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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

偽装恋人は女装した幼馴染でした

 僕は焦って、知り合いの貴族の屋敷の廊下を走っていた。


「どうしようどうしようどうしよう」


 どうしよう以外の言葉が頭に浮かばない。

 それだけ僕には差し迫った問題があったのである。

 今日は、本当はもっと楽しい一日になるはずだったのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。


 そう僕は悩むけれど、答えは出ない。

 最近しつこく嫁をもらってこいと両親に言われていたくらいだ。

 そしてそれを僕は聞き流して趣味に没頭していたのである。


「今日は、『ハート・ブレイクな喫茶店』の同人誌即売会があったのに」


 僕は小さくそう嘆く。

 『ハート・ブレイクな喫茶店』は、最近流行りの小説で、イラストで物語を綴る“まんがー”というものにもなっている作品だ。

 失恋した女の子がとある喫茶店に入り、看板アイドルになるお話で、女の子がいっぱい出てくる華やかなお話だ。

 そして女の子が中が良くて百合っぽく見えるのが僕は見ているとほんわかした気持ちになるのである。

 そんな話なのでもちろん同人誌では百合がメインだ。


「ああ、あの有名な絵師が可愛いキャラクターを描いているはずなのに」


 だから今日はウキウキと準備をしていたのである。

 そんな僕の幸せな気持ちは、母親の一言であっさり壊された。


「ティーア。貴方には男の嫁になってもらいます」

「……えっと、いま男の嫁と聞こえた気がしたのですが」

「ええ、いつまでも結婚せずにあれなものにうつつを抜かして……彼女もいないのでちょうどいいと先方から話が来ています」


 魔法的なお薬で同性間でも子供が出来るようになったのは、今から100年ほど前。

 とはいうものの異性間の結婚が一般的なのである。

 そんな中、何故か僕は男の嫁に……。


「ぼ、僕には彼女がいるんです」

「そう? なら今すぐ連れていらっしゃい」


 母親が、どうせいないんでしょうというかのように深々とため息をついて僕に言った。

 なので僕は慌てて、即席ない見での彼女を作ろうとしたのだけれど……。


「思い当たる女の子が、全然いない。後はナンパするしか無いけれど……」


 ちょっと広い大通りで、僕は頑張って女の子達に声をかけてみた。

 けれど、彼女達といえば、


「……君、本当に男の子? こんなにつやつやした長い黒髪に青い瞳、肌だってすべすべだし」

「い、いえ、本当に僕、男です」

「顔だって可愛いし……私よりも可愛いから、嫌だわ」

「そ、そんな……」


 声をかけたふたり組の女の子に僕は言われてしまった。

 確かに肩幅も小さいし背だってそんなに大きくないし……認めたくないが、可愛い女の子のようにみえるのである。

 ちなみにそれが、最後の彼女に振られた理由であり(百合だって噂されるのに私はもう耐えられないの!

