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怠惰な愚者は異世界にて平穏を夢見る 〜君も異世界で英雄になろう〜  作者: 世界一可愛い人に捧ぐ
プリンセスサーシャ ラヴライブ2077 全国ツアーにて
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武神と不撓不屈と愚か者の帰還 序

はうす!おすわり!ぐっぼーい!ぐっぼーい!

 地下だというのに風が抜ける隧道を、大山サトシは必死に走っていた。地下隧道といっても、日本のトンネルのように綺麗に整備されたものではない。高さは6メートル程度あるが岩肌は剥き出しで、何らかの高熱で炙られたようにガラス化している場所まである。

 横幅はまちまちで、10メートルを超す広い場所もあれば1メートル程度しかない狭い場所もある。所々に明るく光る岩があったり、魔法灯が備え付けられたりしているので視界はそれなりに確保出来ている。

 足元に大きな障害物はないが、整地されているわけでもないのでとても走りにくい。この道を使わなければ交易が出来ない魔人族は大変だろうなと思う。それでも12種族連合筆頭指南役であるアンジェリカによれば、地上とは比較にならないくらい安全だという。

 

 そのアンジェリカはサトシの少し前を軽やかに進んでいる。見た目は小柄なエルフだ。背中も手足も細くて、腰まである茶色の髪には輝くような艶がある。深淵大陸というこの世界でも有数の危険地帯らしいのに、白のワンピースにニットカーディガンを羽織って、まるで休日にお出かけを楽しむかのように可愛いサンダルを履いている。しかし、そのスピードは異常だ。腕時計型のデバイスで確認すると、時速20キロ程度を維持していた。

 サトシは同僚の宇部ジュリアから、漫画やアニメでお馴染みの謎パワーとして有名な氣の使い方を教わった。ジュリア曰く、お腹の下にギュッと貯めて、グルグルしながら強くして、体中を循環させると、体がすごくすごい強くなるらしい。実際、華奢な女の子にしか見えないジュリアは、体長10メートルを越える怪獣みたいなアークデーモンを、無傷で単独撃破している。その氣による身体強化と厳しい訓練により、サトシもかなり体力がついたはずだ。だが、薄暗く整地すらされていない道を、2時間も休みなく走り続けるのはなかなかに厳しい。しかも、先導者はマラソンの世界記録レベルの速度を維持しながら、鼻歌まで歌っている。必死に足を動かすが、全身から汗が吹き出して呼吸も荒くなってきた。


「お母ちゃん、サトシの呼吸が荒なってきとる。行程も半分くらい来たし休憩にしよ」


 後ろからよく通る柔らかな声がした。アンジェリカの養女であり、サトシと同じ部隊に所属となった牛人族のマリーだ。その小柄な体と同じくらい巨大な戦斧を担いで走っているというのに、息が乱れた様子すらない。


「まだ体があったまってきたところなのですが……仕方ないですね。ちょうど広間に出ましたし、お昼休憩にしましょうか」


 その言葉に足をとめたサトシは、地面に膝を着きそうになりながらも何とか堪える。足腰と首に軽い痛みと強い疲労がある。ゆっくりと深呼吸をして息を整える。しばらくすると呼吸が落ち着き、体の痛みは消えて疲労感も軽減する。回復速度は異常なまでに上がっている事を実感した。


「2号、またこれを飲んでいいの?」


 グイッと目の前に水筒が差し出される。マリーのゴーレム2号だ。蓋を開くと甘い果物の香りが漂ってきた。一昨日の夜にも飲ませてくれたものと同じもののようだ。程よく冷えていて、口に含むと濃厚なのにすっきりとした甘さが喉を通り心地いい。体中に染み渡るかのような美味しさに、思わず感嘆のため息が漏れる。飲み干してお礼を言い水筒を返すと、2号からはものすごいドヤ顔をしているような雰囲気が伝わってくる。


