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男の娘と  作者: 梢田 了
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男の娘とバレンタイン

 短編作品として投稿している〝男の娘と〟のシリーズについてですが、書くのは追いつかないまでも色々とアイデアが浮かびましたので長編作品として新しく始める事に決めました。

 本来は一作終了だったのですが、色々と案が浮かんだこともあり、ならばいっそのこと連載にしようと考えた次第です。

これからも気楽に投稿していきますのでよろしくお願いします。

「おらぁー、惨めな野郎共に義理チョコだーっ」

 教室の引き戸を勢い良く開いたのは、セーラー服の良く似合う我が校唯一の女子――ではなく、女装趣味のセクハラ男子、一年下の安藤(あんどう)昌也(まさや)だ。

 ここは男子校、バレンタインとは無縁の場所だと思っていたのに。

 職員室で貰ったのか、家からそのまま持ってきたのか、地区指定の燃えるゴミ袋に入れられた白い小包を無差別にばらまく姿は学校に反旗を翻しているとしか思えない。

 だと言うのに成績優良なこの男は教師にも可愛がられ、女装しようがこのような突発的なイベントを行おうも全く問題ナシとされている。同じ補習組みだったはずなのに、差別だ、贔屓だ。

 そして何より〝面白くない〟のが、その見た目。さきほど述べた通り、安藤はセーラー服が良く似合う。ツインテールの髪はカツラだが、安っぽい髪質にも関わらず可愛く見えるのは本人のモトが良いのか化粧が上手いのか。

 その見た目と性格のせいで、本人は周りの男子の人気も鰻上りだ。よくありそうなイジメの話も聞きやしない。

 そりゃそうだよな、オヤジギャグや問答無用のセクハラをかますんだから遊び友達、楽しい奴としてみんなの中にいられるんだ。何より可愛いとくれば、もうアイドル気取りなわけだ。自分の名前からマァサなんて皆に呼ばせている。

 そんな安藤が入り口近くで小包をばら撒いた後、届かない奥の席には一人一人丁寧に配って行く。誰もがお礼を言う中で、安藤は獲物を見つけた猫のようにニマニマ笑いながら、俺の所へやってくるのだ。

 前の席の奴がプレゼントを受け取ってお礼を言うのを聞きながら、次は俺の番だという所で俺はそっぽを向いてお礼を言う。顔を合わせてたら絶対になんかされるし。

 安藤は、俺の机をスルーして後ろの席にプレゼントを置いていた。

 …………えっ。

「おいおいおーい、柾谷(まさや)マジかよー! 期待しすぎだろ、貰ってねーのにお礼を言うとか」

 ううるせえええええっ!

 前の席の奴の言葉に、俺は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 いつもこうだ。俺はこいつらと違って恥しがり屋さんだから、安藤の奴に悪戯されるんだ!

 そして、そんな俺の名前は柾谷(まさや)博一(ひろかず)なんて名前だからか、安藤にはまさやん先輩と呼ばれて馴れ馴れしくされているし、周りからはいつも軽口ばかり叩きつけられる。

 男子校だからって!

「あっれ~? まさやん先輩、もしかして俺のチョコに期待してたの?」

 期待してたよ馬鹿野郎!

 などとは言えずにニマニマしている安藤から顔を背ける。恥しくてショーガナイ。

 安藤はショーガナイナー、などと言いつつわざわざ俺の前までやってくると、スカートの中をまさぐり始めた。

 何してんの?

 ショックで固まる俺をよそに、満足そうな顔してスカートの中から取り出したのは、他の包みとは違う大きな縦長の箱だった。綺麗に包装されており、くるくる巻かれたリボンには〝ディア・まさやん先輩へ〟と書かれた付箋までついている。丸文字で可愛い。

 どっから出してんの?

「まさやん先輩の為にぃー、朝から早起きしてぇー、一生懸命作りましたぁー。受け取って、く、だ、さ、い、ね?」

 飛んで来る投げキッスを思わず避けながら、何とかお礼を言う。

 ちょっとォ、ヒューヒューうるさいんだけど男子ィ!

 恥しくて真っ赤な顔から火が出そうな程の熱を感じていると、箱を引き出しに入れようと苦戦する俺に安藤は意外そうな顔をした。

「開けないの? せっかくまさやん先輩の為に作ったのに、皆も見たがってるよ?」

 ねえ、皆。輝く笑顔で振り向けば大盛り上がりの我がクラス一同。お前ら席着けよそろそろホームルーム始まるだろうが。

 期待の眼差しを向ける安藤に、絶対にロクでもないものが入っていると確信した俺だったがしょうがない。授業中もこの事で非難されては身が持たない。お前らの楽しみの為にイケニエになってやるからありがたく思ってくれよ!

