第三羽
弟登場。現状物語にほぼ関係ないけど。
昼。
いつも通り購買で適当に買おうと思ったが、今日は珍しく、というか初めて妹が弁当を作ってくれたんだった。
何の風の吹きまわしか知らないが、あいつは料理も上手いから俺としては有難い。
カバンを漁って、弁当箱を取り出す。随分重たい。
……重箱だった。
しかも五段もある。
「…………」
さらにさらに重箱の蓋に『試作品』とでっかく書かれた紙が貼ってある。
何これ怖い。天才科学者のアイツが作った物だからなおさら怖い。
おそるおそる蓋を開けてみる。
見た目は美味しそうなお節料理だった。
……、これは、食うべき、なのか?
「やっほー! 『ふぅぉおう』くん! 一緒に購買行こ……って、あれ? 今日弁当なの?」
「お、沢田リコ、いいところに来た」
沢田リコが何故いつもの女子グループで購買に行かないのか、何故俺を誘ったのかは知らないが、マジでいいところに来た。
「実は今日弁当なんだが見ての通り作りすぎちゃってね、少し食べてくれないか?」
「え! いいの!?」
「どうぞどうぞ」
いっただきまーす、と両手を合わせた後、沢田リコは俺から箸を奪い取って卵焼きから食べ始めた。
……さて、どうなる。
「うっ!」
……う?
「うみゃあああああああああい!」
今世紀最大級の笑顔を見せてくれた。
流石美少女、幼馴染じゃなくともすごい眩しい笑顔だ。
「何これすっごく美味しい! これ羽切くん……あ、『ふぅぉおう』くんが作ったの!?」
「わざわざ言い直さなくていいと思うんだ……」
ていうかいつまで俺のことを『ふぅぉおう』と呼ぶつもりだろう。
「俺じゃないよ、妹」
「へー、すごいね『ふぅぉおう』くんの妹さん」
実際は凄いなんて言葉じゃ片づけられないほど凄いんだけどな。
さて、沢田リコの様子に変化は無い、ってことは無害かな、これは。
「じゃあ俺も食うか……な……」
「あ、ごめん、全部食べちゃった」
…………。
……………………。
……これが、ラーキュリーマスターズ部エースの力か。
違うか。
「……購買行ってくるか」
「あ、待って、私も行く」
「まだ食うんかい!」
「腹五分目だね!」
「…………」
流石ラーストリームスキュアイザー部エース、格が違った。
てっきり顔を赤らめての「デザート買うだけだよ!」とかが見れると思ったのに……。
「と、ところで妹さんって今幾つ?」
沢田リコが話を逸らすように言った。
まあいいか、妹の齢ねぇ……。
確か、学校通ってたとしたら。
「中学一年生だね」
「すご! 中一であのレベル!?」
弁当のことを言ってるのだろう。
あいつは……まあある意味ニートだからなぁ、家でやってることと言えば研究か料理だし、腕が上達するのも頷ける。
「ふぇ~すごいなー、私なんて卵焼き作ろうとしたらプリンが出来たもん、飯マズ女だよ」
「…………」
いや、まあ、タマゴ使ってるって点では同じだが、それはもう飯マズとかの領域じゃないな。
「お、購買着いたよ」
「何食べようか……」
メニューを見る。
・アレキサンドルスパゲッティ
・ナポレオンうどん
・聖徳太子ハンバーグ
・鬼切り(おにぎり)
ふむ、相変わらずカオスなメニューだ。
ある意味若草高校名物と言っていいかもしれん。
俺はうどんを、沢田リコはスパゲッティを頼み、食事スペースで食べ始めた。
「なー、沢田リコ、今日は何で俺を誘ったんだ?」
「んー、なんとなく」
「なんとなく?」
「なんとなく」
なんとなくかー、なんとなくなら仕方ないか。
「ごちそうさま!」
「早っ」
何て食べるのが早いんだ。
てか女子なのに登場早々胃袋キャラが定着しちゃってよいものか。
「ねーねーわぎ……『ふぅぉおう』くん」
「いやもう『羽切くん』に戻していいんじゃないk」
「だが断る」
さいですか。
「これからもたまに一緒にご飯食おーねー」
「んー」
……まあ、たまにならいいか。
「あ、弁当の日は必ず誘ってちょ」
「それが狙いかい」
俺の中で沢田リコという人間が完全に胃袋キャラとして定着した瞬間だった。
*****
「ただいまー」
放課後、特に部活に入部してない俺は真っ直ぐ家に帰る。
時刻はまだ四時だ、一般的な高校生だったら部活をやってるか寄り道してるかだろう。
おかえりー、という返事は無い。