「うん?この香りは……こないもん何処で手に入れたんやろなあ」


 匂いを嗅いだマリーが不思議そうな顔をする。知らないよとでも言いたげに、2号は水筒を仕舞って周囲の警戒に戻ってしまう。


「ひょっとして珍しい果物の果汁なの?」


「牛人族の都にある、族長の果樹園で栽培しとる桃やね。疲労回復に強い効果あるんやけど、外に出回るはずないもんや。どうやって入手したんやろねえ」


 マリーは他のゴーレムたちに視線を向けるが、皆んな横を向いてしまう。真横にいた1号だけものすごく慌てているような雰囲気がある。温泉郷や港町で見た他のゴーレムはこんな反応をしなかった。本当に人間みたいだなぁとサトシは改めて思う。

 広場は天井部分がドーム状になっており、広さは学校の体育館くらいだろうか。端の方に小さな朽ちた小屋があった。魔人族の集落にあったのとよく似た木造のものだ。アンジェリカが何やら杖を掲げると、地面から木が生えてくる。それがあっという間に小屋を覆ってしまい、小さな窓と入り口があるコテージができあがる。魔法って家まで建てられるのかと、サトシは感心する。


「サトシ、普通はあんなん簡単には出来へんで。エルフの魔道士でも単独であっこまでのレベルはそうはおらん。お母ちゃんとかマリエール様やエレクトラ様くらいや」


 そう指摘をされてサトシはたまげる。マリーは人の心を読む能力があるようだ。変な事を考えないようにしないといけない。別に変な事は考えていないけれども。そんな事を思っていると、マリーがくすくすと楽しげに笑う。こんなに長く走って来たというのに、何だかいい匂いがするし、ものすごく可愛いくて困る。

 気恥ずかしくなり、魔人族の集落を出発する時にラナが持たせてくれたお弁当を用意しようと、アンジェリカが建てたコテージに近づく。


「サトシ、この魔法はわたしが開発したものです。世の中ではエレクトラが開発したなどと囀っている者どもがいるようですが、わたしがあの子に教えたのです。全く無知とは恥ずべきもの。サトシもそういった妄言を耳にしたら、きちんと訂正するのですよ」


 何だかドス黒い雰囲気を醸し出しているアンジェリカが、めっちゃ早口でよく分からない事を言って、コテージの中に入っていく。そもそもエレクトラという人が誰だかサトシは知らない。名前は聞いた事があるような気もするが思い出せない。だが、この話題はアンジェリカにとって地雷のようなので、関わらないようにしようと心のメモ帳に記しておく。コテージの中は8畳ほどの広さがあった。テーブルと椅子が4脚あり、奥にはソファもある。戦闘用重装甲を脱いで壁際に置き、バックパックからお弁当を取り出す。


「お母ちゃん、周囲にエネミーや魔獣はおらへんよ。あの亜龍はどっから入り込んだんやろねえ」


 周辺をゴーレムたちと索敵していたマリーが入ってくる。そういえば、この隧道に入ってからエネミーどころか動物すら出てこないので戦闘は一切ない。その亜龍とやらは食事をしなかったのだろうか。


「誰かが意図的に召喚したのでしょう。あの大きさでは迷い込んだとは考えられません。餌も定期的に運んでいたと考えられます。召喚術はこの大陸の東にある都市国家で研究が盛んでしたね。その一派と考えられます。外からの転移を妨害する術式を設置しておきましたから、この隧道に関しては今後入り込めないでしょう」


 そういえば、アンジェリカは走りながら何かの札を至る所に貼り付けていた。色々と考えているんだなぁとサトシが感心していると、ちょっとドヤ顔になり耳をピコピコ動かし出す。こういうとこサーシャそっくりだなぁとも思う。そういえばサーシャの師匠だと言っていた。

 良い香りのする大きな葉に包まれていたお弁当はおむすびだった。真っ白なお米で握られたおむすびは、口に入れるとほろりと解けて、素晴らしい塩梅だった。噛み締めると米の甘味が出て、中に入ってある何かの山菜らしき甘辛い佃煮との相性が抜群だった。大ぶりな3個をあっという間に食べ尽くすと身体中に力が漲る。魔人族の料理は何だかサトシの口に合う。

 コテージは魔人族との交易の為に、そのままにしておくらしい。道中に休息できる場所があるなら、それは心強いだろうなと思う。アンジェリカのような便利な能力はないけれど、誰かのために何かを自然になせるような人間にはなりたいなとサトシは考える。今更、こんな年齢になってからでは遅いかもしれないけれど。


