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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

降臨~僕と、天使と、悪魔の娘~

作者: 樹遠零

 時は2XXX年。


 世界は、魔と天使達の戦場となった。


 魔は現出した・・・開かれた魔界門より。

 天使は創造された・人の手により、魔を滅ぼすために。


 『ヒト』を食料とする魔。

 『ヒト』を守るために戦う天使。

 二つは、互いを障害と認め、そして殺し合った。


 全てを巻き込み・・・

 全てを破壊しながら・・・


 そして、いつしか人々は、自らの作り出した『シェルター』と呼ばれる人工的に作られた楽園の中で、一生を過ごすことを余儀なくされた。

 『外』で繰り広げられる戦いに、稀にある『シェルター』内部での戦いに、己が身を抱き、恐怖に打ち震えながら・・・


 緑は無く、海は無く、全てが存在しないその『世界』の中で。

 それでも存在する・・・仮初の平穏に安堵しながら・・・


 そして、15年。

 とある最前線の『シェルター』から


 物語は・・・始まる・・・



 ***



= Session01.紅の少女 =


 キィィィィィィィィィィィィィ・・・


 耳障りな音が鳴り響く、とある荒野。

 ・・・そこに存在するは、僅か二つの存在。


 一つは・・・先から音を発し続ける一つの扉。

 高さ30メートルは下らぬであろう、その鋼鉄製であろう扉は、ただただ悠然と、その扉のみを荒野に曝している。


 そしてもう一つは・・・一人の少女。

 服装は漆黒のドレス。その背には、淡い光で構成された、光の翼。

 その燃えるような紅の髪を風に揺らしながら、静かに微笑んでいる。


 ィン!!


「そう・・・やっと出られたのね」


 と、先まで煩いほどに鳴り響いていた音が消え、そして少女は満足そうに一人言葉を漏らす。

 誰かに聞かせるためではなく・・・自分自身に納得させるために。


「長かったわね」


 そして少女は、傍らの鎌を肩に乗せ、そのままゆっくりと前へ歩み始めた。

 ゆっくりと・・・そう、本当にゆっくりと歩みを始めた。


 先には、僅かに生き残る人類たちの砦。

 人々が唯一安息を手に出来るところ。


 そう・・・『シェルター』があった。


「今からお会いに行きますわ・・・『主』よ・・・」



 ***



= Session02.平穏な朝? =


 チュンチュンチュン・・・


 朝・・・あらゆる生物が活動を始める時間。

 大地を追われ、『シェルター』に住むようになった人々の生活の中にも、朝は到来する。

 そんな中で、日の出に、空を飛び交う小鳥達の囀りに、人々は再び平穏な朝が到来したことを感謝する。



 ・・・そしてそんな平穏な風景の一つ。

 リトなる少年の部屋において、それは始まる。


 少年の名は、リト・・・ようやく14才になった、何処にでも居る平凡な中学生。

 いや・・・厳密には、少年に『平凡』なる表現は似合わないだろう。


 中学生と言えば、少しずつではあるが、少年達が『男』へと変わっていく、その転換期の一つとなるべき年齢である。

 それはそのまま、愛くるしい少女達が、可憐で美しい女性へと変わっていくように、無邪気な少年達は、無骨な力強い男へと変わっていくのである。

 それが『普通』であり、『平凡』な少年達の姿と言える。


 しかし今、ここで眠るリト少年は、そういった意味では、『普通』や『平凡』にほど遠い。

 少年の身長は、男子中学生の平均値を大きく下回り。

 またその体重は、具体的な数値を出したとしたら、世の女性達が涙と共に現実逃避したくなるような値を示す。

 またその髪は、まるで作られたもので有るかのように、美しい光沢を放ち。

 透き通るように白い肌は、まるで赤子の様に柔らかく張りが有る。

 そしてその愛くるしい顔は、10人が10人とも、少年の性別を特定するのに苦労するくらいの可愛い女顔である。


 そう・・・このリト少年は、こと容姿に限り、あらゆる意味で『平凡』とはかけ離れた人物である。



 そしてそんな惰眠を貪るリト少年にも、朝が始まったことを告げる、『使者』が現れる。


「お兄ちゃん・・・朝、起きないと遅刻・・・」


 『使者』

 蒼の髪を持ったその少女は、眠るリトの隣りに立ち、そして辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で、リトに朝の到来を告げる。


 その少女、名をリサという。

 色素が抜けてでも居るのか、蒼銀とも呼べる髪を持ち、それをリトと同じように、短く切りそろえている。

 顔はと言えば、その表情は間違い無く美少女に分類される代物であり、10人が10人とも、それを認めてくれるのは間違い無い。


「そぅ・・・起きないと言うのね。

 ・・・・・・・・・・・・・・・問題無いわ」


 そして少女は、自分の言葉に、リトが反応しないのを確認すると、暫く待った後、凄絶な『ニヤリ笑い』をその顔に張りつけ、そしてクルリと振りかえると、がそごそと何かを探し始める。


「見つけた・・・私とお兄ちゃんの絆。

 それとこっちの服は用済み・・・そう、捨てるのね、私」


 と、少女はやおら立ち上がり、何処に入っていたのか、今、少女が着ているのと同じデザインのセーラー服を取りだし、そして壁に掛かっていた男子学生服を、傍にあるくずかごへと廃却する。


「お兄ちゃん・・・着替えるの。

 着替えないと遅刻が大変なの・・・だから手伝うの・・・問題無いわ」


 そして、少女は、リトの布団をゆっくりと剥ぎ、そしてリトが未だ夢の世界の住人であることを確認すると、素晴らしく慣れた手つきで、リト少年の『着替え』を行っていく。

 なお、その際、何に目を止めたか分からないが、リサは約1分ほどの沈黙の後、顔を『ぽっ』と紅潮させ『・・・も、問題無いわ』と呟いたのだが、リサのその台詞の意味は、全くの謎である。


「・・・・・・・・・・・・出来た」

「ふにゅ?」


 そして暫しの後、無事にリト少年の着替えは終了し、それを目にしたリサが心底嬉しそうに笑顔を浮かべると、そこでようやく部屋の主であるリトが、長い夢の旅路から、現世へと復帰を果たす。

 なお、その際、リト少年が漏らした『ふにゅ?』と言う言葉は、同時に身体を起こしつつ手の甲で目を擦るという、『ちょっち危ない仕草』をも伴っており、あらゆる意味で精神汚染度が極大であった。


「あれ、リサ?

 起こしに来てくれたんだ・・・ありが・・・」


 リトはそのままゆっくりと伸びをし、そして起こしに来てくれた(筈の)リサに礼の言葉を投げ、ベットを降りようとしたところで、静止する。

 顔を真っ青にし、盛大に滝のような汗を流しながら・・・


「・・・って、これ・・・は・・・?」

「一般にセーラー服と呼ばれる制服。

 私とお揃い・・・だから問題無いわ」


 そしてゆっくりとリトが言葉を紡ぐが、それを受けたリサは、リトが求める答えを、淡々と言葉に出して説明する。

 なお、彼女は現状を『問題無い』として完結させてしまっており、確かにリトの現在の格好は、端から見ても間違い無く『問題無い』状態であるのだが、つと冷静になってよくよく考えてみると、それは逆に大問題ではないかと思われる。

 凄まじく似合っていても、リトは『男』の筈であるのだから・・・


 そして当然のごとく、その渦中たる少年は、魂を揺るがすほどの大声で絶叫した。


「も、問題ありすぎだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・!!!!」



 ***



= Session03.母と父 =


(も、問題ありすぎだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・!!!!)

(どうして、そういうことを言うの?)

(どうしてって・・・僕は男だよ!!

 セーラー服なんて着てたら変態じゃないか!!!!)

