第一話 プロローグ
そこでは、激しい雨が降っていた。雨の音しか聞こえないような激しさである。
そこは森の中であるにも関わらず、見渡す限りの更地であった。
ただ、普通の更地とは違いそこにはあるはずのないものがたくさんあった。
それは、死体。
鎧を着ている人や武器を持っている人。角がある人ない人。子どもや大人。
あらゆる種類の死体がそこにはあった。
その中でも特に大きな死体が中央にあり、さらにその周りに4つの死体が転がっていた。
その4つの死体の傍に小さな子どもがいた。その場で唯一生きている人である。
その子どもは泣いていた。雨の音に負けないぐらい声を上げて泣いていた。1つの死体に覆いかぶさりながら。
すると、空を埋め尽くす大きな魔法陣が現れる。
それでも、その子どもはただ泣き続けた。しかし、その子どもに異変が現れ始める。左右両方の手の甲に不思議な紋様が現れ輝いたのだ。右は白く、左は、黒く。
そして、その輝きに呼応して空の魔法陣がさらに強く光り輝く。大地をすべて包むように光が覆った。1秒にも満たない間のことだった。
だが、その後、死体のあった更地を見ると、さっきと同じように死体がたくさんあるが、生きていた子どもの姿がどこにも見当たらなかった。
さっきまで聞こえていた泣き声はなくなり、ただ雨の音が聞こえるだけになった。
あれから一週間後、別の森の中で、ある獣人が狩りを行っていた。剣でイノシシを切ったり、クマを切ったり。
ときには、木の実や山菜を収穫する。
今回は、この時期にしか生えないものすごくおいしいキノコを収穫するためにいつもより、森の奥に入っていた。
ときどき、動物ではなく魔物も現れていたが、その獣人は剣の一振りで倒していた。
しかし、その獣人は、違和感を覚えていた。
なぜなら、いつもより魔物の数が多いためである。そんな報告は聞いていないし、昨日自分が森の中で狩りをしたときは異変がなかった。
狩りは危険を伴うため、危険だと判断した時は、絶対に一人で森の中に入ろうとはしない。それに村の人たちと、森の情報を毎日共有しその判断をしているのだ。昨日の時点では、特に変わった報告はなく、今日はいつも通りに狩りに出た。その結果がこれだ。
だが、ここにも疑問が生じる。もし増えたとしたら1日で増えたことになる。それはおかしい。もしそうなら、生態系のバランスが大きく崩れてしまう。
だから、獣人は魔物たちの住処に何かが起こり、住処にいられなくなったため、森の中をウロウロしており、自分と遭遇しているのでは、と考えた。
その原因としては、別のところからやって来た強い魔物である可能性があるため、確認しておこうと考え、さらに奥に進んでいった。
戦闘を繰り返しながら進むこと2時間。遂に魔物の住処と思われる場所を発見した。獣人は魔物たちに気づかれないように遠くから観察していたが、特におかしなところはなかった。
そのため、別の場所を探そうと思い、移動しようとすると、魔物の住処の入り口からぐったりとした人間の子どもを背中に乗せた魔物が現れたのだ。
このことに獣人は驚き、草陰から飛び出して、その魔物を攻撃した。魔物は1発目の攻撃はよけたが動きが鈍かったため、2発目で倒された。
獣人は魔物が倒れたことを確認するとすぐに人間の子どもを保護しようとするが、周りからたくさんの魔物たちが現れた。
中には、獣人にとっても倒すのが難しそうな強力な魔物もいた。
獣人はやばいと思いながらも子どもをかばうように立ち、魔物たちに向き合った。
そして、魔物たちに攻撃しようと剣を振りかぶると、後ろから弱々しい叫び声がした。
「やめて、攻撃しないで」
獣人はその叫び声で剣を止め、後ろを振り返ると、子どもが体を少し起こしていた。
子どもは、獣人が自分の方を見ると、続けて言う。
「お願い。攻撃しないで」
そして、魔物たちに向かっても。
「お願い。攻撃しないで」
すると、魔物たちは、子どもの声に従うようにその場に座った。それが、戦闘しないという意思表示になるのだろう。子どもは、それを確認すると、すぐにまた倒れた。
獣人は信じられないものを見たというような顔をした。
それは当然だろう。基本、魔物は人のいうことは聞かないのだ。獣人に対してもしかり。唯一の例外は、闇魔法の力を持つ魔人である。闇魔法は、人や獣人は使うことができない魔法。闇魔法の中には、魔物を隷属させるようなものがあり、それを使うことで指示を出せるようになるそうだ。ただ、指示を出しても言うことを聞いてもらうのは大変難しく、誰でもできることではないとのこと。
