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怠惰な愚者は異世界にて平穏を夢見る 〜君も異世界で英雄になろう〜  作者: 世界一可愛い人に捧ぐ
プリンセスサーシャ ラヴライブ2077 全国ツアーにて
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深淵の首刈り魔女ラナ ニンゲンを憎悪せし国崩しの血脈

奴隷商人「ヒャッハー!魔人族は1匹残らず狩り尽くせ!王家の公認だー!」

 またこんな光景が見れるなんて思わなかった。

 育児所の食堂には沢山の子供達が集まり、賑やかにお喋りをしながら夢中で朝食を食べている。テーブルの上には沢山の料理が並んでいた。焼き立てのパンにはたっぷりのバターと野苺のジャム添えられていて、塩を効かせた目玉焼きと分厚いベーコンが芳しい香りを放ち、山盛りサラダと暖かなとうもろこしのスープまである。

 ほんの1週間前までは、日持ち優先の堅い黒パンを週に1度作り、僅かな塩を加えた野菜スープに浸して食べていたというのに、今は質の良い小麦で柔らかな白パンを毎日焼く事が出来ている。湯気があがる柔らかなパンにかぶりつき、笑顔になる子供達の姿に涙腺が緩みそうになった。

 部族の育児担当班であるラナは、この幸せな食卓を用意するきっかけを作ってくれた大山サトシに深く感謝の祈りを捧げた。





 魔人族族長であるシェリルの家の裏の高台にその建物はあった。集落で最も大きく木と石を組み合わせた5階建の立派なものだ。非常時の避難所にもなっており、普段は行政を担当する人員が詰めている。1階にある会議室では部族集会が開催されようとしていた。丸テーブルと、それを囲むように置かれた椅子だけの簡素な部屋に9人が集まっている。最後の参加者が息を整えながら入ってきた。


「すまないシェリル族長、遅くなった。皆も待たせて申し訳ない」


 薄い戦闘装束を身につけた長身の美女だ。剥き出しの手足には美しくしなやかな筋肉がついている。頭を下げて、軽やかな動作で椅子に腰をかける。


「ダリア、気にするな。急な状況変化に戸惑う戦士団をよくまとめてくれて感謝している」


 この深淵大陸は大半が危険地帯だ。魔人族の集落がある地下空洞は、危険なエネミーが群れている深淵平原のすぐ側にある。しかし、人類種以外には猛毒である草木が密集しており、比較的安全が保たれている場所だ。

 集落を囲むように隠し砦が12ヶ所あり、そこにはそれぞれ戦士団20人前後が常駐している。その戦士団をまとめているのがダリアだ。魔法とゴーレム操作の達人であり、指揮能力とカリスマ性もある。厳しい状況でも東の連中の侵入を許さなかったのは、彼女のおかげだと皆が理解していた。


「よし、では部族集会を始める。本日は隠し砦や農場、果樹園に詰めていた者たちに現状を報告する為、こうして集まってもらった。まずは改善された備蓄に関する詳細と、隧道に居座っていた亜龍が駆逐され、12種族連合との取引再開の目処がたった事について話そう」


 その言葉に反応したのはダリアだ。彼女はこの3年間の苦境が突然解決したと言われ戸惑っていた。


「それだ族長。あの巨大な亜龍は初めて見る変異種だった。我ら戦士団の魔法も狩人たちの技も何一つ通じなかった化け物だ。アレをどうやって駆逐したのだ?3日ほど前に武神様が来られたとは聞いていたが、まさかこの短期間で駆逐してくださったのか?」


 魔人族と公平公正な取引をしてくれる、数少ない組織12種族連合。その監視要塞がある場所に続く隧道に突然現れ居座ったのが亜龍だ。今まで誰も見たことがない巨大な漆黒の個体で、恐ろしく硬い体をしていた。魔力耐性も強く、駆逐しようとした戦士団は何度も蹴散らされてしまっていた。死者が出なかった事だけが幸いという惨状に、戦士団を率いていたダリアは忸怩たる思いを抱えていた。


「武神アンジェリカ様ではなく、ご息女である牛人族のマリー様が瞬殺されたそうだ。案内の為に狩人5人をつけたが、会敵した瞬間に巨大な戦斧で亜龍の首を叩き落としたらしい。しかも、慣れた様子で解体までしていたとの事だ」


「狩人は誰をつけたのですか?」


「ミスティと彼女の部下たちだ」


 ミスティは若いながらも魔人族で最も優れた狩人だ。あらゆる魔獣を狩り、危険な場所での採取を行い、弟子を育てている。地上の危険地帯である悲鳴山脈を抜け、12種族連合の監視要塞まで単独で踏破出来る唯一の人材だ。彼女の証言なら間違いないだろうと確信はできる。しかし、あの亜龍を瞬殺するなど、実際に戦ったことがあるダリアには理解が難しいようで腕を組み唸る。


