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羽切家の非日常  作者: ラウス
羽切朱音
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第五羽

「……ぅあ」


 頭がぼんやりしてる。


 何も考えたくない。何もしたくない。

 理由も無くイライラする。起きたくない。


 このまま寝ていたい。


 霞んだ瞳で目を微かに開くと、清潔そうな白い天井が目に入った。


 ああそうか、ここは――


「知らない天井d」

「よく見知った天井でしょう、兄上」

「…………」

「おはようございます」


 まあ、確かに病院のベッドは一時期俺のモノってくらい病院通いだったけどよー。


 テンプレセリフくらい言わせてくれたっていいじゃんかよ。


「……うー、頭ぼんやりする、まだ寝てていい?」

「どうぞ、おやすみなさい」


 低血圧って不便だよなー。


 そんなことを思いながら、俺は再び眠りに付いた。







*****






 全治一ヶ月。


 それが今回の怪我の規模だった。


「んーまー……思ったほどじゃないな」

「一ヶ月は充分重症ですよ、兄上」


 慣れしんだ病院の一室、いつも通り無表情な妹がリンゴの皮を剥きながら言った。


 今この病室には俺と妹、そして弟の三人しかいない。


 久しぶりの三人きりだった、本当に久しぶりな兄妹水入らずだった。


「しっかしよー、何度も言うけど兄者も格闘術やったほうがいいぜ? 昔みたいによ」


 弟が言う。


 それが出来たら、苦労しないんだけどな。


「兄っていう生き物は弟より劣ってることをしたくないもんなんだよ」

「何じゃそりゃ」


 弟は理解不能、とばかりに肩をすくめる。


 理解できなくて当然だ。

 弟は末っ子だし。


「ああ、兄上、お礼を言うのを忘れてました。ありがとうございます」

「いや、俺は何もしてねえよ」


 本当に、何もしてない。


 何も、できなかった。


「それでも、ですよ」

「ふぅん、まあどういたしましてとでも言っておこう」


 当然のことをしたまでなんだがな。


「てか羽切朱音、弟にはお礼言ったのかよ」

「肝心なときに家にいなくて兄上に怪我させた弟のことなんて知りません」


 ひどっ。

 てか今回のケースの場合しょうがないと思う。


 昔っからコイツ弟には厳しいんだよなー。

 ……何でだろ?


「うー、ごめんよ姉者、じゃあ今度からは家でトレーニングするよ」

「汗苦しいからやめろ」


 せめて庭でやれ、庭で。

 それか妹に地下室でも作ってもらえ。


「しっかし、襲撃なんて珍しいな……そういえばなんか最近違和感があると思ったら俺が全快だったんだ」


 全盛期はそれはもう複雑骨折以上の怪我をしてなかった日などなく、それ以下の怪我はもう怪我だと認識しないほど壊れた毎日を送ったものだが……。


「珍しい、というより懐かしい、ですね」

「何かあったんかなー」


 こんなとき母さんが居れば全ての問題をカップヌードルの待ち時間程度の時間で解決しちゃうんだろうけど……。


「あ、そうだ、あの黒服二人はどうしたんだ? 羽切勇大が二人ともやっつけたか?」

「あのでかいほうは気絶させて警察に引き渡したけど……細いほうのやつは逃げられた」


 久々に、本当に強いやつにあった。

 と、弟は言った。


 うーん、弟から逃げ切るやつとやりあおうとしてたのか、俺。


 そりゃ勝てるわけないわ。


 その後、すぐ看護婦がやってきて面会時間終了のお知らせをしに来たので、二人は帰ることになった。


 誰もいなくなった病室で、包帯だらけ、ギブスだらけの自分の身体を見降ろす。


「…………」


 一ヶ月かぁ……。

 俺も、鈍ったもんだ。






 あ、宿題やってねえ。









*****






「嬉しそうだな、姉者」


 羽切家のリビングで、晩御飯の支度をしていた羽切朱音の背に、弟、羽切勇大はそう声をかけた。


「そ、そう?」


 クールで無表情が常な彼女にしては珍しく、焦ってるような声色で羽切朱音は応えた。


「姉者は兄者大好きだからなー、守ってもらえて、しかも今日あれだけ話せて嬉しいんだろー」


 外見がマッチョでゴツイ羽切勇大だが、中身は小学六年生とほぼ同レベルである。

 というか年齢も小学六年生である。


「う、うるさい!」


 ポチっと羽切朱音が便利スイッチを押すと、天井から金だらいが落ちて弟に命中した。


 しかし羽切勇大はまるでダメージを受けてないように――実際に受けてないのだろう――続ける。


「兄者が『ツンデレ』好きって知ってから兄者の前だと妙にツンツンしてるし」

「くっ……ぶ、ブラコンで何が悪い!」


 どちらかと言うと羽切朱音の取ってる態度はツンデレじゃなくクーデレの類なのだが、しかも兄が好きなのはヤンデレなのだが、二人は気付かぬまま話を続ける。


「『あの人』が居なくなって十年、私にだってチャンスはあるよ!」

「そこでだ姉者、相談がある。いや、取引だ」

「取引?」

「昨日河原で修業してたときに偶然拾ったこの本なのだが……」


 そういって羽切勇大は懐から一冊の本を取り出す。


 タイトルは『兄妹相姦』、勿論エロ本である。しかも二次の。


「なんだこの不埒な本は」

「いや、この本によるとだね、兄妹という壁を取り除いて結婚までこじつける方法があるらしい」

「……なんだと!?」


 もうおわかりかもしれないが、この二人、かなりの世間知らずである。


「それを教える代わりに……この家の地下にトレーニングルームを作ってくれないか?」

「いいだろう、さあ、早く教えるがいい」


 即答だった。

 迷うまでも無いといったほどの即答。


「ありがとう。じゃあ教えるよ、その方法は『オシタオス』というらしい」

「ほう、『オシタオス』」


 中々かっこいい響きの名前だな、ポケ●ンに出そうだ。と羽切朱音は言った。


「この本によれば、相手を全裸で拘束し、自分好みに改造してしまうらしいよ」

「ふむ……全裸で拘束は問題ないな、寝てるとこを研究室に運び込めばいい。改造……改造とは具体的にどういった改造だ?」

「うーん、この本途中で破けててね、曖昧なんだけど最後結婚してるってことはこの兄の人は物凄く嬉しいことをされたんだね」

「兄上の喜ぶことか……成程」

「まあ何にせよ兄者の退院後だね」

「だな、それまでにどんな改造をするか考えておこう」


 地下室の件も頼むよ、と羽切勇大は言い、本を懐に仕舞った。


「ああ、そういえば兄妹で結婚する場合反対する親が多いらしいよ」

「ん? ……ああ、まあでも」

「まあ、確かに」


「あの母上なら大丈夫だろう」

「あの母者なら大丈夫でしょ」


 二人同時にそう言い、弟は暇つぶしにスクワットを、妹は晩御飯作りに戻った。


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