妹が外に出るということはありえないので、おそらく研究室に閉じこもってまた碌でもないものでも作ってるのだろう。
ていうか便利スイッチマジで欲しいな、……俺用に作ってくれないかな。
「お! おかえり兄者!」
リビングに入ったところでそう声を掛けられた。
俺を兄者と呼ぶ人間は一人かいない、そう、弟だ。
羽切勇大、羽切朱音が知恵の天才だとすると羽切勇大は武力の天才。
筋肉モリモリの肉体と、圧倒的な格闘センス、そして何時でも何処でもトレーニングをしている向上心を併せ持つ正に戦うために生まれてきた男である。
「……で、それは何をやってるんだ?」
「何って……筋トレだよ」
そうか、でも上半身裸の格好で壁に刺した画鋲を掴んで床と身体が並行になってて、その態勢のまま腕を曲げ伸ばしとかしてたら変態にしか見えないから気をつけろよ、うん。
「――じゃ、俺は部屋に……」
「あ、待って! 兄者」
弟は画鋲を紙のようにくしゃっと潰し、床に足を付けた。
握力やべえ。
「久々にスパーリングし「断る」」
弟に劣る兄は存在する――俺だ。
平平凡凡な俺がどうあがけば戦鬼のコイツに勝てるというのだ。
「えー」
「えー、じゃねえよ。どう考えても俺の勝ち目ないだろ」
弟はうーん、と唸り、急に何かを思いついたようにポンっと手を打った。
「ふ……兄者、さては負けるのが怖いんだな!?」
「な……何!?」
それを言われたら……、男として引き下がれんでしょう!
「よーし、わかった。やってやろうじゃないか」
俺のその言葉に、弟はニヤリと笑う。
釣られた、とでも思ってるんだろうが、悪いが俺はそんな単純じゃないぜ!
「が、ルールを決めよう」
「……ルール?」
まあ、そんな怪訝そうな顔すんなって。
「何、ルールといっても単純なもんさ、『降参』と言ったら、そいつの負け、ただそれだけさ。ようするにサレンダーが有りってことだ」
「ははーん、分かったぞ兄者、始まった瞬間に降参って言うつもりだろ」
「そんなことしないさ、それと、スパーリングの開始は俺が『始め』って言ったらな、いいか? 『始め』、だぞ?」
「成程、開始の音頭を自分が取ることで少しでも有利になろうってか、ふん、まあそれくらいいいよ」
弟は余裕の表情で笑う。
はん、その余裕の表情、焦燥に変えてやるよ。
「ああ、最後に一つ、負けを認めた相手にさらに攻撃態勢を取ったらその時点で反則負けな」
「そんな非道なことしねーよ、さっさと始めよう」
「そうだな、ささっと終わらせてこう、三、二、一――」
そこで、弟は戦闘態勢を取った。
ふ、まだまだ青いな。
「――はい、お前の負け」
「……は?」
弟は訳のわからない、と言った表情をする。
「しかし、お兄ちゃんは悲しいよ、まさか弟がもうすでに『降参』と言ったやつに戦意を見せる非道野郎だったなんて……」
「な……! 兄者は降参だなんて一言も――!」
「『そうだな、ささっと終わらせて“こう、三”、二、一――』」
「!」
弟は、漸く気付いたようで、思惑通り焦燥してるが、もう時は既に遅し。
俺の――勝ちだ。
「ふ……、まだまだ修行が足りないようだな、羽切勇大」
主に国語の。
それと詐欺と嘘にも弱いし。
「く……流石兄者だぜ……完全に……俺の負けだ」
ガクッと崩れ落ちる羽切勇大。
俺はそれを振り向きもせずに、自室へと続く階段を上っていった。
…………。
……………………。
俺の部屋は木っ端微塵に吹き飛んでた。
……………。
……朝のアレか。
「あ、兄上、おかえりなさい」
「お、羽切朱音。うん、ただいま」
朝と変わらぬ格好の妹と遭遇した。
そうだ、こいつの便利スイッチでなんとかならんかな。
「なあ、羽切朱音よ。この部屋例の便利スイッチでどうにか……」
「ふ……もうすでに押してますよ」
「何……だと……」
部屋を見ると、昨日と変わらぬ至って普通な男子高校生の部屋になっていた。
…………。
うん、我が妹ながら末恐ろしい。
いや、もうすでに恐ろしい。
「なあ、妹」
「なんですか?」
「お前なら世界の一つや二つ滅ぼせそうだよな」
「何言ってんですか、無理に決まってるでしょう」
あ、なんだ、流石に無理なのか。
「そんなことしたら母上との全面戦争ですよ? 勝てるわけ無いでしょう」
「あー、納得」
でもそれって母さんがいなかったら出来るってことなんだろうなー。
あー恐ろし恐ろし。