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気まぐれも悪くはない、、、


 強すぎる力を持って生まれた者は、群れれば崩れる。

 敬意はやがて恐怖に変わり、恐怖は憎悪を孕む。


 そのことを、ずっとずっと昔……。

 先代魔王が崩御し、妾が『魔王』と呼ばれるようになった頃から理解していた。


 妾は殺すことに興味はない。

 血を流す理由も、支配を誇示する趣味もない。


 ただ、寄ってくる者があれば退け、牙を向けられれば折るだけだ。


 ――それだけでよかった。

 それだけで、十分だった。

 

 少なくとも、この城を訪れるあの日までは――。




 人の世というものは、本当に脆い。

 

 数日前までここには王がいて、民がいて、人にも国にも未来があった。

 市場には声が満ち、城門には兵が立ち、子供達は路地を駆け回っていた。


 だが今、この国に残っているのは戦の残り香だけだ。


 人は未来を語る。

 国は永く続くものだと信じる。


 だが実際には、こうしてあっけなく終わる。

 ……人の世というものは、本当に脆い。


 ただでさえ人間は寿命が短く弱々しい生き物のくせに。

 魔物や魔族同様に、血を流してでも支配を誇示しようとする愚かな者達がいる。


 そして、そういった類いの人間同士が戦争を起こした結果……。

 戦争という名の理不尽に呑み込まれてしまった国は滅び、この王城は廃墟となった。


 戦争の爪痕がまだ生々しく残るこの地から、生き延びた人間達はすでに去っていた。

 外界から切り離された、都合のいい場所。


(ちょうど良い。

 ここを妾の住処としよう。)


 それ以上でも、それ以下でもない理由で、妾は城を訪れた。


 そして瓦礫の中で、血と煙の匂いに紛れて死にかけていた人間の子を見つけたのは、ただの偶然だ。


「……生きているのか、人の子。」


 妾の呼びかけにかすかに反応はするも、血に塗れ、呼吸も浅い。

 まだかろうじて生きている状態。


 普通なら、ここで終わりだ。

 人間が死にゆくのはいくらでも見てきた。

 

 ……だが。


 助けたのは、気まぐれ。

 本当に、ただそれだけだった。


 人間は弱くて儚くて脆い。

 子供ならばなおさら、放っておけばすぐに死ぬ。


 ……だから、少しだけ手を貸してやっただけだ。


 暫く城に置いていたのも、慈悲というほどのものではない。

 外に出せば、せっかく助かった命もすぐに魔物の餌になると分かっていただけだ。


 ――なのに。


 城を出ていくまで、妾を見上げていたあの子の目は……。


 怯えも、憎しみもなく。

 まるで、世界で一番欲しいものを見つけたかのようなキラキラと輝く目だった。

 

 その視線は、眩しいほどに、ただ真っ直ぐ妾を見ていた。


 正直、この時になって初めて幼い子供というものは可愛いものだと思った。


 人間の子供でもこんなに可愛いと思えるのだ。

 我が子ならどれほど可愛いのだろうか……とさえ考えた。


「僕、勇者を倒せるくらい強くなるから!

 だから、僕が勇者から魔王を護れるくらい強くなれたら……僕と結婚してくださいッ!!」


 ……あの時は、本気で言っているとは思わなかった。

 所詮、幼子の戯言程度だと。


 人の子が城を出る際、惜しいとさえ思ったのは確かだった。

 またしても人間同士の争いごとや、魔物にこの子の命を奪われるくらいなら……妾がこの城で飼う方が良いのではないだろうかとも思った。


 だが、人間の子が城を出ていって暫くすると、妾はそんな事を考えていたことさえ忘れていた。

 少なくとも、そう思っていた。




 そして十年後――。


 青年へと成長してもなお、あの目は変わらなかった。

 十年前と同じ……いや、それ以上に眩しい輝きを宿して。

 迷いのない覚悟を帯び、その視線は再び妾を射抜いた。


(まさか本当に、あやつが成長してここに戻ってくるとは思わぬだろうが……!

 しかもわざわざ当代の勇者を倒して!!)


 名も、国も、種族さえも捨てることになると忠告した。

 それでも妾の隣に立つと、あやつはハッキリ言いきった。


 愚かで、無謀で。

 ――どうしようもなく、真っ直ぐで。


(死にかけていた人の子が、こんな良い男に育つなんて……想像できるわけがなかろうよ!?)


 気づけば、妾の隣には常にあやつがいるのが当たり前になっていた。


 孤独は、妾にとって当たり前の景色だったはずなのに。


「……まったく。」


 群れるのは、今も好きではない……はずなのだ。


 だが、ひとりではなくなったことを。

 この気まぐれが、孤独という永劫を変えてしまったことを。


 悪くない……と、そう思っている妾がいる。




 今日も妾の隣には、かつて助けた人間の少年―― 。

 今は、妾の伴侶となった男がいる。


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