4話 シオン
私の名前はシオン。
奴隷に堕ちた時、姓は失った。
とあることから奴隷に堕ちて。
殿方を喜ばせる術を教えられて。
一通りの仕上がりを見せたところで、大きな街に運ばれて、そこで競売にかけられる予定だった。
ただ、飛行船で移動中、とある事故で落ちてしまう。
……正直なことを告白しよう。
落ちた時。
私は、特に恐怖を感じていなかった。
あぁ……これで、やっと終わることができる。
この救いのない人生に、ようやくさようならをすることができる。
そんな歪んだ喜びを覚えていた。
なにもかも失い。
この身の自由さえ失った。
そんな私が生きている意味なんていない。
生きているようで死んでいるようなものだ。
だから、死が訪れることを、むしろ喜んでいた。
よく来てくれた、と歓迎していた。
ただ……
「……クロード様……」
灯りの消えた部屋。
暗い部屋の中、隣の布団で眠るクロード様を見る。
すやすやと寝息を立てていた。
私のことはまるで警戒していない様子。
なんて無防備なのだろう。
そして……なんて優しい方なのだろう。
クロード様は、空から落ちてきた私を助けてくれた。
その時、私は意識を失っていたため、どのように助けられたかわからないのだけど……
飛行船から落ちてきた人を受け止めるなんて、通常は不可能だ。
落下速度が加わり、人の体は凶器と化す。
それでも、クロード様は私を助けた。
とんでもない苦労をしただろう。
命の危険もあったかもしれない。
それだけじゃない。
クロード様は、行く宛のない私を保護してくれた。
同じ部屋に住んでいいと、居場所を提供してくれた。
それはまるで、ここにいてもいいんだよ、と言ってくれているかのようで。
私は、この世界にいてもいいんだよ、と言ってくれているかのようで。
クロード様の優しさは、この冷えた心に染み渡り。
生きるだけの人形だった私は、今、ちゃんと自分の心を取り戻すことができた。
奴隷ではなくて、シオンに戻ることができた。
そうして生の実感を得ることができた。
それは、とても嬉しいものであると、また気づくことができて。
私は、シャワーを浴びつつ、静かに泣いた。
「クロード様は……どうして、私を抱かなかったのだろう?」
シャワーを浴びて、部屋に戻り。
ちょうどいいタイミングでクロード様が戻ってきた。
命の恩人で。
そして、私の心を救ってくれた人でもある。
私はなにも持たない奴隷だ。
でも、クロード様には最大限の感謝をしてて……
なにかお礼がしたいと思い、この身を差し出すことにした。
そうしたら、なぜか慌てられてしまい……
その話はなかったことに。
「もしかして、私は女としての魅力が足りていない……? だから、クロード様は興味を示さなかった……?」
ふと、そんな考えに思い至り。
なぜか、ものすごいショックを受けた。
大きなハンマーで心をガツンと殴りつけられたかのような感じ。
なぜ、ここまでクロード様のことが気になるのだろう?
普段はなにを考えているのだろう?
好きなものは? 嫌いなものは?
趣味趣向は?
……好きな女のタイプは?
なぜかわからないけれど、クロード様のことが気になる。
もっと知りたいと思う。
「この気持ちは、いったい……?」
よくわからない。
私は知らないことが多すぎる。
「……もっと、色々なことを知らないと」
そして、ちゃんと生きていかないと。
クロード様と出会い、そう思えるようになった。
だから……
今は、もう少しがんばろう。
クロード様の厚意に甘えつつ、自分が成長する機会を探ろう。
そしていつか……
「いつか……私は、どうしたいのだろう?」
わからない。
この疑問に対する答えは、今は……まだ見つからない。
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