 と言われてしまった)、僕が二次元世界にハマった切掛でもある。


 だって、あんな事を言われたらショックで現実逃避してしまっても当然じゃないかと思うのだ。

 昔から何かと僕に皮肉っぽいことを言ってくる悪友のようなアイツにも、


「いっそ男に走ったらどうだ?」

「! 僕は女の子が好きなんだ!」


 と言い返したりして……そこで僕は気付いた。

 こうやって、こんな大通りでナンパなんてせずに、もっといい方法があることを。


「確か、ユリウスには歳の近い妹がいたはず!」


 そうだ、彼女にお願いして恋人のふりをしてもらおう、そう僕は考えて、ユリウスのいる屋敷を目指したのだった。







 ユリウスのいる屋敷に通してもらい廊下を走って、案内役の執事の人が、待ってくだされ―と言っているのを後ろの方に聞きながら僕は走った。

 現在進行形で学園の同級生だが、腐れ縁もあって何度もお互いの屋敷を行き来していた。

 数少ない僕の男性の友人ではあったのだけれど、そんな僕はそれまで培った信頼関係のもとに、ノックもせずに部屋の扉を開けた。


 中ではユリウスがどこかに旅行に行くような支度をしていたが……。

 そんな彼に僕は切羽詰まったように、


「ユリウス! 君の妹のローズを貸して欲しいんだ!」

「無理だな」


 即答した目の前の男を僕は、涙目で睨みつける。

 金色の髪に緑の瞳の美形の男がいる。

 彼がユリウスだ。


 僕よりも背が高くて、頭脳明晰、女の子にもモテる、という僕が欲しかったものを全部持っている男だ。

 どうしてか昔から友達というにはそこまで仲が良かった気がしないので、悪友とでも言ったほうがいいのかもしれない。

 そういえば昔、ユリウスは緑色の瞳は嫉妬深いんだ、と彼女がいる僕に行ったことがあった気がする。


 そしてそれから数日後、僕は女の子のように可愛い容姿のせいで彼女に振られたのだ。

 暗黒の記憶が呼び覚まされている気がするのでこのへんで僕は考えるのをやめて、無理だというユリウスに食い下がることにした。


「こ、このままだと男と結婚させられるんだ!」

「……いいじゃないか」

「よくないよ! 何でそんな男となんか……」


 そう僕が焦ったように告げると、ユリウスが何故か機嫌が悪くなる。

 けれどそんな事を気にしていられる余裕は僕にはなくて、


「お願いだよ、妹さんを恋人役にするのの説得、一緒にしてよ」

「……ふと思ったんだが、ティーアはその結婚させられそうになっている男が誰なのか、知っているのか?」

「知るわけ無いじゃん! 聞く前に彼女がいるって言っちゃったし」

「そうかそうか、まあ、諦めるんだな」

「! どうしてそんな薄情なことを言うんだ! もういい、直接ローズに……」

「あー、妹は今、南国ビーチでバカンスを楽しんでいる最中で、数日前から連絡が取れないんだ」

「そんな!」


 唯一どうにかなりそうなあてが外れてしまった。

 どうしようどうしよう、他にここに女性は……。


「ユリウスのお母さんがいた! ……痛いっ」


 そこで僕はユリウスに頭を叩かれた。

 何で叩くんだと僕が見上げると、ユリウスが冷たい目で僕を見て、


「……女なら誰でもいいと? そしてうちの家族関係をぶち壊す気か?」

「だ、だって、男の嫁なんて僕、嫌だし。僕、女の子が大好きだし!」

「諦めて男の嫁になってこい」

「そんな、そ、そうだ。ユリウスは女友達がたくさんいたから一人紹介してよ」

「嫌だ。そもそも俺の母様に手伝ってもらおうと言い出すティーアに紹介する気はない。それに、彼女達に失礼だ」

「それはそう、だけれど……くぅ、一体どうすれば……」


 僕はどうすればと思ってその場で行ったり来たり歩き続ける。

 けれど代案は全く思いつかない。

 やはり、大通りでナンパするしか無いのだろうか。と、


「もう諦めて男の嫁になってこい」


 ユリウスがにっこりと優しげに微笑みながら僕にそう、絶望的な未来を要求した。

 そう人事だと思って好き勝手言いやがってと僕は追い詰められていたこともあり、ついユリウスに言ってしまったのだ。


「だったら、お前が女装して僕の恋人役になれ!」

「……俺が?」


 ユリウスが目を瞬かせて、そこで僕はどう考えても無理な要求をしたことに気づく。

 はっきり言ってユリウスの体つきは男らしくて、ごつい。

 女性のような柔らかな線が何処にもなく、そこがまたモテモテだったりしたわけだが……そこで、先ほどから何かを考えこんでいたようなユリウスが、


「いいぞ、女装して恋人役だな?」

「……え?」

「やらなくていいならやらないが」


 何故か乗り気なユリウス。

 けれど今の状況では贅沢はいっていられない。

 なのでそんなユリウスに僕は、お願いします、と答えたのだった。







 というわけで、女装したユリウスを連れて僕は自分の屋敷に向かい、母達に紹介した。


「え、えっと、僕の彼女の……ユリちゃんです」

「よろしくお願いしますぅ(はーと)」


 ユリウスがわざと裏声を使い高い声で、僕の母達に挨拶をした。

 その声が僕には気持ち悪く感じられたが、それよりも母親たちの反応が気になる。

 恐る恐る僕が母親たちを見ると、なんとも言えない表情で僕達を見ている。


 やっぱり男性であるユリウス、それも金髪のかつらをつけたとはいえ見知った相手である彼を彼女として紹介するのは無理だったのではと僕は思う。

 たしかに現在顔は化粧をして、髪も長い金髪のかつらをかぶり、薄紫色のリボンや白いレース、真珠で彩られたドレスを着ているが、やらリ全体的にごつい男性の骨格が見て取れる。

