第二十三羽
鳴り響くは銃声、怒声、悲鳴、そして――爆発音。
戦場には善も無く、悪も無く、ただの正義と歪んだ論理観のみが場を支配していた。
死んでいく。
みんなみんな、死んでいく。
殺して行く。
みんなみんな、殺して行く。
攻撃は止まない。銃撃は止められない。狂気は止めようがない。
止める必要も無い。止める知識も無い。止める偽善も無い。
――ふと、そこ(・・)に、戦場のど真ん中に、一人の女性が現れた。
ポニーテールで、黒髪で、野獣のような、否、魔獣のような鋭い瞳で、銀色のド派手な着物を羽織った女性は、世界中に聞こえるかのような、大きい声で、叫んだ。
「今すぐ止めねーと全員ぶっ殺すぞ!」
そして、戦争は終結した。
*****
……と、いう夢を見た。
うー、頭がぼんやりしてる……。
妹の殺人的目覚ましか、それ並みの衝撃が無いと、起床してから一時間はベッドでゴロゴロしてないと起きれない体質である。
低血圧って不便だなぁ……。
昔サプリメントとか試してみたけど一向に治らないし……ていうかあの妹に「あ、これは私でも治療不可能です」とか言われたらもう諦めるっちゅーの。
母さんならどうにか出来るかもだけど。
母さんは嫌いだ。最後の最期まで、頼りたくない。
「――い! わ……り――!」
「お――!」
誰かが叫んでる。誰かな。幼馴染だといいな。
幼馴染なー、逢いたいなー、そういえば死ねば逢えるのかなー。
ああ、そういえば母さんが言ってたっけ、この世の仕組みは輪廻転生。
死んだとしても、もう二度と幼馴染に逢えない可能性のほうが圧倒的に高いって。
「羽切ィ! 起きろ!」
少しずつ、重たい瞼を開ける。
まず見えたのは鉄格子。そんでまた鉄格子。そしてその後ろにいつもの変人戦隊メンバー。
あー。
「……あと二時間……むにゃむにゃ」
「寝るなー!」
「二時間ってなんだー!」
五月蝿いなぁ……人の安眠を邪魔すん……鉄格子?
再び綴じかかった瞼を開ける。
確かに見える。鉄格子。全盛期の頃は見慣れたものだけど、最近こういった事件が少なかったから、久々に見る。
――意識を覚醒させ、思い出す。
えーと、……家を飛び出して、弱音吐いて、修羅場になって、公園でカラオケ行こうぜって言って……そうだ、ガスだ。
眠らされたんだ、誰かに。いや、おそらく、敵に。
ムクリと起き上がり、周囲を見渡す。
灰色の無機質な、窓の無い牢屋のようだ。
牢屋の中に有るのは、今まで俺が寝てたシーツのみ。
窓が無いことから、地下牢だと推測出来る。
そして、鉄格子の向こう側にある鉄格子にはマイベストフレンズ。
ふむ、これは……。
「拉致監禁か……」
「どう考えてもそうでしょうが!」
牢の向こうから伊藤詩織の叫び声が聞こえた。
いやさー、拉致監禁とか今までの人生で何十回とされたことだし、もう慣れたっつーかさー、うん。
「まだあわてるような時間じゃない」
そう、まだ慌てなくていい。
生きてるなら、大丈夫。
友達もいるし、冷静に対処しなければな。
「……ん?」
何か違和感が……。
鉄格子越しに向こうの様子を窺うと、一人、足りなかった。
金髪の美少女、フルフルが。
「……っ!? フルフルは!?」
おいおいおいおい、エマージェンシーエマージェンシー。
フルフルは大事な友達友達友達、フルフルフルフル。
落ちつけおちちちちつけ。
あばばばばばば。
「――私はここです」
「!」
フルフル!
よかった! 無事だったんだな!
フルフルは、座ってる俺を、牢屋の外から見降ろしていた。
……あれ?
――牢屋の外?
「今まで騙しててスイマセンでした」
フルフルは、今まで見たことも無いようなくらい冷酷で、冷血で、冷淡な声と瞳で、言う。
俺は――全てを理解した。
「私の正式な名称はUn être humain électrique、通称『フルフル』……アナタからフルフルとあだ名を付けられたときは、酷くびっくりしましたヨ」
「…………」
「私は――アナタの、敵です」
……ふーん、敵、敵……ねぇ。
「……じゃあ、フルフルが黒幕……俺達を攫った張本人ってことでいいのかな?」
「いえ」
違います。と、フルフルは言った。
その時、カツン、と足音がした。
コツ、コツ、と足音は次第に近付いて来て、やがて、足音の主は姿を現した。
茶色のスーツに身を包んだ壮年の男性で、七三分け、茶色のサングラス、パッと見ただの社会人に見える。
が、よく見るとかなりガタイが良い、それに身のこなしも隙が無さげだ。
不敵に笑っているその男を睨みつけて、一言。
「……誰?」
伏線とか無しに今更新キャラとか出されても困るんだが。
そう言うと、男はククク、と笑うと、自己紹介を始めた。
「初めまして、羽切……長男くん」
あ、名前は呼ばないんですね、助かります。
俺の名前は呼ぶ方も呼ばれる方も恥ずかしい。
「ミーの名前はカリウス・シグムント、この度ユーを拉致監禁させてもらった張本人だ」
「名前がカッコイイー!」
おい、沢田リコ、シリアスな場面なんだから、ふざけないの。
男はそんな沢田リコに「ありがとう」と笑みを見せ、再びこちらを向いた。
意外と紳士な対応だった。
「でだ、今回ユー達を攫ったのにはちゃんと理由がある」
「理由……?」
ほほう、内容によっては大人しくしといてやろう。
「ずばり、ユーの母親を誘き寄せるためだ」
「…………へ?」
馬鹿か?
