第四羽
とりあえず五話まで
マッチョ、プッチョ。ゴリマッチョ!
ぴゅるルールまーぱー。
しあんぬしあんぬぺーぺーぺー。
しゃりりーん、上手に焼けませんでした~ざまぁ。
ぺらっぷぽるっぱらんらんるー。
「……は!」
朝。
何故か凄まじく意味不明な夢を見た気がする。
もう覚えてないのが残念だが、あのまま夢を見続けていたら何か錬金術の真理を開けた気がする。
まあそれはともかく。
「午前四時――か」
おかしい。
おかしすぎる。
キングオブ低血圧。ベストオブ低血圧。ハイエンド低血圧。
……の、三冠王の俺がこんな早く目覚めるなんて。
こんなに寝起きが良いなんてありえない。
「……うわぁ、ヤな予感」
出来れば二度寝したい。
けど目がパッチリしすぎて眠れる気がしない。
覚悟を決めるしかないようだ。
「……ったく、本当どうしよーもねーなー俺は」
自虐を呟き、部屋を出る。
リビングに向かい、棚から食パンを取ってトースターに挿し込む。
俺に料理スキルは無いからオカズは抜きだな。
「……まあ、無いよかマシか」
キッチンに行き、包丁を調達する。
こんなのが通じる相手だったら楽なんだがなぁ。
包丁を寝巻にしていたジャージに仕込み、罠でも仕掛けようか、と思ってるとトーストがチン、と焼き終えたことを告げた。
トーストにバターを塗り、ささっと食う。
沢田リコならもっと早く食えるんだろうな、と意味のないことを考えた。
こんな時に頼りになる弟は、午前一時から正午まで日課のトレーニングで帰ってこない。
母さんは今確か仕事でブラジルにいる。
確かにこれ以上ない絶好のタイミングだけど、羽切家を敵に回すってことがどういうことなのか分かってやってるのかねぇ?
分かってないならただの馬鹿、分かってるのならさらに馬鹿、まあ、どっちにしろ――。
――「ピンポーン♪」
玄関の呼び鈴が鳴った。
正面切ってやってくるとは、ちょっと驚いた。
「――俺が早起きする日は、必ず悪いことが起きる」
しばらく居留守してると、バキッと扉が壊れる音が鳴った。
「難儀なジンクスだなぁ、おい」
悠々自適。警戒しつつも何処か油断している様子で、ソイツ等はリビングに入ってきた。
共通してる装備は黒服に黒いサングラス。
片方は巨漢で、片方は細身。
どちらも髪型は角刈りだ。
「ウェルカム。ようこそ羽切家へ」
俺は椅子に座ったまま、挑発的な態度で笑みで、精一杯の虚勢を張って相対する。
「羽切の面汚し、足手まとい、低血圧……あ、最後は関係ないか」
低血圧は関係ねえよな、うん。
シリアスな場面なんだしもうちょっと頑張ろう。
「……ま、兎に角、お姫様を攫いたければ、この羽切家最弱の長男を倒して行けというこ――とぅひん!」
顔面を殴られた。
そこまでは分かる。判る。
視界がフラッシュバックし、足が宙に浮く。
痛い。痛い。痛い。
――たく、セリフくらい最後までしゃべらせろや。と文句が言いたいのに、声が出ない。
何故だ? 何故……ああ、そうか、殴られて吹き飛ばされて壁にぶつかって肺が圧迫されたのか。
視界が歪む。
頭も打ったらしい。ガンガンする。
でも、でもまだだ。
まだまだだ。
「……ま……て……」
立ち上がる。
立ち上がれ。
……よし、立ち上がった。
「……――ほう」
黒服の細身のほうが感心したような声を出す。
「本気で殴ったんだがな、まさか立ち上がれるとは」
カツ、と細身が靴を鳴らしてこっちを向く。
土足で人ン家上がんなや。
「はん、こちとら妹と弟と母さんの所為で何十回も拉致監禁殺人未遂されてんだ、ワンパンでKOなんてするかよ」
