水曜日4
「お前あん時の!」
染めてバサバサになっている髪を無造作に伸ばした、
俗にチャラ男と言われるような高校生くらいの男の人が、
普陵さんを見て叫んだ。
それに対し普陵さんは不思議そうな顔をしている。
その様子に腹を立ててか、男の人は刺々しい声で
「まさか忘れたとか言わねーよな?」
と言った。
普陵さん、怒ったかな、と顔を見ると、
怖いような微笑を浮かべて
「静かにしなきゃだめだよ。」
と子どもを諭すような落ち着いた口調でたしなめた。
それが気に食わなかったらしい。
額に青筋を浮かべて怒鳴った。
「あ゛あ゛?お前次降りろ。」
「ええ、もちろん。次で降りるつもりでしたから。」
少しもたじろがないどころか、
相手が怒れば怒るほど冷めていっているように見える。
さっきは普通の話し方だったのにいつの間にか敬語になっている。
なんとなく、普陵さんが怖くなった。
駅を出て少し歩くと人通りの少ない道に出る。
そこで男二人に普陵さんが尋ねた。
「で、何の用?」
もう慣れっこだと言わんばかりの口調だ。
「何の用、だあ?なめてっと殺すぞ?」
思わず肩が震えた。
殺す、という単語を人の口から聞いたのが初めてだった。
普陵さんは顔色一つ変えない。
「あのさ、無視しないでくれる?何って聞いてんだけど。」
怒っていないほうの男の人は、二人のやり取りを面白そうに聞いている。
「この前俺の小遣い稼ぎの邪魔をしたろうが。
お前のせいで先公にばれて親に通報されて
すげーしぼられたんだよ。おかげで先輩も監視される羽目になるし。
どーしてくれんだ、あ゛あ゛!?」
言い分を聞いて、ものすごく呆れる。
まるで子どもの癇癪だ。
それとも普陵さんが、よっぽどひどいことでもしたのだろうか。
「かつあげしてたから止めたんだよ。知らないのか。
かつあげは法律に触れるんだよ。」
男の人は顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる。
「はっ!知ってるに決まってんだろ。だからどうした。」
怖い。
今にも殴りかかってきそうだ。
首をすくめて黙っているよりほかなかった。
それでも普陵さんは胸を張って言い放った。
「人に迷惑をかけるとな、結局自分に帰ってくるんだよ。
お前それが全然分かってない。未来を、自分の手で潰すんじゃねぇ。」
はっとして、普陵さんを見上げた。
190cmはあろうかという長身に憤りをみなぎらせて、
男の人を見下ろしている。
普陵さんの気迫におされたのか少し声が小さくなった相手が、
なおも文句を言い立てる。
「正義面してぇのかしらねーけどよ、偉そうに人に口出しすんじゃねぇよ。
何様なんだっつう話だろ。なあ?」
隣の連れに同意をもとめるが、
「お、俺に聞くんじゃねぇよ。」
その人も怯えて拒んだ。
そのぐらいに、今の普陵さんは怒っていた。
一歩、男たちの方へ足を出す。
それと同時に男たちは後ろへ身を引く。
「お、おい、何かしたら仲間呼ぶからな。先輩にはあの『フリョウ』
の知り合いだって・・・」
普陵さんの顔が険しくなる。
効いたと見えて、少し落ち着きを取り戻した男が得意顔で続ける。
「『フリョウ』、名前ぐらいは知ってるだろ?
不良の頂点に立つ最強の不良だ。アイツに目を付けられたら
ただではすまねえ。地域全部のグループが全滅すると言われてる。
怒らせたらどうなるか、分かんないぜ?」
『フリョウ』
今までなんとも思わなかった単語が、今は意味をもったものに聞こえる。
「じゃあ、教えてやるよ。」
不良だと言ってるんじゃない。
それが名字なのだと。