信号を気にする狂人
仕事の都合で引っ越してきた街はイカれていた
車用信号機に、女子高生がぶら下がっているのである
しかもすべて
道ゆく人を観察すると、みな、一瞥もくれない
男子中高生ですら、スカートの中を覗こうとはしない
私は気になり、車通りの少ないT字路の信号にぶら下がっている女子高生に話しかけた
無視された
「…」
話しかけられているのが自分だと理解した少女は、10秒ほど間をおいて、反応した
「わぁ、え?わたしに話してます?」
「そうです」
「えーと、そうですか、こんばんは」
「こんばんは」
「なんでしょうか?」
「どうしてぶら下がっているのか聞きたくて」
「ただのバイトですよ」
「バイトですか」
「そうです」
「おじ…お兄さんは、この街の人じゃないのですか?」
「訂正ありがとう
今日、着いたばかりで、これからこの街の人になろうかと」
「そうなんですか、早く慣れるといいですね」
「そうだね、ありがとう」
「じゃぁ、わたしはバイトがあるので」
「邪魔してごめんね」
「いえいえ」
やはり狂っている
バイトで信号にぶら下がるのか
流行りのバイトか何かなのだろうか
求人誌をチェックしても、特に何もない
仕事の引き継ぎの合間に話題にしてみた
「ところで、この街の信号は独特ですね」
「そうかい?いたって普通だと思うけど」
「女子高生がぶら下がっているのにですか?」
「ロッケンローラーにギターを渡したら、どうなる?」
「弾くでしょうね、きっと」
「同じことさ」
先日の少女に聞くしかない
「やぁ、こんばんは」
「あ、お兄さん!どうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「なんでしょう?」
「そのバイト、業務内容は、どんなことなんだい?」
「え、っと、信号に、ですね」
「うん」
「ぶら下がること、です」
「それだけ?」
「です」
「それで給料も貰うのかい?」
「そうです、時給いいんですよ」
「誰が払うの?」
「市長です」
「そうなんだ」
「あの、あんまり私語してると、減給されちゃうんです」
「あぁ、すまない、これで失礼するよ」
「さよならー」
狂ってる
謎解きをしたいが、仕事もある
同僚は気にするなとしか言わない
市長が雇い主なら、広報にでも載ってるだろう
今度の休みに読んでみよう
「やぁ」
「あ、こんばんは!」
「こんばんは、今日も頑張ってるね」
「ありがとうございます!」
「じゃ、気を付けてね」
「はーい!」
例の少女に話しかけるのが日課になってしまった
このままだと私も狂ってしまう
帰ったら広報を読んでみよう
市のwebサイトで、広報をあさる
ない
どこにもない
市が払うのではなく、市長が払う
これは、市長の個人的な雇用なのか
こうなると小市民の私には手におえない
なるほど、これは面倒だ
気にしないでいよう
3年経過した
あの少女はいまだに信号にぶら下がっている
「やぁ、まだバイトかい?」
「そうです、ずっとこのバイトをするつもりです」
「でももう卒業じゃないのかい?」
「まだまだです」
「そうなんだ」
「あと10年はここにいますね!」
「おう、頑張ってくれ」
狂いそうだ
業務でたまたま、新しい信号機のデザインのがまわってきた
新型らしく、人によって様々だが、信号下部に何かオブジェが見えるらしい
とりわけ、その人の趣味に通じるものが
そしてこの街は、この新型の試験地だったというわけだ
なんということだ
恥ずかしくて狂いそうだ
end