 蛙のびっくり玩具かそれともパンツか、果ては熟女もののアダルトビデオか。意を決してリボンを解く。

 あれ、なんかこれ異様に重いぞ。ビデオはビデオでもカセットテープの方じゃ……。

 そんな事を考えていると、包装紙を引き裂いて、ごとん、と重い音をたててそれが落下した。

 毒々しいほどにピンク色。男のアレを模した電動器具に頭が真っ白になる俺。

「ええっとぉ、まさやん先輩はぁー、よく〝ケツの穴が小せえ男だな!〟って言われてるからぁー、ガバガバになって貰えるように大きいノにしてみました」

 きゃっ、などと顔を隠す安藤。死ねよお前。

 どこが自作だよ、思いっきり値札ついてんじゃねーか。俺の期待とドキドキを返せ。

「マジかよ柾谷……さすがにそれは引くわ……」

 俺何も言ってなくね?

 前の席の奴の椅子を思いっきり蹴りつけるとクラス中に巻き上がる大爆笑。

 安藤に大人の玩具を投げつけると、あっさりとかわされてセクハラ呼ばわりされてしまった。玉どころか尻の穴まで撫で回すセクハラ魔が何を言うか。

 チャイムの音に、けたけたと笑っていた安藤は残りのクラスメイトにチョコを配って教室から出て行った。今度は別の休み時間に他のクラスが襲撃に遭う事を考えると、俺のようなイジられキャラとしてのポジションを築いている面々に同情する。

 ……何気に俺だけチョコ貰えてないな……。

 男からのチョコレートを幸せそうに食べる級友に囲まれて、俺はもうやる気を無くして項垂れていた。



 結局、配るのが面倒になったのかお昼の休憩時間に安藤は校内放送で、チョコが欲しい野郎共は体育館に来いとほざいていた。



 放課後。下校のチャイムもとっくになり終わって、体育館から嬉しそうな顔で飛び出してくる奴らの顔を眺める。最後に安藤は、仲の良い女教師と出てくると体育館のドアに施錠していた。

 教師も別れてしばし。寒風にかじかんだのか、指先を口元に持って行く安藤の前にやって来た俺。安藤はお見通しだとばかりに不適な笑みを浮かべていた。

 話があるからと体育館裏へ誘うと、安藤は相変わらず悪戯を思いついたような意地の悪い笑みを浮かべている。

「まさやん先輩の分のチョコはもう無いけどなぁ」

 …………。

 ちょっと気分が盛り下がったが別にそんな事を期待なんてしてなかったぜ?

 肩を落としてとぼとぼ歩いていると、横に並んだ安藤が俺の手に指を添えた。細くて、ひやっこくて、しなやかな、男の指とは思えない指だ。俺の肌みたいにがさがさしてやいないし。

 恥しくてその手を払おうとしたら、安藤は嫌がって指どころか腕を絡めてきた。

 恥しいって言ってるんだからやめてくんない?

「なんでさ。男の友情だろ、肩組むのはさ」

 いつお前と友情が芽生えたんだよそれにそこは肩じゃねえよホモサピエンスの関節は嘘吐かない。

 安藤を引き剥がすと、詰まらなさそうに小石を蹴った。何だろう、胸が痛む。

 体育館の裏で、人が見てやしないか辺りを見回す俺を、安藤はイカガワシイ事をする気なのかと笑っている。

 ンなわけアルマジロ。こんなところを他の奴らに見られたら、何を言われるかわかったモンじゃない。

「ふーん。じゃあ女装指南とか? まさやん先輩じゃキビシイかな~」

 ニマニマ顔の安藤に、たまには本気で殴ってもいいんじゃないかと思えてくる。

 口下手な俺をいつものように丸め込むつもりか、俺の優柔不断な性格から最近の成績ダウンの話までぺらぺらまくしたて始めた安藤。

 なんで誰にも見せてない席次まで知ってんだよ、母ちゃんだって知らないんだぞ! い、いかん、このままではいつもの通り奴のペースだ!

