第17話 無言の前進
第17話 「無言の前進」です。
地下貯水遺跡の奥に見えた影は、水ではなかった。
砂蛇の巣だった。
拠点にはできない。
タクミは振り返りもせず、砂の海へ戻った。
西へ歩くしかない。
砂が流れている。
細かな粒が、地表を這う。
風が吹く。
乾いた風が、音を削る。
夜の砂漠は冷たい。
タクミは歩く。
無言。
呼吸は浅い。
西へ。
……。
……。
……。
ズボォッ!
砂が爆ぜた。
直前まで何もなかった足元が、盛り上がる。
砂が内側から押し上げられ、弾ける。
巨大な口。
サンドワーム。
円環状の牙が、何重にも開く。
内側へ回転するように蠢く肉壁。
空気が吸い込まれる。
引力のような吸引。
砂ごと、呑み込もうとする。
タクミの腕が動く。
硬化。
皮膚が鈍く軋む。
ゴッ!
横薙ぎ。
叩きつけるように、顎の側面を打つ。
衝撃。
骨のような外殻が歪む。
巨体がぶれる。
続けて――
振り上げ。
ドッ!
下から、顎を打ち抜く。
巨体が浮く。
最後に、
上から叩きつける。
ゴシャッ!
質量ごと押し潰す一撃。
サンドワームの動きが止まる。
そのまま、砂へ叩きつけられた。
砂煙。
静寂。
タクミはしゃがむ。
ナイフを抜く。
腹を裂く。
外殻の隙間に刃をねじ込む。
力任せにこじ開ける。
裂ける。
白い肉。
掴む。
口へ。
噛む。
弾力。
繊維が歯に絡む。
緑の血が顎を伝う。
……。
飲み込む。
味は認識していない。
立ち上がる。
歩く。
西へ。
……。
……。
……。
限界が来ると、その場に座り込む。
崩れるように。
休息。
動かない。
音を立てなければ、サンドワームは寄って来ない。
だから、じっとする。
呼吸を抑える。
砂の流れる音に、自分を沈める。
……。
二時間。
長くて三時間。
それ以上は、体が冷えすぎる。
立ち上がる。
また歩く。
……。
一週間。
砂丘。
砂丘。
砂丘。
終わりがない。
足を出す。
沈む。
引き抜く。
また足を出す。
……。
ズボォッ!
今度は前方。
砂が波打つ。
一直線に、隆起が走る。
来る。
サンドワーム。
砂の下を“泳いでいる”。
進行方向が、一直線に迫る。
タクミは止まらない。
一歩。
踏み込む。
直前。
地面が爆ぜる。
巨大な口が、足元から噴き上がる。
牙。
内側に引きずり込む圧。
砂と空気が巻き込まれる。
タクミの腕が振れる。
横薙ぎ。
ゴッ!
側面を打ち据える。
軌道が逸れる。
すれ違う瞬間――
振り上げ。
ドッ!
顎の下を打ち抜く。
巨体が浮く。
そのまま、
叩き落とす。
ゴシャッ!
砂が爆ぜる。
沈黙。
……。
同じ手順。
しゃがむ。
ナイフ。
裂く。
白い肉。
掴む。
口へ。
噛む。
飲み込む。
……。
排泄は、その場で済ませる。
しゃがむ。
出す。
砂で拭く。
乾いた粒が、すべてを奪う。
それで終わりだ。
……。
立ち上がる。
歩く。
西へ。
……。
……。
二週間。
思考が薄い。
正常な思考は働かない。
砂。
風。
星。
それだけ。
……。
夜。
岩陰を見つける。
そこに身を押し込む。
眠る。
――浅い。
気を張ったまま。
わずかな振動で、目が開く。
砂の動き。
風。
確認。
また閉じる。
繰り返し。
ほとんど眠れていない。
……。
それでも、立ち上がる。
歩く。
……。
三週間。
止まらない。
理由がない。
砂丘。
砂丘。
砂丘。
足を出す。
沈む。
引き抜く。
……。
ズボォッ!
前方。
遅い。
完全に目の前から。
砂が弾ける。
距離がない。
直前――
口が開く。
タクミの体ごと、呑み込もうとする。
瞬間。
腕が振れる。
横薙ぎ。
ゴッ!
側面を打ち据える。
噛み合う軌道が、わずかに逸れる。
だが、浅い。
まだ近い。
続けて、
振り上げ。
ドッ!
顎の下を打ち抜く。
巨体が浮く。
間を置かず、
叩き落とす。
ゴシャッ!
砂が爆ぜる。
沈まない。
もう一撃。
ゴギャッ!
質量ごと押し潰す。
動かない。
……。
しゃがむ。
裂く。
食う。
……。
立つ。
歩く。
西へ。
……。
……。
……。
砂丘の頂。
タクミは立つ。
風。
砂が流れる。
遠く。
地平線。
黒い影。
……。
目を細める。
何かある。
建物の形。
崩れた壁。
塔。
……。
城。
いや――
城塞。
変化。
だが、理解はない。
ただ、向かう。
タクミは黙って歩き出す。
西へ。
その影へ。
(経過日数 六十五日目)
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第17話「無言の前進」でした。
タクミは無意識のまま、人間離れした戦闘力を見せ始めています。
ですが本人の思考は鈍り、ただ前へ進むことだけを続けています。
次回、第18話「ロドス」




