十年前、、、求婚と約束
魔王城となった玉座の間。
大理石の床に映る玉座の影は、幼い少年にはあまりにも大きく、そして遠かった。
若き女魔王は玉座に腰掛け、静かな瞳を光らせて少年を見下ろしていた。
その姿は威圧的というより、世界の外側に立つ者のようで……近くにいるのに、簡単には届かない。
それでも少年の胸に芽生えたのは、怯えでも、緊張でもない。
――綺麗だ。
ただ、それだけ。
それが、少年の正直すぎる感想だった。
冷たく整った顔立ち。
人とは違うと一目で分かるのに、なぜか目を奪われてしまう美しさ。
その美は、世界から距離を置き、ひとりで在るために完成されたものだった。
少年は、ただ夢中で見つめていた。
「結婚してください……だと?」
魔王は呆れたように鼻で笑う。
「人間の子の分際で、妾に求婚とは……貴様はとんだ命知らずのマセガキだな。」
咎めるでもなく、突き放すでもない声音。
少年はびくりと肩を震わせた。
少しだけ居住まいを正し、それでも視線は逸らさずに真っ直ぐに答えた。
「だって……。」
少年は言葉を探し、やがて、照れたように、少しだけはにかんで笑った。
「助けてくれたし……すごく強いし……。
それに……その……。」
一瞬、言葉に詰まり、視線を泳がせてから頬を赤く染め、意を決したように言った。
「……美人で、すごく綺麗だし!」
理由はそれだけ。
飾りも、計算もない。
恋の理由としては、あまりにも単純で、あまりにも無防備だった。
玉座の間が、しんと静まり返る。
魔王は一瞬だけ言葉を失い、すぐに薄く笑った。
それは嘲笑でも、怒りでもない。
子供の戯言を聞く、大人の余裕だった。
「ふん……。
人の子は、ずいぶん素直で面白いことを言う。」
彼女は頬杖をつき、退屈しのぎのように気まぐれに続ける。
「ならば、条件をやろう。
もし本当に貴様が、勇者を打ち倒せるほど強くなったなら……。」
少年の目が、ぱっと輝いた。
「本当ですか!?」
「考えてやらなくもないぞ。」
魔王は笑う。
楽しげに、そしてどこか残酷に。
「妾とて次世代に子孫を残すならば、勇者よりも強く、勇ましい遺伝子の子種が欲しいからな。」
少年は言葉の半分も理解できなかった。
それでも拒まれなかったことが何より嬉しかった。
それだけで、胸がいっぱいになった。
「約束ですよ!」
そう言って、少年は屈託なく笑った。
まるで、明日の遊びの約束を取り付けたかのように。
魔王はその笑顔をほんの一瞬だけ見つめ、すぐに視線を逸らす。
そして、少年の耳には届かないほど小さな声で呟く。
「生きていられたらな……。」
その声はどこか遠く、言葉は祈りにも呪いにも似ていた。
……その数日後。
少年は魔王の城を旅立った。
各地を巡り、剣を振るい、血を流し、修行を重ねた。
世界のためでも、正義のためでもない。
ただ……。
生まれて初めて恋をした相手の隣に、胸を張って立つためだけに。




