2話 奴隷
「この子は奴隷じゃな」
親方達の手を借りて崖を上がり。
その後、ダークエルフの女の子を医務室に連れていき、治癒師に診てもらった。
初老の治癒師は、ちょっと耄碌しているところがあるけど、けっこうな凄腕だ。
面倒見もよくて、個人的な相談にも乗ってくれる。
みんなから慕われていて、『じいちゃん』と呼ぶ人が多い。
「奴隷、って……それ、本当なのかい、じいちゃん」
「ほれ、見てみい。この子は首輪をしているじゃろう? これは、奴隷がするものじゃ」
「……本当だ」
ベッドの上で寝る女の子を見ると、確かに首輪をしていた。
革と金属の部品を組み合わせたもの。
やや大きく、あまり実用的な感じはしない。
「ただ、まだ誰かと契約はしておらんな」
「そうなの?」
「契約をすると、その首輪に模様が刻まれるのじゃよ。それがないということは、売られる前、ということじゃな」
「じいちゃん、詳しいね」
「ふぉっふぉっふぉ。儂くらい長く生きていると、色々と知るものじゃよ」
このセリフ、よく聞くのだけど……
じいちゃん、いったい、何歳なのだろう?
俺が子供の頃から、すでにじいちゃんだったのだけど。
「怪我は?」
「びっくりするくらいの健康体じゃ。じきに目も覚ますじゃろう……おっと、言ったそばから」
「……ん、ぅ……」
ダークエルフの女の子は、小さな声をこぼした。
それから目を開けて、ゆっくりと体を起こす。
「ここは……?」
「おはよう、お嬢ちゃん。儂は、皆にじいちゃんと呼ばれている、鉱夫達の専門の治癒師じゃよ」
「じい……ちゃん?」
「ここは、王国西部にある鉱山じゃ。お嬢ちゃん、名前は?」
「シオン……です」
「そうか、シオンというのか。いい名前じゃな。シオンと呼んでもいいかのう?」
「はい」
「シオンは、空から降ってきてのう。それを、ここにいるクロードが助けたのじゃよ」
「あ、えっと……」
突然、話を振られてしまい、なぜか妙な焦りを覚えてしまう。
いや、だって……
この子、すごく綺麗だから緊張してしまう。
銀色の髪は長く、腰まで届いていた。
その輝きは、鉱山で採掘される鉱石よりも遥かに上質で、月の光を束ねたかのよう。
人形のように綺麗な顔。
誇張抜きで芸術品みたいで、気がつけばじっと見つめてしまいそうになる。
すらりと伸びた手足に、凹凸のハッキリとした体。
陽に焼けたような肌は、逆に健康的に見せてくれていた。
歳は……俺と同じ、十八くらいだろうか?
このまま成長すれば、あと数年で絶世の美女になるだろう。
あ、待てよ?
ピンと尖る耳。
彼女はダークエルフだから、見た目通りの年齢とは限らないか。
「あなたが、私を……」
「えっと……うん。なんていうか、偶然だけど……たまたま空を見たら、キミが落ちてくるのが見えたから」
「そうだったのですね……ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
「あ、いや!? き、気にしなくていいから!」
深く頭を下げられてしまい、ついつい慌ててしまう。
「いえ、そういうわけにはいきません。普通なら、私は、あのまま命を落としていました。それが、こうして生きていられるのはクロード様のおかげ。深く感謝いたします」
「えっと……ど、どういたしまして」
「なんじゃ、いっちょまえに照れておるのか?」
「じいちゃん、うるさいから」
照れても仕方ないだろう?
こんなに綺麗な人なんだから。
「というか、シオンさんは……」
「私のことは、どうぞ、シオンと」
「えっと……」
「シオン、と呼び捨てにしてください」
絶対に譲ってくれない感じだ。
奴隷であることを気にしているのだろうか?
