9話 キミのために
情報が記されたノートと地図。
それと、残り三十枚の金貨を受け取り、アクロア達と別れた。
そして、再びシオンと俺の部屋に戻る。
「ご主人様」
シオンは床に膝をついて手をついて、深く頭を下げた。
「この度は、本当にありがとうございます」
「ちょ……そんなことしなくていいから」
「いえ。せめてお礼くらいは言わせてください。ここまでの恩を受けておいて、私はなにもすることができず……とても情けないです」
「いいよ、本当に」
シオンの頭を無理に上げさせた。
目が合ったところで、笑いかける。
「俺は、俺のしたいようにしただけだから」
「しかし……」
「お礼っていうのなら、笑ってほしいな」
「笑う……ですか?」
「うん。俺、シオンの笑顔が好きなんだ」
「……っ……」
「あれ、どうかした? なんか、顔が赤いけど……」
「い、いえ……なんでもありません」
どうしたんだろう?
顔を逸らして、目を合わせてくれない。
ただ、体調が悪そうには見えないから……うん?
やっぱり、どういうことなんだ?
「まあ、そういうわけだから。一緒に北を目指そうか」
「……本当によろしいのですか? 私なんかのために、今の生活を捨ててまで……」
「いいよ」
「……っ……」
即答すると、シオンは驚きの表情に。
もう少し迷うと思っていたのかもしれない。
でも、俺は、何度も言っているはずだ。
「約束しただろう?」
「それは……」
「俺を、約束を破らせるような男にしないために、協力してくれないかな? 大丈夫。絶対に、シオンを故郷に連れて行くから」
「……ご主人様……」
シオンは涙を瞳に滲ませた。
俺は、そっと手を差し出して、指先で涙を拭う。
「まだ泣くのは早いから。約束を破るつもりは欠片もないけど、でも、かなり大変な旅になると思う」
「……はい、わかりました。私も、全力でがんばらせていただきます」
「うん、ありがとう」
「もう……お礼を言うのは私の方ですよ」
「いいんじゃないかな。別に、どっちでも」
仲良くすることができるのなら、それでいい。
それ以上のものは、今は、必要ない。
――――――――――
「親方……すみません。親同然の親方にぜんぜん恩を返すことができなくて、本当に申しわけないと思っています。でも、俺はシオンを故郷に送り届けたいんです。だから……」
「おう、行ってこい」
夜。
親方達が仕事を終えて帰ってきたところで、辞める話をした。
親方は、親のいない俺を拾い、育ててくれた。
その恩を返すことなく、俺は、外に出ようとしている。
殴られても仕方ないと思っていたのだけど……
ものすごくあっさりと了承されてしまった。
「えっと……」
「なんだ、なにを驚いているんだ?」
「いえ、あの……こんなに簡単に了承されるとは、思っていなかったので」
「お前なあ……」
親方は大きなため息をこぼした。
様子を見守っていたみんなもため息をこぼした。
「お前、何度も言っているが、自己評価が低すぎだ。恩を返していない? バカ言うな。すでに返済してて、俺が恩を積み重ねている状態だぞ」
「え? どういうことですか……?」
「クロードがいるおかげで、俺らの仕事は何倍も何十倍も捗っていたんだよ。現に、今日は散々だ。まったく仕事が進みやしねえ」
「なら、なおさら……」
「そうだな。クロードが抜けるのは惜しい。正直、困る」
「だがな」と間を挟んで、親方はさらに言葉を重ねる。
「息子が一大決心して、人生の旅に出ようとしているんだ。親としちゃ、笑顔で見送らなくちゃいけないだろ」
「……親方……」
「なに、心配するな。クロード、お前ならやれる。絶対にうまくいく。自分の力を信じて……それと、嬢ちゃんと仲良くして、旅をしてこい。そして目的を果たしたら、また帰ってこい。お前の帰るところは、ここなんだからよ」
「おう、帰ってこい!」
「クロードがいないと、めっちゃ大変なんだよ。あまり長いこと押しつけてくれるなよ」
「土産を頼むわ。俺、酒な」
「おいこら、図々しいにもほどがあるだろ。あ、俺は甘いもので」
「お前らな……ま、そういうわけだから、がんばってこい」
親方とみんなは笑顔を見せて。
それから、ぐっと親指を立ててくれた。
やばい。
ちょっと泣いてしまいそうだ。
でも、我慢した。
親方が言ったように、旅立ちの時だ。
なら、見送る側だけじゃなくて、見送られる側も笑顔でいないと。
そもそも……
出発はまだしばらく先。
今は、なにも準備ができていない。
それなのに、今から泣いていたら、なんていうか……最高にかっこわるい。
「……私は、別に泣いてもいいと思いますが」
後ろで様子を見ていたシオンが、俺にだけ聞こえる声で言う。
「ダメ」
「ダメなのですか?」
「……シオンも見ているから、なおさら。男には、男の意地っていうものがあるんだよ」
「ふふ、そうですか」
くすくすと笑うシオン。
なんだか悔しくて。
でも、そうやって笑えるようになったシオンを見ることが嬉しくて。
うん。
明日も、明後日も、その次も。
いっぱいがんばっていこう。
そう思えるのだった。
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