8話 契約
「……では、こちらの針で指を刺して、その血を首輪に」
「こうか?」
「はい、けっこうです。これで、主従契約が成立しました。クロード・クロスさん……今日から、あなたがシオンの主です」
あれから話はトントン拍子に進んで、そのまま主従契約が行われることになった。
もしかしたら騙されるのでは?
金だけ奪われて、シオンも奪われてしまうのでは?
そんな警戒をしていたのだけど、アクロアの言葉に嘘偽りはなく、彼は確かに『商人』だった。
『客』である俺に誠実に対応してくれて。
主従契約もしっかりと結んでくれて、無事、シオンはアクロアのところから解放された。
「おめでとうございます。初めての奴隷を得た感想はいかがですか?」
「それは、なんともいえないけど……それよりも、いいのか? まだ、金は数えている途中だろう?」
テーブルの上に広げられた金貨は、ゴッズ兄弟が数えていた。
ひいこらひいこら言いつつ、必死になって数えている。
アクロア曰く、勝手をして、さらに失敗した罰らしい。
「なに、問題はありません。私くらい強欲になると、見ただけで、だいたいの金貨の量を測ることができますからね。八千万枚を超えていることは確実でしょう」
まったく誇れない特技だ。
「これで取り引きは成立いたしました。あなた様は、実に素敵なお客様だ。機会があれば、今後もよい取り引きを期待したいですな」
「そんな機会があればな」
「では、私達はこれで……と言いたいところですが、さすがに八千万枚ともなると、魔法でも使わないと数え切れませんね。もう少し、この場をお借りしてもよろしいでしょうか? 魔道具を使い、チャチャッと数えてみせますから」
「えっと……」
「おう、構わないぞ」
親方を見ると、問題ないという感じで頷いた。
「大丈夫だってさ」
「ありがとうございます。では、一時間もすれば数えられると思うので、その時にまた。端数をお返しいたしましょう」
アクロアはにこやかな笑顔で、丁寧に礼をして。
そして、金貨を数えるゴッズ兄弟のところに移動した。
そして、親方達は……
「よし! お前ら、問題は解決したから仕事に行くぞ!」
「「「おうっ!!!」」」
「あ、俺も……」
「クロードは今日は休みだ」
「え?」
「他にやることがあるだろ?」
「……はい」
気を使わせてしまった、申しわけない……
ただ、今は甘えることにしよう。
「えっと……シオン、とりあえず、俺の部屋に行こうか?」
「……はい」
部屋に移動して。
それから床に座り、向かい合う。
そして俺は……
「ごめん!」
頭を下げた。
「え? え? ……ど、どうして、ご主人様が謝罪をされるのでしょうか……?」
「だって俺、シオンを奴隷から解放してあげることができなくて……結局、シオンは奴隷のままで……ちゃんと助けてあげられなくて、情けないよ……」
「そのようなことはありません!」
びっくりするくらい、シオンは大きな声を出した。
それから俺の手を両手で掴んで、まっすぐにこちらを見つめてくる。
「ご主人様は、私を救っていただきました。あのままアクロアのところへ戻っていたら、どこの誰に買われていたか……嫌な想像は絶えません」
「それは……」
「ですが、ご主人様ならば……私は、ご主人様に買われることができて、とても幸せに思います。とても嬉しく思います。あなたがご主人様で、本当に良かった……心の底からそう思います」
「……シオン……」
「これは、私の紛れもない本心です。ご主人様……私を買っていただき、ありがとうございます。本当に……本当にありがとうございます」
シオンはとても優しい。
奴隷であることを悲観するのではなくて、前を向いていて。
そして、俺のことを気遣ってくれている。
あの時は、他に方法がなかった。
こうするしかなかった。
だから、今は、後悔するのはやめよう。
他に道があってのでは? と迷うこともやめよう。
シオンのために……彼女の主としてふさわしくなるために、がんばろう。
「俺も、ありがとう。そう言ってくれて、ちょっと楽になったよ」
「本当に気にしないでいただければ」
「うん。ただ、今は無理だけど、そのうち、奴隷のことはなんとかできるようにがんばるよ」
「それは……」
ふと、シオンが微妙な表情になる。
「……私はこのままでも……」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
気のせいかな?
「……っと、そろそろ時間かな?」
さらに色々なことを話して。
気がつけば一時間が経っていた。
アクロア達も、そろそろ金貨を数え終わっているだろう。
「アクロア達のところへ行こうか」
「はい」
シオンと一緒に食堂へ戻る。
ちょうどいいタイミングだったらしく、にこやかなアクロアがやってきた。
「これはこれは、ナイスタイミングというやつですな。ちょうど、金貨を数え終わったところですよ」
「何枚あった?」
「八千万と、百三十枚ですな。魔道具を使ったので、簡単に数えることができましたよ」
「便利なものもあるんだな……で、その端数の百三十枚のことだけど」
「はいはい。もちろん、お返しいたしますとも。私が言葉にしたのは、八千万枚。それ以上を不当に搾取するようなことは……」
「その前に聞きたいんだけど、アクロアは、情報を取り扱っていないか?」
「ふむ?」
「北のノーザンライトまでの道を知りたいんだ」
「ご主人様!?」
隣のシオンが驚きの声をあげた。
気にせず、アクロアと話を進める。
「ノーザンライトに行きたいんだけど、どうすればいいかわからなくて」
「これはまた、果てしなく遠いところを目指すのですな。ふむ……いくらかの情報と、ノーザンライトを含めた、各地の詳細な地図なら用意できましょう」
「いくら?」
「金貨百枚」
「買った」
即答した。
「ふふ、今日はとても素晴らしい日ですな。素敵な顧客を得ただけではなくて、二度も商談が成立するとは」
「俺としては、もう会いたくないけどな」
「はてさて。これきりの縁になるか、再び出会うことになるか……それは、私達が決めることではありません。運命の女神だけが決めることができるでしょう」
そう言うと、アクロアはくくくと肩を震わせつつ笑うのだった。
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