「宝物庫に魔石と角を置いてある。似たような物が沢山あるからとマリー様が譲ってくれた物だ。後で確認するといい」


 シェリルの穏やかな話し方に頷くダリア。信頼出来る証言者がいて、証拠があるなら理解が出来なくても納得するしかないと飲み込んだようだ。

 次に口を開いたのは、集落から隧道で繋がっている農場と果樹園の責任者であるアネモネだ。


「シェリル様、膨大な塩と穀物に食材。それに加えて魔石が農場に運ばれて来ましたが、あれも武神様が譲ってくださったものでしょうか?」


 農場で取れる数種類の野菜と芋と家畜の乳。いくつかの果実が年中収穫できる果樹園は魔人族の生命線のひとつだ。その全てを采配しているアネモネは、不足に困窮していた塩や穀物が大量に送られてきて困惑していた。

 さらに、東にあるニンゲンどもの国から粗悪な塩の対価に莫大な量の魔石を要求されていた事から、ここ数年は魔石を必要とする魔道具やゴーレムを必要最低限しか使えず、かなりの重労働を強いられていた。その状況から唐突に解放された事について、都合が良すぎるとアネモネは不審に思っていた。


「塩と穀物はアンジェリカ様のペットという事になっている、ニンゲンのサトシ様が譲ってくれたものだ」


「ニンゲン!?ニンゲンを里に入れたのですか!?」


 いつも柔らかな表情のアネモネの顔が歪む。彼女は東にあるニンゲンの国の娯楽である、魔人狩りで酷い傷を負わされた過去がある。


「アネモネ姐さま落ち着いてください。サトシ様はニンゲンですが、この大陸のニンゲンではありません」


「ラナ?どうしてあなたがニンゲンを庇うのです?」


 激昂しかけたアネモネは驚いたように末席に座るラナを凝視する。魔人族の集落で最もニンゲンを憎悪しているのは、母と姉妹をニンゲンに拐われたラナである。傾国の美貌だったという『国崩しラクス』の血筋であるラナの一家の美しさは、美形揃いの魔人族の中でも別格だ。一家が狩られた際に、辛うじて逃れたラナを狙っているニンゲンは、王侯貴族から商人に冒険者。さらには裏社会の者まで数多くいる。


「サトシ様はこの世界のニンゲンではありません。武神様はその事を隠す為にペットなどとおっしゃっていましたが、異世界の軍隊の下部組織の民兵です。武神様と深淵域種の戦闘に巻き込まれ、この大陸まで転移により飛ばされてきたとの事です。我ら魔人族を嫌悪するどころか、幼児たちを見て栄養が足りないと沢山の食料を提供してくださり菓子まで与えていました」


「何故、あなたにそんな事を知っているの?まさか……シェリル様!ラナに夢を見せるよう命じたのですか!?」


 夢を見せるとは、魔人族の中で客人に閨での奉仕を意味する言葉だ。里が大恩を受けた場合のみ族長命令で実施されることがある。寝物語で相手の情報を探る役目でもある。だが、歴代勇者と同じ異世界人だとしても、ニンゲンを心底嫌っているラナにそれを命じるなど、たとえ族長命令でも許されるものではない。


「そうだ、わたしが命じた。それほどの大恩だったのだ。サトシ様が譲ってくださった塩と食料は、滅ぶか戦争をするしかなかった、我ら魔人族の苦境を救ってくれたのだ」


「族長、その言い方ではアネモネ姐さまが誤解してしまいます。族長は経験豊かな姐さま方に相談されていましたが、わたしが願い出たのです。サトシ様はニンゲンと思えぬ強さを持っておりました。万が一、暴れた際にわたし以外には対処出来ない強さです」


 顔を顰めたアネモネだが、ラナの言葉に何とか落ち着きを取り戻す。


「それほどの塩と食料なのですか?それにニンゲンが単体で我らを害する力があるとは思えませんが」


「食料に関してはリサから報告を頼む」


 この集落では食料をはじめとする生活用品は一括管理されている。それを割り振っているのが管理班のリサだ。


「はい、まずは塩についてですが、里に必要な量の5年分を確保出来ております。さらに、今回のような事態に備えて3年分の非常用備蓄をした上でとなります。次に小麦と玄米はどちらも2年は持ちます。収穫時期は3年前と袋に記載がありましたか、こちらは冷蔵保存をされていたようで高品質を保っています」


「リサが確認したなら間違いないと思いますが、体を害する物は入っていないのですか?」


 リサは希少技能魔法である鑑定を使える唯一の存在である。彼女のおかげで毒が混じった食材は全て弾く事が出来ていた。


「はい、すべて鑑定しております。そして12種族連合所属の狐火商会の魔法印で封がされておりました。安心して召し上がってください。さらに砂糖やナッツ類も大量に頂いています。菓子も沢山ありますので支給いたしますね」


