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第二話 ロト=フェレス誕生

獣人と子どもが出会ってから、三日後。

「治療が終わった後も昏睡状態であった子どもが目を覚ました」という連絡を受け、グレイは、再び医者のところへ向かった。

そして、医者のところへ着くとすぐさま子どもの病室へ向かい、扉を開けた。

すると、確かにバートンの言う通り、子どもは目を覚ましていた。


グレイはホッとして、すぐに子どもに声をかけた。

「おい、体調はもう大丈夫か?」


すると、子どもはグレイに目を向け、

「うん」と言った。


「それはよかった。なかなか目を覚まさないから心配したんだぜ」


「ごめんなさい」と子どもはしょんぼりしてしまった。


「いや、気にするな。無事で何より。・・・俺は、猫族でグレイって言うんだ。お前さんの名前はなんていうんだ?」

とグレイが尋ねると、子どもは急に俯いて黙ってしまった。


グレイがそのことに困惑していると、その答えは、部屋の外から聞こえてきた。


「その子、自分の名前がわからないそうなんだ。しかもそれだけじゃなく、年や親、どこに住んでいたのかもわからないそうなんだよ」


そう、バートンは言い、子どもが目を覚ました直後のことを話し出した。




バートンは子どもの様子を見るために病室へ行くと、子どもがキョロキョロと辺りを見渡しているところだった。それを見て、彼は、ホッとした。なぜなら、予想していたよりもずっと長く昏睡状態だったのだ。


「おお、ようやく目覚めたか。よかった」


「ええと、おじさんは誰?」


バートンが声をかけると、子どもは不安そうにしていた。それもそうだろう。“人”が奴隷以外の獣人を見るのはまずないだろうから。


「俺は、バートンって言うんだ。猫族でこの村のお医者さんだよ」


「おいしゃさん?」


「そう、お医者さん。病気を治す人のことだよ」


「?」


子どもはよくわからないといった顔をしていた。なので一先ず自分のことは置いておいて、子どものことを尋ねることにした。


「おまえさんの名前はなんて言うんだ?」


「僕の名前?」


「そう、君の名前だよ」


子どもはそう言われると、少し考えるそぶりをして、こう言った。


「わからない」


「えっ」


「わからないんだ。僕が何なのか」


バートンはその言葉を聞いて絶句した。―記憶消失。病気の後遺症なのか、或いはもともとなのか、わからないが、それは余りにも子どもに対して惨いことだと思った。




グレイはそのことを聞くと、「そうか」とだけ言い、少しの間考え込んだ。

子どもは、その様子を不安そうに眺めながら、次の言葉を待っていた。バートンは、祈るようにしてグレイのことを見ていた。この話を聞いて、もしかしたら引き取ることをやめてしまうかもしれないから。


その二人の眼差しを受けながら、グレイは考え込んでいるようだったが、しばらくすると、子どもの方に歩いていき、子どもの髪をクシャクシャとするように頭をなでた。


「よし。俺と一緒に来い」


「えっと」

子どもはどうすればよいのかわからない、という顔をしていた。


「大丈夫だ。遠慮することはない。俺のカミさんも了承済みだ。安心してこい」


グレイがそう言うと、子どもは、ポロポロと涙を流し始めてグレイに抱き着いた。しまいには、声を上げながら泣き出した。これからのことが余程不安だったのだろう。グレイに抱きついたまま、声がかれるまで泣き続けた。