それなのに、闇魔法の力を持たない人の子どもが魔物を従えているなどありえないことだった。
獣人はその子どもに詳しく聞こうと思い、子どもの方を見ると、その子どもがパタリと倒れていた。獣人は慌てて子どもの様子を見ると、すごい熱があった。
「これは大変だ。早く医者に診てもらわねえと」と獣人が声に出すと、魔物の中から大きな狼のような魔物が獣人たちの傍にやって来た。
獣人はわけがわからず攻撃でもしてくるのかと構えていると、その魔物は急に伏せの体勢になり、首を背中の方にクイッと振った。まるで背中に乗れとでもいうようだった。
獣人は戸惑ったが一刻を争う事態だったので覚悟を決めて、子どもを抱え、その魔物の背中に乗った。
すると、魔物は、立ち上がり、獣人たちを乗せたまま走り出した。
魔物は、森の入り口に向かっているようで、自分が通って来た道を猛スピードで走っている。だが、獣人たちが振り落とされないように気を付けてはいるようで、時折確認していた。
1時間もかからないうちに森の入り口までやって来た。すると、魔物は、止まって乗せるときと同じように伏せの姿勢になったため、獣人は、子どもを抱えたまま降りた。魔物は、それを確認すると、森の中に入っていった。
獣人はそれを確認する前に、医者のところへ走って向かって行った。
知り合いの医者の家に到着すると、ドアをバンッと勢いよく開け、大きな声で言った。
「おい、バートンはいるか!急患だ。すぐ見てやってくれ!かなりやばい状態なんだ」
すると、隣の部屋から白衣を着た獣人がドアを開けて、
「その声、グレイか?どうしたんだ、血相変えて」と尋ねた。
「馬鹿野郎!急患だよ。この子どもだ。かなりやばいんだ!」
バートンと呼ばれた獣人は、言われるままに子どもを見ると、すぐに様子が変わった。
「おい、これはいつから続いている?こんなになるまで何もしないなんてどういうことだ?」
「いつからかは知らねえ。今日、森の中で見つけたんだ」
「そうか・・・。よし、すぐに治療を始める。お前さんも手伝ってくれ」
「わかった。何をすればいい?」
「治療室の準備を頼む。今日は助手がいない日でな」
「よし、了解」
二人は、会話を終了させると、それぞれの仕事を始めた。そして流れるように子どもの治療を行った。
2時間後、2人は、子どもを寝かせたベッドの傍の椅子に座り会話をしていた。
「なんとか、治療が終わったな」
「ああ、そうだな。・・・ところで、この子はどうするつもりだ?たぶん、あの森の中に一人でいたとなると・・・」
「ああ、そうだな。100%捨て子か、親なしだろう」
「うむ。・・・でも、“人”の子とは、・・・。どうしたものか。引き取り手が見つからないぞ。ただでさえ、最近の獣人狩りが激化している中なのに。いくらここの連中が基本温和なやつだといっても無理がある。・・・どうしたものか」
バートンはため息をつきながら今後のことを考えていた。
子どもは見たところ、4、5歳ぐらいの年であり、とても独り立ちできるような年ではない。それに思ったよりも後遺症がひどく、動けるようになるまでしばらくかかるだろう。現に今もまだ昏睡状態である。彼は、動けるようになるまではここで面倒を見れると思うが、それ以降は、医者の仕事の忙しさもあり、難しいだろうと考えている。そのため、村の誰かに世話をしてもらいたいのだが、子どもが“人”であることから、引き取り手は簡単には決まらないだろう。下手をすれば、山に捨てておけ、というやつも出てくるかもしれない。それは、いくら子どもが憎むべき“人”という種族であったとしても、あんなに小さい子どもにそんな対応をするのは惨いことだ。
バートンがそんなことを考えていると、グレイが覚悟を決めた様な顔をして、決断した。
「俺があの子どもを引き取るよ」
バートンはしばらくの間、グレイの顔をガン見した。グレイがそんなことを言うとは思わなかったからである。
「いいのか。言っては何だが、お前さんが憎んでいるほど嫌いな“人”の子だぞ。だってお前の・・・」とバートンは言いにくそうに話を続けようとしていると、
グレイはバートンの話を遮って話し出した。
「ああ、それを踏まえてもだ。確かに俺は、“人”が嫌いだ。アリアを傷つけたことは絶対に許さねえ。・・・でもさ、この子はそれに関わってはいないし、まだこんなに小さい。“人”と同じだとは思えねえ。それにさ、獣人を大切だと思えるような“人”がいるようになれば、俺たち獣人の境遇も変わるかもしれない。・・・まあ、そんな風に考えたんだよ。らしくねえとは思うんだけどさ」と最後は苦笑い気味に言った。
これが子どもと獣人との出会いだった。