 狐火商会が扱う商品は全て高品質に保たれている。3年前まで魔人族が入手していたのも、大半が狐火商会のものだ。リサの言葉に厳しい表情をしていた数人の肩の力が抜けた。


「リサ、苦しい状況で管理を一任して済まなかった。これからもよろしく頼む。次にサトシ様についてだな。最初に遭遇したリズと世話をしたラナに任せる」


 リズは族長シェリルの娘で感応能力が高い。ある程度の思考を読む技術に長けている。


「初遭遇した時から、サトシの我らを見る目に隔意は一切なかった。魔人族に会うのも初めてだっただろうし、我らに対する知識もないのだろう。故に一切含むものを感じなかった。宿を貸す我らに純粋に感謝していた。敢えて冷淡に接してみたが、怒るどころか感謝する意思が伝わってきた。おそろしく善良な存在だ。温泉郷のマリエール陛下から下賜されたという、指輪型の収納魔道具を持っていて、そこから大量の塩や穀物を出していた。あれは神級の魔道具だろう」


 エルフ温泉郷の女王マリエールはこの深淵大陸で知らぬ者はいない存在だ。悠久森林に巨大な異次元との扉が開いた時、空間を繋ぐ回廊に3000体もの巨大なゴーレムを率いて陣取り、這い出てきた魔神すら退けた。自らの故郷の危機すら顧みぬその献身と功績により『絶界』の称号を神々から与えられたエルフ氏族の大英雄だ。

 あの英雄から親愛の証ともいえる指輪を下賜されているという事は、単なる異世界の民兵ではない。取り込みたい何らかの能力か事情があるはずだ。


「まさか、異世界勇者なのか?」


 狩人のまとめ役であるポピーが恐る恐る声を上げる。異世界勇者が来たのなら、新たな魔王が降臨している可能性が高い。それは魔人族にとって喜ばしくない状況だ。今すぐ、全力で対策を講じなければならない。


「ポピー姐さま、その可能性は低いかと思います。サトシ様は異世界での生活に困窮され、生活を立て直す為に民兵に応募したようです。異世界勇者様方は神託を受け、異世界より強制転移によりやってくるらしいので、サトシ様には当てはまりません」


「ラナ、そこまで詳細な事情をどうやって聞き出したんだ?初対面のニンゲンでしょう?あいつらは猜疑心が強く薄汚いし」


 魔人族の領土に侵入しようとする、東の国のニンゲンを監視するのは狩人たちの役目だ。ポピーは怪我や病気を装って、不意打ちを仕掛けてくるニンゲンとしか遭遇した事がない。


「針で興奮剤を打ち込んで理性を飛ばそうとしたのですが、マリー様のゴーレムに邪魔をされてしまいました。サトシ様は何やら勘違いされたようですが。幼児たちが押しかけてきた隙に、弛緩作用のあるお茶を出しました。幼児たちに菓子を食べさせてあやしながら、ずいぶんと沢山の事を聞かせて……姐さま方、どうかされましたか?」


 ダリア、アネモネ、ポピーといった里にいなかった面々が、呆然と口を開けてラナを見ていた。


「いや、どうもこうも……」


 ダリアはそれ以上、言葉が出てこない。

 ラナは仲間にはとても優しい。育児班は出産経験のある者で構成されているがラナだけは特別だ。幼児たちに驚くほど懐かれて信頼されているし、皆が安心して子供を任せられる。しかし、その優しく慈悲深いラナが、ニンゲン相手だと一切容赦をしない冷酷な死神となる。

 かつて、夫婦と娘2人の家族を装い釣り餌となり、魔人族に手助けを求めて騙すニンゲンの大規模奴隷商がいた。ダリアが捕まえたその奴隷商一味は許しを乞い、命だけは助けて欲しいと泣き叫んだ。しかし、ラナはまるで夕飯にする鳥を捌くように、奴隷商一味240人の首を魔力刃で切り落とした。あれ以来、ニンゲンの奴隷商が領土に近づいてくる頻度は劇的に下がった。

 だが、東のニンゲン国家との関係も悪化してしまった。魔人族は少数民族だ。数を減らしたとはいえ20万人の人口がいるニンゲンと戦争をすれば勝ち目はない。だが、ラナは苦言を呈する者たちを不思議そうな目で見て呟いた。


「20万人いようと全て首を切り落とせばいいだけですのに。おかしな姐さま方」


 かつて深淵大陸にて隆盛を誇ったニンゲン至上主義の国々。しかし今は東の端に都市国家がいくつかあるだけだ。背筋が凍るほど美しい顔で小首を傾げていたラナは、まさに大国をことごとく滅ぼした『国崩しラクス』の血筋だった。

