第二十八羽
「ねぇねぇ」
「何? ■■」
「どうして千里は俺以外のことをフルネームで呼ぶんだ?」
「それはね、アナタが大好きで、且つ、アナタ以外はどうでもいいからよ」
「ふぅん……俺も真似しようかなぁ」
「ふふ、無理に真似ることはないわよ」
*****
ゴツ! と鈍い音が脳内に響き、目が覚めた。
……なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。
まあそれはさておき、ここはどこだろう。
否、これは一体どういうことだろう。
確か四時間目の授業でうとうとしてて……そこからの記憶が無いが……どうして俺は校舎のすぐ近くの花壇に突っ込んでるんだろう……謎だ……。
「あ、起きたみたい」
上から声が聞こえて、見上げる。
すると、俺の教室があるであろう校舎の三階の窓から、青ざめた先生と、変人戦隊のメンバーがこっちを見降ろしてた。
――ああ、成程、寝てしまった俺を起こすために三階の窓から投げ落としたのか。
ふむ。
賢明な判断だ。
「わ、羽切ー! 大丈夫か!?」
「大丈夫でーす! 今そっち行きまーす!」
いやー、しかし授業中に寝るとか久しぶりだな……。
中学以来か……。あの頃はやんちゃしてたなー……。
盗んだバイクで走りだそうとしたらバイクの形状が自転車に似ててアレルギー反応で、事故ったのは良い思い出だ……。
そんなこんなで、昼放課。
あの拉致監禁事件からまだ一日しか経ってないが、母さんが治療してくれたおかげで皆いつも通りの生活を送っている。
それに、フルフルとの仲がさらに深まったし、あの事件にも意味はあったということなのだろう。
「なあ、羽切って卒業後進路どうするの?」
いつものメンバーで食堂で食事中、ベアコンが突然そんなことを訊いてきた。
将来……進路……ねえ……。
正直、何も決まってないんだよなー。
「藤宮マサルは?」
「俺? 俺は動物園の職員でも目指そうかなと思ってる。熊と触れ合えるかもだしな」
「ふーん」
やはり、ベアコンか。
ついでだし、他の四人にも訊いてみよう。
「とりあえず大学行って、図書館の館長とかになろうと思ってる」
と、青井秀。
「私は秀と同じ大学行って……家を継ぐのかなぁ」
と、伊藤詩織。
「私はまだ部活のことしか頭に無いかなぁ……まあ、スポーツ強い大学に行きたいとかは思ってるけど」
と、沢田リコ。
「そうですね……ボランティアでもしようと思ってます。それくらいしか決まってませんが」
と、フルフル。
いいなー、目標があって。
俺は何の目標も無いし、やりたいこともない。
「でも羽切なら何処の大学でも就職先でも入れるだろ、まだ一年あるんだし、ゆっくり決めればいいだろ」
「うーん、やっぱそうかねえ」
とりあえず、目下の指針は親孝行する、なんだよな。
やっぱ親からすれば有名大学入って良いところに就職して……ていうのが理想なのだろうか。
んー。
あの親だと何か違う気がする。
「そういえばさ、もうすぐ冬休みじゃん!」
「まだ一ヶ月以上あるけどねー、気が早いなぁ、リコは」
「べ、別にいいでしょ! それでね、冬休み、このメンバーで何処かでかけない?」
話が変わってきたので、思考を打ち切り、会話に参加する。
やがて、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、午後の授業へと向かうのであった。
*****
二日後。
その日はいつも通り妹に叩き起こされ、いつも通り授業を受け、友達と遊ぶという、凄く平和な一日だった。
こんな平和がいつまでも続けば、いいのにな、と思ってしまう。
帰り道、今日は一人だった。
藤宮マサルは、熊愛好会で忙しいらしいし、
青井秀は図書委員。
伊藤詩織は青井秀に付き添っている。
