第15話 果てしない彼方
第15話です。
砂漠の旅は、まだ始まったばかりだった。
監視塔の廃墟で数日間の休息を取ったタクミは、再び歩き出す準備を整える。
出発の前に、塔の上から先の景色を見ておこう――そんな軽い気持ちだった。
監視塔の中は、ひどく静かだった。
崩れた壁。
割れた石段。
風が吹くたび、砂が石を擦る音が小さく響く。
タクミはこの塔を見つけてから、しばらくここを拠点にしていた。
砂漠を歩き続ける日々の中で、屋根が残っている建物はそれだけでありがたい。
壁にもたれて眠れるだけでも、身体の負担はかなり違った。
(少し休みすぎたかもな)
そんなことを思いながら立ち上がる。
水筒を腰に結び直し、背負った簡易の荷を確かめた。
砂の匂いが染みついた服を軽く払う。
(まあ、そろそろ行くか)
ここに長居しても仕方がない。
目指すのは西。
砂漠の外だ。
だが出発する前に、一つだけやっておきたいことがあった。
(監視塔なんだしな)
名前の通りなら、上から見張るための建物だ。
塔の上からなら、少しは先の地形が分かるかもしれない。
次の遺跡や岩場でも見つかれば、進む目安にもなる。
タクミは崩れた階段をゆっくり登り始めた。
石段はところどころ欠けている。
踏み外せばそのまま落ちかねない。
「おいおい……」
思わず苦笑する。
足元を確かめながら、一段ずつ登っていく。
上に行くほど風が強くなる。
砂が壁の隙間から吹き込み、頬に当たった。
やがて視界が開ける。
屋上だった。
外壁は半分以上崩れている。
その隙間から、砂漠の景色が広がっていた。
タクミは縁まで歩く。
西を見る。
砂。
砂。
砂。
砂。
砂。
砂。
砂原。
視界のすべてが砂だった。
地平線まで、ただ砂丘が続いている。
山もない。
岩もない。
影になるものすらない。
ただ、波のように連なる砂の丘。
どこまでも。
どこまでも。
終わりが見えない。
タクミの喉が、かすかに鳴った。
「……そんな」
言葉が漏れる。
足元がふらついた。
「ウソだろ……」
拳が震える。
「そんな……」
ここまで歩いてきた。
砂嵐も越えた。
遺跡も見つけた。
神殿もあった。
砂漠の中を何日も、何日も歩いた。
それでも。
それでも――
「ここまでどれだけ歩いて来たと思ってんだよ!!」
怒鳴り声が、空へ突き抜けた。
返事はない。
風が吹くだけだ。
胸の奥から、何かが込み上げてくる。
「サラディンのバカヤローーーッ!!」
声が割れた。
「こんなとこに呼びやがって!!」
拳で石壁を叩く。
乾いた音が響いた。
「砂漠抜けろって言うけどなぁ!!」
息が荒い。
「終わり見えねぇじゃねぇかよ!!」
叫びは風にさらわれ、砂海へ消えていく。
しばらくタクミはその場に立っていた。
肩が上下している。
胸が熱い。
怒りなのか、悔しさなのか、自分でもよく分からない。
やがて力が抜けた。
その場に座り込む。
石の床はひどく冷たい。
(……無理だろ)
頭の中に、そんな言葉が浮かんだ。
(こんなの……)
あまりにも遠い。
終わりが見えない。
日本にいた頃の記憶が、ふとよぎる。
満員電車。
怒鳴る上司。
終わらない営業ノルマ。
(あっちも大概だったけどな)
苦笑が漏れる。
(でも、あっちは人がいた)
ここには誰もいない。
風と砂だけだ。
タクミは空を見上げた。
時間が流れていく。
太陽が動く。
砂漠の影が長く伸びる。
夜が来た。
星が空いっぱいに広がる。
それでもタクミは動かなかった。
丸一日。
何もする気が起きなかった。
ただ座り込み、ぼんやりと空を見ていた。
(……まあ)
ぽつりと声が出る。
(ここにいてもしょうがないか)
ゆっくり立ち上がった。
体の節々が少し軋む。
ズボンについた砂を払う。
もう一度、西を見る。
相変わらず砂の海だ。
終わりは見えない。
それでも。
「まあ、なるようになるか」
小さくつぶやいた。
その言葉は、妙にしっくり来た。
塔の階段を降りる。
荷を背負う。
水筒を軽く叩く。
まだ大丈夫だ。
入口の外には、朝の光に染まる砂漠が広がっていた。
タクミは振り返らない。
一歩。
また一歩。
砂の海へ、再び歩き出した。
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第15話「果てしない彼方」でした。
塔の上から見た“果てしない砂海”は、タクミにとって初めての本格的な絶望です。
それでも歩き出す――それがこの旅の始まりでもあります。
次回、第16話「枯れた水槽」




