5話 癖の強い師が多いな?
翌日。
次は魔法を学ぶことになり、宮廷魔法使いの元へ。
一番高い魔力を持ち、数多くの魔法を操ることができるという、魔法のエキスパート。
ただ、変わり者という話を聞いていたため、やや不安だ。
原作では、あまり重要視されていなかったらしく、宮廷魔法使いの存在は軽くしか描かれていないんだよな。
どのような性格なのか? 趣味趣向は?
そういう細かいところがわからないため、先を読むことが難しい。
まあ、そんなことは今更だ。
その程度のことをうろたえていたら、この先、やっていけない。
原作とは違う行動を取るのだから、原作にない展開も来るだろう。
その時になって、原作とは違う!? なんてうろたえていられるか?
いられるわけがない。
ならば、これはその予行演習のようなもの。
どのような事態になっても対処できるように……いや、してみせようではないか。
「失礼する」
ノックをしてから、師となる人の部屋を訪ねた。
「……酷いな」
絶句する。
足の踏み場もないほどに物が散らばり、本でジェンガをしているのかと思うような積み重ね方。
汚部屋というのは、こういう部屋のことをいうのだろう。
「誰?」
奥から魔女帽子をかぶり、よれよれのローブを着た、いかにもな女性がやってきた。
「俺は、ノクト・フェイルノート・グランハイドだ。今日からここで、魔法を教わるという話だったのだけど」
「あー? ……あー。はいはいはい、そういえばそんな話があったか」
とてもめんどくさそうだ。
騎士団長は、騎士としてふさわしい言動だったのだけど……
彼女の印象は真逆だ。
本当に宮廷魔法使いなのだろうか?
知性や品位というものがまったく感じられない。
「めちゃくそ面倒だけど、ま、上からの命令なら仕方ないかー。ほい、これ」
「……魔法の入門書?」
「それ読んで、適当に勉強しといて。私は私で、別にやらないといけないことがあるからさー」
「それだけか?」
「それだけ」
「……」
「どうせ、難しい魔法なんてわからないっしょ? ってか、必要ないだろうし。なら、そこらの入門書で学べばいいの。言ったでしょ。私は、やらないといけないこと……研究で忙しいの」
うーん……この人、とてもやる気がないな。
そのやる気のない姿を見て思い出した。
彼女は、こんなだけど、とても優れた魔法使いだ。
長く勤める宮廷魔法使いの数倍の魔力と知識を持つ。
故に、父上の方から頼み、賓客として王国に滞在している。
利害が一致しているだけで、彼女が王国に積極的に滞在する理由はない。
むしろ、意味がないと判断したらすぐに立ち去るだろう。
王国の方が立場が下。
彼女の機嫌を損ねるようなことはできず、それを理解しているからこそ、ここまで適当に振る舞うことができるのだろう。
……という設定。
物語に絡んでこないけど、設定だけは凝っていたんだよな。
そんな最低限の情報しか持っていないが……
やるだけやってみるさ。
「じゃ、あとは適当にがんばって」
「……いいのか?」
「なにが? あー……王子様に失礼を働いて後悔しないか、っていうこと? ま、話を聞くとキミはそういうヤツみたいだし……別にいいよ。なにかしてくるなら倍返し。そもそも、私は請われる立場。キミの方が怒られるかもね。まあ、わからないだろうけど」
「そうだな。俺は、あなたと国の関係について、細かいところまでは知らないが……ただ、あなたが魔法についてとても真剣だということは知っている」
「……だから?」
「これを見てくれないか?」
手の平を上に向けて。
収束させた魔力を解き放つ。
パァンッ! という弾けるような音。
同時に光が広がり、一瞬、世界が白に染まる。
「なっ……!?」
突然のことに彼女は驚いていた。
ただ、俺の行動ではなくて、俺が使用した魔法について驚いている様子だ。
俺が使用した魔法は、『火<ファイア>』だ。
明かり代わりとしてしか使い道のない、子供でも使えるような初級魔法。
しかし。
通常は、ここまでの威力はない。
指先に小さな火が灯るだけ。
今のような閃光を引き起こすには、多量の魔力を込める必要がある。
そこらの魔法使いには不可能。
彼女くらいのレベルでようやく可能となる。
これも改造コードの影響だ。
魔法の威力を三倍に引き上げることで、今のような現象が可能になった。
とはいえ。
本当は、魔法の威力を引き上げただけで、このようなことはできない。
可能としたのは、俺が『ノクト』だからだ。
『ノクト』は、ルートによってはラスボスとなる。
それだけの素質を秘めているのだから、魔法の威力を上げるだけではなくて、精密なコントロールも可能となる。
そして、こんなことをした目的は……
「今のは……」
「『火<ファイア>』だ。見ればわかるだろう?」
「そうだけど、でも……」
「威力がおかしい?」
「……」
彼女は無言で頷いた。
「魔法の威力は込められた魔力に比例する。ただし……」
「……無闇に魔力を込めればいい、っていうものじゃないわ。多量の水が入った花瓶を持ち歩くようなもの。精密な作業が要求される。下手をしたら水をこぼすか、花瓶そのものを割る……つまり、魔法が失敗。あるいは暴発する」
「俺は、そうなることなく制御してみせた」
「……」
「今でも、それなりの魔法を使うことはできる。ただ、『それなり』のレベルでおしまい。俺は、そこで終わりたくない。もっともっと上を……俺が思い描くように、望む通りに、自由自在に使えるようになりたい。だから、きちんと教えてほしい」
「……それで?」
「あなたは、単純に魔法が好きな人だ。魔法が好きで好きでたまらなくて、気がついたら今の力を得て、地位を得た。でも、本当にしたいことは別。魔法の研究だろう?」
彼女は、金や権力に一切興味がない。
あるのは魔法に対する研究だけ。
それさえできるのならば、他のことは全てどうでもいい。
わりとマッドなところがあるのだけど……
故に、魔法に関する知識や技術はとても高い。
そんな彼女の前に、極めて高い素質を持つ者が現れたら?
しかし、ろくに学んでいないせいで、大した魔法が使えないとしたら?
もったいない、と思うだろう。
パズルを組み立てるかのように、自分の手で完成させてみたい、と思うだろう。
そう……それが俺の狙いだ。
こちらから弟子入りを望むのではなくて。
むしろ、向こうから弟子にしてみたい、と思わせること。
「この才能、あなたの手で伸ばしてみないか?」
「……いいね♪」
彼女はニヤリと笑う。
たぶん、俺も似たような顔をしていると思う。
「でも、私の教えは厳しいよ?」
「望むところだ」
「じゃあ、今日から、キミは私の弟子だ」
「よろしく、師匠」
握手を交わして……
こうして俺は、剣だけではなくて魔法の師も得ることに成功した。