3話 フラグは止まらない
わがままを体現したような幼い頃のノクトは、その性格を矯正するため、剣や魔法の稽古をつけられることに。
正しき力を得ることで王族としての自覚を取り戻す……周囲はそう期待していたようだ。
ただ、ノクトはまったく乗り気ではない。
そんなものはいらないとサボり、稽古をつけてくれる人をバカにする。
浅はかな子供の行動そのものだ。
まあ、子供ではあるのだけど、あまりにもクソガキムーブがすぎる。
それにより被害が出ることはないが、ノクトの心証は最悪となる。
剣や魔法の先生はノクトを見限り、また一人、優秀な味方が減ることに。
それが後々で響いてきて……
という感じだ。
「……まったく。この悪役王子、いくつフラグがあるんだよ。ありすぎだろ」
「殿下、どうかされましたか?」
怪訝そうに声をかけてきたのは、たくましい肉体を持つ騎士団長だ。
熊のように大きく、怪力の持ち主であるが、戦場では風のように動いて瞬く間に敵を打ち倒す力を持つ。
ノクトがざまぁされる時、彼が敵に回るパターンもある。
その際、騎士団長は一騎当千の活躍でノクトの手勢を蹴散らして、首を落としている。
……絶対に敵に回したくない。
「……稽古は乗り気ではありませんか?」
「いや、そのようなことはない。むしろ、感謝しているくらいだ」
「え?」
「騎士団長も、色々と忙しいだろう? それなのに、俺のために貴重な時間を割いてもらい、感謝する。ありがとう」
「……」
ぽかーんとする騎士団長。
うん。
前世の記憶を取り戻してから、そういう顔、何度見ただろうか?
公爵令嬢と聖女を敵に回さなければいいと思っていたが……
それだけだと足りないかもしれないな。
周囲も気にするようにしよう。
「それと……今まで、俺のわがままで色々と迷惑をかけた。どうか許してほしい」
「で、殿下!? そのような……頭を上げてください!」
「では、許してくれるか?」
「え、ええ! なので……」
「わかった。感謝する」
謝罪したから今までの愚行は全て水に流す……なんていうのは無理だ。
それでも、わかりやすい態度を示すことで少しでも思考を変えていくことは可能だ。
そうした小さな積み重ねは大事だ。
しっかりとしたところを見せて、少しずつ信頼を回復していこう。
「改めて、剣の指南をお願いしてもいいただろうか?」
「も、もちろんですとも。では、さっそく始めましょうか」
「その前に、少し体をほぐさせてほしい」
屈伸や伸びをして、体をほぐす……フリをして、世界のプログラムにアクセスする。
改造コードの出番だ。
改造コードは、時代にもよるが、わりと簡単なものが多く、読み取り、手を加えることは簡単だ。
ただ、花星の……この世界の場合は違う。
世界が丸々一つ構成されているわけで、そのプログラムは膨大で、いきなり全てを解析することは不可能だ。
プログラムの改変は、現時点では不可能。
ただし、改造コードとして、一部分の数値を書き換えるだけなら……!
「……よし」
剣技の習得速度を三倍にする改造コードの作成に成功。
無事、それを付与することができた。
これで俺は、通常の三倍の速度で剣技を習得することができる。
本当は千倍とかにしたかったのだが、それはやめておいた。
いきなり大きな変更を加えると、ただの改造コードだとしてもエラーを吐き出すことがある。
それが深刻なエラーにつながれば?
想像するだけで恐ろしい。
なので、まずは無難に三倍にした。
髪を赤くした方がいいかな?
