私たちのひな祭り
私は語学学校で英会話など教えている。同僚のジョディはアメリカ人女性で、互いのオタク趣味が合って、あっという間に仲良くなった。アニメで日本語を覚えた彼女は、日本の文化にも興味津々である。
「もう三月ね。ねぇ、ひな祭りって知ってる ? 私の誕生日って三月三日なのよ」
「オー、ガールズ・フェスティバル! 知ってますヨ、知識だけですケド。あれは何で、男の人形もあるんですカネ? 女の子の祭りに男、不要デス」
「さぁ、それは考えたことなかったけど」
「女の子だけで集まる行事があっても、いいんデスヨ。大統領には、それがわからないんデス。男、出しゃばり過ぎ、思いマス」
こんなに熱く、ひな祭りを語られるとは思わなかった。昼休みの軽い雑談だったんだけどなぁ。
「何だか、ごめんね。熱く語ってるところ申し訳ないけど、私の家、ひな人形って飾ったことないのよ。家が貧しくてさ」
「アー。最近は、飾らない家庭も多いらしいデスネ。じゃあ誕生日だけ、祝われタト」
「ううん。言ったでしょ、私の家は貧しかったって。私、誕生日を祝われたこともないの」
十代の頃は苦労したものだ。今となっては笑い話だが。懐かしく思っていると、ジョディが両手で、私の手を握ってきた。
「……わかりまシタ。一緒にやりまショウ、ガールズ・フェスティバル!」
三月三日の夜、ジョディは一人暮らしの私のマンションを訪れてきた。誰かを招くなんて初めてで、亡くなった母が知ったら喜んだことだろう。シングルマザーだった母には、私が楽をさせられるまで生きてほしかったのだが。
私が簡単に、ひなあられなど用意して、ジョディはお酒や食べものを持ってきてくれた。「これがアメリカ式、バースデーパーティーですヨ!」と言っていて、本当かは知らないが楽しい。酔った私たちの距離は近くなった。
「……今日、帰りたくないデス。わかるでショウ?」
うん、良くわかる。オタク話を通して、私たちは互いの深い部分をさらけ出していたので。
「うん。私も貴女を、帰したくない」
「良かったデス。私のひな壇に、顔を埋めてくだサイ」
ジョディが胸を寄せて笑う。これはアメリカン・ジョークなのかなぁと思いながら、酔った頭をそこへ到達させた。