 ちなみにこのドレスは、ユリウスの母のもので、ユリウスの母は長身の美女であったために血xyぽうどいいドレスがあったのだ。


 きっとちょうどいいサイズが有ると思って事情を説明して、このドレスを借りたのである。

 どうしてかわからないが、ユリウスのお母さんは僕の話を聞いて、腹を抱えて笑っていた。

 僕にとっては切実な問題なのにと、悲しく思った記憶がある。







 さて、そのあたりの僕の事情は置いておくとして、どうだろう、やっぱり駄目かなと僕は思っていると母がそこで深々とため息を付いて、


「では、彼女のユリウ……ユリちゃんでしたか。予定通りしばらくティーアの部屋で一緒に生活してもらいます」


 今、ユリウスって言いかけなかったですかと聞き返したかった僕は、予定通り一緒に暮らすと言われた方に気を取られてすぐにその話は頭の何処かに消え去ってしまう。だって、


「よ、予定通りってどういう事ですか母さん!」

「どうもこうもありません。その男の嫁になるということで、今日の午後からその男性に来て貰う予定だったのですが、貴方が彼女を連れてきたので、その役目をユリ……にしてもらうことにしたのです」

「き、聞いてないよ」

「貴方が聞かなかったからでしょう。……これから先方にも話をしないといけないし、それに……」

「それに?」


 そこで母はちょっと黙って、何かを思いついたようにニヤリと笑い、


「それに本物の彼女なら一緒の部屋にいてもいいわよね? ティーア」

「う、あ、う……はい……」


 母さんもしかして何か勘付いているんじゃ……と思ったけれど僕は怖くて聞けない。

 だってそうすると必然的に、僕が偽物の彼女を連れているということに気づかれているわけで……。

 そんなの聞けるわけないじゃないですか!