 俺は本日二回目、いや体育館に来る前の決意も合わせれば三回目の意を決すると、鞄の中の必殺兵器をごそごそする。

「ええ、今度はなに? 幾ら俺でもまさやん先輩の熟女趣味の理解者には――あいたぁっ!?」

 たわけた事をほざいた安藤の鼻っ面に、俺が鞄から取り出した小箱がクリーンヒットする。誰が熟女趣味じゃこの野郎。お前のせいで熟女趣味が転じてマザコンのホモ扱いされてるんだぞこっちはよ。

 鼻を押さえて涙目になっている安藤は、自分の手に収まる箱を見下ろして驚いたようだ。それなりに綺麗だと思う包装のされた箱。

 ハ、ハピ、ハッピーピ、…………。

 ハッピー・バレンタイン。

 …………。

 オウ、ガッデム。めちゃくちゃ噛んだぞ。

 安藤は手元の箱と、恥しくて目を逸らした俺とを何度も交互に見る。

「……いやいくら俺でも、ふじやん先輩のインモー入りはちょっと……」

 あーそうかい、やっぱり男の手作りは――何が陰毛入りだこの野郎。俺はそんなに倒錯した性癖はもってないぞ。

 いや、もう、こいつにチョコ渡してる時点で倒錯してるのか?

 顔を見れば安藤の奴は、笑いを堪えて顔を真っ赤にしている。いや堪えきれてねえな、口の端からニマニマしてやがる!

 もう目も合わせられないのだろう、こっちの顔を見ることも出来ずに笑いを堪える安藤は、まさかの手作りなんてとしゃがみ込んだ。

 このやろおおおおおおおおおっ!

 ……でもまあ、なんだ。あんな悪戯ばっかりやってたら、こういう奴も出てくるって事だよ。

 俺はもう、疲れてしまって安藤に、あまりおふざけもしないようにとだけ笑った。

「……このチョコ、ブログに載せとくからね」

 やめろーっ! お前のブログこの学校じゃメジャーじゃねえかよーっ!

 チョコを取り返そうとする俺の手をするりとよけて、安藤はきゃっきゃと笑いながら走って行ってしまった。

 後には呆然とする俺だけが残されたのだった。

 ……さみい……帰ろ。

 疲れた足取りで我が家に着くと、上機嫌な母親がどうだったかと質問してきた。

 ななななななななんの話?

「隠したってダメよ、あんなにキッチンでチョコの香りがしてるんだもの。まさ君にチョコあげたんじゃないの?」

 なにを言っているんだ母ちゃん。俺がチョコ食いたかっただけに決まってるじゃないか。

「そうなの?」

 そうなの!

 母ちゃんはしばらく疑いの目でこちらを見ていたが、やがて溜息を吐いた。

「まあ、それならいいんだけど……ひろ君、チョコソースと間違えて変なもの入れてない?」

 え?



 体育館から離れたトイレに駆け込んだ俺は、乱暴に個室のドアを開けて中に転がり込んだ。さすが男子校、汚い場所だったが今はそんな事を気にする余裕なんて無い。

 理由は簡単、単純至極。

 あのヘタレなまさやん先輩が、俺にバレンタインのチョコを渡したからだ。それも手作り。

 火照った顔に冷たい手を当てたつもりが、指の先まで暖まっていて驚いてしまう。

 やばい、顔のにやけが止まらない!

 嬉しい気持ちがいっぱいになって、何だろう、跳びたい。

 ぴょんぴょん跳ねたい!

 便所のレバーを乱暴に踏みつけて、トイレットペーパーをがらがら回す。

 そんなんで気が紛れるはずもない。俺に箱を投げて、いつもよりももっと恥ずかしそうにして、笑いもせずに、真面目な顔でそっぽを向いてたまさやん先輩。

 可愛すぎて抱き締めたかった。むしろ抱き締められたかった。

 あー、くそう。何で今日に限って男気を出すんだまさやん先輩め~。

 疲れた体で外に出る。

 手洗い場の鏡には、未だに真っ赤な顔の俺が映っていた。

 化粧なんて役に立ちやしない。単純なもので、鏡の中の俺は幸せそうなにやけ面をしている。

 ぶん殴ってやりたいよ、イクジナシ。

 上着のボタンを外して服を開くと、肌着のない体に巻き付くリボンが見える。アネキに手伝ってもらったけど、朝から巻いてたから擦れて肌が赤くなっている。

 ヘタレなふじやん先輩だから、今日こそ襲う……、じゃなくて、押そうとしてたのに。

 あそこまでするなら、もっと強引に来てくれたっていいじゃん。ハンパモン。

 受け取った箱には、手作りのチョコ。

 ……ブログに書くわけないじゃん……せっかくの、初めての、プレゼントなんだもん。

 これは俺とまさやん先輩、二人だけの思い出にするよ。

 二人だけのね。



 翌日の朝。

 チョコを食べてお腹を下した安藤昌也は、体調の悪化もなんのその、俺の机に粘土で象った特大の排泄物をこさえやがった。

 一日遅れのバレンタインチョコは、俺らのクラスに大きなダメージを与えたのだった。

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