奴隷は、そういう風に教育されると聞いているから、その辺りは譲れないのかもしれないな。
「わかったよ、シオン」
「はい」
「それで、話を戻すけど……どうして、シオンは空から?」
「事故がありまして……」
シオン曰く。
奴隷になったシオンは、飛行船で奴隷商人のところに運ばれる途中だったらしい。
飛行船というのは、魔法の力で空を飛ぶ船のことだ。
普通の船に比べるとやや高いものの、定期便などもあり、多くの人が利用している。
そんな飛行船に乗ったシオンだけど……
移動中、誰かに突き落とされてしまったという。
犯人は不明。
突き落とされた理由も不明。
どうすることもできず、そのまま落ちて……
偶然、この鉱山に落ちてきたという。
「それは、また……大変だったな」
「私はダークエルフなので、もしかしら、そのせいで狙われたのかもしれません」
「うん? それは……どうして?」
「ダークエルフは、地域によっては不幸の象徴とされていてな。一緒にいたらどんな酷い目に遭うかわからない、と恐怖した者による犯行かもしれぬな」
「へぇ、じいちゃん、詳しいな」
「ばかもん。お前がものを知らなさ過ぎるのじゃ」
そう言われても、勉強は苦手なんだよな。
体を動かす方が得意だ。
「大変だったんだな。いつまでも、っていうのは難しいけど、でも、しばらくはここで休んでいくといいよ」
「おい、クロード。それは……」
「いいだろ? シオンは行く場所がないんだ。ちょっと保護するくらい、してやらないと。ここで、なにも見なかったことにして放り出すなんて、それはひどすぎだろ」
「それはそうじゃが……あとで辛くなるかもしれぬぞ?」
「なんでだよ?」
「……まあいい。保護については、儂は賛成だ。おそらく、皆も文句は言わないじゃろう」
「当たり前さ!」
みんなも親方も、すごくいい人達だ。
シオンが困っていると知れば、喜んで協力してくれるだろう。
「ただ、部屋はどうする? 寮は、全て埋まっているじゃろう?」
「あー……それは」
どうしよう?
シオンは女の子だし、そこらで……なんていうわけにはいかない。
きちんとした部屋が必要だ。
でも、その部屋は今、全部埋まっているわけで……
「よし! じゃあ、俺の部屋を代わりに使ってくれ」
「えっ」
「俺は、適当なところ……そうだな。食堂で寝るよ」
「そ、そのようなわけにはいきません……!」
「でも、他に部屋がないからさ。俺の部屋は狭いけど、でも、みんなと違ってちゃんと掃除はしているから綺麗だから」
「えっと、そういう問題ではなくて……奴隷である私が、恩人であるクロード様の部屋を奪ってしまうなんて、そのようなことは……」
「うーん、そう言われてもな……」
シオンはいい子だから、俺のことを気にしてくれているのだろう。
でも、俺は男で鉱夫だ。
頑丈に鍛えられているから、食堂で寝ることくらい、なんてことはない。
部屋も、寝る以外にあまり使っていないからな。
「ふむ……では、二人が一緒に部屋を使えばよいのではないか?」
「えっ、じいちゃん?」
「それなら解決じゃろう? まあ、嬢ちゃんが了承すれば、の話になるがのう」
「えっと……それはそれで恐れ多いのですが、ただ、私は問題ありません」
「と、いうわけじゃが、クロードはどうする?」
「あー……わかった、わかったよ。それでいいよ」
ここで断ると、シオンと一緒が嫌、と取られてしまうかもしれない。
そんな展開は嫌なので、素直に受け入れることにした。
くそ。
じいちゃんめ、こうなることを予想していたな?
歳を重ねているだけあって、人を誘導するのがうまいんだよな。
「クロード様、本当によろしいのですか……?」
「うん、いいよ。シオンこそ、俺の部屋なんかで大丈夫? けっこう狭いけど……」
「私は、どのようなところでも問題ありません。ましてや、クロード様に文句を口にするなど、そのようなことはとても……」
「そっか。じゃあ、部屋に案内するよ」
シオンの件もあり、俺の午後の仕事は中止になった。
親方は、きっちりと面倒をみてやれ、とのこと。
また助けてもらった。
この恩は、ちゃんと返していかないとな。
「行こうか」
「はい」
こうして俺は、シオンと一緒の生活を始めるのだった。
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