(・・・・・・・・・・・・・も、問題無いわ)

(そ、その奇妙な『間』は、何なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)


 キッチン。

 何処からか聞こえてくる仲の良い兄妹同士の会話をバックに、リトの母親であるユミが、黙々と洗い上げを続けている。


「リトったらぁ・・・折角リサが用意してくれてるのに。

 ホント、しょうのない子ねえ」

「あぁ・・・いい加減、諦めれば良かろうに」


 そして、ユミはふと軽く苦笑しながら言葉を漏らし、そしてその言葉に、背後のテーブルに腰掛ける主人・・・キールが、静かに肯定の言葉を漏らす。


「そういえば・・・『アレ』はどうしました?」

「あぁ・・・既に最終調整に入っている。

 辛うじて『襲来』前に間に合ったよ、ユミ」


 と、そんなキールの言葉に、ユミが何かを思い出したかのように問い掛けるが、対するキールは、「ニヤリ」と一つ笑うと、本当に嬉しそうに、一つ言葉を繋ぐ。


「そう・・・これで私達の夢が叶うのね」

「適性検査結果も、全て最高値を記録している。

 ふっ、シナリオは全て順調だ」


 そして、そのまま夢でも見ているかのように、頬を紅潮させて呆けるユミの姿に、キールは軽く苦笑すると懐に手を入れ、一枚の紙を食卓の上に置く。

 それは、何らかの検査結果を記録した書面のようだが、その中の結果欄には、もはや嫌味と言えるくらいに「S」の表示が並べられ、そして更には、所々に、『機密』『重要書類』『軍司令承認済み』などと、ちょっち物騒な表記が並んでいたりする。


「それじゃ、もしかして今日にも!?」

「『襲来』前に、徴兵する予定で、既に部下が行動を起こしている」


 ユミは、つと差し出されたその紙へと視線を落とすと、そのまますぐに溢れんばかりの笑顔を見せ、そしてキールへと詰め寄っていく。

 そして、対するキールも、ユミに笑みを返した。


 自分達の夢が実現する・・・その現実に悦びを隠せないとばかりに


「楽しみですね」

「あぁ・・・そうだな、ユミ」



 ***



= Session04.通学路 =


「行って来ます」

「行って来ます・・・クスクスクス」


 両親に大きく声をかけ、リトとリサが家を飛び出していく。

 リトは少しばかり悲しそうに・・・リサは本当に嬉しそうに。


 因みに、リトが悲しそうにしているのは、その格好に起因する。

 それはつまり、『着替えてる時間がない』のと『コミ箱に投棄された学生服が着れる状態じゃなくなった』の二点に収束し、最後にはユミによる一括で、泣く泣く『せえらあ服』で投降する羽目になったからである。

 なお、このような『リトの女装登校』は、週に2・3回は行われる日課のようなものであり、ご近所でも有名である。


 そんなリトとリサの登校風景は、同様に登校する各学校の生徒達、そして会社へと向かう会社員達の関心の的であり、『どっちの格好で来るか?』と、密かに賭け事まで行われていたりする。

 そして、それは今日も同様であり、リトとリサが駆け抜けるこの通りは、奇妙なくらいに人通りが多かったりする。


「ね、ねえ・・・リサ?

 今日もこの道、混んでるよね」

「えぇ・・・この時間帯だけだって・・・」

「ふぅん、やっぱり通勤時間だからかな?」


 そして、そんな群集の渦中に有るリトとリサは、当然のごとくそんな状況の『意味』には気付かず、そのまま学校へと向けて、一気に道を駆けぬけていく。

 トタタタタタタ・・・などと言う、軽快な足音を立てながら・・・


「そ、それとだけど、リサぁ」

「何、お兄ちゃん?」


 と、暫く黙々と走っていたリトだが、ふと視線を下げた瞬間に、自分の視界に跳びこんできたその光景に、ちょっとだけ頬を紅潮させると、すぐ隣りを走るリサに、言い辛そうに言葉を投げる。


「ええとね、もうこんな事、しないで欲しいんだ。

 僕だって、男だしね・・・分かるよね?」

「えぇ・・・分かったわ」

(同じ格好ばかりはマンネリ・・・そう言うことなのね。

 大丈夫・・・既に体操服が用意済み・・・問題無いわ)


 そして、リトはそのまま今現在の女装状態に対する不満を、やんわりとリサに伝えると、リサが素直に同意の言葉を返したため、リトはリサに向かって、優しく微笑みをム向け、そして少しだけ走る速度を上げた。


 もちろん『明後日の方向へ驀進する』リサの妄想に気付かぬままに・・・


「じゃ、一気に走るよ?」



 ***



= Session05.級友と資格 =


「お、おはよう・・・」

「・・・・・・・・・おはよう」


 2年A組・・・そう書かれた扉を潜ると同時に、リトとリサが教室の中に挨拶を投げる。

 声の調子に逆らい、リトは非常に恥ずかしそうに・・・リサは非常にうれしそうに・・・


「「「「おはようっ!!!!!!!」」」」


 そして、それと同時に、クラス中の皆が教室が震える程の大声で挨拶を返し、続いて、嬉しそうに歓声を上げるものと、悔しそうに地に倒れ付すものに、綺麗に分かたれる。


「お、俺の勝ちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!」

「くっ・・・負けか・・・」


 などと、まあ明らかに『リトが女装してくるか?』の賭け事が行われていたことが分かる。

 因みに言っておくと、教師達もこの賭けには参加している関係から、賭け事を禁止するわけにも行かず、代替案として『金銭の賭けは禁止』との学則が成立したことで、生徒達の賭けの品物は、昼食などで行われている。


「あ、あははははははは・・・」

「お兄ちゃんと私の絆を祝福してくれるのね・・・嬉しい」


 そして、そんな騒動の渦中にある二人(正確には一人)は、その光景にそれぞれの感想をぽつりと漏らし、そして自分の席へと着席する。

 なお、リトの席は窓側・・・リサの席はその隣りである。



「ほんま、毎朝懲りない奴等やな・・・」

「そうそう、賭け事よりも重要な事が目の前にあるってのにね。

 ・・・と、似合ってるよ、リトさん」


 と、ちょうど席についた二人の目の前に、リトの親友(本人達はそう思っているが、周りは認めていない)が、声を掛けてくる。

 一人は偽関西弁を喋る謎の男・・・ガスト。

 そしてもう一人が、やたら気障な格好が板につく男・・・デニス。


 なお、二人とも、分類上では美男子に分類できる人物なのであるのだが、性格に問題がある上、このクラスでは比較対象が『尋常ではない』ため、クラスの中では良くない意味で浮いていたりする。

 因みに、良くない意味とは、『リトに色目を使う変態』と同意だ。


「あ、ガスにデニ・・・おはよ」

「・・・おはよう」

「おはようさん・・・と、それどころじゃ無いわい」

「そ、先日の適性検査結果・・・手に入ったよ、二人とも」


 そして、そんな二人へ、リトとリサは挨拶を投げるが、対する二人は、それどころじゃ無いとばかりに、『本題』に突入する。


「て、手に入ったの?」

「おうさ、ワイとデニスの実力を甘くみるんやないで」

「そうだね・・・ガストはまるで役に立たなかったけどさ」


 と、その二人の言葉を受け、目をキラキラと輝かせながら聞き返すが、そんなリトに対し、ガストは親指を立てた男臭い笑みで、デニスは、ちょっとばかり苦笑したようなシニカルな笑みで、それぞれ言葉を返す。

 なお、リトがここまで驚いているのは、基本的に適性検査の結果は、完全部外秘の代物であるためであり、それはつまりデニス達が違法行為に及び、それを成功させたことの証明ともなるためである。


「・・・それで?」

「あぁ・・・結果としては、僕とガストがBクラス。

 リサさんがAクラスだね。

 リサさんについては、すぐにでもスカウトされるかも知れないね」


 そして、そのままデニスは、一人一人の検査結果を並べて行く。

 因みに、デニスは問われれば、その結果を各自に教えているため、リト達が登校するまでに、クラスの殆どの生徒が自分の結果を知っていたりする。

 勿論・・・大体の人物が、残念そうに眉を顰めただけだったが。


「へぇ・・・凄いね、リサ」

「な、何を言うのよ・・・」

(ご褒美は同じベットで就寝・・・も、問題無いわ)


 そして、リトはリサの結果に、素直に感嘆の言葉を漏らし、それを受けたリサは、リトの笑顔を真正面から受けた衝撃からか、顔を真っ赤にして言葉を返す。

 なお、その心の中の呟きは、兄にも言えぬ秘密事項であり、彼女は、本日深夜に自分自身でそのご褒美を実行しようと計画していたりする。

 もちろんリトが寝入ってからのことだ。


「ところで・・・僕は?」

「ごめん、Cクラスまでには名前が無かった・・・そこまでしか手に入らなかったしね」

「ふぅ・・・ん、ま、良いか。

 これから頑張れば良いんだよね、先は長いし」


 最後に、自分の名が出てこないことをリトがデニスに問い掛けるが、対するデニスは、少しだけ言い辛そうに言葉を濁してから、正直な結果をリトに返す。

 因みに、適性結果は、AからEまでの段階でクラス分けされるのだが、その上にSクラスが非公式で存在することは、一般には知られていない。

 そのため、結果が無い=Cランク未満と認識が固まるわけである。


「そうそう・・・それまではワイが守ってやるわ」

(そしてリトはんにお礼の、ちゅ~なんぞを)

「駄目・・・お兄ちゃんを守るのは私・・・譲らないわ」

(それでお兄ちゃんと一つになるの・・・それはとても気持ちが良いの)


 そんなリトとデニスの会話の隣りで、ガストとリサがそれぞれリトを慰めようと口を開き、そして同時に妄想に突入するが、各々がすぐ隣りで同じように言葉を出した人物に気付き、一気に二人の空気が剣呑となる。


「何やとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「駄目・・・お兄ちゃんが呼んでる・・・」

「ふ、二人とも・・・喧嘩は駄目だよ・・・」


 と、当然のごとく、そのまま低レベルの言い争いが始まり、そしてそれを何とか止めようと、リトが間に入る。

 それは彼等がクラスメートになってから、毎日繰り返される光景であり、そんな微笑ましい光景を目にしながら、デニスはゆっくりとドームに覆われた空を見上げ、そして呟いた。


