第一羽
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朝。
ピピピ、ピピピ、という目覚まし時計の規則的な電子音は、低血圧のハイエンド、最悪の寝起きなどの異名を持つ俺にとって全く無意味なものだった。
ピー! ピー! と規則的な電子音の音量が二倍になり、ガタガタと喚くように震えても俺の寝起きの悪さの前では無意味。
ついに目覚まし時計の音は止まった。
シン……と四畳一間の部屋に静寂が訪れる。
と、同時に天井の一部がパカッと開いてそこから大量の矢が落下してきた。
「……う、ぉおお、お!?」
流石に生命の危機を感じたので、跳ね起きる俺の身体。
転がるように……いや、実際転がって、ベッドから落ちた。
ドス、ドスドス、と重鎮な音を経てて容赦なくベッドに突き刺さる大量の矢。
――ああ、シーツ洗ったばかりなのに。
と、感傷に浸る間もなく、ブシュウウウウウウウウウという不快な音が俺の耳に届いた。
振り返るとそこには大量のバルサン。
密室に置いておくことでその部屋の全ての生命を奪う殺虫剤という名の殺人兵器である。
さらに、バルサンには複数のタイプがあり、その中でスリ板タイプと霧タイプのバルサンを同時に使用すると発火の危険性がある。
かっこうぃきぺでぃあさんしょう。
「うわあああああああ!」
全力でダッシュし、ドアを蹴り破る。
そしてそのままのスピードを維持して廊下に転がり込んだ。
即座に崩れた態勢を立て直し、廊下を駆け抜ける。
背後から爆発音が聞こえた気がするが無視!
階段を降りて、リビングに入る。
あー、酷い目にあった。
「おはようございます。兄上」
――と、不意に声を掛けられたが、この時間帯に、しかも俺のことを兄上と呼ぶ人物など一人しかいないため、「ん、おはよう」と軽く会釈を返した。
「今日も寝起きがいいですね、兄上」
俺は。
俺はその言葉を聞いて、表情の変化が乏しい妹に向かって皮肉っぽい笑顔を見せて、言う。
「おかげさまでな」
大量の矢と、バルサン。
あれを仕掛けたのは何を隠そう我が妹である。
*****
俺の妹。羽切朱音は天才である。
天才といっても、そこらの天才とは格が違う天才だ。
『世界を変えることが出来る七愚人』
そう呼ばれる世界に認められた七人の天才達、そいつらがやる気を起こせば瞬く間に世界の技術は半世紀以上進むと言われている怪物共。
羽切朱音は、その中の一人なのだ。
そんな怪物じみた妹は、今現在食卓に就いてもっきゅもっきゅと朝食を食べてるようだ。
何年も床屋に行ってない故にもっさりと伸びた髪の毛をカチューシャでかきあげていて、無表情なその顔がよく見える。
うん、いつ見ても美人だ。
家族だからと贔屓目に見てるつもりはないが、妹はかなりの美人さんだ。
これで服装がパジャマの上に白衣とかいう奇特な格好じゃなかったらもっと綺麗に見えてただろうに。残念。
まあ、あの妹にオシャレを求めるのも酷な話である。
いい加減腹が減ったので、思考をそこでやめ、妹に朝食の催促をしてみた。
「ん、ちょっと待っててください」
ごそごそ、と白衣のポケットをまさぐり、妹は何やらスイッチを取りだした。
黒いグリップの頂点に赤い突起が付いてる……よく漫画とかで悪の親玉とかが使ってそうなスイッチ、としか言えないスイッチ。
それをポチっと押した。
そしたら朝食が出来た。
「…………」
「どうぞ召し上がってください」
いや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
超スピードとか瞬間移動とかチャチなもんじゃねえ。
スイッチを押した瞬間にほかほかのトーストとコーンスープが俺の手の中にあった。
な、何を言ってるのかわから(以下略
「え、ちょ、えー……何ソレ」
「ああ、このスイッチですか?」
妹はポケットに仕舞いかけたスイッチを再び取り出す。
「これは『便利スイッチ』と言って、押すと何かと便利なことが起きるスイッチです」
「何それ便利。超便利、くれ」
「駄目です。私以外が使うと押した人の毛根が全て死滅するようになってます」
「マジ怖ええ!」
しかもこいつの技術力だとそれが出来る。
しかもわりと楽に出来る。
なんせ昔“ちょっと片手間”で作った除毛剤を間違って使ってしまった父さんの頭が悲惨なことになったのを覚えてる。
妹がスイッチを仕舞って食べ終えた食器を片づけに向かったので、俺も席についてトーストを食べ始める。
――ああ、最初に言っておこう。
この物語の主人公は俺じゃない。
俺ごときでは主人公を名乗れない。
この物語の主人公は――天才科学者、『世界を変えることが出来る七愚人』の一人。
俺の妹、羽切朱音である。