第七羽
身体が、動かない。
たまに判るこの感覚、今俺は夢の中にいる。
そして俺の目の前には――。
「……――ん」
夢から覚めた。
妙な夢だったなー、とまだボーっとしてる頭で考え、寝返りを打とうとする。
……が、出来なかった。
「……?」
動かない、動けない。
指一本すら、動けない。
しかもなんか寒い、服を着てる感覚が無い。
全裸だ、俺!
「ちょ、どういう状況!?」
口は塞がれてないから声は出るようだ。
しかしなんでまたこんな状況になってんだよ!?
「おはようございます。兄上」
「……!」
羽切朱音! 無事だったか……。
「おはよう、妹……じゃなくて! 一体全体どうなってんだよ! なんで俺は縛られてんの!? なんで全裸なの? ……って見るなぁああああ! 俺を見るなぁあああ! うら若き少女が見るもんじゃないから見ないでぇえええええ!」
妹悲痛な叫びを上げる俺を無視して、ジーッと俺の股間部分を観察しながら、言う。
ていうか見るな! がん見すんな!
「簡単な話です。兄上が寝てるところを私が脱がして縛って勇大が運んだ。それだけのことです」
「理由と経緯と要求を言ええええええええ!」
「お礼です」
そう言って、妹は俺の粗末なモノを軽くつついた。
やめろ!
「お礼?」
「はい、日ごろ助けて貰ってるお礼として、兄上をこの研究所に運んだのです」
「……話が見えてこないのだが」
おい、ていうかおい。優しく撫でるのやめろ。
それに、俺は妹を助けたことは一度も無い。
助けることに成功したことなど、一度も無い。
「でも、庇ってくれたじゃないですか、戦ってくれたじゃないですか」
私は、それが嬉しかったです。
っと、妹は俺の腹筋を撫でながら言った。
……だからやめろ!
「……兄として当然のことをしただけだよ……それに……」
結果としては失敗してばかり、失敗しかしてない。
守り抜いたことなど、ただの一度もありはしない。
全部、母さんか、弟が最後は助けて終わりなんだ。
「そうですね」
あっさり肯定された。
少しショックだった。
「と・に・か・く、ですね」
グイっとハンカチみたいなものを口に突っ込まれた。
これで唯一動かすことが出来た口をも封じられてしまった。
「普段のお礼として――兄上を魔改造します」
……………………。
……は?
わんもあぷりおーず。
「魔改造です。魔改造。勇大にも相談したんですがやはり兄上の喜ぶもので、私にできそうなことと言ったらそれくらいですから」
「んー! んー!(おいばかやめろ)」
「そんなに嬉しいですか? まあ安心してください、改造人間に成るだけです。決して人間を止めなければいけなくなるわけじゃありません、あの二人みたいにね」
あの二人とは恐らく母さんと弟だろう。
「私には――これしかできませんから」
そう言って、少しだけ寂しそうな顔をした妹の顔を拝んだ後、俺の意識はブラックアウトした。
意識が闇に堕ちる最中……俺は思った。
(豪華なマグロ料理とかで――よかったのに)
*****
「うわっ、どうしたの羽切くん、普段の眠たげな目が死にかけの魚みたいな目にランクアップしてるよ」
それはランクアップと言うのか甚だ疑問だが、俺はつっこむ気力も無く、ただクラスメイトである沢田リコの言葉を無視して席に着いた。
そして即座に机に突っ伏す。
「ちょ、ごごご、ごめんね羽切くん。さすがに死にかけの魚みたいな目は言いすぎたよ」
そうじゃない、そうじゃないんだ沢田リコ。
俺は別にその程度のことで怒ったりはしない。
「訂正訂正……そうだ! 死んだ死体のような目をしてるね!」
ランクアップしてんじゃねーか。しかも死んだ死体ってなんだよ。
「ランクアップしてるわよ……しかも死んだ死体って日本語おかしいわよ?」
まるで俺の心の声を代弁してくれたかのようなセリフを言ったのは、おそらく声からして伊藤詩織。
黒髪ロングのお嬢様系の顔つき、口調。
トレードマークはいつも首にかけていて使用したことがないという黒色のカチューシャ。
趣味は読書。BL、GL、NL、全てイケるという随分と変わった女子だ。
ちなみに沢田リコとは幼稚園からの友達関係らしい。
「あ! そうか!」
沢田リコが今気付いたと言わんばかりに声を上げる。
わざとじゃなかったのか……。
「「はぁ……」」
伊藤詩織と同時に溜め息を吐く。
案外気が合うのかもしれない。
「そ、それはそうとホントにどうしたの羽切くん! お腹でも痛いの?」
「……あー」
まさか妹に魔改造されたから……などとは言えず、適当に眠いんだよと言っておいた。
沢田リコには「夜更かしは駄目だよ羽切くん」っと、結構まともなことを言われた。
伊藤詩織には「ふーん」と言われた。興味なさげだった。
「でも一時間目物理だから鬼崎だよ? 寝てたらチョーク飛んでくるよー痛いよー」
沢田リコが自分が体験したことあるような口調で言った。
いや、実際に体験したことあるのだろうけど。
「おらー、席つけヤロー共ー」
そうこう言ってる間に先生が来て、二人は自分の席に戻って行った。
チョークは別に今の俺なら痛くないだろうけど、目立つのは避けたい。
大人しく身体を起こし、教科書の準備を始めた。
そして。
「再来週はテストあるからなー、テスト週間はまだだが、もう今日から勉強しとかんと前みたいにえらいこっちゃになるぞー、今回は範囲めちゃくちゃ広いからな。しかも、赤点取ったやつは修学旅行で補修が待ってるぞ!」
っと言った。
沢田リコが奇声を上げた、先生はチョークを投げた、滅茶苦茶痛そうだった。