 そんなこんなで僕たちは、しばらく一緒の部屋にすむことになってしまったのでした。






 僕の部屋に入ってきて、ユリウスが一言。


「……これは、男の嫁にするって言われるな」

「! な、なんてことを言うんだユリウス!」

「今は、ユリ、だろう?」


 そう言って、ユリウスは笑いながら僕の唇を人差し指で触れる。

 黙らないとバレるぞと言いたいのだろうが、面白がっていることがまるわかりな表情だ。

 そんなユリウスのユスに気付いて僕はぷうっと頬をふくらませて、


「この僕の部屋の何処に問題があるっていうんだ」

「……自覚すら無いのか」


 そう言って僕の、マユミちゃん人形の水着バージョンをユリウスは手にする。

 僕は慌てて取り返そうとするが、僕が取り戻せないようにユリウスは高く手を上げやがった。


「返せ! それは限定版で朝早くから並んで……」

「金髪な女の子キャラばかり、性癖がよく分かるな」

「う、うるさい! と言うか返せ、返せ!」

「他に何体もあるんだからいいじゃないか」

「水着の色が違うんだ!」

「……重症だな」


 こいつはもうだめだ、手遅れだというかのようにユリウスが嘆息して、僕に人形を返してくれる。

 良かった、僕のマユミちゃん、僕の嫁! と僕は戻ってきた人形を大事に飾った。

 そこで僕は思い出した。


「よし、とりあえず男の嫁関係は、ユリウスのおかげでどうにかなったから、これから同人誌の即売会に……むぎゅ」

「この俺に女装させて恋人役までさせておいて、自分はのうのうと一人で遊びに行くだと?」

「だ、だってイベント会場限定版が!」

「そうかそうか。さてと」


 そこでユリウスは僕の部屋の橋にある本棚に向かっていく。

 一見、教科書が沢山並んでいるように見えるが……。


「カバーの中身はこれか」

「うわぁあああ、止めて、止めてぇええ」


 隠していた本が見つかってしまった。

 エッチではない健全なものだが、女の子ばかりが出てくる本なので何となく恥ずかしい。

 でも、その奥には……。


「それ以上は探さないで!」

「仕方がないな。だが俺が暇だと、何をするか分からないな……」

「く、今回は諦めるしか無いか」


 今回のイベントは見送って次回に回すしか無い。

 楽しみだったのにな……と僕が嘆いていると、そんな僕にユリウスが、


「そうそう。さて、俺も疲れたし寝室に案内しろ」

「は! ユリウスが寝ている間に僕は……」

「お前も一緒に寝るんだ」

「な、何で僕まで……」

「俺、等身大の抱き枕がないと眠れないんだ。残念だったな」

「そ、そんな、うわぁああああ」


 そのまま僕は、ユリウスに襟首を捕まれ寝室に連れて行かれてしまったのだった。







 コロンとベッドに押し倒されて、僕はユリウスに向かい合うように抱きしめられた。

 ユリウスの胸のあたりに上層のために詰め込んだ布があり、そこに顔が付けられ息ができない。

 苦しくてじたばたしていると、


「そういえばこれだと息ができないな、悪かった」

「ぷはっ、本当だよ! うう、苦しかった……むぎゅ」


 そこでふたたびギュッと抱きしめられた僕だが、この状態だとどうにか息ができた。

 しかし、こうやって悪友とはいえ男に抱きしめられて眠るのもなんというか……。


「何で男に抱きしめられないといけなんだ。というか、ユリウスは黒髪の女の子が好きなんだろう?」

「……別に性別は俺は気にしたことはないな。それと一つだけ訂正しておく。俺は黒髪が好きなんじゃない。黒髪と青い瞳が好きなんだ」

「そういえばよく一緒にいたきれいな女の人も皆そうだったよね。……ん? 僕とずっと幼馴染というか腐れ縁をしていたのもそのせい? だって僕も黒髪で青い瞳だし」


 そう見上げて問いかけると、ユリウスがいつになく優しげな眼差しで僕を見ていた。

 一瞬僕はドキッとしてしまうが、相手は男なのに、友達なのにと心の中で焦っていると、そんな僕の頭をユリウスは撫ぜる。

 優しく髪の感触を味わうかのように丁寧に撫ぜられて、それが心地よくてぼんやりしてくる。

 今日は突然男の嫁にされそうになったりして疲れたな……と思っている内に段々意識が遠くなり、僕はそのまま眠りについてしまったのだった。







 目が覚めると、ユリウスが僕の隣にいなかった。

 ベッドの上にはいないので、まさか僕の秘蔵本が探しだされているのでは! という不安から僕は飛び起きた。

 慌てて靴を履いて、部屋を探すけれどいない。


 確かに交流があったので僕の屋敷の構造をユリウスは知っているので道に迷うことはないと思う。

 ただ、現在は、


「彼女のふりをしてもらっているから、下手に出歩いてバレたら……」


 そう危惧した僕は慌ててユリウスを探しに行く。

 途中、数名のメイドにあったので彼女達に聞いた所、三人目になってようやく目撃情報を得た。


「中央のバラ園だよね。確か今は城バラの花が見頃で、母様が特に気に入って手入れを……まさか彼女だから案内して話を聞いているとか?」


 そんなことをされては気づかれてしまう、そう僕は焦って走る。

 途中鏡があって、たまたま通り過ぎようとした僕は首筋に赤い跡があることに気づく。


「あれ、虫に刺されたのかな? その割には痒くないけれど……いやいや、今はそれどころじゃないし」


 僕はそう考えて足を急がせる。

 やがて見えてきた白いバラ満開のバラ園。

 そして母と一緒に何かを話し込むユリウス。

 僕は不安を覚えて、


「ユリ~、ここにいたんだ!」

「ティーア。……今お母様とお話していたのですよ?」


 わざと裏声で答えるユリウスに僕は、急いで走りよりちらりと母親の様子をうかがう。

