第九羽
「すいません、遅刻しました」
教室に着いての第一声がこれだった。
時刻は11時22分。
遅刻とかどうとか以前の問題である。
「えっと……羽切君、じゃあ職員室行って遅刻届けだして来て」
「あ、それはもう行ってきました」
その時の授業をしていた眼鏡の女の先生は「じゃ、席着いて」、と言った。
遅刻は初めてなので、そんなに叱られることも無かったが、なんかこう、申し訳ない気持ちになるな。
「おー、羽切、何で遅刻したん?」
席に着くなり小声で話しかけてきたのは隣の席の藤宮マサル。
脱色の失敗で金というより白金色のウルフヘアーをしていて、常に学生服のボタンを全開にし、中に黒い髑髏が描かれた赤いシャツを着ている所謂不良っぽい服装をしている。
が、何故かトレードマークとして常に熊のぬいぐるみ(かなり可愛い)を抱えているので不良感が全く感じられない普通にいい奴である。
「…………」
朝から妹の耐久実験に付き合わされてたなんて言えないな……。
「あー……登校中に捨てられた子犬拾っちゃってさ、その犬を飼ってくれる人を探してたらこんな時間に……」
ちょっと苦しい嘘かな?
そう思ったが、藤宮マサルは信じたようだ。
「うへー、さっすが羽切だぜ。そこに痺れる憧れるぅー。
ところで」
「ん?」
「その子犬は実は熊だったってオチは無しか?」
「無しだ」
ちぇー、と藤宮マサルは手に持ってた熊のぬいぐるみを自分の方に向け、会話を始めた。
俺には彼が一人でブツブツ言ってるようにしか見えないのだが、彼曰く熊のぬいぐるみの名前は『トーマス』で、性格は残虐非道、趣味は園芸らしい。
意味不明。
よく考えるとこのクラスって相当変な奴多いな。
熊愛好家に超が付くほどのS、天然美少女に、読書中毒者。
そして――化け物の搾りカス。
その他の奴らも大概変わってるが、際立って変なのはこの五人だろう。
尚、この五人、全員が全員仲の良い友達関係である。
類はなんとやらというやつだろう。
そういえば、読書中毒者である青井秀が俺ら五人のことをこう呼んでたな。
『変人戦隊カワッテルンジャー』
……センスねぇ。
*****
「さあ! 今日も今日とて勉強会よ!」
「図書館では静かにな」
やってきました近くの図書館。
今日のメンバーは変人戦隊カワッテルンジャ―の五人だ。
「はい、詩織せんせー、何でオレがここにいるんだ?」
藤宮マサルが言う。
律義に手を挙げて、だ。
「……そこに、ロマンがあったからさ」
「納得」
納得しちゃうんだ!?
「じゃあ伊藤、僕は何故ここにいる」
「アンタは図書館がもう家みたいなもんでしょうが、秀。だからついで」
「……まあ、いいけどね」
青井秀。
二年三組の中でも比較的優秀な頭脳を持ち、人格も比較的マトモ。
……が、読書中毒者。
彼が本を手に持ってないシーンを見たものは今まで一人もいないと言われるほどの読書愛好家で、さらに一日で300ページほどの本を十五冊は読み終えることが出来る速読者でもある。
本人曰く、本に触ってないと爆発するらしい。
何が? と訊いたが教えてくれなかった。
容姿は並み、だが、大きめの眼鏡が優しそうな印象を醸し出している。
寝る間も惜しんで読書してるらしく、目の隈は酷いが。
「そうだよ、やっぱ皆で勉強したほうが楽しいもんねー」
ご存じ沢田リコが無邪気な笑顔で言う。
「遊びに来たんじゃなくて、勉強しに来たのよ。わかってる?」
超級どS、伊藤詩織が沢田リコを諭すように言った。
なんだかんだでやはり一番仲が良いのはこの二人だろう。
「じゃ、そろそろ始めますか」
そして、化け物の搾りカス。
天才と怪物の間に生まれた一般人である俺はそう言って、かばんから勉強用具を取り出す。
以上五人が、若草高校二年三組が誇る(?)変人戦隊カワッテルンジャーのメンバーである。
*****
帰り道。
「よう」
…………。
「あーあーあーあーあー」
畜生畜生畜生。
なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだよ。
どうして俺ばっかり。
ていうかアンタが会うのは俺じゃねえだろ。
常識的に考えろよ。マジで。お願いします。
勉強会からの帰り道、皆と別れたあと数mも歩かないうちに俺の目の前に現れた男に向かって、俺はありったけの不満を心に秘めながら、その男と相対した。
角刈りにサングラス、そして黒服では無いが、今着ているスーツの上からでも判る細身な身体。
一か月前、羽切家を襲った張本人が、愉快そうな笑顔で手を振っていた。
…………。
なんか随分と友好的だなヲイ。
「んー、そうだな、初めましてってことにしとくか」
男は、サングラスを外した。
そこから見えたのは、優しげな青い瞳。
「俺の名前は銘南 東、――まあ、偽名だけどな」
偽名なんかい。
「お前の名前は?」
「……橋本 太郎、偽名だけどな」
そう言うと、男――銘南東は腹を抱えて笑いだした。
「くはは……おかしな奴だな、もうとっくに名前を知れてるやつに偽名使うか」
「お前だって偽名じゃねーか、それに俺の名前知ってるなら訊くなよ」
うーん、コイツの意図が判らん。
そういえば前の依頼者とは縁を切ったって言ってたし、もう敵じゃないのか?
そう考えてると、銘南東は「ついてこい」っと言って歩き出した。
「こんな時間じゃ腹減ってるだろ、なんか食わせてやるから来い」
ゆっくり話そうぜ、と銘南東は俺に背を向け歩き出した。
……別に俺は話したいことなんてないんだがな。
もう辺りも暗く、人通りも少ない。
そして腹が減ってるのも事実だし、上手くいけば羽切家を狙った依頼主とやらの正体が割れるかもしれないな。
携帯を取り出し、前方を行く銘南東を見失わないように気をつけながら電話をかける。
トゥルルルルートゥルルルルー、と三回ほどコールして、やっと出た。
「あ、羽切朱音? もう俺のご飯作っちゃったか? ……まだ? ならよかった、今日は友達と飯食って帰るから晩御飯はいらない。……うん、そう、……いや、男だよ? 男……うん、それじゃ」
「くくく……友達、か」
「っ……」
気が付くと銘南東は俺のすぐ隣に居た。
……何時の間に……。
「……悪いかよ、ていうか勝手に人の電話盗み聞きすんな」
「それはすまなかったな、……しかし、友達か」
「それがどうかしたか?」
携帯をポケットに仕舞う。
ついでに時間を見てみた。
PM7:45
無機質な時計にはそう映されている。
「いや、悪くない、――そう思っただけさ」
そう言って、銘南東は一つの店に入って行った。
赤い看板に、黄色いm字模様。
マクドナルドだった。