「ふっ・・・平和だねえ・・・」


 仮初ではあっても、確かに存在する・・・平穏に向かって・・・



 ***



= Session06.授業 =


「そうそう・・・あれはこのシェルターが始めて出来た時だったわね。

 その時、私はエンゼル・ナイトの一人でねえ・・・」


 気だるい授業の一時・・・

 何時の時代においても、学校の授業は至極退屈なものであり、それが担当教諭の雑談・・・それも、延々と繰り返された同じ話であれば、それを静かに聞く生徒など居よう筈も無く、各生徒達は、思い思いの『作業』に突入する。

 ある生徒は雑談に、またある生徒は読書に、更にある生徒は気になる異性の鑑賞に、その時間を使っていく。


「・・・・・・ふみゅぅ~」


 そして、このクラスの中で、最も『気になる異(同)性』に該当する少年は、睡魔の導くまま、昼寝へと洒落こんでいた。

 見れば、何やら良い夢でも見ているのか、時折嬉しそうに口元を緩め、天使の笑顔を辺りに振り撒き、周りの人物を精神汚染へと追いこんでいたりする。


(・・・・・・・・・面白い)


 そして、その隣りでは、その少年の妹が、夢の世界を漂う兄の頬を突つき、返ってくる(ぷにぃ)という感触に、微かに頬を緩め、延々と同じ事を繰り返している。


(くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・わ、ワイも・・・

 で、でも気付かれてリトはんに嫌われてもうたらぁぁぁぁぁ!!!!!)


 更にその背後では、ガストがリサの行動に、羨ましそうに血涙を流し、そして腰を上げかけては座り、そしてまた腰を上げて・・・を、延々と繰り返している。


(平和だねえ・・・ホント)


 最後に、その隣りでは、デニスがそんな二人の様子を楽しそうに眺め、そして時折、自分の目の前の端末に視線を落としては、小さく溜息をついたりしている。


「そう、でもね、栄光の日々はそこまでだったの。

 戦闘時に酒飲んでたのがばれて・・・ちゃははははははは」

『マヤ教諭、及び2年A組リト君・・・学長室まで来て下さい』

「・・・・・・・・・およ?

 思ったより早かったわね」

「ふにゅっ!?」


 そして、教壇前での演説が一区切りしようとしたその時、教室内のスピーカーから、教諭・・・マヤと、リトを呼び出す放送が流れる。

 次いで、マヤは、リトが目を覚ましたのを確認すると、教卓の上に広げた教科書等を手早くまとめ、そしてリトの手を引いて、教室を後にした。


「では、以後は自習とします。

 リト君・・・行くわよ」


 今までのおちゃらけた雰囲気がまるで嘘のような、研ぎ澄まされた刀のような表情で・・・



 ***



= Session07.辞令 =


「本校教諭ミカズチ=マヤ、入室します!!!」

「え、えと・・・リトです」


 『学長室』そう書かれた扉の前で、マヤが、リトが扉の向こうに居るであろう人物に向かって宣言し、そしてドアを潜る。

 マヤは、今まで見せたことも無いようなキリリとした表情で。

 そして、リトは、何が何やら分からないと言う、混乱したままの表情で。


「・・・ごくろうさま」

「はっ!!」

「お、お母さん!?」


 と、そんな二人に向かって、学長の席に腰掛けていた一人の女性が返事を返し、そして、それを見たマヤは敬礼を、リトはあまりに意外なその人物に、驚愕の声を上げた。

 目の前の女性・・・それは、確かにリトの母親であるユミその人であり、今は黒を基調とした軍服に身を包み、一種近づき難い雰囲気を発散させている。


「リト、続きは、少し待ってね。

 では先に・・・マヤさん?」

「・・・はっ!!!!

 対魔神王対策部隊隊長ミカズチ=マヤ・・・本来の職務に復帰します!!」

「よろしい・・・職務復帰を認めます」


 そして、ユミは、状況についていけず、混乱しっぱなしのリトに一言投げ、その隣りに立つマヤに視線を投げると、これまた雰囲気が激変したままのマヤが、更にリトの認識範囲外の台詞を連発してくれる。


「そしてリト・・・貴方に辞令です」

「じ、辞令って・・・まさか・・・」


 次いで、ユミは、リトへと向かい直り、そして『辞令』と書かれた一枚の命令書を前に差し出し、リトへと言葉を投げる。

 そして、対するリトも『辞令』の持つ意味に気付き、更なる驚愕に目を一杯に見開きながら、自分の母親たるユミの次の言葉を待った。


「Sクラス適性者・・・リト君。

 貴方に、対魔神王対策部隊への配属を命令します」



 ***



= Session08.戦場 =


 ィンィンィンィンィン・・・


 奇妙な音を立て、何も無い荒野に、ニ体の巨人が立ちあがる。


『ギガント=エンゼル1・・・起動します』


 一体は30メートルほどの白の巨人。

 まるで中世と呼ばれた時代の騎士の全身鎧に身を包んだような姿の巨人は、その身長ほども有る銃・・・いや、大砲と言った方が良いかも知れないそれを手にし、ゆっくりと前方へと頭を向ける。


『ギガント=エンゼル2・・・起動します』


 もう一体は、20メートルほどの蒼の巨人。

 こちらも、騎士の鎧のような姿をした巨人であり、その手には、自分の身体が隠れてしまうほどの盾と、これまた自分の身長ほどもある長剣を、その手に握っている。


『両機体・・・シンクロレベル正常値。

 外部電源パージ・・・内部電源活動開始します』


 ィンィ・・・ン・・・ィィィィィィィィィィィィイイイ!!!!!!!


 と、両の機体の背中部分に接続されたケーブルが、爆発音と共に弾け飛び、そして先に聞こえていた音が、断続的な甲高いものに変化する。

 そして同時に、両の機体の目に当たる部分が、強烈な光を発した。


 まるで深い眠りから覚めた事に、感謝でもするかのように・・・


『ギガント=エンゼル・戦闘態勢に突入します』


 両の機体『ギガント=エンゼル』。

 それは、この時代において、魔神クラスの巨大生命体に対抗する為に建造された決戦兵器であり、各々の持つ武装の強大さから、特例を除き、各シェルター単位での運用・建造は、全面的に禁止されている機体である。

 そしてここ・・・このシェルターにおいては、今、まさにその『特例』が、実行されていた。


 『魔神王』・・・その来襲によって


『目標・・・前方300Km。魔人100、魔神10。

 及び、第二魔神王!!!!!』



 ***



= Session09.発令所 =


『魔神王部隊・・・依然進行中』

『第一、第二天使兵器、効果ありません!!』

『ナイト=エンゼル接触・・・・・・だ、駄目です、逆に殲滅されました!!』


 発令所・・・そう呼ばれるその部屋において、先から、次々とオペレーター達が、悲鳴とも取れる報告を続けている。

 そして、そんな報告を肯定するかのように、発令所前面に有る巨大なウィンドウには、光と爆発の中、一糸乱れぬ動きで黙々と前進を続ける異形の者達の姿が写されている。


 一つは人と変わらぬ身長の魔人。

 悪夢の中の住人のような、醜悪な姿をした悪魔達。


 そして一つは、20メートルほどの身長の魔神。

 見るものに、畏怖を感じさせる、漆黒の甲冑を身に纏った悪魔達。


 そして最後に、3メートルほどの身長を持つ、魔神王。

 その小さな姿にも関わらず、見るものの視線を釘付けにし、そして『恐怖』を凝縮したような感情を巻き起こさせる存在。

 その姿は、魔神達が着る鎧よりも更に黒い、まさに『闇』を凝縮したような姿である。


 それら魔神たちが、抵抗する人々の『それ』を、何事でもないかのように、無視し、そして前進を続けている。


『何だと!?魔人タイプですら殲滅できないのか!?』

『はいっ、敵兵力、依然変わりありません!!!

 な、何なんだよ、これ!!!!』


 長い歴史の中で生み出された無数の兵器達。

 脆弱な身体を持つ人間達が、唯一『魔』達に対抗できるのが、その兵器達の力であったのだが、それが、まるで通用しないという『現実』が画面に写し出されている。


「やはり『結界』ですか?」

「あぁ・・・恐らく魔神王が展開する『結界』を、魔神たちが増幅しているのだろう。

 あれでは、通常兵器では傷もつけられん」


 そして、そんな混乱の極みに有る発令所の隅で、一組の男女が、静かに、次々と展開される『現実』を、冷静に分析していた。

 一人は明らかにそうと分かる雰囲気を漂わせる男性。

 その瞳はサングラスに隠れて分からないが、この発令所の中においても、相応の立場を持った人間であると分かる。

 もう一人は、科学者であろう、理知的な雰囲気を纏った女性。

 その身を、白衣で覆い、手元の携帯端末と、発令所前面のウィンドウに、目まぐるしく視線を動かしている。


『構わん!!!

