5話 温かい日々
シオンを保護して、しばらくの時が流れた。
奴隷ということ。
それと、いきなり裸で迫れらたこと。
最初はどうなることかと、正直、不安に思ったこともあった。
ただ、あれ以来、特に慌てるようなことは起きなくて……
また、シオンも、この現場に馴染んでいた。
料理が得意らしく、食堂の手伝いをしていた。
みんな、シオンの料理の虜となり、今や人気者だ。
「よう、シオンちゃん。今日も綺麗だね。よかったら、今夜、一緒に過ごさないかい?」
「申しわけありません。そういう話は、クロード様に許可をいただかないと……」
「おいおい、なんだよ、クロード。めっちゃ独占欲強いな」
「別に、俺がそう言わせているわけじゃないんだけど……」
「私は奴隷で、そして、クロード様は私の命を救っていただきました。なればこそ、クロード様は主のようなものですから」
「だってよ?」
ニヤニヤと笑う仲間が腹立たしい。
「なあなあ。夜を一緒とは言わないから、今度、俺のために料理を作ってくれよ? それくらいならいいだろ」
「申しわけありません。私が食堂の手伝いをしているのは、クロード様のお役に立ちたいからでして……食事などの個人的なお世話をさせていただくのは、クロード様だけに限定させていただきたく思います」
「ぐはっ……ふ、振られた……」
「結果が見え見えの勝負に挑んでるんじゃねえよ」
「でも、俺はそういうところは好きだぜ」
「ほらほら、夜は一緒に飲んであげるよ」
「くっ、仲間の優しさが身に染みるぜ!」
みんな、楽しそうに笑う。
そんな中、シオンはいつも通りの無表情だけど……
でも、気のせいだろうか?
その身にまとう雰囲気は柔らかくなって、ちょっと……ほんのちょっとだけ笑みを浮かべているような気がした。
「おう、お前ら。あまり遊んでいるんじゃねえぞ。もうすぐ仕事の時間だ」
親方がやってきて、いつまでもごはんを食べている俺達を急かす。
親方は、あまり時間に厳しい方ではないのだけど……
シオンがやってきてからは、みんな、ギリギリまで食堂に居座るようになったから、さすがの親方も我慢の限界みたいだ。
「親方様、申しわけありません」
シオンが親方に頭を下げた。
「な、なんだ? どうした……?」
「みなさまが遅れているのは、私のことを気にかけていただいているからで……貴重なお仕事の時間を奪ってしまい、謝罪いたします」
「ま、待て待て。シオンの嬢ちゃんが悪いわけじゃねえ、こいつらのせいだ」
「しかし……」
「あー……ったく。ま、ちょっとぐらい仕事始めが遅くなるのはいつものことだな。本当、気にしなくていい。その分、終わりを遅くすればいい話だ」
「はい、ありがとうございます。親方様の配慮に感謝を」
「お、おう……」
親方が赤くなり、ぶっきらぼうな返事を返した。
「おいおいおい、親方、照れているんじゃね?」
「これは貴重なシーンだね」
「ってか、シオンちゃん相手に照れるとか、ダメだろ。もしかして親方、ロリコンなのか?」
「そもそも、親方、既婚者だろ。奥さんに言いつけてやろうぜ」
「修羅場確定だな、これは」
「おい、てめえら……!!!」
親方は目尻を吊り上げて、拳をプルプルと震わせた。
やばい、爆発寸前だ。
そのことに気づかないで、みんな、からかう言葉をさらに続けていく。
「シオン、シオン」
「はい?」
ちょいちょいとシオンを手招きした。
「ここは危ないから、外に出ようか」
「危ない? それは、どういうことなのでしょうか?」
「すぐにわかるよ。ただ、説明している時間はないから……」
「はい、わかりました」
物わかりのいいシオンと一緒に食堂を後にした。
その直後……
「てめえらっ、いい加減にしやがれっ!!!!!」
「「「ひぃいいいいいっ!?」」」
親方の雷が落ちて、みんなの悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いて、シオンは納得顔に。
「なるほど、こういうことなのですね」
「ごめん、騒がしくて」
「クロード様が謝ることではありません。それに……」
シオンは、ほんの少し……
ほんの少しだけど笑みを浮かべた。
「こうしていると、故郷の家族を思い出すことができます。なので、気にしておりません」
「そっか」
故郷の家族……聞いてもいいことなのだろうか?
迷いつつ、でも、もっとシオンのことを知りたいと思い、言葉を続ける。
「シオンの故郷について、聞いてもいいかな?」
「……とても綺麗なところです。たくさんの緑があり、空気は澄んでいて、水は底が見えるほどに透明で。春になるとたくさんの花が咲いて、夏は動物達が元気に走り回り、秋は紅葉で森が赤に染まり、冬はしんしんと雪が降り積もる……あれほど素敵なところは、他にないと思います」
そう語るシオンは、とても嬉しそうだ。
故郷が大好きなのだろう。
それと……
たぶん、今もそこにいるであろう家族のことも。
「俺が……」
「はい?」
「……俺が、シオンを故郷に連れて行くよ」
自然とそんな言葉が飛び出した。
「え? し、しかし、そのようなことは……」
「俺は、なんの力もないけどさ。鉱山育ちだから学もなくて、できることなんて限られているだろうけど……でも、シオンの力になりたいんだ」
「……クロード様……」
「迷惑かな……?」
「……いえ。決してそのようなことは」
シオンは、目尻に浮かんだ涙を指先で拭う。
それから、澄んだ青空のような笑みを浮かべた。
「とても楽しみにしております」
「うん」
俺は大人になったばかりで、大したことはできないだろう。
人脈もないから、誰かを頼りにすることもできない。
それでも。
シオンのためにがんばりたいと思う。
俺にできることを、全力で取り組んでいきたいと思う。
彼女との約束だ。
絶対に違えることのない約束だ。
なぜかわからないけど……
俺は、シオンのために。
彼女の笑顔を見るためにがんばりたいって、そう思ったんだ。
「よし。そうなると、先の予定を考えないといけないな。シオンの故郷って、どこにあるの?」
「北の果て……常に雪に閉ざされたところです」
「雪……ってことは、北のノーザンライトかな? うーん……そこまで行ける飛行船はないよな? 手前の山脈を超えられないし、そもそも、途中に物騒なところもあって……」
「あの……どうか私のことは気になさらず、クロード様はクロード様のことだけを考えていただければ」
「男は、一度口にした約束は絶対に守る! 親方に教えてもらったことだよ」
「……クロード様……」
「待っていて。すぐに、っていうわけにはいかないけど、俺、絶対にシオンを故郷に連れて行くから。約束だ。だから、信じてほしい」
「……はい」
シオンは涙ぐみつつ、小さく頷いた。
やっぱり、本当は故郷に帰りたいのだろう。
家族のことが気になるのだろう。
悲しみと寂しさがあふれて、それが涙になっているみたいだ。
そんな姿を見て、絶対に約束を守らないと、って強く決意するのだった。
「とりあえず、しばらくは情報収集かな? ここから北に渡るのはかなり大変だと思うから、道とか難所を突破する方法とか、色々と調べないと」
「私もお手伝いさせてください」
「いいの? ありがとう、助かるよ」
「いえ。私の問題ですから」
「よし、二人で一緒にがんばろう!」
絶対に叶えてみせると、強く言い……
「クロード、シオン、逃げろっ!!!」
……その誓いを打ち砕くかのように、親方の大きな声が聞こえてきた。
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