第十六羽
「う~トイレトイレ」
今、トイレを求めて全力疾走している俺は若草高校に通うごく一般的な男の子。
強いて違うところをあげるとすればミサイルを喰らっても無傷でいられるってとこかナ――。
そんなわけで奈良公園にあるトイレにやって来たのだ。
ふと見ると、ベンチに一人の若い男が座っていた。
青い作業服を着た男で、男らしく、それでいてどこか物欲しげな顔をしていた。
(ウホッ! いい男……)
そう思っていると、突然その男は俺の見ている目の前で作業服のホックを外し始めたのだ……!
「やらないか」
「やるかぼけえええええええ!」
俺はその男に全力全開のドロップキックをお見舞いした。
その蹴りはクリーンヒットし、男はベンチから投げ出され、芝生の上をゴロゴロと転がって行った。
「ぐふぅ……」
「あ、やべ、ついノリで全力でやっちゃった」
まあいいか、変態相手なら正当防衛だろ。
「ま……待て!」
「……!」
俺の全開の蹴りを受けて立ち上がるだと……!?
まさかコイツ……『薔薇の園』!?
「素晴らしい蹴りだな……」
「……『薔薇の園』か?」
「そうだ」
肯定したその瞬間、俺は瞬時に間合いを縮め、ストリートファイターばりの連続コンボを決める。
右右下下ABAB左上左上ぇ!
「っがはぁ……!」
完ぺきに決まった。
でも何かおかしい……弱すぎやしないか?
あ、ちなみにちゃんと周りに人の目が無いことを確認しての行動だよ?
どういうわけか知らないが、このベンチ周辺に人はいない。
この男の仕業か?
「ふふふ……なかなかやるじゃないの」
「……! まだ立ち上がるか……」
殺すつもりで殴ってるのに……タフなもんだ。
「ふん――当たり前だ、俺に暴力は通じない」
「……何だと?」
いや、通じてないことは無い筈。
現にこの男は血反吐を吐いてるし、打撃を加えた部分を手で抑えている。
「……ハッタリか?」
「いいや、理由は単純だ。俺が――どMだからさ」
…………。
「イケメンにボコボコにされるなんて俺にはご褒美にしかならないんだよぉおおおおおお!」
「変態寄るな!」
思った以上に酷い理由だったー!
もう逃げたい! 帰りたい!
「さあ……! 一緒に歩まないか? 薔薇の道を!」
「死んでも断る!」
膝蹴りからの空中殺法、そして止めの金的。
――これで、どうだ!
「ありがとうございますうぅううううううううう!」
「畜生! マゾヒストは無敵なのか!?」
まだ立ち上がってくるのか!
畜生もう本当に帰りたい!
「ホモはいいぞぉ……何より女より気持ちが良い!」
「俺はノーマルだ! 今まで攫ってきたやつはどうした!」
「今まで攫ってきた奴? ……ああ、全員『薔薇の園』の一員となったよ」
なんだとう!?
「ボスのテクニックは一流でな……しかもノンケも食っちまうんだ……俺も一度相手をさせて貰ったこともあったけどあれほど気持ちいい【ピー】は今まで無かったぜ……」
「ちなみに容姿は?」
「超絶美形の男の娘だが?」
…………。
……やべえ、心が揺らいだ。
「なんだ? 男の娘ならイケる口か? 『薔薇の園』にはガチムチだけじゃなく男の娘を沢山いるぞ?」
「ぐっ……、いや、流石に童貞は女子で無くしたい!」
「何ィ! チェリーボーイだとう!? くくく……ますます欲しくなったぜ、お前がよう……」
火に油を注いでしまったー!
……や、落ち着け、クールになれ俺。
幾ら奴がどMだろうと、精神的に痛みを感じなくとも肉体的には、生物学的にはダメージを受けるだろう。
つまり――ボコり続ければモーマンダイ!
「昇竜拳!(もどき)」
「ありがとうございます!」
「羊肉ショット!(真似したら出来た)」
「ありがとうございます!」
「北斗百裂拳!(秘孔とかわからんからただの連打)」
「ありがとうございまぁあああああす!」
ぎゅるぎゅるぎゅる、ずさー、と宙を舞った男はそのまま地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
……いやー、感謝されながら人を殴るのは初めての体験だった。
すげー気持ち悪い、手ぇ洗いたい。
あ、そういえば藤宮マサルと青井秀は大丈夫だろうか。
手を洗いに行くついでにトイレ向かうか。
*****
「……ん?」
男子トイレを覗き見している変な五人組の男女を発見した。
というか変人戦隊の五人だった。
伊藤詩織は沢田リコの目を塞ぎながらトイレの中をガン見し、フルフルは手で顔を覆い隠しながらもチラチラ見てるのが分かる。
青井秀は伊藤詩織をチラチラと気にしながらも、トイレの中を隠れるように見ていて、ベアコンはトーマスを抱きながら膝を抱えて泣いていた。
「何してんだそんなとこで、もう用は済ましたのか?」
「うお……! ……なんだ、羽切か」
なんだとはなんだ。
こちとらお前らが心配で来てやったというのに。
「何って……えーと、そのー」
青井秀は、妙に歯切れの悪い感じで言葉を濁した。
「? まあいいや、手を洗いたいからちょっとどい――て……」
…………。
……………………。
………………………………。
……描写しないと、駄目ー?
……駄目だよねー……。
一言で言うと、トイレがハッテン場になってた以上。
5、6人のガチムチなおっさんが乳繰り合ってる図は余りにも衝撃的でこれは酷いとしか言いようが無くて、いや、うん、これは酷い。
「おい、誰かグレネード持ってないか? バルカンでも可」
「そんなの持ってる高校生いねぇよ……」
的確なツッコミだった。
そりゃそうか。
「ねぇねぇ男子三人組……」
不意に、伊藤詩織が相変わらず沢田リコの目と耳を塞いだまま話しかけてきた。
「ちょっと混ざってきて」
「い」
「や」
「だ!」
「なんなのよそのコンビネーション……」
心底がっかりした、という表情で伊藤詩織は言った。
駄目だコイツ……すでに腐ってやがる……。
「兎に角ここ離れようぜ……これ以上いたら頭おかしくなりそう……」
「えー、もうちょっとだけー」
「か・え・る・ぞ!」
もう集合時間も近いのである。
頃合いだ。――二つの意味で。
「La culture japonaise est profonde.(に、日本の文化は奥が深いですね)」
「C'est spécial.(あれは特殊だ)」
変な勘違いすんなフルフル。
お前まで腐ったら常識人キャラがいなくなってしまう。
そのまま俺達は、何事もなく、集合場所に辿り着き、何事も無かったかのように、バスへと乗り込んだ。
まあそろそろ弟が『薔薇の園』を壊滅させてる頃合いかな。
何せあいつはイイ体をしている。
ガチホモにとって理想的といっていいだろう。と思う。
そんで標的にされて返り討ちにしてついでに根元から……っていう具合だろう。
長年の経験からするとそのパターンだ。
まあ、俺には関係ないか。
この時はそう――思ってた。
俺のジンクスが外れたことなど無いというのに。