 ギガントニ体・・・前進させろ!!!!』

『紋章兵器の使用も許可する!!!!!

 戦力の出し惜しみは要らん!!!!』

『・・・分かりました。

 G-1、G-2前進・・・紋章兵器、射出準備入ります!!!!』

『これで・・・笑っては居られんぞ、魔神王め・・・』


 そして、そんな二人に意識を向けることも無く、数人の男達が、次々と指示を出していき、対するオペレーターも、その命令を受け必死で動き始める。


「負けましたね」

「あぁ・・・所詮、ギガントでは、魔神王の相手はできん」

「・・・紋章兵器でも駄目でしょうか?」

「無駄だろう、所詮は通常兵器だ。

 他はともかく、魔神王には傷もつけられまい」


 と、そんな発令所の様子を無表情に眺めていた二人がポツリと呟き、そしてそのまま辛辣な評価を下していく。

 彼等の言葉・・・それが『絶望』を現すものだと、分かっているだろうに。


「・・・で、どう対応しますか?」

「ルシフェルを起動させる・・・」


 そして、そんな雰囲気の中、女性が静かに問い掛けると、対する男性は、女性の方を見るでもなく、ただ「ニヤリ」と笑い、微かに聞こえる程度の声で、小さく呟いた。


「で、では」

「あぁ・・・既にパイロットの召喚は行っている」


 しかし、その程度の声でも、女性にはしっかりと聞こえたらしく、その『意味』を理解した女性が、驚愕の余り携帯端末を取り落とすが、それを受けた男性は、ただ「ニヤリ」笑いを思いっきり深くすると、静かに呟いた。


「目覚めるのだよ・・・我等の『希望』が」



 ***



= Session10.戦友 =


『どうしたい、J?』


 巨大な人影が、静かに隣り立つ人影に話し掛ける。

 その白の身体を、光に反射させながら。


『Kよ・・・お前は怖くないのか?

 相手は魔神王だぞ・・・それに魔神が10体・・・』


 声をかけられた人影が、心の中の恐怖を隠そうともせずに、静かに言葉を返す。

 その蒼の身体を、静かに揺らしながら・・・


『怖いさ・・・ギガントだって無敵じゃない。

 魔神でさえ、1体1で互角って所だからな・・・』

『なら・・・何で受けた?』


 白の人影はその銃を、蒼の人影はその剣を、それぞれ前方に見える『軍勢』に向け、そのまま言葉を続けていく。


『そうさな・・・お前と同じ理由・・・だな』

『・・・・・・・・・そうか』


 暫しの沈黙の後、静かに言葉を結ぶと、遥か上空を飛ぶ航空機に視線を向け、そしてゆっくりと視線を元に戻す。


 そう『死』という名の戦いの開始の時を待ちながら。


『紋章兵器の着弾と共に前進する。

 一体でも多く、魔神を道連れにする!!!!!』

『了解!!!!!』



 ***



= Session11.可能性 =


 静かに下降を続けるエレベーター。

 その中で、ユミ、マヤ、リトの三人は、静かに言葉を交わしていた。


「そうですか、既に魔神王が」

「えぇ・・・確認されたのは、昨日未明。

 辛うじて間に合った・・・そういうことかしらね」


 とはいえ、会話を続けているのは、ユミとマヤのみであり、リトはその隣りで、ただただ呆然としているだけだ。

 自分の置かれた事態に混乱したままに・・・


「でも、ギガントで勝てますか?

 所詮不良品ですよ、あれは・・・」

「それは酷いわよ、マヤちゃん。

 フィードバックについても、『オリジナル』に近づけた結果なんだから」


 続いて、呆れたようにマヤが口を挟むが、それを受けたユミは、静かに苦笑しながら、その言葉を肯定した。


 シェルターに住む人々の最後の希望・・・ギガント=エンゼル。

 それを否定すると言うことは、自分たちが生きていることを否定すると同じ位愚かなことであり、それら台詞は、口に出さないことと暗黙の了解が成り立っている。

 しかし、そんな暗黙の了解も、それを実際に操っていたマヤ、そして、エンゼル=システム全ての生みの親たるユミにとっては、それはタブーでも何でも無い。


 エンゼル=システム。

 今、この時代において、間違い無く最先端を行くシステムである。

 『エンゼル』と呼ばれる機体と、霊的に接続を持たせ、機体をまるでパイロット自身の身体のように稼動させることを可能にさせたシステムである。

 当然、『エンゼル』自体にパイロットは搭乗させないため、パイロットが搭乗することによる、稼動限界・・・急激な機体稼動による、搭乗者への身体的負担・・・などを考える必要は無く、そして、遠隔操作・パイロット操作双方に影響する、事象認識→操作による、機械的誤差の介入も存在しない。


 と、以上の様に、有る意味では理想的なシステムであるのだが、実際は『シンクロ』を行うことにより、機体とパイロットとの『接続』が強化されると、それに応じて『エンゼル』の機体破損が、パイロットにフィードバックすると言う不具合が発生する。

 時には腕を、足を・・・そして、最悪は、命を失うことになるからである。

 それが故に、ギガント=エンゼルは、市民達には『守護神』と、パイロット達には『棺桶』と呼ばれるようになっているのが現実である。


「ま、大丈夫よ・・・出来たからね、例のプロジェクトが」

「まさか・・・完成したんですか?

 ルシファーが!?」


 そして、そんな実状を、誰よりも良く知っているマヤが、納得の行かない顔をしたままなのを横目で確認すると、ユミは、ちょっとだけ苦笑し、そして一言言葉を繋ぐ。


 自分たちの手がけた、本当の『守護神』の完成を。


「えぇ・・・真なる救済者、ルシファー。

 完成したのよ、魔神王来襲の報告の寸前にね」



 ***



= Session12.殺戮の宴 =


『紋章兵器、着弾!!!!』

『目標点温度、摂氏6900突破』

『相転移反応・・・開始、収束を始めます!!!!』


 何処からか鳴り響く状況報告をバックに、ニ対の『天使』が唸りを投げる。


 白と蒼の天使。

 銃と剣を持った天使。

 それが、前方に発生した光の塊・・・いや、小さな太陽に向かって、同時に前進を始める。


『相転移・・・っ!?反応消えました!!!!』

『て、展開している紋章配列・・・書きかえられています!!!』

『目標点温度・・・更に上昇!!!!!』


 と、白の天使がその足を止め、手に持った銃を、真っ直ぐに『太陽』に向けて固定する。

 白く陽炎を上げ始めた、小さな太陽へ・・・


『しゅ、収束させるべきベクトル配列・・・逆方向へ急速に変異!!』

『も、目標点温度・・・計測不能です!!!!!』

『周囲5Km圏内・・・大地が・・・蒸発していきます!!!!』


 と、そんな白の天使の動きに合わせるかのように、『太陽』の表面に小さな波紋が発生し、それが次第次第に、大きく広がっていく。


『・・・・・・紋章配列解読完了!!!!

 と、当シェルターへの遠距離砲撃です!!』

『予測損害率、260%!!!!

 い、一撃で、当シェルターは沈みます!!!!』


 そして、その『太陽』全体を覆っていた無数の波紋は、ゆっくりと1箇所、白の天使と蒼の天使が居る方へと収束を始め、そして小さく「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・」と、唸り声のような音を発し始める。


『G-1、バスター・ライフル充填完了。

 敵、砲撃を迎え撃つつもりです!!』

『G-2、敵軍と接敵。

 くっ!?G-2の装甲・・・蒸発を始めました!!!!』

『G-2、次元断層壁、展開を認められません!!!!

 いえ、敵、魔神によって、中和されています!!!!』


 次いで、先から前進を止めていなかった蒼の天使が『太陽』の目の前まで到達し、そしてすぐさま手に持つ剣と盾を、『太陽』に向けて構えるが、その動作が完了するその前に、その全身を覆う鎧が目に見えて融解を始める。

 そしてそこから一呼吸する間もなく、盾を持っていた左の腕が、「ぽろり」といった音が聞こえそうな調子で、ゆっくりとその身体から落下した。


『G-2・・・敵砲撃ベクトル上に移動!?

 ま、まさか・・・盾になるつもりか!?』

『G-1・・・バスター・ライフル発射!!!!

