8話 さらなる切り札
ふと、悲鳴が聞こえてきた。
ともすれば聞き逃してしまいそう。
その声量を考えると、けっこう離れているのだろう。
ただ、悲鳴であることに間違いはない。
「……様子を見に行くか」
俺が勝手に外に出ていることがバレるとまずいのだけど……
だからといって、事件が起きているかもしれないのに、見て見ぬふりはできない。
そんなことを繰り返していたら、悪役王子まっしぐらだ。
小さなことでも善行を積むことは大事だ。
そうして評判を上げておくことで、いつか、バッドエンドが訪れた時に一緒に戦う味方ができるかもしれないからな
「それじゃあ、さっそく改造コードを」
たとえばRPGゲーム。
主人公の歩く速度がやたら遅くて、うーん……となったことはないだろうか?
そういう時、改造コードを使い、移動速度を上げていた。
それと同じで、俺の移動速度を上げる改造コードの解析は完了していた。
五倍に設定して、走る。
「うん、いい感じに速いな」
馬よりもいいのではないか?
まあ、あくまでも速く『移動』するだけなので、戦闘には使えないが。
使えるとしたら、逃げる時だろうか?
バッドエンド回避不可能となったら、これで逃げてもいいかもしれない。
そんなことを考えている間に街道に出た。
馬車が魔物に襲われていて、護衛らしき騎士達が応戦する。
「隊列を崩すな! 一匹一匹、確実に仕留めていけ!」
「し、しかし、あまりにも数が……!」
「うわぁ!?」
きらびやかな装飾が施された馬車を、ゴブリンの群れが襲っていた。
ゴブリンは大した脅威ではなくて、冒険者や騎士ならば、よほどのことがない限り負けることはないのだけど……
今回は、よほどのことが起きているらしい。
馬車を囲むゴブリンは数え切れないほど。
百を超えているだろう。
いくらゴブリンとはいえ、それだけの数に襲われたら、冒険者や騎士でもひとたまりもない。
津波に飲まれるように、数の暴力で圧倒されてしまう。
しかも連中は正常ではないらしく、仲間が傷ついても怯むことはない。
自身が傷ついても、やはり怯むことはない。
その敵意を馬車に突き立てるために、自爆のような突撃を繰り返していた。
「……まずいな」
あのままでは、今はなんとか耐えているが、いずれ押し切られてしまうだろう。
俺の勝手な行動がバレるかもしれないのは、なるべく避けたいところだが……
「そうも言ってられないか」
せめてもの対策として、ローブについているフードを深くかぶる。
一応、覗き込まれない限りは顔はわからないはずだ。
「……よし、いくか」
改造コードで、今度は脚力を強化。
空を飛ぶように高く跳躍して、戦場のど真ん中に降り立つ。
「な、なんだ……!?」
「子供? なぜ、このようなところに……」
驚く騎士達のことは、ひとまず無視。
ゴブリン達に手の平を向けて、
「火炎<メガファイア>!」
魔法を繰り出して、まとめて複数のゴブリンを焼いた。
しかし、他のゴブリンは怯むことはない。
むしろ激しく吠えて、なにがなんでも食らいついてこようとする。
ふむ……?
ゴブリンは弱いが、しかし、多少の知恵を持つ。
こうして仲間を焼けば、敵わない相手と理解して、すぐに逃げ出すはずなのだが……
「だが、それでこそ……だ」
ちょうどいい。
これで実験ができる!
俺は密かに笑みを浮かべつつ、再び魔力を集めていく。
唱える魔法は、同じ火の中級魔法。
ただし、改造コードで威力を引き上げているものだ。
さて、どうなる?
「火炎<メガファイア>!」
さきほどの魔法では、数十センチの火球を生み出して、爆発を引き起こした。
ただ……
今度は、自分よりも大きい……二メートルほどの大火球が生成された。
ゆっくりと飛んで、着弾。
……そして。
ゴガァッ!!!!!
鼓膜が破れそうなほどの轟音。
吹き飛ばされてしまいそうな衝撃。
数十というゴブリンがまとめて灰と化した。
「な、なんだ!? あの魔法は……いや、魔法なのか!?」
「なんていう威力だ! ゴブリンが相手とはいえ、あれだけの数を一度に……!?」
「中級魔法……いや、まさかそんな。いくらなんでも威力が高すぎる……いや、しかし、さきほどの詠唱は……」
「な、なんてすさまじい……」
ざわつく騎士達に喝を入れる。
「気を緩めるな。ゴブリン達は、まだたくさんいる。お前達は、そのまま馬車を守ることに専念しろ」
「き、キミはいったい……?」
「己の使命を果たしたければ、今、やるべきことは理解できるだろう?」
「……皆、防御陣形を再構築するぞ! 今が好機だ、立て直す!」
「「「はっ!!」」」
騎士達は迅速に動いた。
いいな、優秀な者達だ。
さて。
「では、俺は俺のやるべきことを果たすとしよう」
俺は手の平に魔力を集めて、ニヤリと笑う。
それを見て、突撃を繰り返して、恐れ知らずのはずのゴブリン達が、恐れをなしたかのように一歩下がるのだった。
「さて……せいぜい、俺のために役立ってくれよ?」
今の俺、まさしく『悪役』だな。