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男の娘と  作者: 梢田 了
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男の娘とテレビゲーム

 くすくす、くすくす。

 楽しげな笑い声に、硬直する体を優しく這う細い指。

 ざわつく体に奴の素肌と触れ合って、びくん、と震えるのが面白いのか、脇腹まで突かれる。

 どうしてこうなった。

「まさやんセンパーイ、こういうのって、初めてだろ? ……優しくしたげるから、力、抜いて……」

 尻を揉むな、そっちは関係ねーだろう!

 もう一度言うぞ、どうしてこうなった!



 遡る事、一時間前。

 俺こと柾谷(まさや)博一(ひろかず)は俗に言う鍵っ子だ。共働きの両親に一人息子の俺は、それなりに甘やかされて育った自覚がある。父ちゃんは厳しい方だと思うが、単身赴任で家に居る事が少なく、母ちゃんもそんな俺を不憫に思ってか休日ぐらいは遊んでくれた。

 お陰で俺は腐る事無くまっすぐ成長できた、つもりだ。

「じゃあ、ひろ君、学校に遅刻しないようにね。最近は空き巣とか多いらしいから鍵もかけてよ。行ってきますー」

 はいはーい、行ってらっしゃい。

 俺と違ってのんびりした母ちゃんが、急いでいるように見えない急ぎ足で家から出て行くのを確認する。

 二階から車が発進するのも見送って、俺はほくそ笑んだ。

 悪いな母ちゃん、今日は学校をサボる日なのだ!

 意気揚々と自分の部屋から持ち出したテレビゲーム機を広間の液晶テレビに繋げる。昨日発売された新作格闘ゲームソフト、〝がんばれファイティング・バトル5〟をプレイするのだ!

 格闘ゲームをプレイするのは筐体こそ至高とする俺だが、布教用はまた別だ。一度のプレイ毎に小銭を消費するあのスリルの前に、操作性や常連プレイヤーたちとの戦いに消えるビギナーが多いのは事実。

 だから俺は、こうやってコントローラーの操作を熟知しつつ適度な接待プレイを練習し、あまねく格闘ゲームビギナーを引き込む努力をしているのだ!

 いつも俺にちょっかいをかける前の席の奴にはよく布教しているから、今回もこのゲームに引き込んでやるつもりである。

 学校? 愚問、昨日すでに冠婚葬祭の休み届けを出している!

 さあさあ、プレイ開始……、ん? 呼び鈴が鳴ったがどこかの営業か? 気にする必要はないが、一応ヘッドセットをつけて音漏れしないようにしておくか。

 おお、これが噂の据置機用のオープニング! この完成度に美麗なCG、躍動感溢れるキャラクターたちの乱舞……見事な出来映えだ!

 ……いやしかし……エロいなこの衣装。

 などと考えていると、不意に視界一杯に顔が出て来た。

 ほんぎゃああああああああっ!

 ヘッドセットが外れてひっくり返った部屋の中で、きゃっきゃ、きゃっきゃと笑う声が木霊する。体を起こすとそこには、見慣れたツインテールにセーラー服で、底意地の悪そうな目つきで俺を指差し笑う女――いや、女装少年、安藤(あんどう)昌也(まさや)の姿があった。

 何でお前が居るんだよ!

「随分じゃん、まさやん先輩。親戚の結婚式はどうなったのさ」

 むっ、とした顔で安藤。なんで知ってんだお前。

 そんなもんあるわけねーだろ、サボりだサボり。今からゲームすんだから、お前は学校に行ってろ!

 外の陽気にほだされてか、スカートをぱたぱたさせる安藤から目をそらしつつ、野良犬を追い払うように手を払う。安藤は俺の態度にさらに気を悪くしたのかむくれてテレビの前に座った。

 ……そのヤンキー座り止めてくんない? モロがパンツなんだけど。下着まで女物にすんなよ。

「せっかく後輩が遊びに来てるんだぜ? なんかやろうよ、まさやん先輩~」

 勝手に家に上がりこんだ分際で何ほざいてんのお前? だから、スカートぱたぱたすんなって言ってんだろ!

