第二十五羽
「ここは……?」
地下牢を抜けたその先は、広大な空間が広がっていた。
五角形の部屋で、窓が無いところを見ると、ここもまだ地下のようだ。
扉は三つある……そして、その内の一つの前に、カリウス・シグムントはロボットとともに仁王立ちしていた。
「やはり来たか……大人しく地下牢に戻れば命だけは助けてやらなくもないぞ?」
「それはもう魅力的な提案だけど……人間、譲れないもんがあってね」
藤宮マサルの手を払いのけ、一歩、前に出る。
「羽切……」
「ありがとう、藤宮マサル、ここまで運んでくれて、助かった」
ここからは、俺の仕事だ。
完全に一般人な皆を戦わせるわけにはいかない。
俺が、やらなきゃ。
「羽切くん! 駄目!」
「アンタ……今自分がどんだけ重症か分かってないの!?」
一歩、一歩、踏み出す。
――分かってるさ、自分の怪我くらい。
今度こそ、死んだかもな。俺。
「――KM=21……もう、いいだろう、殺せ」
「……リョウカイシマシタ」
ロボットが、赤い瞳を光らせ、動き出した。
大剣を、モーニングスターを、棍棒を、重火器を、槍を、爪を、銃を、鉄塊を煌めかせながら、近づいてくる。
さようなら、皆。
せめて、一矢報いてやる。
「おめー、家の長男に何さらしてんだコラ」
凄まじい轟音が響いた。
天井に罅が入り、その罅割れの中心から天井が塵になって消えて行った。
そして、銀色に光る人間が落ちてきた。
いや、降りてきたという方が正しいか。
何せ、その人物はまるで飛行してるかのようにゆっくりと降りてきてるのだから。
「カリウス・シグムント」
パーマによって所々が跳ねている髪の毛をポニーテールで纏めており、魔獣のような目をした『仙人』は、言った。
「お前を――輪切りにしてやんよ」
主人公、羽切那美の登場だった。
…………。
ドンドンパフーパフー。
*****
「よっと」
スタッと、我が弟、羽切勇大も飛び降りてきた。
「兄上!」
続いて、小型UFOみたいな乗り物に乗った我が妹、羽切朱音も降りてきた。
羽切家全員集合である
いや、父さんが足りないけど。
母さんは一番前でカリウス・シグムントを睨みつけ、弟と妹は俺の元に駆けつけてきた。
「お前ら……どうして……」
「羽切家に不可能はありません! 兄上! 今治療しますからジッとしててくださいよ!」
いや、そうじゃなくて……。
「どうして、助けに……」
「はあ!? 家族だからに決まってるでしょう!」
至極、普通の意見だった。
そして、俺が戦う理由と同じだった。
「ふはっはははははははは!」
突然、カリウス・シグムントが哄笑した。
「『仙人』一人釣れれば行幸だと思ったが、まさか全員釣れるとはな! 随分仲が良い家族だな!」
「ハン」
母さんは、カリウス・シグムントのセリフを鼻で笑いながら、言った。
「羽切家の絆を舐めんなよ? 愛する家族のためなら命だって捨てれらぁ」
愛する家族。家族。
家族、かぁ。
「兄上、これ飲んで? とりあえず内臓の損傷を治せるから」
そう言って、妹は赤色、というか紅色の液体が入ったビンを俺に差し出した。
…………。
……トマトジュースだと思えば、何とか……。
いや、無理だ。
「俺は大丈夫だ、それより俺の友達を……」
「何言ってんの、羽切くん! 羽切くんが一番重症なんだから!」
「そうよそうよ!」
沢田リコ……は許す、天然だから。
だが伊藤詩織、てめーは駄目だ。
「それより羽切、あの女の人誰だ? 羽切の母さん?」
「……ああ、そうだよ」
弟と妹は会ったことあるけど、母さんとは初対面だもんな、藤宮マサル。
目の前の紅い液体を睨めつけていると、母さんと一緒に前線にいた弟がこちらにやってきた。
「どうしたんだ? 羽切勇大、お前なら嬉嬉として戦闘してそうなのに」
「んー、母者に下がってろって言われてさー」
「そんなんで引き下がるお前じゃないだろ」
「いやさー、母さん、滅茶苦茶怒ってるんだよ」
だからつい下がってきちゃった、と羽切勇大。
怒ってる……?
俺のために?
