第四話 村の獣人たちへの訪問②
三人は次の目的地を目指して、再び村の中を歩きながらお話していた。
「今度はどこ行くの?」
「それはね、ロトがこれからよくお世話になるところよ」
「えっ、僕が?」
「そう子どもたちがね、一緒にお勉強するところよ。シレマー先生が読み書きを教えるの。私も彼女から教わったのよ」
「そうなんだ!なんかとっても楽しそう」
「ええ、グレイみたいに勉強が苦手なら話は別だけど、ロトみたいな子はきっと面白いって感じると思うわ」
「うん。知らないことを勉強するのは面白いよね」
「そうね」
アリアとロトがニコニコ話しているそばで、グレイだけが一人ポツンとしていた。
「うう、俺だけ疎外感を覚えるぜ」
「お父さんはそんなに勉強が嫌いなの?」
流石に可哀想に思ったのか、話を振ってあげるロト。
話を振られると、グレイはすぐに復活して、自分が好きな分野の話をしだした。
「ああ、もちろんだ。それよりも剣を振ったり、体を動かしたりする方が楽しいぞ。どうだ、今度一緒にやってみないか?」
「うん!僕やってみたい。剣を振っているお父さんってカッコいいんだもの。僕もそんな風になってみたい」
「ああ、大歓迎だぞ」
「・・・やるのはいいけど。今しばらくはダメよ。体はまだ本調子じゃないんだから。」とアリアがジト目でグレイを見たのはご愛敬だと言えるだろう。
「はーい。・・・でもさ、なんか最近疲れにくいんだ。それに体を動かしたいんだ」
「それでもだめよ。今、無理をすると体が壊れちゃうかもしれないからね。・・・約束できるわね」
「うん。わかったよ」
ロトは自分の意見をすぐに捨て素直に約束した。
「よろしい。・・・あなたもわかったわね」
「ああ、わかったよ。・・・だからさ、そんなに怖い顔しないでくれよ」
「いいえ、きつく言っておかないとあなたってば、すぐに何かしでかすんですもの」
「わかってるから。心配しなくて大丈夫だから」
アリアはグレイをギロリと睨んでから、渋々とグレイから目をそらした。グレイはというと、冷や汗がだらだらと流れていたのがやっと止まった。
ロトは二人のそんなやり取りを見ていてもニコニコしていた。ロトは知っているのだ。二人が仲良しで、さっきのは痴話げんかにもならないような些細なことであり、単なる愛情表現みたいなものだと。最初の頃はオロオロするばかりだったが、今では何事もないかのようにスルーすることができていた。
「・・・さあ、ここがシレマー先生の学校よ。今日は授業をしていないんだけど、先生はいるから、ご挨拶に行きましょう」
「うん」
ロトたちはそのまま建物の中に入ろうとするが、グレイが言う言葉で止まることとなった。
「なあ、俺は外にいたらダメか?」
そんなことを言ったグレイを、ロトは疑問顔で、アリアは呆れ顔で見る。この微妙な空気を遮ったのは、ドアの向こうからの人物だった。
「おいおい、グレイよ、もしや私から逃げるつもりかい?」
三人がドアの方を見ると、一人の猫族の老婆がいた。
「げえ!シレマーのババア!」
グレイはまるで突然嫌な人物にあったかのような反応をした。
「ほうほう、わしのことをババアというか。相変わらずの奴め。昔通りにお仕置きしてやろうか?」
シレマーは、持っていた杖でトントンと地面を叩きながら言った。
すると、すぐにグレイは態度を変えた。
「間違えました!すみません、シレマー先生」
「いや、遠慮しなくて大丈夫だぞ。昔よりバージョンアップしておるからな」
そう言って今度は地面をグリグリするシレマー。
「いえいえ、結構です」
グレイはなりふり構わず、拒否する。あのトラウマの数々が思い出される。この状態がもうしばらく続くかと思われたが、グレイにとって救いの手が差し出された。
「お久しぶりです、シレマー先生。相変わらずのようですね」
「おや、アリアじゃないか。この馬鹿と結婚したときは信じられんものだったが、今もとなると、・・・お主、騙されてはいないだろうな」
「ええ、大丈夫ですよ。心配しないでください。・・・それとですね、今日来たのは明日からこの子を通わせたいと思ったからなのですよ。・・・ほら、前に出て」
「えっと、僕の名前はロトと言います。よろしくお願いします」
ロトはぺこりとお辞儀をして挨拶をした。
「ほう、この子が“人”の子か。お主たちが引き取っているとは思わなかったよ。ふむふむで、この子は何歳なんだ?」
「それがわからないんです。この子、記憶消失みたいで、全く覚えていないんですよ。ロトって名前も私たちがつけたんですよ。・・・だけど、ステータスプレートを使えば、年齢は判明すると思います。今度の商人たちとの取引のときも持ってきてもらえるそうなので。そのときに連絡しますね」
「そうじゃったか。なかなかお主、大変のようじゃな。だがな、これからも大変じゃろう。もしかすると、それ以上かもしれぬ。覚悟はできておるか」
「うん。今すっごく幸せだから、頑張る」
「そうか、そうか。時に、お主勉強は好きか?」
「うん。大好き!」
「うんうん、この子はいい子じゃないか。グレイの子どもにしては勿体ないぐらいだ。ちゃんとアリアの言うことを聞いて立派な大人になるんだぞ」
「?うん」
ロトはなんでお母さんのことだけでお父さんのことは含まれていないのか疑問に思ったが、ここで聞いてはいけないというか、可哀想な結末になると思ったため、スルーした。なかなか空気を読むこともうまくなっている。
「それじゃあ、クラスは初等クラスでよいかな」
「ええ、それでお願いします。この子にとって知らないものがたくさんありますから」
「ああ、わかったよ。・・・それと、他の子どもとその親たちのことだが、“人”の子と一緒になって勉強するのに反対する奴はおらんかったぞ。お主たちやバートンのやつが説明したおかげだろう。そこは、安心してよいぞ。まあ、わしも注意しておくがの。ただし、その子だけを特別扱いするつもりはないぞ。ここではみんな等しくだ。わかっておるな」
「ええ、もちろんです。私たちも通ったのですから。それに何かあれば自分たちが守ると決めていますから。」
「そうか。まだ、あのことを・・・。よし、グレイ!」
シレマーは突然大声でグレイの名を呼ぶ。
グレイは驚き飛び上がって返事をする。
「はいぃ!何でしょう!」
「ちゃんと、こやつの面倒を見るのだぞ。アリアにばっかり負担をかけるのではないぞ」
「わかってますよ。俺が大黒柱なんですからね」
シレマーとグレイはお互いの目をじっと見つめあう。そして、シレマーがふんっと鼻を鳴らして目をそらす。
「父親としての自覚はあるようだな」
誰にも聞こえない大きさの声で呟く。だが、グレイにはその場の雰囲気でシレマーが何を言いたかったのか分かったようだ。
「もちろんであります」
グレイはビシッと敬礼して返答する。
シレマーはそれに反応はせずにロトのほうを向く。
「明日から、ちゃんと来るんだぞ」
「うん。わかった」
「私たちは、別のところに挨拶に行きますね。それじゃあ」
「シレマー先生も元気でな」
「シレマー先生、さようなら」
三人は挨拶をしてさらに別の者の家々をまわった。薬屋をやっているお家や服屋を営んでいる家、グレイの狩り仲間の家々、武器屋を構えている家等々。全部を回り終えた時には流石にロトはくたくたに疲れており、帰りはグレイにおんぶしてもらい、すやすやと寝ていた。
そして、次の日からロトは学校に通うようになった。