「待たせてすまないな。それじゃあ、頼む」
木剣を構えて騎士団長と対峙する。
ただの稽古のはずなのだけど、かなり強烈なプレッシャーだ。
嵐が吹いているかのようで、少しでも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそう。
すさまじいな。
俺が子供とか王子とか、そういうことは関係ない。
剣を持つ以上は対等の相手。
そう考えて、全力で稽古をつけようとしているのだろう。
「……望むところだ」
ニヤリと笑う。
公爵令嬢と聖女に媚を売るだけでは生き残れないかもしれない。
やはり、理不尽をはねのけるために、ある程度の力が必要だろう。
そのために、しっかりとした稽古をつけてもらわないとな。
「まずは、今の殿下の力を知りたいです。好きに斬りかかってきてください」
「わかった」
歳の差、体格の差は圧倒的。
さらに俺は、剣を握ったのは、前世も含めて今日が始めて。
普通に考えてまともに戦うことはできないのだけど……
「いくぞ」
「なっ……!?」
一歩を踏み込んで、地面を蹴る。
ぐんっという加速。
そのまま木剣を振り抜いた。
「これは……」
騎士団長は、俺の攻撃をしっかりとガードしていた。
しかし、俺がここまで動けるとは欠片も思っていなかったみたいだ。
ものすごく驚いている。
「その……殿下は、今までに剣の稽古をしたことが……?」
「いや、ない」
「それは……本当ですか?」
「もちろん。このようなことで見栄を張るような嘘をついても仕方ないだろう?」
「それは、そうですが……」
「騎士団長も理解しているはずだ。今の俺の動きは、力こそあったかもしれないが、技はまったくない」
「確かに……あ、いや!? し、失礼いたしました!」
「いや。本当のことだから気にしないでほしい。その技を、俺は、騎士団長から学んでいきたいんだ」
今の俺の動き……種明かしをすると、これも改造コードによるものだ。
今までのノクトの身体能力が1としたら、それを十に書き換えた。
これも、本当なら100とか1000にしたいところだけど、そこまでは今はできないので諦めた。
ただ、身体能力が十倍になっただけでも十分だ。
技はないのだけど、それでも、騎士団長の動きについていくことができる。
「……すさまじいですね。殿下は、まだ六歳。それなのに、これほどとは」
「繰り返しになるが、技術はないぞ? それは、騎士団長も今の一撃で理解しただろう?」
「そうですね。ただ、技術は後から身につけることができます。殿下は基礎体力がすでにしっかりとされているみたいなので、そこをスキップできるため、常人よりも早く剣を習得することができるでしょう」
「それは嬉しい話だ」
嘘偽りのない本心だ。
バッドエンドを避けるために改造コードを使う。
その目的は、どんな事件が起きても、どんな理不尽に襲われたとしても、力で乗り越えるためだ。
いざという時に備えて、できる限りの鍛錬を積んでおきたい。
そして、なにもかも跳ね除けられるほどの強さを手に入れたい。
「もうしばらく、騎士団長の時間をもらえないだろうか?」
「それは構いませんが……その前に、質問を一つ、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「……殿下は、なぜ強くなりたいのですか? 陛下に言われたから稽古をしているという風には見えず……なにかしら目的があるように見えました。その剣の矛先がどこへ向いているのか、よければお聞かせ願えないでしょうか?」
「そうだな……」
もちろん、バッドエンドを回避するためだ。
とはいえ、そんなことを口にしたら頭が壊れたと思われかねない。
「……守るため、だろうな」
「守る?」
「いざという時、どうしても力が必要になる。尊い理想があったとしても、力がなければ成し遂げられないことがある。なればこそ、後悔しないために力が欲しい」
「……殿下……」
やはり、バッドエンドに抗う最後の切り札は、根本的に力に辿り着くと思う。
どれだけの荒波に襲われても立っていられるような力こそが、事態を打開することができるはず。
まあ。
それと、こちらも詳細に説明するつもりはないが……
守るために力がほしい、というのも嘘ではない。
……前世では、守ることができなかったからな。
「わかりました。できる限りのことをして、騎士の剣を殿下に伝えましょう。その輝くような意思が色褪せないために。殿下の心が折れないために……私の剣は殿下のために」
「うむ? そうか……助かる」