十年後、、、再会と契り
魔王城の玉座に悠然と腰掛ける女魔王の前に、一人の青年が姿を現した。
かつて……。
衝動的に求婚してきた、人間の少年。
あの無鉄砲で、生意気で、幼い存在が……今や一人の男として目の前に立っている。
「……あの時のマセガキが、まさか本当に戻ってくるとはな。
しかも、勇者を討ち果たして、……か。」
鼻で笑うように言いながらも、紅い瞳は逸らせない。
あれは十年前。
退屈しのぎの、軽い挑発にすぎなかった。
『……勇者を打ち倒せるほど強くなったなら――。
考えてやらなくもないぞ。』
忘れていたはずの言葉。
だが今、その言葉は現実となって、目の前に立っている。
青年はゆっくりと歩み寄り、玉座の前で片膝をついた。
「十年前、貴女は仰いました。
勇者を倒せるほど強くなれたら、考えてやらなくもない……と。」
低く、揺るぎない声。
そこに迷いも、恐れもない。
「俺は、その言葉だけを信じて生きてきました。
力も、地位も、名誉も、そんなものはいらない!」
顔を伏せたまま、拳を握る。
「欲しかったのは……。
魔王、貴女の伴侶として隣に立つためだけの資格だけだ。」
胸の奥が、ざわりと騒いだ。
忘れ去ったはずの軽口が、今は確かな期待と、抗えぬ高鳴りへと変わっている。
「……人間のくせに。
相変わらず、生意気だな。」
青年はゆっくり顔を上げた。
その瞬間、魔王の紅い瞳と視線が絡む。
緊張で喉が鳴る。
息を吸おうとして、うまく吸えない。
青年は拳を強く握りしめ、震えを押し殺した。
「もう……ッ。」
声が、わずかに掠れる。
だが射抜いた深紅の視線だけは逸らさない。
「もう、俺はあの頃の何も知らない幼い子供じゃないんです!」
魔王は何も言わない。
ただ、その沈黙が、王の裁断を待つ刃のように重くのしかかる。
数秒。
永遠にも思える時間。
青年は、腹の底から声を絞り出した。
「だから……!」
胸に手を当て、深く息を吸う。
そして、覚悟を決めて……言い切った。
「俺と結婚してください!!」
言葉が、重く逃げ場なく玉座の間に落ちる。
暫くの沈黙。
魔王の表情は読めない。
紅い瞳が、わずかに細められただけだった。
青年の背中を、冷たい汗が伝う。
場合によっては今この瞬間、命を落としても不思議ではない。
それでも……後悔は一切なかった。
魔王は、ゆっくりと玉座を降りた。
足音を響かせ、青年の前に立つ。
指先でその顎を掬い上げ、魔王の紅い瞳と視線が絡む。
「……一つだけ、聞いておこう。」
指を離し、一歩距離を詰める。
「妾を娶るということが、どういう意味か。
貴様は本当に、理解しているか?」
声は低く、冗談の余地はない。
「人間を捨てることになるんだぞ。
名も、国も、血もだ。」
青年は即答しなかった。
だが、魔王の赤い瞳から目を逸らすこともない。
「人の世では、裏切り者。
魔の世では、異物……。」
紅い瞳が、細められる。
「それでも妾を選ぶか?」
青年は、深く息を吸った。
「……相変わらず、貴女は慈悲深くお優しいのですね。」
拳を握りしめ、静かに言った。
「貴女の隣に立つためならば、人間を捨てる覚悟は十年前からできています。」
「……愚かな男だ。
だが……、嫌いではないぞ。」
そう言いながら、
その声音には、かつてないほどの柔らかさが滲んでいた。
「よかろう!」
魔王は背を向け、玉座へと歩き出す。
「妾は約束を違えぬ。
貴様を妾の伴侶として認めよう。」
魔王は振り返らずに告げる。
「ならば、まずは妾の伴侶になるということが、どれほど面倒で厄介か思い知れ。
……後悔しても知らぬぞ?」
そして一瞬だけ振り返った魔王の口元が、ほんの少しだけ緩む。
ほんの微かだが、しかし確かに笑った。
「……あのマセガキが、ここまでの男になるとはな。」
そう呟くその背に向かって、青年はっきりと答えた。
「望むところです!」
その瞬間、魔王城に新たな時代の幕が上がった。
かつては戯れから始まった縁は、十年の歳月を経て、真実の契りへと昇華する。
そして二人は共に時を歩み、強さと愛を、次の世代へと繋いでいくのであったが……。
これが魔王城史上、最も騒がしい日常の始まりになることを。
――この時は誰も知らなかった。