コイツ馬鹿か? 母さんに喧嘩売るとか馬鹿?
ていうかバーカ、バーカ、馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!
「馬鹿?」
あ、つい言葉に出ちゃった。
「ミーは馬鹿じゃないさ」
ドヤァと言った感じで胸を張るカリウス・シグムント。
仕草がイチイチ馬鹿っぽい。
「フルフルをユーの元に送りつけ、監視をし、頃合いを見て拉致監禁、さらにユーが逃げ出さないようにクラスメイトを人質に……」
「ちなみにクラスメイト拉致だけで母さんのセンサーに引っかかってやってくるよ」
「何……だと……」
これはマジだ。
俺が学校に通う以上、クラスメイトは人質になりかねんからな、そこだけは母さんにも感謝してる。
まあ俺はそのセンサーに意図的に外れるようにしてるけどね。
あの母さんの保護下とか嫌すぎる。
「ぬぅ……まあいいか」
「まあ結果的には変わらないけどさー」
どうせ母さんがこのおっさんをぶちのめして終わりだろ。
……あれ? そういえば俺って家出してきたよな……。
喧嘩して……。あ。
やべ、ピンチかも。
「おーい! 羽切ィ!」
「ん? 何だよ藤宮マサル、今意外とピンチなことに気が付いて……ってなんだそりゃぁ!」
向こう側の鉄格子がびっくりするぐらい光り輝いてた。
光の中心には苦しげな顔した眼鏡少年、もとい青井秀。
ちょいちょいちょい、何でそんなことになってんの!?
「この牢屋! 本が無くて、秀の読書中毒が……!」
「え。え? え! マジで爆発すんの!?」
「ぐあああああああああああああああああああああ!」
咆哮、そして、爆発。
熱と、風と、炎が、地下牢と思わしき場所を蹂躙した。
「――皆!」
俺は爆発耐性EXを持ってるようなものだから、この程度の爆発じゃダメージは0だが、友人たちは違う。
あいつらはただの一般人だ。この規模の爆発だと――生きてるかどうか。
「く……」
煙が舞い上がってるから視界が悪い。
どうにか鉄格子まで辿り着くと、今の爆発で鉄格子の一部が壊れてることに気付いた。
そこから這い出て、一直線に向かいの牢屋に向かう。
「青井秀! 伊藤詩織! 沢田リコ! 藤宮マサル!」
名前を叫びつつ、(こっちも壊れてた)鉄格子を抜け、全員の生死を確認する。
「ぐ、ぅあ……」
「青井秀!」
って、また光り始めてる!?
本! 本! 無い!
「ぐぅぅぅ……」
「とりあえず、てい」
手刀で首を打ち、気絶させる。
こうすりゃとりあえず爆発は防げるだろ。
「後の三人は……」
青井秀を担ぎ、捜す。
居た。三人、固まって牢屋の隅に転がっていた。
「沢田リコ! 伊藤詩織! 藤宮マサル!」
急いで駆け寄って、生死の確認。
頼む、頼むから生きててくれ……頼む……。
手首を取り、脈を測る。
そこからは、確かにトクン、トクンという命の鼓動が聞こえた。
「よかった……」
生きてる。
まだ、生きてる。
よかった、本当によかった……。
「――爆発する人体……ふむ、実に興味深い」
煙が、晴れた。
「……んだよ、今ので死んでくれたら楽だったのに」
悪態を吐く。
ほんとこのおっさん、今ので死ねばよかったのに。
「ククク……何、鍛えてるからな」
「何をどうやって鍛えれば爆発に耐えれるんだよ」
「いや、ユーが言うな」
確かに。
核爆弾くらいなら耐えれる俺の発言じゃないか。
ま、俺は鍛えたわけじゃないんだけどさ。
「じゃあ、そろそろミーは行くとしよう、噂の羽切家長男も見れたしな」
「噂?」
「なんだ、知らんのか? 今自分が裏世界で何て呼ばれてるのかを」
……なんだ? 出来損ないとか? 欠陥製品とか?
「『世界を救える唯一無二』……だよ」
「…………」
開いた口が塞がらない。
え、何? 何でそんな大層な名前で呼ばれてんの?
「さあねー、ま、そんなことどうでもいいけど。それじゃ――フルフル、後は頼むぞ」
そう言って、男は立ち去った。
脱走は多分無理……かな?
フルフルの一撃が俺に効くのは、修学旅行の時に確認済みだ。
あれ、ギャグ補正とかじゃなかったんだなぁ……。
それに、気絶してる変人戦隊ズもいるしね。
「――で、だ、フルフル」
「何ですか――? ……羽切さん」
……羽切、さん(・・)――ね。
「お前は最初っから、あのおっさんに依頼されて俺を監視してたってことでいいんだな?」
「依頼では無いです。私、あの方に造られた存在ですから」
あ、そうなの。
……て、え。
「所謂人造人間ですね、いや、ベースは普通の人間ですから改造人間ですか」
「ふーん、あのおっさん何気に凄いんだな」
「ええ、それはもう、次期『愚者』とまで言われてるほどです」
ほう、それは中々すごい。
「まあ、あのおっさんなんざどうでもいいよ、問題はお前だ、フルフル」
「……私?」
どし、と腰を下ろす。
フルフル、俺は、お前のことが好きだ。
友達として、クラスメイトとして、同じ変人戦隊として。
だから、あんなおっさんの元に返したりしない、帰さない。
四肢をもいで連れ帰る覚悟で、もう一回笑いあおう。
説得、スタート。




