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『雲雀結び』【掌編・ミステリ】

作者: 山田文公社

『雲雀結び』作:山田文公社


「これが“雲雀ひばり結び”だよ」

 兄はそう言い輪っかに、両端を結んである紐を通して、輪っかの通った先端を、輪っかの通ってない紐の間へ通すと、輪っかは紐で見事に縛られたのを私に見せた。

「ほら、外れないだろ?」

 兄は輪っかと紐を私の手に持たせて見せた。私は色々と引っ張ったけど、すぐにはとれなかった。しかし兄は私の手から輪っかを取り上げると、あっという間にほどいて見せた。何度もせがむ私を見て兄はやり方をゆっくりと教えてくれた。

 雲雀ひばり結びという結び方を覚えた私はしばらくその結び方でいたずらを繰り返していた。


 時計の針を何度も見ながらそんな懐かしい過去を思い出していた。何度もこんな恐ろしい事を辞めようかと思うのだけど、引き返せないのを悟っていた。くじけそうになるたびに、忌々しい記憶を思い出しては吐き気を堪えて、憎悪を暖めなおして殺意に変えてきて、ようやく長年の間待った復讐できるのだから、何も躊躇う必要はないのだ。時計の針は刻々と一秒を刻むだけで、私は常人と異常者の間を彷徨いながら時計をじっと睨みながら、心の中で揺らいでいた。

 しかし時間は無情にも進んでいき、とうとう手を下す時間がきてしまった。ベランダの目印は殺意の紐を在処を示している。この先端にダンベルをつけてベランダから落とすだけで良い……それで復讐は終わる。


 瞳を閉じる。深く強く閉じる。記憶の呼び水はたった一言の言葉で良い……心に受けた衝撃が大きければ大きいほどに精神だけはその瞬間に戻る。

「ゴメン、他の女を孕ませてさ……別れてくれないか」

 両親に挨拶も済み、もうじき結婚……そのはずが突然の彼の一言で全て壊れてしまった。私は何も言えなかった。強く握りしめた手のひらに爪が食い込んでいく。彼は言い訳がましい理由を思いつきのように並べてみせた。何より悔しいのはそんな男の子供を自分も同じく身ごもってしまった事だった。

「じゃあ、荷物はその都度でいいからさ、出て行って貰って良いかな」

 何も言えずに私は頷いた。運が良かったのは同じマンションの5階に大学時代の友人がいた事だった。精神的なショックで子供は自然に堕りてしまったが、良かったとも言える。それでも何も出来なくなるほどに私のショックは大きかった。荷物の片づけは2ヶ月経ってからようやく出来はじめた。たった2ヶ月で私の居た面影は部屋から消え果てていた。やせ細った私を迷惑そうな顔で彼は開口一番に言った。

「なかなか荷物引き取らないから捨てようかと思っていた」

 どれだけ失礼な奴なのだろうか、怒りより殺意が沸いた。私は荷物を引き取る口実で仕掛けを作り上げた。寝室は以前と同じ間取りなので、それを囲むようにピアノ線を貼り“雲雀結び”の形で友達のベランダに仕掛けの端点を置いた。後は眠る時間にベランダから端点におもりをつけて落下させれば勢いよく“雲雀結び”は締まり、ピアノ線はギロチンへと変わる。


 目を開きダンベルを勢いよく地面へと投げ落とした。切断されなければ、下まで落ちない仕組みだが、ダンベルは階下まで勢いよく落下した。私は急ぎ階下のダンベルを回収しにいくことにした。

 少なくとも一番真っ先に疑われるだろうが、それについてはもう半ば諦めている。追求されずに殺す方法など無いのだから、問題は殺害した道具である。証拠が無ければどんなに疑わしい犯人でも、立件は出来ないと言うことは知っている。だからピアノ線と雲雀結びは証拠を隠滅するのにはちょうど良い方法なのだ。少なくとも、彼の家には1週間前から立ち寄る事は無くなっているし、この友人の部屋も今日限りでお別れになる。明日からはアパート暮らしになる。そして明日は不燃ゴミの日だから、証拠は全て隠滅できる。

 

 問題なく証拠は隠滅できた。友人とも別れてとうとう私はアパート暮らしとなった。しかし二日目に私はあるイベントをこなす必要がある。それは記憶の抹消である。追求されて白を切るにはどうしても記憶が邪魔になる。下手をすれば自白すらあり得るだろう、そこで4、5日程度の記憶を失うような薬を手に入れたので、それを飲む事にした。


 気がつくと病院のベット上にいた。家族が心配そうにのぞき込んで、起きた私を見て泣きだした。しばらくすつと強面の男が二人が病室入って来て、警察だと名乗った。警察が言うには私が以前付き合っていた彼氏が頚部を切断されて寝室で死んでいるが発見されたそうだ。色々と尋ねられたが何も知らないので答えることが出来なかった。ただこれは口には出さなかったが、人が死んでいてこんな事を思うのも問題だけど『死んで気分は良かった』と心から思った。

 

 もし彼がこんな形で死ななければ、間違いなく私が殺していただろうから……。


お読みいただきありがとうございました。

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