第十九羽
朝。四階の窓から落としても起きなかった俺だったが、その後の伊藤詩織による超絶Sの本領発揮ともいえる拷問により無事に起きることができた。
同時にナニカに目覚めそうになったが、寸での所で留まることができた。
危ない危ない。
さて、修学旅行もいよいよ最終日、とは言っても残りは寺巡りして帰るだけなのだが。
「ええええええっ!」
突如、沢田リコが素っ頓狂な声を挙げた。
何事か、とバスの座席から身を乗り出して沢田リコの方を見る。
まあ、見るまでもなく沢田リコの隣の席でニヤニヤした伊藤詩織と、驚いてる沢田リコという何時もの風景が広がってると思うが……。
……あれ? 顔を赤らめて照れ笑いしてる伊藤詩織とニヤニヤしてる沢田リコ……?
一体これはどういう状況だろうか、非常に珍しい図だ。
「伊藤の……照れ笑い……だと……!?」
「天気! 今すぐ天気予報を点けろ! 酸性雨と槍とミサイルが降ってくるかもしれん!」
「今日で地球終わるのかしら」
「短い人生だったなぁ……」
「あの美少女コンビに真正面から立ち向かえるツワモノは居ないのか……!?」
「待て! 諦めるな! 我らにはあの二人に対抗できる変人が後三人もいるじゃないか!」
「と、言うことで頼んだぞ、羽切、マサル、秀!」
……と、言うのがクラスメイツの伊藤詩織、照れ笑いに対しての反応である。
本当。個性的なキャラクターばかりで飽きてこない。
ていうかナチュラルに丸投げしやがって……。
「藤宮マサルー、お前ちょっと詳細訊いてこいよー」
隣の席のベアコンに投げてみた。
「すまん、今ちょっと無理だ」
「何故?」
「トーマスと古今東西ゲームをしている」
「…………」
その内コイツ精神病院患者になるんじゃまいか……。
「しゃあねえ、青井秀は?」
「…………いや、今本が良いところでな、すまんが行ってきてくれ」
そっかー、しょうがねーなー、俺だって照れ笑いしてる伊藤詩織のとこなんて行きたくねーんだよなーなんか地雷臭がすんだよなー。
しかしこのバスに乗ってる全員(伊藤詩織と沢田リコを除く)が俺に注目してるんだよな……この雰囲気で行かないとか無理だろ……。
そう思って、立ち上がる。
「おお! 立ち上がったぞ!」
「キャー! 羽切くんが立った!」
「うおー、頼むぞリア充ー!」
「でも死ねリア充ー!」
「爆発しろー」
「爆発しろー」
「粉砕しろー!」
「ねじ曲がれー!」
「もげろー!」
「愛してるー!」
「大爆発しろー!」
「畜生イケメン死ねー」
「リア充は即刻バスから飛び降りろー!」
以上がクラスメイツの発言である。
ていうか愛してるって言ったやつ名乗りあげろ、幼馴染だったらこっちから告白するから。
「で、何でそんなデレデレした顔してんの? 伊藤詩織」
伊藤詩織と沢田リコの席にまで辿り着き、開口一番に訊く。
クラス中の注目を集めるってあんまいい気分じゃないな。
「ふへへ……ひーみー――」
「聞いて聞いて羽切くん! しーちゃん彼氏出来たんだって!」
ガタッ! とクラスの男子数名が勢いよく立ち上がった。
……ていうかマジかよ。
「ちょっとー、言わないでよリコー」
「えへへ、ごめーん。でも羽切くんなら良いと思ってー……あれ? 羽切くんあんまり驚いて無い?」
「いや、驚いてる。驚いてるけど……まあ……うん」
こんなヌカランチャーより危険そうな子をよく彼女に出来たなー、という感心が勝ってただけだ。
「ちなみにお相手はねー」
「ちょ! リコ! それはまだ言わないで! 恥ずかしいから!」
クラスの男子が「ちっ」と一斉に舌うちし、その後無差別に聞き込みを開始した。
というか伊藤詩織、まるでアイドルだな。可愛いのは認めるが。
「んじゃ、俺は席戻るわ」
「またねー」
「あ、そうだ」
ん、何?
