1話 最悪の転生
『悪役令嬢もの』というジャンルがある。
乙女ゲームに出てくる、主人公の恋路を邪魔するライバルに転生してしまい、バッドエンドしかないことに絶望。
しかし主人公は、持ち前のバイタリティと閃きで苦難を乗り越えて、逆にメインヒロインの座を奪取……最後には幸せになる。
それが『悪役令嬢もの』だ。
逆境に負けることなく、強くたくましく生きる女性の姿は純粋にかっこいい。
最初は、支持者は女性だけではあるものの、後々、男性も興味を示していくことに。
そして、幅広い支持層を得て、一躍人気ジャンルとなる。
そんな悪役令嬢ものでは、基本的に、ヒーローである王子が悪役になることが多い。
主人公と婚約をする王子だけど、真実の愛を見つけた等、身勝手な理由で婚約破棄を告げる。
それだけでは飽き足らず、国から追放したり投獄したり。
冤罪をかけたり、場合によっては処刑しようとしたり。
やりたい放題で、なかなかの悪役っぷりを発揮する。
それが王子の立ち位置だ。
『花と星に祈りを、そして王子に鉄拳を』という悪役令嬢ものの作品がある。
この作品でも悪役王子が登場するのだけど……
これが酷い。
わがままと狡猾さと残虐さを足して乗算したような性格をしている。
そのため、人気投票ではダントツの最下位。
作品がアニメ化した時は、実況動画で、彼が登場する度に「タヒね」というコメントの嵐が流れるほど。
その後、あまりのヘイトの高さにバランスを取ろうと思ったのか、王子は何度も何度も悲惨な目に遭うことに。
時に死んで、しかし、生き返ってまた死んで。
アンデッドになったり、異次元に追放されたり、敵に吸収されたり。
ファンの鬱憤を晴らすかのように、繰り返しバッドエンドを迎えることに。
そんな悪役王子の名前は、ノクト・フェイルノート・グランハイド……俺である。
「な・ん・で……よりにもよってノクトに転生するんだよ!?」
六歳のとある日、葉山和人という日本人の前世の記憶を取り戻したのだけど……
転生先がノクトということを知り、一気に絶望の底だ。
「マジかよ……え、マジかよ……異世界転生とか、そりゃまあ、一度は経験してみたいとは思っていたけどさ。そういう作品は大好きで、転生先がドハマりした花星の世界とか最高だけどさ……えーーー、ノクトかよ……悪役王子に転生かよ」
前世の記憶を取り戻した時はかなり興奮していたが、今の俺は、たぶん、死んだ魚のような目をしているだろう。
『花と星に祈りを、そして王子に鉄拳を』……略して花星は、ゲームに漫画にアニメに映画と様々なメディアミックスがされていた。
その際、同じエンディングではつまらないという原作者の意向で、様々な『IF』の物語が作られることに。
メインではなくてサブキャラクターと結ばれたり。
恋愛を貫くのではなくて、古い体制の国を打ち崩す革命家になったり。
ヒロインと結ばれる百合ルートもあったりして、あれは驚きつつ興奮したものだ。
で……
たくさんの物語が作られた分、悪役であるノクトもたくさんのバッドエンドが訪れることに。
まとめサイトで整理されるほど。
それを見た前世の俺は、「ノクトざまぁ」とか言っていたのだけど……
「笑えない、まったく笑えないって……」
数え切れないほどのバッドエンドを持つ、最悪の悪役王子……それが今の俺だ。
普通に考えるのなら、この先、バッドエンドになるだろう。
運が良くて絶海の孤島に流刑。
最悪、邪神の生贄にされて、死ぬことも許されず未来永劫苦しむことになる。
「ほんと、最悪だ……最悪すぎる」
どうする?
どうすればいい?
最低最悪の未来を回避したいのだけど、俺は、なにをしたらいいのだろう?