 この安藤、マァサと呼ばれ男子校でこの服装と、非常に人気のある生徒だが中学生並みの品のない行動にみんながみんな、遊び友達という感覚で構ってくれるという恵まれた存在だ。見た目も良いし。

 そのせいか、やたらと恥ずかしがる俺に目をつけて事ある事に絡んでくる。そのせいでうちの母ちゃんとも仲良くなり、学校の連中には内緒にしているが、たまに夕飯を食いに来る間柄だったりもする。

 歳はひとつ下だが、ごらんの有様で目上に対する礼儀というものは全くない。

 そんな安藤、俺のゲームに目をつけて座り直した俺の上に腰を下ろした。この説明、わかるだろうか?

 ……あの、スカートが邪魔でテレビ見えないんですけど?

「おお、っと、これはなかなか……バランス取るのが難しい……!」

 いててててっ、痛い痛い! 太ももに踵が抉り込んでる! つーか頭の上にケツを乗せるな!

 暴れる俺にバランスを取ろうとする安藤。どうにかこうにか床に投げ飛ばすと、そいつは甘ったるい声で悲鳴を上げた。

 なんか悪い事をした気分になっちゃう。人の良心を付け狙う卑劣な輩め。しかしその安藤の手にはコントローラーが握られている。

「勝負しようぜ、まさやん先輩」

 この野郎、俺の腕前を知ってての発言か。

 そういえばこいつと格闘ゲームをした事はなかった。クラスメイトの連中から話を聞いているのなら、上手すぎず下手すぎずといった評価だろう。だがそれは接待プレイ、こいつに対してそれをやる必要は一切ナイ。

 ちょこん、と俺の隣に可愛らしく座る――、ワケがなく、あぐらをかいて俺の隣にどっかと腰を下ろした安藤に、俺はひっそりと溜息を吐いた。

「んじゃ、負けたら一枚ずつ服を脱ぐって条件で! どう?」

 だから何ほざいてんのお前?

 普段の俺ならば了承するはずないのだが、ここは俺の家、そして目の前にあるのは俺が最も得意とする格闘ゲーム!

 完全に俺のフィールドだ、いつもとは違うぜ、いつもとはな!

 自信たっぷりでその条件を飲むと、安藤は意外そうな顔をしていたが、面白くなったと画面に集中する。安藤のプレイの実力は知らんが、全国大会初戦敗退の俺の実力をなめるなよ。

「うりゃー、ていていてい!」

 開始の合図と同時に声を張り上げる安藤。可愛い声でやかましいわ。

 コントローラーのボタンを連打するだけのガチャプレイ。技を覚え始めた人間にとっては脅威であるが、俺はすでにその段階ではない。

 あっさりとガードして、きっちりと反撃を入れていく。隙の大きい攻撃にはコンボを挟み、ガードしない相手の行動を読み取って大技を叩き付けてフィニッシュ。

 ……流れるような美しい終劇だ……!

 くっくっく、どうだ安藤。今回ばかりは手も足も出まい、悔しかろうが勝負は非情なのだ。

「あ~、負けたぁ! まさやん先輩強いじゃん」

 安藤から珍しいお褒めの言葉に、どんなもんだいと胸を張る。……たかがゲームとか言うな! これぐらいしかこいつに勝てるもんがねえんだよ!

 しかし安藤にとってもやはりたかがゲームなのか、特に悔しがる様子もな……く……。

 何を堂々とパンツ脱いでんのお前? いやスカートで大事な部分は見えないけどさ。

「何って、罰ゲームでしょ? じゃあ続きやろっか」

 ニンマリ顔の安藤。

 こっ、こっ、こっ、このやろおおおおおおっ! こっちが狙いかこのやろおおおおおおっ!

