうがない、次は安藤が選んだので勝負しようぜ。そしたら次は俺の番で、交互に勝負する項目を決めてトータルで勝ちの多かった奴が勝者だ。
「それでいこう! 俺、実は気になってたのがあってさっ」
嬉しそうに俺の手を引っ張って走り出す安藤。速い速い犬かお前は! ただでさえ馬力あるんだから落ち着けよ!
「にしても意外だったなぁ。まさやん先輩ツインテールが好きだと思ってたんだけど、ショートのほうが良かったんだな」
…………、……………………。
ナンデシッテルンデスケ?
思わず零れた言葉は安藤の耳には届かなかったようだ。若干萎えた俺だったが闘志を燃やし、我が後輩の選んだ勝負の舞台に視線を向ける。
……これ脱衣麻雀のゲームじゃん……。
「まさやん先輩、麻雀できる? やり方わからないなら説明するからさ、まさやん先輩は動かし方だけ俺に教えてくれよ」
あ、ごめん安藤、ちょっと待って。なんかもう周りの視線が辛いの。これ不戦勝でいいんで勘弁して下さい。
確実に安藤を女子と勘違いしている野次馬の視線に耐えられずにこのゲームを選んだ元ヤン女装野郎の前で俺は土下座した。
それからも色々と勝負したのだが、なんとこの安藤、俺を相手に快勝している。
俺の選んだシューティングゲームではスコアが僅差で安藤勝利、安藤の選んだエアホッケーは余りに速い打ち込みに円盤に触れることすらできなかったし、次に俺が選んだレースゲームでは並んだ瞬間に体当たりされてクラッシュするというルーキーに見えない闘争心剥き出しのプレイで負けてしまった。
安藤この野郎、も、もう手段を選んでる場合じゃあねーなーっ!
次の勝負はこの俺の最も得意な格闘ゲームで――!
「――あれ、柾谷じゃん。っ、え!? そっちの子ってまさかマァサちゃん!?
こんな、えぇ、す、すすすすげえ! み、短い髪も、そのう、似合ってるよ……マァサちゃん……!」
このやかましい声は。振り向けば目をおっぴろげて大口開けてる教室で見慣れた顔があった。何故か席替えしても、学年が変わっても常に俺の前の席に座っている奴だ。
マァサというのは安藤がアイドル気取りで周りの奴らに呼ばせてる名前だったりする。こんなの受け入れる男子校のノリって凄いよね。後お前のその反応が不愉快過ぎてこめかみにピクピク来るぜ!
ついでに言えば我が校ほとんどの生徒諸君の中でも上位に位置すると思われる安藤ファンだと思われるこの男、鬱陶しくて仕方ないが、当の安藤にも嫌われているようでたまに同情してしまう。
「まさか柾谷、マァサちゃんを連れ出して、親友の俺より先に大人の階段を上る気かっ!」
野郎と一緒に上る階段なんて興味ねえよ、お前一人で上がってろこの野郎。あとお前を親友だと思ったことなんぞこの高校生活において欠片もないわ。
……、なんか安藤君のイライラゲージも上がり始めてるんですけど!?
「あ、つーかよー、こんな所で遊んでて良いのか? 来週の期末テストでそこそこ点数取らないとゲーム没収されるとか言ってたろ」
痛いところを突いてくるなこんにゃろめ。
来週のテストに向けて勉強してないわけじゃないんだが、今回も安藤とそう長くゲームセンターにいるつもりもなかったし帰って勉強するつもりだったんだよなー。面白くてつい夢中になってたよ。
やはりゲームセンターは魔の巣窟だ。
「ええ? まさか、まさやん先輩、もう帰るつもり?」
しゃーないだろ、テスト週間なんだし。お前も勉強して父ちゃんを見返してやればいいじゃないか。
てかお前はお前で人に言うくせに、なんで勉強せずにゲームセンターにいるんだよ。
「いや、勉強なんて一夜漬けで大概どうにでもなるじゃん?」
赤点だけ避ければいいって発想しかねーじゃねえか。
ま、ま、ま、またこいつかあああああっ! 俺を差し置いて先輩の親友だとかほざきやがって、色んなところで邪魔しに湧きやがってぇー!
怒りの余り拳に力を込めて歯も食いしばる。こいつ、なんの恨みがあって俺とまさやん先輩の遊びを止めに出てくるんだ!
「ああっ、マァサちゃんが情熱的な瞳で俺を見つめているっ」
「……お前あの目でそう感じられるって本当に幸せだよな……まあいいや、帰ろうぜ」
ほら、行くぞとまさやん先輩が片手を振る。待ってよ先輩、こんな負け越しでいいの? 得意な格闘ゲームとかでリベンジしたいんじゃないの?