 ま、待てよ・・・G-2が射線上に!!!!』


 最後に、蒼の天使が『太陽』の目の前にその身体を曝し、そして同時に、白の天使が、己が銃の引き金を引いた。


『敵、砲撃を確・・・きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 刹那、全ての音が消失し、世界を光が覆った



 ***



= Session13.理由 =


『て、敵軍、魔人9割、魔神5体の消滅を確認。

 魔神5、及び第二魔神王・・・健在です』

『G-1、G-2・・・反応無し。

 っ!?医療班・・・パイロット室へ・・・速くっ!!!!!』


 僅か数瞬の停電。

 すぐさま照明は元に戻り、そしてオペレータ達の声が、その場に鳴り響く。


 そして、その報告を聞いた三人のうちの二人が、隠すでもなく顔を顰め、大きく溜息をつく。

 この場・・・特殊研究棟・・・シェルター本体から三系統の電源供給を受け、そして研究棟本体にも独自の電源施設を持つ・・・その研究棟が、瞬間であっても電源が切れるという現象の『意味』を知るが故に。


「・・・パイロットは?」

「コードJとK・・・貴方の元部下よ」


 そして、そんな二人のうちの一人・・・マヤが悔しそうに口を開くと、それを受けるように、ユミが静かに言葉を挟む。

 その言葉を聞いたマヤが、一瞬息を飲み、そして沈黙する。


 『ギガント』に乗っていたパイロットである彼等がどうなったかを良く知るが故に。


「あ、あの・・・母さん」


 そして、痛いほどの沈黙の中、それまで沈黙を守っていた最後の一人、リトが、遠慮がちに目の前を歩くユミ-彼の母親-に、声をかける。


 因みに、今、この時点においてもリトは『せえらあ服』を身につけたままであり、ここまで誰も着替えを指示しなかった現実が不思議であり、また、リト自身の哀愁を誘う。

 それが、如何なる理由にあったのだとしても・・・だ。


「うん、何・・・リト?」

「ええと・・・何の為に呼び出されたの?」


 と、そんな言葉をかけられたユミは、くるりと背後を振り返り、リトに問い掛けるが、そんなユミに向かって、リトは、本来であればここに来る前に聞いておかなければならない話題を、ようやく口にする。


「あ、忘れてたわ。

 リト・・・貴方が召喚されたのは分かるわよね?」

「うん・・・」

「でね、リトには、お父さんと私の作った『天使』に乗って欲しいのよ」

「そ、それで悪魔と戦うの?」


 そして、その問いを投げられるまで、その点に全く気付いていなかったユミが、「ぽんっ」と手を叩いて説明を始めるが、その口から出てきた驚愕の台詞に、思わず口を挟む。


 しかし、その次の瞬間、ユミから返された台詞に、隣りに立つマヤまでも一緒に、その場を震わせるほどの大声で、叫び声を上げた。


「そ、今からね」

「「い、今からぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」」


 そう・・・『常識人』であれば、当然の反応を。



 ***



= Session14.ルシファー =


「じょ、冗談だよね、母さん?」

「さ、流石に冗談ですよね、ユミ作戦部代表?」


 一頻り絶叫した後、互いに「こほんっ」と咳払いをした後に、未だのほほんと笑みを浮かべているユミへと、恐る恐る声をかける。

 互いに、ユミが冗談を言う性格でない事を、知っていながらに・・・


「勿論、本気よ・・・私、冗談なんて言わないわよ、失礼ね」


 そして、対するユミは、にこやかな笑みを消さないまま、仰々しい扉を潜りつつ言葉を返す。


「ででででで、でもっ!!

 始めてで操縦なんてできるはずが・・・」

「そうですよ、始めてで実戦が出来るはずが無いじゃないですか!!」

「そぅ?・・・やっとついたわ」


 当然、それでも納得出来ず、リトとマヤはユミに追いすがるように後を追いながら言葉を掛けていくが、当のユミはそんな言葉をまるで気にするでもなく、軽く流すと、そこで足を止める。


「・・・え?」

「と、到着って・・・ここは、まだ実験区画ですよ」


 そして、そんなユミの言葉に、残る二人が怪訝そうに口を開くが、ふと背後に気配を感じ、振り向いたその瞬間、視界に飛びこんできたその光景に、思わず言葉を失った。


「「・・・・・・っ!?」」


 彼等の背後には、一体の『エンゼル』が居た。

 身長3メートル程のそれは、細身の身体を全身鎧で包み、リト達三人をまるで見下ろすように直立している。

 その色は限りなく穢れの無い純白であり、G-1と呼ばれたギガント=エンゼルの白が、まるでくすんで見える程である。

 それは、あらゆる意味でそれを至高の存在と認識させ、『造られた存在』であるはずのそれを、二人は続くユミの言葉を認識することも出来ず、ただただ沈黙を続けていた。


「これが私達の希望・・・オリジナル=エンゼル『ルシファー』よ」



 ***



= Session15.搭乗 =


「久しぶりだな・・・リト」


 静寂に包まれた空間の中に、落ち着いた男性の声が響き渡る。

 自信と威厳に満ちた・・・キールの声が。


「と、父さん!?」

「し、司令・・・こんな所に居て、良いんですか?」

「あら・・・待ちきれなくなったの、あなた?

 今日の朝会ったばかりでしょう、リトとは」


 そして、そんなキールに対し、三人が、それぞれ思い思いの言葉を返す。


 キール・・・リトの父親にして、対魔神王対策組織総司令。

 最も『扉』に近いため、魔神王の脅威を最初に受けるのを約束されたシェルターにおいて、当然のごとく設立された組織。

 そんな組織の総司令と言えば、今現在魔神王の脅威に曝されている状況下において、このような場所に居て良い人間では無いのだが、当の本人は、そんな立場など気にしているふしも無く、ただ「ニヤリ」と笑うと、次の言葉を紡いだ。


「・・・発進準備」

「分かりました、司令」


 そして、そんなキールの言葉に、対するユミも「ニヤリ」と、こちらはリトに見えないように気を付けながら笑い、そして慌しく近くの端末に指を走らせ始める。


「発進・・・って、僕が!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、本気ですか?」


 対して、残された二人は、慌しく動き始めた周りの様子に、だらだらと冷や汗を流しながら、小さく言葉を漏らす。

 黙ってたら最悪の事態になる・・・そんな雰囲気をひしひしと感じているが故に。


「そうだ・・・お前以外にルシファーは動かせん。

 魔神王が来襲した今となってはな」

「司令の言う通りよ、マヤさん。

 今は緊急事態、分かっているはずよ、貴方も」

「・・・・・・・・・」

「そ、それはそうですが・・・」


 そして、そんな二人の言葉に、キールとマヤは、一切の情けを掛けぬ言葉で返し、仕方無しと、マヤは渋々ながら引き下がる。


「でも・・・でも、何で、僕なの?

 僕が怪我をしても良いって言うの、母さん、父さん?」

「大丈夫よ、ルシファーなら勝てるわ」

「そうだ・・・そのための、ルシファーだからな」


 しかし、残されたリトは、当然のごとく納得が出来るはずも無く、更に引き下がるが、それを聞いたキールとユミは、それでも怯むことなく、自信満々にリトに言葉を返す。


「でも・・・いきなりじゃ、怖いよ、僕」

「大丈夫よ、あなた?」

「あぁ・・・例の映像、再生・・・頼む」


 それでも納得しないリトに、キールとユミは、小さく笑みを浮かべると、傍らの通信機に、一つ命令を投げる。

 と、その通信が終わるとすぐ、リト達三人の正面に有る壁がモニターに変化し、そしてそのまま映像を流し出す。


『・・・どう思う、リサさん?』

『お兄ちゃん・・・召喚されたの。

 ばーさんが言ってたわ、間違い無いの』

『り、リトはんが戦うんやと!?

 そ、それは一大事や!!!!!!!!』

『ふぅん、なら、リトさんは、どんなパイロットスーツを着るんだろうね?』

『『・・・っ!?』』

『僕としては、やはり女性仕官用が良いと思うんだけど、リトさんのことだ

から、男性用のを着そうな気がするねえ』

『そ、それは駄目や!!!

 リトはんは女性や、男性用なんて、不潔やぁぁぁぁぁぁ!!』

『お兄ちゃんが・・・男の服・・・駄目っ!!!

 私が用意するの。大丈夫、既にここにあるわ』

『ふぅ・・・ん、「すくぅるみじゅぎ」かい?

 確かに似合うだろうね・・・リトさんなら』

『そうやっ!すぐにそれを持ってくんや!!

 リトはんに間違った道を歩ませては駄目なんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

『賛成だよ、僕も』

『そう、問題無いわ。

 すぐに行くもの』


 ぷちん・・・


「ふっ・・・10分前の映像だ」

「そうね、因みに彼等三人は、未だ侵攻中よ。

 ここに到達するまで10分あるかしら?」

「あ、あの子達らしいわね・・・ホント」


 そして、その一連の映像の流れの後、リトよりも先に、再起動を果たした三人が口々に言葉を紡ぐ。

 一人は、呆然としたリトの様子に満足そうに。

 一人は、(すくぅる水着も捨て難いわね)などと考えつつ。

 一人は、暴走を続ける教え子達に、将来の不安を感じつつ。

 と、それぞれがそれぞれの思いで持って、この先のリトの『運命』を正確に認識した。


「乗るんだな、リト・・・今なら男性用のパイロットスーツを用意してある」

「乗りなさい、リト。

 パイロットの様子は、常にデータベースに記録されるわ。

 この意味・・・分かるわよね?」

「の、乗った方が良いんじゃない、リトくん?