 脱いだパンツを俺のゲーム機に乗せて再戦を選ぶ。俺のフィールドが完全に崩壊した瞬間だった。



 も、もう止めよ、ねっ、ねっ?

「だ~め。俺をこれだけ辱めといてさぁ、逃げる気なのかな~?」

 そっちが勝手に脱いだんだろうが! ふざけんな人でなし!

 三試合終了後。完勝の俺に対して、三連敗の安藤はセーラー服のボタンを半分まで外してブラジャーを取った。

 ボタン直せよこの野郎! 普通はセーラー服に靴下とかから始めるもんだろうがこの野郎! なんでパンツにスカーフときてブラジャーなんだよこの頭ちきんが!

 ちらちら見える安藤の生白い肌に集中できない俺に対して、安藤はニマニマしながらテレビ画面を見つめている。

「よーし、今度は勝つぞー。よっ、せい、ほりゃほりゃほりゃ!」

 あああああああ、動くなじっとしてろ、視界に入るんだよお前ーっ!

「おっ、いい感じ……やったー! 初勝利! ぶいっ」

 テレビの前に仁王立ち。

 半身だけで振り返って肩越しのブイサインと悪戯好きなその笑顔は、俺の胸を高鳴らせるには十分だった。

 ……まあ、こいつが楽しんだなら、それでもいっか……。

 勝利に満足したであろう安藤に、遅刻でもいいから学校行けよと促す。なんだかんだ言っても、隣に並んで対戦するなんて久々のことだったから、楽しいではあった。

 ……あの、なぜに俺のズボンに手をかけているのだね安藤君。

「まさやん先輩、まさかレディに恥をかかせるだけかかして、自分は逃げるつもりじゃないですよねえ?」

 おまっ、何がレディだふざけんなタワケ! 一兆歩譲ってお前が女だったとしても自分からパンツ脱ぐ奴をレディと認めんわ!

 あっ、ちょ、止めてーっ。おいマジで止めろ!

 俺の訴えも虚しく、細身な体に似合わぬ力強さでベルトを引き抜き、ズボンをずり下げる。いや本当に力あるなお前! さすが男だね!

 こういう時によくあるパンツも一緒に下がる、なんてアクシデントはなかった。なかったが、男のデリケートゾーンに対して顔が近いぞお前。

「……へえ……まさやん先輩って、思ったより毛が薄いんだ?」

 ぎーやーっ!

 恥ずかしいいいいっ! 死ぬううううっ!

 太ももの付け根をなぞられて、びくりと腰を震えさせた俺は慌てて安藤から離れるが、ズボンが足に絡まってこけてしまった。

 あ、安藤の奴、ニマニマニマニマしてやがる! いつもより非常に多くニマニマしてやがるぞ!

「まさやん先輩、先輩のクセに逃げようとするなんてぇ、男気ないんですねぇー? オンナノコの方が似合うんじゃないですかぁ~?」

 猫なで声ヤメロン。

 安藤はそういうと、床に膝をつけたまま――おいノーパンがケツこっちに向けんな!

 ともかくゲーム機に置いていたパンツを両手で広げて見せながら、ニマニマ顔でにじり寄る。

 わーお、すんげーえ。ヤな予感しかしねーや。



 やべえ、楽しい。

 俺のブラをつけてガッチガチのまさやん先輩が面白い。

 耳まで真っ赤になったまさやん先輩は、悔しそうに歯を食いしばっている。

 ちょっと涙目になってない? やばいやばい、可愛い!

 トランクスと体格に合わないきつきつブラのまさやん先輩は、さっきまでテレビゲームで騒いでいたのが嘘みたいに静かになっていた。パンツまでいけるかな?

 いや、でも。あー、チューしたいかも。

 こっちならいけるかな?

