4話 騎士団長の心
私は学のない平民だ。
本来ならば、両親の農業を継いで畑を耕していただろう。
ただ、どのような運命なのか、剣の才能があった。
日頃、畑仕事を手伝うだけで剣なんて握ったことはなかったのだけど……
賞金目的で出場した剣術大会で、なぜか優勝してしまった。
そのまま、私は騎士団にスカウトされることに。
両親は喜んでくれた。
兄弟も笑顔だった。
家族が喜んでくれるのならいいか……と、私は深く考えることなく騎士団に入団した。
その後、順調に任務をこなして。
力をつけて。
気がつけば、騎士団長という立場にいた。
ただの農民が騎士団長。
冗談みたいな話だけど、本当のことだ。
私を取り立てて、騎士団長に推薦してくれたのには陛下が関わっていると聞いた。
その恩を返さなければならない。
陛下のため国のため。
私は騎士として、日々を全力で駆け抜けた。
ただ……
騎士の剣を捧げる相手は見つからない。
もちろん、国に忠誠を誓っている。
恩ある陛下を裏切るなんてことは絶対にない。
ただ、全てをこの方に捧げたい、と思うような相手に出会ったことはない。
騎士であれば、仕えるべき主君を見つけるべき。
そして、己の全てを捧げるべき。
そう言われているのだけど、私は未だ、剣を捧げる相手を見つけられずにいた。
そんなある日のことだ。
陛下から、殿下に稽古をつけてほしいと頼まれた。
その話を聞いた時、顔を引きつらせなかった自分を褒めてやりたい。
無知、強欲、怠惰。
最悪の三拍子と言われている殿下と関わらなければならない。
殿下の不興を買い罰を受けたという者はまだいない。
ただ、それは今までの話。
私が第一号になるかもしれないな。
そんなため息をこぼしつつ、訓練場で殿下と合流した。
「……稽古は乗り気ではありませんか?」
「いや、そのようなことはない。むしろ、感謝しているくらいだ」
「え?」
「騎士団長も、色々と忙しいだろう? それなのに、俺のために貴重な時間を割いてもらい、感謝する。ありがとう」
……この方は、本当に殿下だろうか?
敵国が成りすました偽物ではないか?
真っ先にそんなことを思う。
「それと……今まで、俺のわがままで色々と迷惑をかけた。どうか許してほしい」
「で、殿下!? そのような……頭を上げてください!」
「では、許してくれるか?」
「え、ええ! なので……」
「わかった。感謝する」
感謝する。
まさか、殿下の口からそんな言葉が飛び出してくるなんて。
私は今、夢を見ているのだろうか?
ついつい己の頬をつねりたくなってしまう。
が、さすがにそれは不敬なのでやめておいた。
「改めて、剣の指南をお願いしてもいいだろうか?」
「も、もちろんですとも。では、さっそく始めましょうか」
「ああ、頼む」
稽古を始めるのだけど……
私は、さらに驚かされることになった。
ハッキリ言って、技術は拙い。
初心者ということを隠しきれないほどで、簡単に軌道を読むことができる。
しかし、力は別だ。
剣を重ねると、巨人を相手にしているかのような威力。
それだけではなくて、殿下は風のように速く動いて、視認することが難しい。
なんだ、このでたらめな身体能力は?
すさまじいの一言に尽きる。
もちろん、対処は可能だ。
戦場に出れば、さらに恐ろしい力を持つ者はいる。
しかし、子供でこれだけの力を得ているなんて、今まで見たことも聞いたこともない。
もしや、殿下は天才なのだろうか……?
驚きつつも稽古を重ねて……
さらに、その成長速度に驚いた。
なんだ、このでたらめな学習能力は?
今日一日で、殿下は、剣の基礎を習得してしまった。
常人なら一ヶ月はかかるというのに、それをたった数時間で。
間違いない。
天才だ。
ゾクリと背中が震える。
殿下はとんでもなく強くなる。
私なんて、早々に追い抜いてしまいそうだ。
ただ、その先に待ち受けているものは?
最強と言われるほどに強くなったとして……
その後、殿下はなにを望むのだろう? なにを手に入れようとするのだろう?
「……殿下は、なぜ強くなりたいのですか? 陛下に言われたから稽古をしているという風には見えず……なにかしら目的があるように見えました。その剣の矛先がどこへ向いているのか、よければお聞かせ願えないでしょうか?」
稽古を終えた後、疑問を尋ねてみた。
殿下は迷うような間を見せたあと、静かに答える。
「……守るため、だろうな」
「守る?」
「いざという時、どうしても力が必要になる。尊い理想があったとしても、力がなければ成し遂げられないことがある。なればこそ、後悔しないために力が欲しい」
「……殿下……」
驚くことしかできない。
この方は、本当に殿下なのか?
最悪の三拍子と言われていた殿下なのか?
とてもそのような方には見えない。
聡明で。
力強く。
わずか六歳にして、確かな信念を持っているように見えた。
王族だからなのだろうか?
それとも……この方だから、なのか……?
守るための力が欲しいという。
その言葉は、上に立つ者としてとても大事なことだろう。
ただ、なかなか出てこない言葉でもあると思う。
口にするのはたやすく。
実行するのはとても難しい。
殿下がこのようなことを言えるのは幼いから……ではない。
この方の目は、きちんと現実を捉えているようだ。
過酷な世界を知り、逃げることなく、しっかりと受け止めているようだ。
その上で、守りたいと言う。
なんていう人なのだろう。
なんていう心なのだろう。
このような方に出会ったことがない。
それは、私の理想の主であり……
まさか、これほどまで近くにいたなんて。
「わかりました。できる限りのことをして、騎士の剣を殿下に伝えましょう。その輝くような意思が色褪せないために。殿下の心が折れないために……私の剣は殿下のために」
私は、殿下を主と定めよう。
殿下のために、この剣を振るおう。
守りたい。
そんな殿下の優しくも厳しい理想に共感したから。
傍で支えて、一緒に叶えたいと思ったから。
……私の剣と忠誠は、全て殿下に。