沢田リコはラウターコリングスティンガー部の活動。
そしてフルフルは、何か部活に入ろうとしているらしく、今日色々と回るらしい。
だから、今日は一人での下校。
一人きりの下校。
ふむ。本屋寄ってくか。
そう思い進路変更しようとした途端、俺の隣に一台の車が止まった。
赤色のドでかい車で、車の知識が無い俺にも分かるような最高級車だ。
こんな高そうな車、誰が乗ってるんだ、と車内を見ると。
黒髪ポニーテール、銀色の着物を着た女性。
ていうか母さんだった。
「母さん……?」
「乗れ」
「は?」
「いいから乗れ」
ウィーン、と車の後頭部座席が開いたので、言われたままに乗る。
しかし母さん、車なんて持ってたんだな。
知らんかった、でも母さんなら徒歩のほうが早いんじゃ……。
「で、何でこんなことを? もう家まで四、五分で着くのに……」
「ああ、大事な用があってな」
そう言って、母さんは一台のカメラを取りだした。
上部にカードの差し込み口がある、おもちゃみたいな形のカメラだ。
「ちょ、写真?」
「違うから、じっとしてろ」
カシャッと母さんはカメラのシャッターを押した。
フラッシュが俺を包んだ。
やっぱ撮るのかよ
そう文句を言おうとしたが、変な違和感に気付いた。
服装が、学生服からタキシードに変わっていたのである。
「…………」
「『着せ替えカメラ』ってやつだ、便利だろ?」
唖然としている俺に母さんはそう説明し、車を発進させた。
俺はしばらくタキシードを触ったり伸ばしたりマジマジと観察した後、普通最初に出すべき疑問を口に出した。
「……何処に行くの?」
「秘密」
秘密らしい。困ったな、今日宿題が多く出されたのに。
夜までには帰ってこれるといいが……。
「……しんちゃんよう」
「しんちゃん言うな」
「今から行く場所に、一人の女の子がいる」
聞けよ。
「女の子……?」
「そう、女の子だ。それも、アタシが本気を出しても敵わないような化け物クラスの女の子」
「は、……はぁ?」
母さんが敵わない?
そんな生物がこの世に存在したのか?
「正確には生物じゃないのかもしれんけどな……」
「なんだそれ? ていうか、母さんの能力的に考えて、勝てない敵が出来るはずなくね?」
確か、母さんの能力は『何処かにある能力およびスペックをn倍にして自分のものにする』だったっけか。
要するに、二次元三次元異次元問わず、好きな能力やスペックを好きなだけ強化して使用することができるチート中のチート能力。
どんな敵が現れたとしても、その敵のあらゆる能力とスペックを200倍とかにして使用すれば負けようがないのだ。
「アタシは人間を止めたくないんだよ」
「人間を……?」
「アレをコピーしたらアタシは人間じゃなくなる」
アタシは人間のまま生きたい、と母さんは言った。
…………。
「しんちゃん」
「……何だ?」
「しんちゃんの対応次第で、ぶっちゃけ世界は滅ぶ、けどな」
なんかあっさりとすごいこと言われたー!
何? 世界滅亡? それが俺次第?
おいやめてくれよ、そういうのは主人公クラスの人たちの仕事だろうがよ。
「例え世界が滅ぶ選択肢を選んだとしても、羽切家はアンタの味方だ」
「…………いいのか? 【正義の味方】として優先させるのは世界平和だろうが」
「世界平和? 家族の方が大事に決まってんだろ」
あっさりと。
あっさりと、当たり前のように、母さんは世界より家族を取った。
多分、俺も同じことをしただろうけど。
こんなにハッキリと、堂々と、あっさりと言うことが出来るのはこの人以外に居ないだろう。
「――ああ、わかった」
「お前がどんな選択をしたとしても、それを後悔するなよ? 『世界を救える唯一無二』」
「…………」
「今回の主人公は、お前だよ」
…………。
……そうか。
この物語の主人公は――。