 昼食を済ませて移動を再開する。先頭はアンジェリカでその後ろにサトシが続き、すぐ後ろにはマリーがいる。ゴーレムたちは周囲を警戒しながらついてきていた。アンジェリカの後ろ姿を見ていると、全身にうっすらとだが闘気を纏っているのが分かった。闘気は氣と似たようなもので、それを液体みたいに操作して、足の着地の衝撃を吸収しているようだ。氣を使い不格好ながら真似をしてみると、驚くほどに軽く走れるようになる。

 サトシは走りながらも思考する余裕すら出てきた。防御の技について考える。ジュリアとマリーに教わった技は、サトシの習熟度が低すぎてアンジェリカの拳を防げなかった。たまたま生き残れたけれど、あの時に死んでいてもおかしくはなかったのだ。訓練は続けるにしても、他の技も考えなくてはならない。

 ジュリアは氣を薄いゴムのようにして何百枚も重ね、身を守る障壁として全身に纏わせている。しかし、サトシは分厚く不恰好な障壁を3枚しか纏えない。それ以上だと体力の消耗が激しくて意識すら保てなくなる。思いついたのはあの火を吹く羊の毛だ。モコモコしていて思いっきり殴りつけても、肉体まで届かなかった。試しに氣をモコモコの毛玉みたくして、3枚の障壁の間に詰め込んでみる。障壁を増やすよりも消耗が少ないような気がする。でも、きちんと障壁の数も増やさないと、訓練の時間にジュリアから可愛がりをされてしまうので気をつけないといけない。

 色々と試しながら走っていると、周囲の景色が変わってきた。地面に石畳のようなものが敷かれており、数メートル間隔で壁の中程と足元に魔法灯が埋め込まれている。


「何者か!?ここより先は12種族連合深淵大陸監視要塞の敷地である!敵対する者でなければ、停止し名乗られよ!」


 耳元で不思議な声がした。おそらく、エルフたちがよく使う遠くへ声を届ける風の魔法だ。少し先に傾斜があり、その先300メートルくらいの場所に金属の盾を構えたゴーレムが並んでいる。アンジェリカが足を止めたので、サトシも少し後ろに立つ。


「わたしはエルフ温泉郷筆頭付与術師及び12種族連合筆頭指南役アンジェリカと申します。後ろにいるのは、わたしの娘であるマリーと彼女のゴーレム。あとこの子はペットのサトシです。深淵域種の転移魔法により飛ばされてきました。帰還の為に、転移装置を使わせていただきたく参りました」


 アンジェリカの返答に、おかしいなとサトシは首を傾げる。この人、またペットって言ったぞ。魔人族の集落に入る際にも言っていた。人間嫌いの魔人族と軋轢を生まないように、サトシを守る為に言ってくれたと思っていたが、ひょっとしたら違うのではと少しだけ不安になる。


「ペット?……温泉郷のサーシャ王女より、転移装置の使用要請を受けております。アンジェリカ様、マリー様、サトシ様。無事のご到着、お疲れ様でした。そのままお進みください」


 ほら、なんだか警備の人も混乱してるし。ここはきっちりとアンジェリカに言っておかないといけない。


「アンジェリカさん、ペットじゃないですよ。誤解されるじゃないですか。声をかけてくれた人も戸惑っていたし」


 サトシが小声で抗議すると、アンジェリカは不思議そうな顔をしてから納得したように頷く。


「ああ、人前では恥ずかしいのですね。後でおやつあげますから、いい子にしてなさい」


 背伸びをして頭を撫でてくる。あ、この人やべー人だとサトシの全身から冷や汗が吹き出す。


「サトシ、お母ちゃんは気に入ったもんや珍しいもんをすぐにペット扱いするから、きぃつけなあかんよ」


 マリーが仕方ないなぁみたいな顔でため息をついている。気をつけるってどうやればいいのか。何か言おうとするが言葉が出てこない。スタスタと歩き出すアンジェリカとマリーを、サトシは慌てて追いかけた。

むくつけき益荒男が集まる深淵大陸監視要塞

そこに現れた無垢な異世界おじさん

何も起きないはずもなく

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