落ち着け。
落ち着いて、冷静になって、しっかりと考えるんだ。
今の俺は前世の知識を持つ。
なら、打開策も見つかるかもしれない。
「ノクトは色々とやらかしているが……そっか、そうだよな。中でも決定的なのは、主人公でありヒロインでもある公爵令嬢との婚約を破棄するところだ。有力者が大勢いる前でアホなことをのたまい、公爵令嬢を弾劾して……それが全てのスタートなんだよな。そこから公爵令嬢は奮起して、ありとあらゆる困難を打ち倒していく。それはノクトも例外じゃないわけで……」
ある程度考えたところで、やるべきことが見えてきたような気がした。
「それと……聖女のことも気にした方がいいな。真実の愛を見つけた、とか言って、ノクトがご執心する相手だ。彼女は、最終的に公爵令嬢の味方になって、一緒にノクトと戦うことになる。この作品のもう一人のキーマンだ。彼女に愛想を尽かされたら、それはそれで終わりだ。破滅しか待っていないような気がする」
あれこれ考えて……
結果、俺のバッドエンドの鍵を握っているのは、主人公である公爵令嬢と、メインヒロインと言える聖女の二人であると判断した。
「原作から派生作品、全て網羅してたオタクの俺の知識によれば、どの作品でも、二人がトリガーになってノクトは転落の道を進むことになるんだよな」
例えば、公爵令嬢との婚約を破棄して、さらに国外追放した場合。
公爵令嬢は隣国と手を組んで、報復のために攻め込んできて、ノクトは処刑される。
例えば、聖女を娶ろうとした場合。
傲慢な性格のノクトは聖女に対してパワハラなどを繰り返して、仲は破綻。
逆にノクトが追放されることになって、彼は悪魔に食べられてしまう。
「……うん。細かいところは色々とあるが、やっぱり、公爵令嬢と聖女がキーマンになっているよな」
だとしたら、真面目になればいいのではないか?
幸い、まだ六歳だ。
そこまで酷いことはやらかしていない。
前世の記憶もあるし、作中のノクトのようなクズになることもないだろう。
そして公爵令嬢との婚約を破棄したりしないで。
あるいは、聖女に酷いことをしないで。
そうすれば、俺はバッドエンドを避けられるのではないだろうか?
「……いや、待てよ?」
物語のキャラに転生してしまった、という作品は多い。
俺の大好物で、前世では色々な作品に手を出していた。
それを見る限り、『運命の強制力』というものが発動する時がある。
物語を再現するために、なにがなんでも主人公を悪役にするような、そんな事件が多発することだ。
俺の場合も、『運命の強制力』が働くかもしれない。
むしろ、働かないと考えて無策でいる方が危険だ。
婚約破棄をしないようにしても、聖女を大事にしようとしても。
『運命の強制力』が働いて、結果的にやらかしてしまうかもしれない。
「原作の展開を避けようとするだけじゃ、たぶん、ダメだ。それとは別に、なにか……『なにか』が必要だ」
俺は、原作知識を持つ。
前世の記憶もある。
でも、それ以外の……
バッドエンドを避けるために、今からできることは?
「ん……?」
ひたすらに考えを巡らせて集中していたら、一瞬、視界に変なものが映った。
今はなにも見えないが……
しかし、錯覚とは思えない。
「今のは……こうか?」
もう一度、集中。
意識を一つにまとめるようにしつつ、じっと一点をひたすらに見つめる。
すると、空間が水の波紋のように揺らいで、その奥にとても見慣れたものが配置されているのが見えた。
「これは……プログラムのコードか?」
物事の手順や処理をパソコンなどで実行するための処理手順。
簡単に言うと、コンピューター上の命令書の集まり……全体図だ。
そしてコードは、それらを構成する命令書の一つ。
コードを組み合わせて、プログラムを敷いて……
そうすることで一つのアプリが誕生する。
前世ではプログラマーだったので、この辺りの知識は持っているのだけど……
「なんで、こんなところにコードが……? 魔法……とかじゃないよな。これ、どう見てもコードで……うん。ってことは、もしかして……この世界って、プログラムで構成されているのか? ゲームの世界……?」
実は現実ではなくて、自分達がいるところはコンピューターが作り上げた仮想世界でした。
昔、そんな映画があったけど……
たぶん、それと似たような感じなのだろう。
ここは花星の世界で、たぶん、ゲームが元になっているのだろう。
だからこそ、世界がプログラムで構成されている。
「なるほど……いや、待てよ? これなら、けっこうなんとかなるんじゃないか?」
世界がプログラムで構成されているのなら、前世がプログラマーの俺なら、そこに手を加えられるかもしれない。
もちろん、プログラムそのものを書き換えることはできない。
可能ではあるのだけど……
そんなことをすればバグが生まれてしまう可能性がある。
プログラムに手を加えると、バタフライエフェクトのように全体に影響を与える可能性がある。
最悪、プログラム全体に深刻なエラーが発生してシャットアウト……この世界が崩壊してしまうかもしれない。
やるならば、事前に念入りな調査が必要だろう。
しかし。
プログラムではなくて、一部のデータ……数値の改竄なら可能だろう。
プログラムを研究して、改造可能な場所を探し出して。
俺に都合のいいように設定を書き換える。
いわゆる改造コード。
ゲームで裏技のような操作を可能とする、一種のチート行為だ。
「うん……いけるかもしれないな」
改造コードで花星の世界の一部を書き換えていく。
その効果を利用してバッドエンドを回避する。
絵空事ではなくて、けっこうな確率で実現できると思う。
「よし、決めた!」
俺……ノクトは、最悪のバッドエンドを回避する。
そのために改造コードを使う!