次の日、グレイは奥さんのアリアを連れて子どもの病室へやって来た。


「初めまして、こんにちは、グレイの嫁の猫族のアリアです。私のことは、お母さんって呼んでね」


「うん。初めまして、・・・お母さん」


アリアがニッコリ微笑みながら挨拶すると、子どもは照れくさそうにしながらも挨拶を返した。


「そうそう、よかったら、私たちが名前を新しく決めてもいいかしら」


「ほんとに!うれしい」


子どもは目を輝かせながら喜んでいた。


「ロトなんてどうかしら、昨日考えてみたの。ロト=フェレス。どうかな?」


「ロト、・・・これが僕の名前。・・・すごく好き・・です」と涙声になりながら言った。


「ロト、泣かないで。・・・これからずっと一緒よ。私たちのことは、本当の家族だと思ってね」


「うん」


ロトは泣きながらも今まで一番の笑顔を浮かべていた。



グレイとアリアは、ロトの病室から出て、バートンと今後のことについて話し合っていた。

「・・・というわけで、ロトが元気に歩き回れるようになるのは、二か月後ぐらいだと考えられます」


「つまり、それまでは、お前のところで預かるのか?」


「ああ。それか、グレイの家にロト用のベッドを用意して僕が診察に行く形で療養することもできるが。・・・どちらを選ぶにせよ。お前さんたちとロトの気持ち次第だ」


「そうですか・・・。私は、家で療養させたいと思うわ。バートン先生のところだと一人でいることが多いだろうし。家なら私がずっといるから、寂しくないと思うの」


「でも、アリア殿は大変ですよ。全く動けないというわけではありませんが、体をうまく動かせないですし、料理にも気を使わないといけない。それでも、大丈夫と言えるのなら、反対しませんが。あなたが無理をするのだけは、やめてください。ロトが責任を感じちゃうかもしれませんし。それに、グレイが珍しくへこんじゃいますしね」


グレイはその言葉を慌てて否定した。


「おい!?俺は、そんなことにならねえ」


「えっ、違うって言うんですか?ほら、あの時、アリア殿が過労で倒れてしまったとき、僕に泣きながら・・・」


「おい!それ以上は言うな!・・・アリア、違うからな。あれは、あいつの戯言だ」


「なんですか、人聞きの悪い。私は噓なんてつきませんよ。・・・ほら、他にも、足に怪我をしたときも、・・・」


「ほんとに、やめてくれ!俺が悪かったよ!」


グレイは苦虫を噛み潰したような顔をし、バートンは勝ち誇ったような顔をしていた。


「そうですね、グレイのいじりはこのぐらいにして、「おい!今、いじりって言ったな!おまえ~。」ほら、ぐずらない、本来の話に戻しますよ。で、どうするんですか。ここでか、それとも、そちらの家でか」


「ふん。決まっているよ。アリアも言った通り、家で面倒を見る。これは決定事項だ。・・・それに、お前もその方が助かるだろ。ただでさえ、最近、怪我や病気するやつが多くて、病室の数が足りてないんだろ?ここは、俺たちを信じて頼ってくれよ」


「グレイ・・・。そうか、わかったよ。ここはお前さんの言う通りにするか。・・・では、そのことは、お前さんたちからロトに言ってやってくれ、その方がうれしいだろ。・・・それじゃあ、今からは自宅での療養のやり方や注意することなどを説明するぞ。まずは、・・・」


そうして、バートンによる説明が始まった。




それから約2時間後、

「・・・というわけだ。理解できたかな?」


「はい、大丈夫です」

「俺は、大体かな。所々あんまりわからんところがあったからな」


「まあ、そうだろうな。一応、今言ったことが書いてある冊子を渡しておこう。何かわからないことがあれば、それを見るか、俺に聞いてくれ。できる限り連絡がつくようにしておくから」


「ああ、ありがとよ」


「いいって。なんだかんだ言って、お前さんはいいやつだ。困ったやつを見捨てられない。そんなだから俺も力を貸そうと思うんだよ。村の奴らには事情を説明しておいたけど、やっぱり、受け入れがたいやつもいるようだ。それでも、捨てておけ、と言うやつはさすがにいなかったが」


「そうか。よかったと言うべきなのか、それとも悪かったというべきなのか。・・・だが、俺たちがロトを村のみんなに認められるようにすれば、いいってことだろ。現に、少数の“人”の商人たちとは、取引しているんだし」


「まあ、そういうことだ。ロトをよろしく頼む」


「ああ、任された」


バートンとグレイは握手をしてその日の話し合いを終えた。だが、その後、新たなベッドや道具をグレイたちの家に運ぶとき、彼らが軽く言い争っていたのは、ご愛敬だと言えるだろう。もちろん、バートンが勝利していたが。


そんなこんなで、引っ越しが行われると聞いたロトは、すごく喜んだ。だが、一人で歩けないことに申し訳なさを感じるようだったが。

それでも、実際に病室を出て、外に出ると、すごく楽しそうにしていた。あれは何だの、これは何だの、色々なものを見ては尋ねる。

初めて見るものばかりらしくて、目をキラキラ輝かせる。

そんな様子をアリアとグレイは見て、微笑ましく思っていた。


そうして、ロトを迎えたグレイたちの生活が始まったのだった。

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