「きょ、今日の寺巡り、見たいとこあるから別行動していい……?」
「…………」
……このタイミングでその言葉の意味が分からないほど無粋じゃないです。
「いいよ、でも先生に見つかったとしてもカバーせんぞ」
「充分充分、ありがとね」
そうして、席に戻る際、沢田リコの「あれ? 班長は私……」という呟きが聞こえたが、無視した。
席に戻り、未だトーマスに向かってブツブツ言ってるベアコンを無視して、青井秀に耳打ちをする。
「……で?」
「……………………羽切、実は行きたいところがあってな、今日別行動していいか?」
「許可しよう」
「ありがとう」
「その代わり後日詳しく訊かせてもらうからな」
「……許可が取れたらな」
「了解。……青井秀」
「何だ?」
「おめでとう」
「ありがとう」
会話はそこで終わり、俺はまだ大騒ぎしているクラスメイトを尻目に、席に着いた。
この後のイベントは特に何もなかったので、省略するとしよう。
*****
「ただいまー」
久しぶり、と言っても三日ぶりなのだが、我が家である。
「おかえりなさい、兄上」
「おう、ただいま羽切朱音」
モッサモサに伸びた髪を無理矢理カチューシャでかき上げてる白衣の妹、羽切朱音は料理を中断してトテトテと寄って来た。
「俺がいない間に何かあった?」
「大変なことが起きました」
……何?
ちょい待ってくれよ、俺は修学旅行と『薔薇の園』事件で疲れてるんだぜ? こっからさらにシリアスとか勘弁してくれよ。
そう思ってると、不意に、地下室への扉が開いて、弟が出てきた。
吹いた。
「あれ、兄者帰って来たのか、お帰り」
え? ちょ、えええ、何がどうしてそうなったんだよ、お前……。
「ああ……ただいま……」
「ん? なんか元気無いな、大丈夫か? 兄者」
視界の端に妹が笑いを堪えてるのが見える。
コイツは普段無表情で無愛想だから、こういう表情は結構レアだ。
「じゃ、俺飯前のランニングに行ってくる」
「お、おう……行ってこい……」
弟が出て行ったのを見送り、おそるおそるといった感じで妹に訊ねる。
「お前の言ってた大変なことって……あれ?」
「はい……」
「何がどうしてこうなったの?」
「勇大が勝手に私の便利スイッチを押した結果です」
……ああ、だから禿げてたんだな……。
便利スイッチは羽切朱音以外が使うと使用者の毛根が死滅するってこの前言ってたし。
「微妙に似合ってるのが逆に笑えるな……」
「……同感です」
そんなこんなで、修学旅行編は終わるのであった。
*****
この世界の何処か。
広い。ただ広い空間に、一人の少女が、金色の鎖に雁字搦めで拘束されていた。
それはもう酷いくらいに雁字搦めで、少女が自由に動ける箇所など一か所も無く、鎖から露出している部分は少女の右目と、口元、そして赤みがかかった髪の毛の一部だけだった。
それでも少女は笑っていた。
余裕綽々のように、そして、自信満々に、
笑っていた。
不意に、そのだだっ広い空間の一角にあった扉が開いた。
そこから来たのは、一人の細身な男。
角刈りにサングラス、黒服という出で立ちの男は、ツカツカと少女に歩み寄ると、「チッ」と舌打ちした。
「なんだ、貧乳か……」
「よぅし、死にたいようだねカレルイー・シバートンくん」
おお怖い怖い、と男は両手を挙げた。
目の前の拘束され、身動きどころか、身じろぎ一つ出来ないような少女のその発言に、冷や汗を掻きながら。
ガチャ、とまたも扉が開き、一人の女性が入ってきた。
凛々しい、という言葉がもっとも的確にその人を表せる言葉だろう。
鋭い鷹の様な瞳、血の様に真っ赤な長いツインテール、そして何故か巫女服を着こみ、
