9話 予定にない出会い
「……こんなところか」
最後の一匹を焼いて、俺は動きを止めた。
念の為に周囲の様子を魔法で探るものの、魔物の気配は感じられない。
無事に襲撃を凌いだようだ。
「それにしても……」
このゴブリン達は異常だ。
数もそうだけど、死を恐れないところがおかしい。
ゴブリンは多少の知恵を持ち、死を恐れる。
決して、このような無茶はしないはずなのだけど……
「なにかしらの魔法、あるいは魔道具が使われたのか? そうしてゴブリン達は操られて……だとしたら、根深い事件になるかもしれないな」
「……ありがとう、キミのおかげで助かったよ」
あれこれ考えていると、騎士の一人に話しかけられた。
見たことのある顔だ。
騎士団長の元で稽古をする時、若手の騎士達をまとめて訓練をするところを見たことがある。
それなりの立場にいるベテランの騎士なのだろう。
俺とは面識があるのだけど、ただ、フードを深く被っているため、こちらに気づいていないようだ。
「よければ名前を聞かせてくれないだろうか? ぜひ、お礼をさせてほしい」
「……気にせず。人として、するべきことをしただけなので」
俺のことは、本当に気にしないでほしい。
正体がバレる。
そんなことになれば、父上達に怒られてしまう。
一応、日々のがんばりを続けているため、今のところマイナスイメージはないと思うが……
それでも、俺は『悪役王子』なのだ。
ルールを逸脱した行為を知られることはできる限り避けておきたい。
「わかりました、ではさようなら……というわけにはいきませんわ。わかるでしょう?」
ふと、第三者の声が割り込んできた。
透き通るように綺麗で。
そして、鈴を転がすような声。
その持ち主は……
「ごきげんよう。あたしは、セフィーリア・アリアンロッドと申します」
馬車を降りて姿を見せたのは、人形のように綺麗で、猫のように可愛い少女だった。
太陽の光を集めたかのような髪は、ふんわりとして柔らかそう。
瞳は宝石のように輝いているかのようで、意思の強さを感じられた。
同い年と聞いているが、年上のようにも見える。
一つ一つの振る舞いが洗練されているから、そう思うのかもしれない。
その道の匠が作り上げた豪華なドレスに着られているのではなくて、見事に着こなしているところは、彼女の気高さを証明しているかのようだ。
セフィーリア・アリアンロッド。
『花と星に祈りを、そして王子に鉄拳を』に登場する悪役令嬢であり……
そして、同時に主人公でもある存在だ。
……すごいな。
原作を遊んでいた時から思っていたが、彼女はとても綺麗だ。
こうして実際に目にすると、思っていた以上で……
意味もなく怯んでしまいそうになる。
子供なのにこれ。
大人になったら、とんでもない数の男を魅了して、悔しがらせるのだろうな。
「あなたは、あたし達の命の恩人。ありがとうございました、の一言だけで帰してしまっては、アリアンロッド家の名に傷がついてしまいますわ」
「……そちらの事情は理解したが、しかし、こちらにも事情があることを理解してほしい」
「ふむ」
アリアンロッド嬢は考えるような仕草をとる。
ややあって、小さな口を開いた。
「表に顔を出したくない事情が?」
この短時間で俺の考えていることを理解するか。
とても賢い。
さすが悪役令嬢。
さすが主人公。
「理解してもらったのなら、このことは忘れてほしい」
「そういうわけにはいきませんわ……と、言いたいところですが」
はぁ、と小さなため息。
「それが命の恩人であるあなたの願いならば、聞かないわけにはいきませんわね」
おや?
意外と物わかりがいいな。
「詳しい話を聞くのはやめておきましょう」
「ありがとう」
「ただ……」
アリアンロッド嬢は、一度、馬車に戻る。
ややあって戻ってくると、そっと手を差し出してきた。
そこになにかが握られている。
「こちらを」
「えっと……わかった」
なんだろう?
不思議に思いつつ、ここで危害を加えてくるなんてことする意味がないと、素直に差し出されたものを受け取る。
指輪だった。
宝石などはついていない、とてもシンプルなタイプ。
ただ、表面に極小の紋章が刻まれている。
「我がアリアンロッド家の者が使うものですわ。それをうまく活用すれば、困った時、なにかしらあなたの力になれるかもしれません。せめてものお礼として、そちらをお持ちください」
「……ありがたくいただこう」
ここで断れば、アリアンロッド嬢は、今度は引き下がらないだろう。
素直に指輪を受け取ることにした。
「話はこれで?」
「ええ、問題ないわ」
「なら、俺は行かせて……ああ、そうそう。今回の襲撃だけど、何者かが裏で手を引いている可能性が高い。魔物を操ることができる魔法、あるいは魔道具を持つ者を調べるといい」
「なるほど……だとしたら、我がアリアンロッド家をよく思わない連中の仕業でしょうね。いくらか心当たりがあるから、王都に戻ったら、さっそく調べることにするわ。情報、ありがとう」
「どういたしまして」
これくらいのサービスはいいだろう。
俺は、今度こそ、この場を立ち去ろうと……
「待って」
「うん?」
シンプルな一言で呼び止められて、振り返り……
「んっ」
「!?!?!?」
気がつけばアリアンロッド嬢の顔が目の前にあって……
そのまま、頬にキスをされた。
「ふふ、お礼よ」
「あ、ああ……」
ぎくしゃくしつつ、俺はその場を離脱する。
今のは……
今のは……
「いったい、どういう意味なんだーーー!!!?」