 あの子達がここに来たら・・・逃げられないわよ」


 そして、そんな三人の言葉を聞き、リトは慌てて顔を跳ね上げると、真っ青な顔をしたまま、大きな声で叫び声を上げた。

 もはや一刻の猶予も無い・・・そんな雰囲気を纏わせながら・・・


「ぼ、僕が乗ります!!!!!」



 ***



= Session16.発令所 =


『ルシファー・・・射出位置移動完了』

『パイロット、精神状態安定。

 各種数値、全てグリーン・・・問題ありません!!』

『エンゼル=システム稼動確認』

『パイロットボディ・・・半凍結状態で安定』

『エンゼルへの精神透写・・・成功しました!!』


 次々と報告されるオペレータ達の言葉。

 メインウィンドウに、『ルシファー』の姿を、サブウィンドウに、死んだようにカプセルの中で眠るリトの姿を写し、次々と『ルシファー』発進のための準備が進んでいく。


『ルシファー・・・起動します』


 そして、それまで煩いくらいに鳴り響いていたキーを叩く音が止まると、それと同時に、メインスクリーン上のルシファーの瞳に、ゆらりと光が灯る。


 ルオォォォォォォォォォ・・・!!


「な、何!?」

『ルシファーが光翼を展開しました!!!!!

 1・2・・・6対12枚!!

 エネルギー係数・・・ギガントの20倍を示しています!!』


 刹那、メインウィンドウの中の『ルシファー』が魂に響くような唸り声を上げ、そして、その身体を固定している金具を吹き飛ばし、背中から6対12枚の光の翼を展開する。

 その光景は、正しく長き眠りから覚めた天使の様に、また、悪魔のようにも見え、そして、その光景を見つめていた全ての人間は、まるで魂を抜き取られたかのように画面に視線を固定してしまっていた。


『あ・・・あの、どうしたんですか、先生?』

「あ、あぁ・・・大丈夫、リトくん?」


 と、そんな静寂に包まれた光景の中、発令所に取りつけられたスピーカーの一つから、リトの戸惑ったような声が響き、それに我を取り戻したマヤが、辛うじてリトに言葉を返す。


『何か変な感じですけど・・・視界が妙に高いですし・・・

 でも、大丈夫だと思います』

「そ、そう・・・なら、無理はしないようにね」


 そして、そんなマヤの言葉に対し、メインウィンドウの中の『ルシファー』が、軽く腕を組み、「うにゃ?」という仕草(?)で首を傾げて答えるが、そんなリトの言葉に対し、マヤは(に、似合ってないわね)などと心の中で呟きながら、言葉を搾り出した。

 因みに、マヤの心の中の呟きは、この発令所中の全ての人物が同じ感想を持っており、女子制服に身を包んだリトならば「可愛い」仕草も、威厳の塊のような姿の『ルシファー』がやったりしたのだから、不気味なことこの上ない。


「司令、よろしいですね?」

「リトによるルシファーの稼動・・・それだけが我等の希望だ。

 問題無い・・・やりたまえ」

「そう、これしか私達に手段は無いの。

 作戦指揮、よろしくね、マヤさん」


 と、そんなメインウィンドウから必死で目を逸らし、マヤが背後の司令に向かって最後の確認をすると、キールとユミが、静かに首を縦に振り、全てを承認した。


「・・・はっ!!!!」


 そんな二人に、マヤは敬礼で返事を返し、そしてくるりと背後を振り返ると、これまでに無い真剣な表情で持って、発令所全てに向けて高らかに宣言した。


「オリジナル=エンゼル『ルシファー』・・・発っ進!!!!!!!」



 ***



= Session17.緒戦 =


 無限に広がるかに見える大荒野・・・

 その一角に、白の身体に光の羽根を持った『天使』が一人。


『ルシファー・・・固定具パージ。

 外部電源の接続、急いでください』

『リトくん・・・すぐ傍にあるケーブルみたいなものよ。

 背中に接続する所があるから、急いで』

「は、はい・・・」


 『天使』は『声』の指示に従い、一言返事を返すと、ゆっくりと傍らのケーブルを己が身に接続する。

 同時に、ケーブルから『電気』と言う名の命が吹きこまれ、『天使』の背中に有る光の羽根が、更に大きく光を灯す。


『その電源ケーブルが切断されたら、1分と持たずに動けなくなるわ。

 それだけは気をつけてね』

「は、はぁ・・・」


 そして、『天使』は、淡々と説明を続けていく『声』に対し、再び言葉を返すと、ゆっくりと前方に広がる巨大なクレーターに、視線を送る。


「う・・・わぁ・・・」


 その光景『シェルター』程も有るその巨大なクレーター・・・そして、その中心に座する、異形の存在達。

 全てが消滅したであろうその光景の中で、その存在達は、見た目傷一つ無く、静かに、『天使』の方向へと視線を送っている。


『あれが、魔神達・・・そして、その中心に居るのが、第二魔神王よ』

『最後の魔神が、自己修復を終了したようです。

 再度侵攻も時間の問題です』

「それで・・・僕はどうするんですか?」

『とりあえず、魔神達が動くのを待つことは無いわ。

 バスター・ランチャーを射出するから、それで先制攻撃よ!!』


 そして、そんな光景の中、『天使』が問い掛けると、『天使』のすぐ傍に、3・4メートルほども有る、長身の銃が現れ出でる。

 先に、巨大な白の天使が持っていた「それ」と、同じデザインの銃が。


「はぃ・・・・・・・・・あれ?」

『どうしたの、リト君?』


 『天使』は、そんな銃を暫し眺めた後、恐る恐ると手を延ばすが、つと『天使』はその動きを止め、そして不思議そうに言葉を漏らす。


『る、ルシファー・・・魔神に向けて、前進開始!!』

『光翼再展開!!

 す、凄まじい勢いで、本部電源を吸収していきます!!』

『り、リト君!!』


 そして次の瞬間、『天使』は、その手をどけると、真っ直ぐに魔神達が立つ方向へ向けて、すべるように前進を始め、そしてそれと同時に、背中から再び6対12枚の光の翼を展開し、飛翔する。

 続いて、『天使』の悲痛な叫びが、辺りに響き渡った。


「か、勝手に動いてますよ、これぇ!?」



 ***



= Session18.見守るもの =


『ルシファー・・・魔神の一体と接触!!!!』

『敵、次元断層壁、ルシファーによって浸食・・・いえ、中和させられています!!』


 オペレーター達の報告のみが続けられる発令所。

 その中において、その話題の中心となる『天使』・・・ルシファーは、メインスクリーンの中心において、生き生きと暴れまわっている。


『二枚目の次元断層を展開・・・え、壁じゃない!?』


 スクリーンの中のルシファーは、自らの身長の十倍もあろうかという魔神の顔付近まで移動し、そして右手を右から左へと、無造作に薙ぎ払う。

 そして、それと同時に「キィンッ・・・」と甲高い音が聞こえたかと思うと、目の前の魔神の首が、ゆっくりと主の身体から外れていく。


『ま、魔神・・・沈黙。

 な、何をやったんだよ・・・これ・・・』

「ルシファーの新兵器?」

「いいえ・・・あれは恐らく次元断層壁の応用よ。

 魔神の居る位置の、空間をずらしたのね」


 そして、そんな光景に我を失うオペレータの背後で、マヤが呆然と呟くが、その更に背後で、キールと共に居るユミが、ぽつりと言葉を繋ぐ。


『はぁ・・・凄いですね』

「り、リト君!?

