第二十九羽
「着いたぞ」
キキッと、車のブレーキ音が鳴り、車が停止する。
自動で開いたドアから外に出ると、そこは山の中にある神社の前だった。
おそらく山頂付近。少し寒い。
神社は、まだ真新しく、それなりの大きさを誇っていて、色は純白だった。
けど俺は、神社そのものより、その周囲にいる人々にびっくりした。
『二十人の仙人候補』『世界を変えることが出来る七愚人』『神に最も近い三仙人』
計三十人が、この神社の前に集合していた。
勿論、妹や弟もその群れの中に居る。
自然と、緊張する。
やべ、帰りたい。超帰りたい。
そう思ったが、後ろから母さんに背を押された。
「行け、あの神社の中に、お前を待ってるやつがいる」
ええー、こんな化け物たち全員からお熱い注目を浴びまくっているというのに、そこを堂々と突っ切れと?
一般人な俺には難しい関門だったが、連中に敵愾心がこもってる視線を発してるやつがいないのが救いだった。
むしろ、大半が興味本位に観察している目だった。
ああもう、悩んでもしょうがない。
そうだ、帝王に敗退はないのだー! 的なノリで行こう。
ザッ、ザッ、と音を立てながら神社に一歩一歩、近づいていく。
結構あっけなく神社の手前に辿り着いて、ふと気付いた。
そういえば誰が待ってるのか、詳しく訊いてないな。
人外クラスの女の子、とは言ってたけど……、心当たりが……。
……あった。
一つだけ、あった。
そして何故か、この中にいるのはソイツだと、確信めいたものが胸に広がる。
まさか、という気持ちと、でも、という気持ちが心の中で乱反射する。
動悸が早まる。
ドクンドクンと、痛いくらい心臓が働く。
埃一つ、傷一つ付いていない重苦しい木製の扉を開き、中に入る。
最初に目に付いたのは、白。
神社の内装も白だったが、その白さえ霞んで見える程の、純白。
純白の、ウエディングドレス。
「――やっぱし」
純白のウエディングドレスを着た少女は、こちらを振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「やっぱしお前かよ――千里」
少女――千里の頬はみるみる内に紅潮していき、嬉しそうな声色で、言った。
「久しぶり! 私の愛しい神聖!」
……サクッと人の本名晒してんじゃねえよ!
*****
はいもうバレター、一番明かしたくない情報明かされたー。
もういいや。
羽切家長男、羽切神聖です。初めまして。なんちて。
さて、現実逃避している場合じゃない。
状況を整理しよう。
まず、俺の目の前でウエディングドレスを着て嬉しそうにしてる少女は間違いなく俺の幼馴染、愛間千里。
俺を唯一名前で呼び捨てにする人物で、且つ、俺が唯一名前で呼び捨てにする人物。
でも彼女は死んだはずだ。
遺体だって見た。焼却されるところも見た。
なら、ここにいる千里は――。
「……幽霊?」
「ぶっぶー!」
千里は笑う。
とても嬉しそうに、笑う。
「正解は、神様でした!」
「……ふーん」
「おいおい反応が薄いぞ、神聖!」
「いや、驚いてるよ。驚いてるけど……」
コイツなら、愛間千里という人物にとってその程度は朝飯前だろうと思えてしまう。
それほどまでに、規格外、というか、規格外外。
そういう存在だった。
「失礼な、神様ってそんな簡単になれるもんじゃなかったよー」
「あ、そうなの?」
「うん、死んでから成るまでに二日くらいかかっちゃったよ」
うん、やっぱ規格外外外だコイツ。
下手したら、母さん以上の。
「やー、それにしても……」
突然、千里は俺にもたれ掛かるように抱きついて来た。
千里の赤みがかかった綺麗な髪の毛が俺の視界を埋める。
「逢いたかった……逢いたかったよぉ……神聖ぁ……」
そして、急に泣き出した。
「……俺も逢いたかったよ、千里」
「うぅうううううう」
「……でも、なんで今の今まで逢いに来なかったんだ? 二日で神様になれたんだろう?」
「色々あったんだよぅ……」
曰く、研修期間ということで別の世界の管理を数年やらされた、とか
曰く、神様は力が強すぎるからそれに耐えうるスポットと、神器が必要で、それを集めるのに時間がかかった、とか
神様になった後のことを話し出した。
「やっと……やっとだよう……大好き、大好きだよぉ……神聖ぁ」
「ああ……俺も大好きだよ」
「! ホント!?」
「勿論」
千里が死んだあの日から、一度たりとも千里を忘れた日などない。
俺も、ずっとずっと思い続けていたのだ。
それに、夢にまで見た本物の幼馴染だしな。
「じゃあさ、じゃあさ!」
「ん?」
「結婚しよ!」
おいおい、話がいきなり飛躍しすぎだろう。
まずは付き合ってから、だろうに。
「結婚ねぇ、いいけど、俺まだ結婚出来る年齢じゃないから婚約かな?」
「ううん、神聖は、もう法律とか気にする必要ないんだよ?」
「え?」
「だって、神様になれば、年齢なんて関係ないよ?」
……え。
「神……様?」
「うん! 神様に法律なんて無いからね!」
「え、いや、なんで」
別に、人間のままでも――
「だって、神様と人間の間じゃ子供できないし、あと二年も待つの、嫌だし」
「……でも神様なんてそんな簡単になれるもんじゃ……」
「簡単だよ? まず、死んで、そこから私がサポートして頑張れば、一年ちょっとで成れちゃうよ」
まあ二度とこの世界には戻ってこれない上に、あっちの一年はこっちの百年に相当するけどね! と千里は続ける。
「でも、そんなの私と神聖の愛のためなら些細なことでしょ?」
にっこりと、素晴らしく可憐な笑顔で、千里はそう言い放った。
……成程。
ヤンデレ萌え。
じゃなくて……。
「ごめん、千里」
「……え?」
俺はまだ、この世界に未練がある。
死ぬわけにはいかないし、友達や、家族に会えないのは辛すぎる。
親孝行も、まだしてないしな。
「だから、俺が自然死するのを待――「嫌だ」」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
「嫌だ」
狂ったように、壊れたように、千里は繰り返す。
その瞳に、生気は無い。
「どうして? どうしてどうしてどうしてどうして――神聖は私が嫌いなの? 私以上に大切なものがあるの? 私以外に何かあるの? 無いでしょ? 無いよね? なのにどうしてどうしてどうしてどうして――」
「千里! 俺の話を――!」
「ころしてやる」
そして、視界がぶれた。
神聖と書いて、アルカディア。
痛いってレベルじゃねーぞ。
けど最近の名前の傾向だとありそうで困る。