 何故か妙に上機嫌な気がするが、僕が何を話していたのか聞き出そうとするも、その気配を察した母が、


「若い二人の邪魔をしてはいけないわね、私は退散するわ」

「あの、母様……行っちゃった」


 逃げられた気もしなくはないが、とりあえずはバレてはいなさそうなので、代わりにユリウスに、


「母様と何を話していたの?」

「ここのバラはお気に入りなのだといった、他愛もない話だな」

「そっかー、バレてないんだ、良かった」


 僕が安堵していると、そこで僕はいたずらっぽく笑ったユリウスに手首を掴まれて引き寄せられる。

 え? と疑問符を浮かべている間に僕はそのままユリウスに抱きしめられる。


「な、何をして……」

「ん? 恋人同士だからこうやって人が見える所で抱きしめたほうがいいだろう?」

「う、え……はい」


 僕はうなづきながらそのままユリウスに抱きしめられる。

 何だか凄くドキドキして意識してしまうが、多分気のせいだ。

 昔から僕は、ユリウスと一緒にいると何だか変な気分になっていたのだけれど、それはきっとユリウスがちょっと意地悪だったからだと思う。

 うん、不安になっていたんだよね、と僕が一人納得しているとそこで、


「ティーア、お前、今、変なことを考えただろう」

「! き、気のせいであります」

「何か考えていたな。怒らないから言ってみろ」

「それって怒るフラグじゃないですか! い、いやだ、絶対に言うもんか!」


 僕がそう抵抗していると、そこで僕の顎が掴まれて上を向かさせられる。

 そのまま僕はの顔にユリウスの顔が近づいてくる。

 まつげが長いな、綺麗な顔をしているな、目鼻立ちが整っているし、と思っている内に僕の唇に重ねられる。


「んんっ」


 僕は焦ってユリウスから体を離そうとするけれど、顎を押さえつけられてしかも腰に回されていた手が僕を逃げないようにと抱きしめている。

 振りだけでよかったのに、何で幼なじみの男となんか……と僕は思っていたのに、気づけば舌が唇を割って入り込んでくる。

 そのまま僕の舌を絡めとって、口腔を犯す。


 気づけば段々と気持ちよくなったというか頭がぼうっとしてきた僕は、ぼんやりとされるがままになっていた。

 むしろ男にされているのにそこまで気持ちが悪く無いというか……心地よくてそのままその身を任せ……るわけにはいかないというかうぁああぁ、うにゃぁ。

 僕は快楽に負けて、くてっと体の力を抜いた。


 何だか凄く気持ちが良いのでもういいや、と思ってしまった。

 そこで僕の唇からユリウスが離れていく。

 快楽で潤んだ瞳の先で、ユリウスが笑ったのが分かる。と、


「恋人同士だからこうやっていちゃついておくのも手だと思ったんだが……耐性がなさすぎるな」

「うぎゅっ、僕のファーストキスだったのに」

「ファーストキスじゃないだろう? 昔俺が奪ったし」


 そういえば子供の頃ユリウスに、お嫁さんになってと言われてファーストキスを奪われたのを僕は思い出す。

 けれどあれは、


「あの後男だからカウントしないって言ったじゃないか! だいたいあの時僕のこと、女の子だと間違えていたくせに!」

「あー、そういえばそんな事もあったな。でもそれだったら今のはファーストキスじゃないだろう?」

「確かにそうかも……で、でもキスする振りだけで十分じゃないか!」

「なんだ、感じたのか? 顔が真っ赤だぞ」

「感じてない! く、そ、そのうち仕返ししてやるんだからな!」

「どんな?」

「えっと……何だか凄くてめろめろになるようなやつ!」


 そう僕がが言い返すとユリウスが吹き出した。

 しかもそのままお腹を抱えて笑い出す。

 何だか凄くバカにされた気がする、そう僕は思って今度は笑うユリウスに近づいていって自分からキスをしてやる。


 軽く触れて離れたキス。

 ユリウスが驚いた顔で僕を見る。

 僕はしてやったりと持って笑いながら、


「驚いた?」

「驚いた」

「わーい、さてと。そろそろ日も暮れてきたし、部屋に戻ろうよ」


 そう僕は、ちょっと驚いたようなユリウスに声をかけたのだった。







 ど、どうしよう、僕は焦っていた。

 目の前にはユリウスが切羽詰まったような表情で僕を見ている。

 ユリウスと生活して一週間。


 その間に、百合本がバレそうになったり、そちらよりもユリウスが気になったり、ユリウスに肌を触られたりキスをされたりとセクハラもどきをされたりと色々あった。

 けれどそんな僕は、今日、衝撃の事実に遭遇してしまったのである。

 それは僕の母が、ユリウスと話しているので何を話しているんだろうとこっそり聞き耳を立てた時の事だった。


「まったく、まさか貴方が女装して現れるとは思わなかったわ」


 たまたまユリウスを探していた僕は、少し開いたドアの先、母の部屋から話声を聞いた。

 でも、女装という言葉に僕はびくっとする。

 だってそれは、ユリウスが女装していると母にばれているという事だから。


 恋人の振りをして欲しい、そういった話まで全部……でも、今の母の楽しそうな声を聞く限り、その話がばれて怒っているという風では無かった。

 どういう事だと思って聞き耳を立てていると、そこでユリウスが、


「まさかティーアが、俺に女装して恋人の振りをしてくれというとは思いませんでした」

「本当ね。まさかティーアもユリウスの嫁という話になっているなんて、思いもしなかったみたいね。そもそも男の嫁と聞いた時点で彼女がいるって騒ぎだしたし……」

「しかも、初めは俺の妹に恋人役を頼もうとしていたんですよ? どうせ俺の嫁になると分かれば、ティーアの場合、俺の妹に告白しに行くだろうなと思ったので、南の島に行かせましたが」