手には日本刀を握っていた。
「お、来たか【剣聖】、今日も良い乳してるな、結婚してくれ」
「下種が、死ね」
ヒュ、と女性の手がぶれた。
と、同時に細身の男はしゃがんでいた。
シン……と静寂が訪れ、刹那――
――その刀を振るった延長線上にある物体が、空間が、概念が、全て、斬れた。
「……わぁーお」
少女が感心したように声を挙げる。
見ると、金色の鎖にも、わずかに切り傷が入っていた。
「素晴らしい剣術だね、紫獅天音、『神に最も近い三仙人』の一人なだけある」
「五月蝿い、あんまし私を褒めるな、照れる」
そう言って、若干だが頬を染める巫女服の女性――もとい紫獅天音。
「そして、その剣撃を無事避けたカレルイー・シバートンくん、君も称賛に値するよ、流石は『神に最も近い三仙人』だ」
「――カツラは無事じゃなかったけどね」
ハラリと、男の頭が二つに裂け、もとい、カツラが二つに裂け、床に落ちた。
中からは、金髪のロング毛がふさぁっと重力に従い落ちてきた。
「全く、キミはそっちの方がカッコいいというのにどうしてあんなふざけたカツラを被ってるんだか……」
「え、カッコいいじゃない、角刈り」
さいですか。と心底どうでもいいといった具合に少女は溜め息を吐いた。
「それで、羽切はまだか?」
「すまんすまん、遅れた」
まず、声がした。
そして直後、何もなかった空間に亀裂が発生し、ニュッと一人の女性が現れた。
黒髪のポニーテールは、パーマをかけてるのか、くるりとうねっている。
目つきは鋭く、しかし、紫獅天音のように凛々しい鋭さではなく、野獣のような、魔獣のような鋭さを有する瞳だった。
銀色の派手な着物を羽織っており、その下に黒いVネック、白いスカートと、黒いハイソックスの間の絶対領域が眩しい。
彼女こそが『神に最も近い三仙人』が頂点、羽切家の母、羽切那美である。
「よっす……ほんっと、十代みたいな若々しさだな」
「おいっす、遅れてすまねえな。そりゃまあ、不老だし」
「こんばんわ、羨ましい限りだ、嫉妬」
「おお、ゆかりっち、こんばわ、安心しろよ、ゆかりっちのほうが凛々しさでは勝ってっから」
まあ、他全てはアタシの勝ちだがな、と那岐は愉快そうに笑った。
「ああ、そうだ、羽切、お前の息子に会ったぜ」
「あん? 息子ってーと、大きい方? 小さい方?」
「大きい方だ。……ああ、小さい方とも闘り合ったけどな、大きい方とは友達になった」
「ふぅん、どうだった? 家の息子共は」
「小さいのはまだ俺と闘り合うには早えーな、せめて後十年経てば戦闘力は追いつくんじゃね?」
ほほう、と那美は嬉しげに微笑む。
後たかが十年で『仙人』に匹敵する戦闘力を息子が持てるかもしれないのだ。
母として、誇りに思う。
「で、大きい方は」
「いやぁ……アイツは……いいな、最高とも言っていい」
「……だろう? 自慢の息子だ、アタシの跡を継げるのは――アイツしかいないと思ってる」
「おーい、楽しげに談笑してるとこ悪いけどさー、本題に入っていいー?」
少女は『三仙人』――要するにこの地球の最高戦力三人に向けて、全く臆せず、全く怯えず、むしろ自分のが格上だという態度で、三人に話しかけた。
そしてそれを聞いて、『三仙人』は一斉に真摯な顔つきになり、少女に向き直った。
「うんうん、人と話す時はきちんと話し相手と向き合わないとね、……あ、私もう人間じゃなかったか……、まあいいや、兎に角、本題に入ろう。……羽切那美(お義母)さん」
「…………何だ?」
「息子さんを、私に下さい」
そう言って、少女――愛間千里は、微笑んだ。
第二章終わり