小さい頃は修行と称して母さんと弟にボコボコにされてたんだ、生命力と防御力、再生力なら一流だぜ。
全盛期ほどじゃないが、今でもその名残は残ってる。
「ふん、矢張り曲がりなりにもこの家の長男……ということか。
おい、ナンバー2」
ナンバー2と呼ばれた巨漢が鈍そうに「んあ?」っと細身を向く。
「俺はこの長男と遊んでいく。お前は羽切朱音を探せ……殺すなよ?」
「んあ、りょーかい」
ズシンズシン、と巨漢はリビングを去って行った。
この家は結構広い、リビングから妹の研究室までそれなりの距離がある、が。
もって十分か、……いや、それ以前に俺がこの細身を倒して巨漢を追うっていう行為が出来たらの仮定だからな。
「……やっぱ妹が目当てか、誰からの依頼だ?」
「言うと思うか?」
でしょうね。
妹は羽切家で一番狙われやすい人材だ。
なんせ本人は戦闘能力を持たないが、下手すれば世界を震撼させれるほどの兵器を作れる技術を持っている。
それが悪人の手に渡ったら――と考えると、実はさほど脅威ではない。
母さんがいるからだ。
最強、最大、無敵、三拍子揃った母さんが娘を溺愛してる以上、別に羽切朱音は攫われても問題ない。三日以内で連れ戻してくる。
……と、言うことを説明してあげた。
そしたら大人しく帰ってくれないかなー、と思って。
「……残念ながら仕事なのでな、だが、金さえ貰ったら今回の依頼主とは縁を切るつもりだ」
「ああそうですかい、そうだと思ったよ畜生」
半ば投げやりに言う。
てかこの人結構話しが合うかもしれん。
あれだ、別の形で会ってたら友達になれたのになってやつだ。
「…………」
やべぇ、言いたい。
「お――」
「なあ、一つ訊きたい、いいか?」
……、セリフ遮られた。
「……ああ――いいぜ、お喋りな刺客さんよぉ」
「……羽切朱音は攫われても問題ないと知っておきながら、何故お前は俺達を待っていた?」
「…………」
「――いや、待ってなかったとしても、逃げればよかったんだ、放っておけばよかったんだ」
「…………」
「……どうしてだ?」
「……お喋りが過ぎるぜ、刺客」
それは、なぁ。
あまりに単純で、あまりに滑稽で、どうでもよすぎるほど至極当然のことなんだよ。
「……そうか、無粋な真似をしたな」
「何、気にすんな」
それじゃ、そろそろ、始めましょうか。
「ぅぁああああああ!」
咆哮し飛びかかるも、カウンターで顔面に蹴りを入れられる。
再び壁に叩きつけられる身体。
痛い。けど、早く回避しないと、次が、来る。
「ごふっ……!」
腹を殴られ、さっき食べた食パンを吐き出しそうになる。
歯を食いしばって耐えるが、首を刈るように入った回し蹴りを喰らい、今度は横に吹き飛ぶ。
吐しゃ物を撒き散らしながら床を虫けらのように転がる俺を一瞥すると、黒服は去って行った。
……あー、痛え、身体中が軋んでやがる。
床掃除しなきゃなー、とか。
宿題今週多かったなー、とか。
どうでもいいことばかり考える。
畜生。やっぱ駄目だ。
駄目だった。
痛む身体に無理をさせ、這いつくばって、どうにか壁にもたれかかる。
その時、バン! とリビングのドアを激しく開けて筋肉馬鹿が勢いよく入ってきた。
「兄者!」
……ふぅー、やっと来たか。
「おせえ、ぞ、羽切、勇大」
「ど、どうなってる!? 嫌な予感がしたから来てみれば……!」
「敵、二人、妹、ピンチ、助け、行け」
もう、それだけ言うので限界だった。
早いとこ気絶してしまいたい。
弟が妹を助けに行った足音が聞こえ、安堵の心が芽生えてきた。
……おやすみ、なさい。
俺の意識は闇に落ちて行った。