「あらー、いいわね南の島」

「そうですね、その内あちらにある別荘に、お母様達とティーアをご招待しますよ」

「楽しみにしているわ。それでティーアとの関係は何処まで進んでいるのかしら」

「大分心を許してくれているようですね。ですから……まだ襲いかかからずにいますが」


 僕がえっと思っている間に、僕の母はくすくす笑い、


「もう好き過ぎて耐えきれないと、貴方が家に来た時は驚いたわ。ティーアはああだし、丁度いい機会だと思ってくっつける事にしちゃった。あの子も何だかんだでユリウスの事は気に入っているようだったし」

「そうでしょうか。本当は断られたら無理やり襲ってしまおうと思ったのですがね」

「あらあら」

「でも、俺に頼ってきて、そして一緒に住んでいて結構信頼されているんだなと思ったら手を出せなくなってしまいました。……やっぱり俺は、ティーアが昔から好きで、諦めきれないようです」


 そこまで聞いた僕は、茫然としてしまい、うっかり扉を少し押してしまう。

 でもその少ししか押していないと思ったのは間違いだったようで、バタンと大きな音を立てて扉が開いてしまう。

 振り返る母とユリウス。


 ユリウスは驚いたように僕を見つめていて、僕はとっさにその場から逃げないとと思った。

 今聞いた話が全部夢のように感じられる。

 だって、初めから、僕はユリウスと……。


 混乱する頭はまともに思考出来ない。

 僕は現実から逃避するようにただただ廊下を走っていく。

 やがて自分の部屋まであと少しという所で、手首を掴まれた。


「ひぃっ」

「……全部聞いていたんだな」

「と、途中からで……」

「まあいいさ。逃げたのとお前の表情で大体分かるさ。来いよ」


 見上げたユリウスは無表情で、僕は怖さを覚える。

 逃げ出そうとするけれど、腕を掴む手は強くて逃げられない。

 そのまま無言で僕は僕達の寝室に連れ込まれて、ご丁寧に部屋の鍵まで閉められてしまう。


 そして僕はユリウスに手を引かれ、ベッドに転がされた。

 その衝撃を感じると同時にユリウスが僕に覆いかぶさるようにベッドに転がりこんでくる。

 ユリウスが切羽詰まったような表情で僕を見ている。

 これから僕はどうなってしまうんだろう、そう僕が何も言えずに凍りついていると、


「それで、俺がティーアを昔から好きで、何時も犯したくてむらむらしていたという話は聞いていたか?」

「! 何時もむらむらしていたんですか!」

「なるほど、その前の話は全部聞いていたか。それで……ティーアは俺の事を愛しているか?」

「お、男なんて嫌だし、そもそもユリウスは友達だし……でも」

「でも?」


 そこで僕は沈黙して、今までの事を思い出して、


「……キスは、嫌じゃなかった。気持ち良かったし」

「男にされたのに、平気だったと? ……ティーアは男は平気だったのか?」

「! 僕は女の子が好きだ! でも、ユリウスとするのは、どうしてか分からないけれど平気なんだ」


 そう答えてしまって僕はようやく自分の気持ちに気付く。

 僕は、ユリウスが好きなのだ。

 だから性別なんて関係なくて、それで……。


 そこでユリウスにもう一度キスをされる。

 触れるだけのものだったけれど、それは僕にとってとても幸せなもののように感じられて、


「僕は、ユリウスが好き」

「……そうか、俺も、ティーアが好きだ」


 そう、お互い言いあって二人してなんだかおかしくなってしまい、笑ってしまったのだった。






 そんなこんなで僕達は、晴れて恋人同士になったわけですが、


「次は式ね。何時にするのかしら」


 といって、僕の母親は嬉しそうに結婚式場を探している。

 それはいいとして、僕は一つ気になる事が。


「ドレスを着るのって、ユリウス?」

「ティーアに決まっているだろう」


 ユリウスに即答された。

 でも僕ばかりがそういうのも悔しい気がしたけれど、ユリウスにお願いされてしまえば僕も弱いわけで。

 気付けば話はとんとん拍子に全て決まってしまう。

 別にそれは構わないのだけれど、こうも上手くいきすぎると不安が襲ってくる。

 それを僕がユリウスに言うと、


「俺の方がもっと不安だ」


 と答えられてしまった。

 確かに僕は女の子は好きだけれど、それ以上にユリウスが好きなのは事実で。


「僕は、ユリウスが好きだよ」


 そう告げるとユリウスは小さく微笑む。

 多分こんな風にユリウスと一緒にいる日々が続いていくんだろうなと思って、それがとても幸せな事のように僕は思えたのでした。







 


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