「……来い」
カリウス・シグムントが、そう、一言声を出すと。
奴の後ろにある扉から、ロボットが、赤い瞳を光らせながらぞくぞくとやってきた。
その数は2や3じゃ効かず、まるで軍隊蟻の如き群れだった。
「KM=1~250……一体一体が『仙人候補』二人分の戦闘力を誇る最強のマシンだ! パワー! ディフェンス! スピード! コストパフォーマンス!どれをとっても既存の兵器を大幅に上回るミーの研究の集大成! こいつらでミーはユーを越えるぞ! 羽切那美!」
ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン
と、気味が悪い機械音を鳴らせながら近づいてくるKMと呼ばれたロボットたち。
「……妹よ、母さんって今何にハマってる?」
「今のマイブームは週刊少年ジャンプらしいですよ」
ああ、あれか。
最近読んでないなー、そういえば、あの銃刀法違反が無い世界の学園モノの話どうなったかな? 面白かったし、今頃ジャンプの看板だろう、間違いなく。
それはさておき、母さんは、ニヤァ、と笑うと、格好付けた、括弧付けたポーズで、言った。
「『じゃあ』『その恐ろしい(笑)ロボットを』『“なかったこと”にしよう』」
パッ……と、ロボットが全て消えた。
まるで最初から“なかった”かのように、消失した。
「…………………………………………は?」
カリウス・シグムントが、何が起こったか分からないと言いたげな顔で、声を漏らした。
「は? は、は、あああ、……は? ははははははははははははっはははははあばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
精神崩壊。
当然だろうな、意味もわからず、ただ突然自分の全てがなかったことにされたんだし。
「うっさい」
ドルルンッ! と、母さんの腕から煙が噴き出し、目に見えない速度で拳を振るった。
遠距離なのに、その拳はカリウス・シグムントの顔面を直撃し、奴は吹き飛んだ。
……死んだか?
「殺してねえよ」
母さんは地の文を読んだかのような発言をしつつ、こちらに近づいてきた。
この人ならマジで読んでそうで怖い……。
「読んでるぞ?」
「マジか!」
まあ、あんまし驚きは無いんだけどね。
「……まあいいや、何で殺して無いの?」
「殺すか殺さないかは、お前が決めろ」
そう言って、母さんはフルフルに近づいていった。
いや、フルフルだった肉塊に、近づいていった。
そして、変人戦隊の面々を一望して、言う。
「……アンタたちが、家の息子の友達か?」
「え、あ、はい」
「そうです」
「はい」
それを聞いて、母さんは嬉しげに笑うと、こう言った。
「そうか、これからも息子をよろしく頼むよ」
母さんは、フルフルの死体に手を置くと、「ザオリク」と呟いた。
光の球体がフルフルを包み込む。
静かに光る球体が徐々に消えていき、フルフルは、蘇った。
死者蘇生すらお手の物。
やはり、この人は桁外れだ。
フルフルは、目を開けた。
それを見て、泣きながらフルフルに抱きつく沢田リコと伊藤詩織。
驚愕している藤宮マサル。相変わらず気絶中な青井秀。
大事な大事な友達を眺めつつ、俺は考える。
こいつらを傷つけた、敵を殺すべきか、見逃してやるべきか。
「なあ、母さん」
「なんだい、息子」
「母さんなら、どうする?」
「アタシ? アタシに訊いてどうするよ、アンタと遥かに次元の違う立ち位置にいるアタシの意見なんて参考になんないよ」
「そう言わずに……」
「アンタがしたいようにすればいいよ、間違いなんて無いし、正解も無い、けど後悔はあるんだから」
「…………」
「ま、アンタなら選べるさ、アタシの愛しい息子だからね」
「愛しい……?」
「おう、最愛とも言える」
「……俺って、愛されてたの?」
「当然だろバカヤロー」
唖然とした。
てっきり俺なんて、どうでもいいと思われてると思ってた。
「……ぷ」
「ん?」
「ぷははははははははは! まさかアンタ、そんなことで今回家出したの!?」
「わ、悪いか! ていうかそれだけじゃないわ!」
「へぇ? 他に何がある?」
「母さんが俺の名付け親ってことへのフラストレーションが溜まっての行動でもあるんだよおおおおおお!」
「親から貰った名前を否定する気か? この親不孝者!」
「否定っつーか拒絶だボケ! ……だから――」
「だから?」
「……だからこれからは、親孝行してやるよ」
畜生、急に目が塩水で覆われた所為で前が見えねえ!
妹! 「ついにデレがキターーーー」とか言うな!
「……なかったことにしてやろうか?」
「いい、自分で拭う」
ゴシゴシと、袖で塩水を拭いながら、振り返る。
うずくまって倒れてるカリウス・シグムントに、一歩一歩、近づいていく。
「弟」
「何?」
「みんなを安全な場所まで非難させて」
「りょーかい」
懐に手を伸ばし、妹からの贈り物を掴む。
「妹」
「何ですか?」
「放射能除去頼む」
「任されました」
弾丸の残り数を数える。
後、三発か。
「母さん」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
うずくまってるカリウス・シグムントの頭に足を乗せ、固定する。
そして、ヌカランチャーの銃口を真下に向けた。
「ぐぅ……ぁあ……ま……待、許し――」
…………。
「輪切りに……」
いや、これはまだ言うべきじゃないか。
背後の気配が無くなったのを感じ、引き金を、引く。引く。引く。
三発分の核爆発が、全てを蹂躙した。