わざとそれを避けて長い時間遊ぼうと思ってたけどもうなりふり構っていられない。どうにかそのゲームで負けなければ先輩も悔しくて帰れなくなるはずだ!
「いや、いいよ。どうせ格闘ゲームしても俺が勝つだけだし、そんなことよりゲーム機取り上げられるほうが大事だぜ」
「おいおい柾谷ぁー、随分な自信だけど俺とそこまで大差ないだろぉー」
おお、お邪魔虫、いい援護だ! 今日はちょっとくらい見直してやる!
「うるせー、家ゲーだと調子出ないだけだっつーの」
「またそれかよ? ちっ、しょうがないな、臆病風吹かれやがって……どうだいマァサちゃん? 俺と一緒にゲーセン巡りでも?」
良いぜ、その口に大量のメダル突っ込んでピンで縫い留められんの我慢できるならな。
「ういっす!」
威勢の良い返事で一歩下がるお邪魔虫。素直でよろしい。
話はまとまったかと背伸びしながら出口に向かうまさやん先輩。ああ、本当に終わっちまう。せっかくガッコも早く終わったのに、服だって気合入れたのにさぁ、こんなのってないぜ。
「じゃあ俺、もうちょいゲーセンで遊んでるわ。また明日ね、マァサちゃん!」
くっそムカつく野郎だ。
「おう、誘ってもいねーし勝手にしてチョンマゲ」
先輩も先輩でこいつに関してはドライだなー。ウザいししょうがないのか。
ゲームセンターの外に出ると、もう陽は傾き始めていて凄く暑い。まだ体に残っている店内の冷気だけが救いだ。西日だし、ウチに着くころには汗だくだろうなぁ。
ちらりと横を向けば、ガラスに映った俺の姿がある。女のカッコして、結局まさやん先輩は驚いたのも最初だけで。なんかこういうカッコならずっと遊んでくれるって思ってたのが馬鹿みたいだ。
あーあ、なんかダリィのな。
「おーい、安藤。なにぼーっとしてんの。家までついて来る気かぁ?」
ああ? 考え事してただけだよ。向こうの曲がり角から帰る。
……いや、これってまさやん先輩の家で勉強とかしても良かったんじゃないか? ……しまった、なんか……言い出しづらくなっちまったぞ!
あー、曲がり角がもう来る、というか来たよ!
「じゃあな、また明日。……お前、父ちゃんの為にも少しは勉強やっとけよ」
なんであんなクソオヤジの為にそんな面倒なことしなきゃならないんだよ。
「即答すんなよ! なんかカワイソーじゃないか安藤父ちゃん!」
あれがカワイソウってタマかよ。なんかオヤジに変なイメージ持ってないか?
まあ、でも、うん。もう家に帰らなきゃいけないのかぁ。全然遊び足りないなぁ。
「あー、あと、あれだ。その……安藤、お前もうそういう格好やめろよ」
突然の指摘に思わず面食らう。さっきは可愛いって言ってくれてたのに、本当は違ったのかな?
なんか俺一人で舞い上がってたみたいで、馬鹿みてーだ。
「ああ、いや、似合わないとかそういう意味じゃなくてだな、その、普段セーラー服だからまだ良かったというか、なんかその格好、……お、落ちつかねえ……」
さっきはまだゲームに集中してたから良かったけど、と付け足す先輩。
え、なに、照れてんの? 俺のカッコに? 思わず口の端っこが上がってしまう。なんだなんだ、なんかめちゃくちゃ嬉しいぞ!
「なにニマニマしてやがんだこの野郎! と、とにかく明日なっ、お疲れ!」
まさやんセンパーイ、別に俺でシコってても文句は言わないぜ。
「黙れこの野郎! へ、へ、変なこと言ってんじゃねーぞこらーっ!」
夕日にも負けずに顔を真っ赤にして走り去る先輩が可愛らしい。
まあ、思ったよりは遊べなかったけど、こういうノは有りかな。頭をかくと、いつもの安物のウイッグと違って、指にやたらとからまない自分の髪が触れた。
まさやん先輩、ツインテール好きじゃなかったのかな? 昔と今は違うってことかなぁ。ま、俺も相当変わったし、それに、いつもの格好がいいって言うならウイッグは着けたままでいっか。
あー、陽が沈む。夏休みになったら夜までまさやん先輩と遊んでやるぞー!
この年の夏休み、安藤は補講だらけで柾谷とそう遊ぶことはできませんでした。
それにしてもなぜ夏休みの宿題は、「いついつからやれば終わらせられる」と無駄な計算をしてまで後に回してしまうのか、そしてその計算が毎回間違っているのはなぜなのか、疑問が溢れるばかりです。