 ガッチガチの先輩の腕に手を置くと、大袈裟に震えてこっちを見る先輩は、やっぱり涙目で、大きく見開いた目には笑い顔すら引っ込んだ俺の顔が映っていた。

 指を動かせば、先輩の毛がさらさらと流れた。そりゃそうだ、いくら薄いと言ってもまさやん先輩は男なんだから、俺みたいに無駄毛処理しなきゃあ、つるつるになんてなりっこない。

 そう、男だ。ヘタレったって、まさやん先輩は男なんだ。

「……お、おい、安藤……?」

 体重をかけると、戸惑うまさやん先輩のうわずった声が耳に響く。

 喉が、やたらと渇いて、先輩の顔一面に浮かぶ脂汗すら魅力的に見えた。

 体を乗せると先輩の体は鳥肌が立っていて、ブラの布地が俺の体に触れて、思わず声が出た。

 まさやん先輩は笑いそうなほど体を跳ねさせたが、俺は笑わなかった。

 先輩の瞳に居座る図々しい二人の俺が、どんどん大きくなる。

 鼻が、鼻先が触れ合った。



「――へっ……ぶっしょーい!」

 どわわわわっ! きぃったねえー!

 顔中に降り注ぐ唾だかなんだかに、俺はのしかかっていた安藤を押し返した。

 油断していたのか、あっさりと転がり頭を打って悲鳴をあげる。恨めしそうにこっちを見上げる安藤を尻目に、俺は奴のブラをむしりとった。

 よくもまあ、玩具にしやがって。

 顔に投げつけてやったが、あっさりキャッチするとぶちぶち言いながらブラをはめている。

 ……あ、一人でやる時はそうやってつけんのね。て、見たくて見た訳じゃねえぞ!

 体が冷えたんだろうけど、自業自得だな。タンスから出したタオルで顔を拭くと、安藤が自分もとタオルをせがんで俺の肩に顎を乗せる。

 痛いんですけど?

 タオルを振り向き様に投げつけると、ふふん、と余裕そうにこれまたキャッチ。おのれ安藤。

 ……しっかし……本当に良い体してんねお前。

「ええ? なんだよ、やらしいのー!」

 い、いや、男が男の裸見て、なにが嫌らしいんだよ!

 いやまあしかしもカカシ、本当に安藤の体はいい体だよ。もちろん変な意味はないからな!

 細く引き締まった体はガリガリなわけではなく、きっちりと筋肉がついているんだ。俺が押さえつけられたのも納得の体だ。

 体育の時間では大活躍で部活勧誘もしつこいとの愚痴は聞いた覚えがある。

 まー、関係ないけど。

 服を着た安藤を追い出すことに成功した俺は、至福の時を味わうべくゲームに集中した。

 集中しようとした。

 だけど、何だろうな、いや理由はわかるんだけど。わかるんだけど!

 奴の、珍しくクソ真面目な顔ばっかり思い出されて、俺は全くゲームに集中できず、諦めてふて寝した。

 早めに帰ってきた母ちゃんに頭を蹴り飛ばされるまで、だったけどな。



 イライラする。

 まさやん先輩に家から追い出された。だけど、イライラしているのはそこじゃない。

 どーしてあそこでクシャミとかすんのかなー、俺!?

 あそこはいけた、絶体にいけた! 

 そりゃ普通とはシチュエーションは違ったけどさぁ、あんなに大人しい先輩なんて見たことなかったぞ。

 なのに、ああ、なのに!

 悔やんでも悔やみきれなくて、朝も人通りの少ない道で地団駄を踏む。

 くそう。イライラする。

 悪いのは先輩だ、そうだ、まさやん先輩が悪い。あそこでクシャミしたからって、なんで追い出すんだよ。これからってところだったじゃん。

 俺も萎えてたけどさ、そこは先輩なんだからリードすべきだろ?

 そうと決まれば報復だ。俺はまさやん先輩のオフクロ、ますみちゃんにメールを送ってやったのだ。家の中にサボり魔がいますよってな!

 バーカ。

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