 だだだ、大丈夫なの?」


 その言葉に、有る意味「新兵器よ」などと説明してくれた方が気が楽だったのに・・・などと考えていたマヤだったが、何処からか聞こえてきた、間延びのしたリトの声に、慌てて手近なマイクに縋りつく。


『うん、大丈夫です。

 で、でも・・・勝手に体が動いてるんで・・・』

「そ、そう、どうにもならないのね?」

『はい・・・』


 そして、そんな絶望的な言葉が交わされ、そのままマヤが静かに唇を噛む。

 このまま勝てば良いが、魔神王相手では無傷には済まない・・・そうなった場合の『損害』が頭にちらつくが故に。


 先の・・・ギガントと共に散った、二人のように・・・


「『魂』の回収は出来ない?」

「駄目です・・・戦闘中に行うには、リスクが大きすぎます」


 次いで、仕方無しにと、傍のオペレータに、リトとルシファーのシンクロ状態の解除が出来ないかと問い掛けるが、それは静かに否定される。

 そもそも、今、ルシファーが置かれている状況・・・パイロットの意思を完全に無視しての戦闘行動・・・そのものが、発令所においては既に予定外の事態であり、見守るしか彼らには選択肢が無いのが当然である。


「・・・構わん、このまま戦闘を継続させろ」

「もしもの時の為に、リトの所に救護班を送っておいて頂戴ね」

「司令・・・に、副指令?」

『はっ!!!』


 そして、そんなマヤを見下ろし、キールが、ユミが、指示を出し、呆然とするマヤをそのままに、各オペレーター達が、一斉に指示を遂行する。

 『最悪』を考えたその指示・・・しかし、それを感じさせないその声に、皆が突き動かされ、そして見守った。


 スクリーンの中では、生き残っていた魔神達を、次々と先のように屠っていくルシファーの姿が、淡々と流されていた。


『ルシファー・・・魔神全てを殲滅。

 第ニ魔神王と正対します!!』



 ***



= Session19.接触 =


「名前。聞いておこうかしら?」

「・・・・・・・・・ぇ?」


 『天使』と『悪魔』が正対して数秒。

 その僅かな静寂は、それを見守る皆が、予想し得ない手段で打ち破られた。


「私の名前は、ヘレル・・・『主』に認められし第一の従者」

「え・・・えと、僕はリト、中学二年生です」


 その『声』は、男とも女とも取れる、不思議な声色を秘めていた。

 柔らかい声・・・『天使の声』だと言われても、誰も否定できないようなその声に、それを聞くことが出来た全ての存在は、己が認識を疑った。


『・・・うそぉ』

『魔神王からの・・・接触?』


 『魔』達は、人に滅びをもたらすだけに存在する。

 知恵など持たず、ただただ殺戮を繰り返す異形の存在。


 だが、それが否定された。


「リト・・・か。

 では、ヘレルからリトに問う『主』は如何した?」

「・・・・・・・・・ぇ?」


 それ故に、『悪魔』と『天使』の会話に介入するものはおらず、静かに、二人の会話は続いていった。

 魔神達の、巨大な骸の只中にあって・・・


「我等が主、汝等が言う、『第一魔神王』ルシファー様は、如何した?」

「第一魔神王なら、殲滅したって」


 そして、長き沈黙の後、リトが静かに問いに答えると、


「・・・・・・・・・そぅ」


 そして、殺気が爆発した。



 ***



= Session20.勝利と絶望 =


 予想に反し、何よりも先に動いたのは、『天使』だった。


 『悪魔』が動くよりも速く、『発令所』が、何か指示を出すよりも速く、そして『リト』が、何かを認識するよりも速く、『天使』はその体躯を滑らせた。


 『悪魔』の立つその場所に向かって・・・


 そして同時に、『天使』はその腕を振るう。

 先までの魔神を屠ったのと同じように・・・空間に裂け目を作り、『悪魔』の身体を引き裂いた。


 ・・・そう、誰もが思った。


 当然、誰もが勝利を確信した


「・・・無駄よ」


 次の瞬間、静かに声が響き、そして『悪魔』の身体が爆散した。

 『斬られた』のではなく、『自ら爆発』した。

 それゆえか、『天使』はその爆発に巻き込まれ、僅かに体制を崩す。


 そして、その隙を逃すことなく、煙の向こうから細く白い腕が伸び『天使』の頭を掴むと、そのまま持ち上げた。


「その『切り裂く技』は、私の妹の力かしら?

 残念だけど、複製品では、私は滅ぼせないわ」


 煙が晴れ、声の主が現れ出でる。

 それは、先までの『悪魔』の半分ほどの身長。

 人の手によるものとはとても思えぬ、その美しい容貌。

 絹か何か・・・非常に柔らかい素材で作られているのであろう、その姿。

 そしてその背中からは、『天使』と同じく6対12枚の光の翼が広がり、更には腰まで伸びる紅髪が、光の翼と共に風に揺られていた。


 そんな少女が、中空に浮かび、そして『天使』を持ち上げている。


 それは、その場に居るあらゆる存在に、その少女が『魔』であることを忘れさせ、同時に、自分たちの『敗北』を確信させた。

 まるで『神』に戦いを挑むことの愚かしさに、今更に気付いたかのように・・・


「さよなら・・・」


 同時に『天使』の頭が、一息に握りつぶされた・・・



 ***



= Session21.承認 =


『ルシファー・・・沈黙。

 電源供給路、遮断されました』

『パイロットの生死不明・・・しかし、頭部の損壊は』

『い、医療班・・・すぐに移動させます』

「り、リト・・・くん?」


 次々と流れる最悪の情報。

 シンクロシステムの性質上、何があっても失われてはいけない部位。

 代替の機関が用意できない・・・脳。


 そこの損壊が、どう言う結果を迎えるかが分かっているからこそ、その場に居る全ての人間の声は沈んでいた。

 勝利を確信した途端の敗北・・・その衝撃の大きさに、光を失っていた。


「全ての命令を凍結。

 ルシファーのパイロットへの干渉を厳禁する」

「「「・・・っ!?」」」


 しかし、そんな皆に向かって、この場の最高責任者たる総司令の言葉が投げられる。

 無駄だと分かっていても、僅かの希望を持って・・・そんな彼等の動きを、絶対者の『命令』で、凍結してしまった。


 それが故に、その場の全ての人間は、「信じられない」という表情で、キールの顔を見上げていた。


「パイロットとの通信経路の回復・・・まだなの?」

「時間が無い、急げ」


 そして、そんな皆の様子に気付かないのか、キールとユミの二人は、更なる指示を出す。

 そして、オペレータ達は、『頭』の存在しない『天使』と、どうやって通信をするんだ?・・・などと、至極当然の疑問を持ちながらも職務を遂行し、そして絶句した。


『え・・・と、何も見えなくなったんですけど、どうかしましたか?』

「・・・・・・・・・ぇ?

 リト君?」


 通信経路が繋がると同時に、聞こえてきた少年の声。

 有り得ない・・・あってはいけないその声に、皆が暫し呆然とし、そして唯一再起動を実現したマヤが、恐る恐ると声をかける。


『はい・・・でも、真っ暗で何が何やら・・・』

「ぶ、無事なら良いのよ・・・うん」


 そして、そんなマヤの声に、先ほどと変わらぬ声で返事が返ってくる。

 そんなリトの声に、マヤは心底安堵し溜息を吐くが、その瞬間、彼女の背後から、キールの重々しい声が響いた。


「・・・ふっ。

 最終拘束具の解放を許可する。全プロテクト解放、承認!!」



 ***



= Session22.ふぁいなる・ふゅーじょん =


「各オペレーターに伝達。

 暗号化ファイルR-666の閲覧を許可します!!!!!」

「「「はっ!!!」」」


 静寂の中、ユミの慄然とした声が発令所に響き渡る。

 その指示に従い、各オペレーター達は、一斉に自分の手元の端末に視線を落とし、そしてすぐさま慌しく操作を始める。


『ルシファー拘束具、全ロック解除!!!』


 最初に、オペレーターの一人が叫ぶ。

 同時に、スクリーンの中で、魔神王に打ち捨てられたルシファーの身体が派手に痙攣し、「バキバキッ」という何かが壊れる音が鳴り響く。


『トランスフォーム・プログラム・・・順調に作動中』


 続いて、オペレーターの一人が報告する。

 同時に、ルシファーの鎧の隙間から、ピンク色の臓器のような物が覗き、激しく脈動を始める。


『敵嗜好・・・解析完了!!!

 雌性、及び紺色学生水着と算出されました!!』


 続いて、オペレーターの一人が声を上げる。

 同時に、満面の笑みを持って、ユミが背後を振り返り、キールへと視線を送る。


「よろしいですね、あなた?」

「あぁ・・・第二魔神王が雌性体だったのが懸念だったが。

 全てが杞憂に終わったな」


 そんなユミの言葉に、キールは重々しく呟くと、司令席をおもむろに立ちあがり、そしてその場に居る全ての人間に聞こえるように、声を張り上げた。


「ルシファー最終融合形態・・・ファイナル・フュージョン、承認!!!!」

『ファイナル・フュージョン開始します!!』


 そして、キールの言葉に従い、最後のオペレーターが声を上げ、スクリーンの中で、全ての変化が終了した。


 ゆっくりと立ちあがるその姿は、女性のそれ。

 自分の身長よりも長く、そして目の前の魔神王よりも美しく光を反射する黒髪は、まるで優雅に流れる川のように地面を流れ。

 緩やかなカーブを見せるその肢体は、見る者の視線を固定し。

 僅かながら憂いを帯びた表情は、あらゆる存在に、保護心を巻き起こす。

 そして、背中から生える6対12枚の光の羽根は、今ややわらかな羽毛を持つ、実体を持った純白の翼と変わっていた。


 最後に・・・ゆっくりと身体を覆っていく『すくぅるみじゅぎ』が、事態の幻想性を、限りなく助長していたり・・・する。



 そして全てが終わった後、唯一口を開くことに成功したマヤが、震える声で、一人呟いた。


「これが・・・ルシファー?」


 ・・・と。



 ***



= Session23.天使と悪魔 =


『成功だな・・・リトによる最高の『天使』の創造が』

 キールが紡ぐ。


『えぇ・・・私も、この時をずっと待ってました』

 ユミが紡ぐ。


『お、女の娘になっちゃったのね・・・リトくん』

 マヤが紡ぐ。


『お兄ちゃん・・・着てくれたのね』

 何時の間にか来ていた、リサが紡ぐ。


『す、素敵や・・・リトはん』

 着いてきていた、ガストが紡ぐ。


『流石はリトさんだね・・・僕の目を捕らえて離さないよ』

 ガストの背後で、デニスが紡ぐ。


『・・・ぇ?・・・えぇ?・・・ぇ????』

 状況を把握していないリトが、首を傾げて紡ぐ。


『あ、あぁ・・・・・・あ・・・』


 そして最後に・・・第二魔神王、「ヘレル」が紡いだ。


『・・・主様!!!!!!』



 ***



= Session24.最終兵器 =


「な、何故、そこに・・・主様?」

「え・・・僕?」


 静寂の場の中、第二魔神王・・・ヘレルが紡ぐ。

 目の前に立つ、美しい少女の姿に、呆然としながらも。


「そう・・・その身体となって、生きてたの。

 姿だけだけど・・・私の愛した主様なのですね」

「僕の姿・・・って、な、何これぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」


 そんな感極まったという感じのヘレルの言葉に、リトはふと自分の身体を見下ろし、そして目を見開いて絶叫した。


 先まで、自由にはならなかったものの、(ちょっと格好良いかも?)などと思っていた力強い身体は、今や男だった時の自分以上に華奢な身体となり、鈍く光り輝いていた白の鎧は、彼自身が何を持っても着る事を拒否していた、『すくぅるみじゅぎ』に変化してしまっている。

 そして何より、自身の最後の砦である「どんな格好しても、本当は男」という現実が、きっぱり否定されてしまっていた。


『ふっ、第二魔神王よ。

 リトが欲しいか?』

「「・・・ぇ?」」


 と、叫んだきり綺麗に硬直してしまった二人に向かって、何処かのスピーカーから、音声が流れ出る。


『取引しよう。そう言うことよ。

 このシェルターの安全と引き換えに、あなたの望むものを差し上げるわ』

「いっ、良いの!?」


 そして、その声に続いて、女性の声が響き、それを聞いたヘレルが弾かれるように視線を上げ、声の主に問い掛ける。


『リトの父親として承認しよう・・・好きにするが良い』

『母親として一応・・・無理やりは駄目よ』

「と、父さん!?母さん!?」


『取引を受けるなら、目の前のハンマーを手にするが良い』

『そのハンマーの名前は、エリミネート・ハンマー。

 あらゆる『生命無き物』を消滅させるわ・・・どんな物質でもね』

「な、何で・・・・・・も?」


 その説明に、ヘレルはゆっくりとリトの身体へと視線を向け、そして『すくぅるみじゅぎ』を凝視すると、ゆっくりと生唾を嚥下する。

 何かに期待するように・・・顔を真っ赤に染めながら。


『どうする?』

『時間が無いわ・・・ヘレルちゃん』


 最後に二つの声が問いかけ、そしてヘレルは良く通るその声で、差し出された取引と言う名の選択を、大きく承諾した。


「その取引・・・う、うけるわ!!」



 ***



= Session25.報酬? =


『お、お兄ちゃん!??!!?』

『り、リトはんを差し出すやと!!!!

 お、女同士は不潔やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅ!!!!』

『生命無き物・・・そうか、そういう事か、リトさん!!!!

 全く僕は混乱しているよ・・・リトさんから視線を外せないって事さ』

『うぅっ、リトくんは一足先に大人の階段を上がるのね。

 先生は嬉しいわよ』

『娘が大人になるところを見れるなんて。

 今晩はお赤飯ね!!』

『ふっ・・・問題無い。

 全ての映像は記録中だ』


 『取引』を受けたヘレルの言葉と同時に、スピーカーから弾かれるように何人もの声が鳴り響く。

 そしてヘレルは、そんな声を自然に聞き流し、ゆっくりと背後を振り返ると、ヘレルに背中を向けていたリトに、静かに言葉を投げる。


「リト・・・だったわね。

 逃げちゃ駄目よ」


 そして、ゆっくりとその場を逃げ出そうとしていたリトが、ヘレルの声に「びくぅっ!?」と反応し、力無く垂らしていた12枚の羽を、大きく逆立てる。

 そのまま、ゆっくりと背後を振り返り・・・そして、恐る恐るヘレルに視線を送る。


「じょ、冗談だよね、ヘレルさん?」

「そうね・・・うん・・・勿論私は本気よ」


 おどおどしながら問いかけるリトに、ヘレルは再度生唾を飲み込み、そして心底嬉しそうに笑みを浮かべながら、ハンマーを振り上げ・・・力一杯振り下ろした。


「光に、なぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・!!!!!!!!」


 刹那、柔かな光の粒が、周りの全てを飲み込んだ・・・



 ***



= Session26.再び・朝 =


(ま、またなのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!)

(今度は下が『ぶるまぁ』だから、問題無いわ)

(こっちの方が恥ずかしいじゃないか!!)

(・・・・・・・・・・・・・・・(ぽっ))

(な、何で頬を赤らめるのさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)

(も、問題無いわ)

(問題あり過ぎだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!)


 朝。

 何処からか聞こえてくる仲の良い兄妹の会話をバックに、一組の夫婦が、仲良くお茶を啜っている。


「残念ね、失敗しちゃって」

「大丈夫だ・・・残る魔神王は、あと13体。

 リト自身への最終変異も、いつかは成功する」


「そうね、『彼女』も手伝ってくれるみたいだし」

「リト自身による雌性体への変形・・・それが彼女の希望でもある。

 全てシナリオ通りだ・・・問題無い」


「その時は、リトと料理したり、買い物に行ったり、お風呂に入ったり出来るのね。

 リサちゃんだと、羞恥心が無いから面白く無いもの」

「ふっ・・・既にリサの要望で、雄性体、ルシフェルの開発に入っている。

 第五魔神王の来襲までには間に合うように、スケジュールを調整中だ」


「ルシファー『悪魔』を誘惑するもの。

 ルシフェル『天使』を統率するもの・・・か」

「ただの言葉遊びだ、気にすることは無い」


「でも・・・そうなったら、楽しそうねえ」

「あぁ・・・そうだな、ユミ」



 ***



= Session28.えんどれす・でびる =


 2年A組、教室。

 いつものように、リトの女装結果に一喜一憂するもの、リトの姿に、我を忘れ暴走するもの・・・そして、それを必死に静止するもも・・・と。

 いつもと同じ、始業前の喧騒が、そこで繰り広げられていた。


 ほんの数時間前まで、魔神王来襲という最悪の運命の中にあったなどと、誰も気付かぬままに。


 パンパン!!


「はいはいは~い。

 喜べよ、リトくん・・・君の恋人候補が増員だぁ~」


 そして、そんな教室の喧騒を、軽く手を叩くことでいなし、(教師は辞めたはずの)マヤが楽しそうに教壇の上へと移動し、そして生徒たちが自分の席に着くのを待つこともせず、楽しそうに、HRを始めてしまう。


「それでは、転校生を紹介するぅ~」


 ガララララ


 どう動いて良いか分からずに硬直する生徒たちを尻目に、マヤの声に従い、教室のドアから一人の少女が進み出てくる。


 腰まで伸びる紅の長髪、『完璧』という言葉が似合うその美貌、そしてスタイル。

 最後に、その彼女の背中には、淡い光を放つ6対12枚の翼。

 その姿は、『普通』の女子中学生のそれとは全く異なるものであり、約数名の人物とマヤを除き、ほぼ全ての生徒が、呆然と硬直してしまった。


「・・・・・・・・・ぇ?」

「やっぱり来たのね。お兄ちゃんは渡さないわ」

「あ、あいつは、リトはんの、リトはんのぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「は、羽根は隠せるんじゃ無いのかい?

 ま、魔神王の考えることは謎に包まれているね」

「う~ん、やっぱりショックが大きすぎたかしら?」


 そして、硬直しなかった数人の生徒・・・達が、その場に立ちあがり、慌てて声を上げる。

 一人は、呆然と。

 一人は、敵意を剥き出しに。

 一人は、溢れ出る感情を制御できず。

 一人は、余りに堂々としたその姿に、冷や汗を流し。

 最後に一人は、そんな皆の様子を、楽しそうに眺めていた。


 そんな中、ヘレルはリトを真っ直ぐに見つめ、怪しく微笑むと、教室中全てに響き渡る良く通る声で、静かに自己紹介を開始した。


「ええと、第二魔神王の、ヘレル=ベン=サハルです!!

 皆さん、よろしくお願いします!!!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] むぅ……これは見事なE(ぴ~)パロディーだ。 モトネタがうまく調理され(以下略) 楽しませていただきました。
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