 そのラナが頬を赤く染め、慈しむような笑みを浮かべて、目を潤ませながら愛おしげにニンゲンの事を語っている。

 武神様の同行者で異世界人いえどあり得ない事だ。


「ラナや、お主はサトシ殿に惚れたのか?」


 見かけは童女のようだが魔人族の長老であるルピナスが口を開く。普段は住民のまとめ役をしており、医療班を率いている。口調は柔らかく優しい。


「ルピナス様、誤解されては困ります。サトシ様には大恩を受けた対価として接しました。わたしはあくまで里のそして魔人族の利益となるように、親しく接しましたが、そういった感情は全くありません。大体、わたしがニンゲンにそういった感情を抱くなどあり得ないことです。まあサトシ様はニンゲンにしてはとてもお優しかったし、幼児たちも懐いていましたし、笑顔は可愛らしかったですけれど。我らに害意は持っておりませんし、異世界人ですし認めてさしあげる事もやぶさかではありません。あと、異世界の物語のお話をされる時に本当に嬉しそうな顔をされるのは、何だか良いなとは思いましたが、そう思っただけですので誤解されては困ります。それに、エルフ氏族や牛人族の複数の守り髪を貰っていたというのに、お口までしか経験がないんですよ?おかしいと思いませんか?おかしいですよね?あんな露骨に所有権を主張していながら、やる事をやらせてあげないなんて可哀想ではないですか!わたしでしたら毎日優しくしてさしあげますのに仮にですよ!仮のお話ですけれど、幼児たちにも優しいですし良いパパになると思います。えへへとりあえず3人ぐらいは欲しいですね。これでよくお分かり頂けたと思いますが、2度と誤解されるような発言はルピナス様といえどおやめくださいね」


 フンスーと鼻息荒く論破してやったみたいな顔をするラナ。途中からだらしなく鼻の下を伸ばして、ものすごい早口だった。最後だけキリッとした顔をしていたけれども。


「そうか、失言だったのうラナ。すまぬ」


「いえ、分かって頂ければ良いのですルピナス様。あとサトシ様はお料理もお上手です」


 ああ、これは惚れてんな。むしろベタ惚れだなというのがラナ以外の面々の共通認識となった。目配せをする長老に微かに頷くシェリル。


「うん、これで魔人族の現状は伝わったと思うが如何だろうか?質問や意見があるものは?ないようだな。細かい所は、それぞれの班で詰めていこう。最後に、12種族連合への橋渡しと見聞を広めさせる為、リズを派遣する事にした。ついてはラナを同行させようと思うが如何か?うん、反対意見はないようだな。来月、出発させるので、両名は準備と引き継ぎをしておく事。では、集会を終える」



 集会が終わり部屋に残ったのはシェリルとルピナスだけだ。


「まさかあのラナがのう」


 魔人族は個体としては強大な魔力や怪力を持つものが多い。その反面、長寿という事もあり繁殖能力は極めて低い。女性体として生まれ、そのまま他種族と番うこともあれば、男性体になり魔人族同士で結ばれる事もある。


「ゴーレムの運用と魔石の積極的な採集により、防衛線を強化して東とは縁を切りましょう。あの国は国崩しラクスの血脈に怨讐を抱いております。良い縁は築けないでしょう」


 里にいるラクスの血脈は、すでにラナとミスティのみだ。それでも、あの国はラクスの血脈を愛玩奴隷に堕とす妄執に取り憑かれている。今回の塩の不足で対価として大量の魔石を要求したのは、魔人族を疲弊させ、最終的にラナとミスティを差し出させる目的だったのだろう。

 ミスティは弟子を育て上げたら、別大陸に出奔すると公言している。あの子は神域まで達した隠蔽魔法の使い手だ。ニンゲンが捉える事など出来ない。


「サトシ様は少し頼りないですが、その性根は善性です。ラナに頼まれたら見捨てられないでしょう。肉体を使った戦闘能力もかなりのものに見えました。良い機会かと思います」


 ラナも東の連中の手に届かない場所に行かせた方がいい。あの国に12種族連合に手を出すような力はない。


「そうじゃな。あの子も広い世界を見る時期に来たのだろう……それにしても、あそこまで惚れ込むとはのう。金のネックレスに赤い宝玉をつけて渡したとは真か?」


 ルピナスは希少な薬の原材料を採集していて、見送りの場には参加できなかった。


「はい、自ら首にかけておりました。あの子の無邪気な満面の笑みなど初めて見ました」


 3代前の異世界勇者に恋をした魔人族がいた。魔王を倒して異世界に戻る勇者に、赤い宝玉がついた金のネックレスを贈り、必ず会いに行くと約束し、ついには次元の壁をこじ開けて、異世界にて結ばれた逸話がある。


「ニンゲンに首刈り魔女とまでに畏れられたあの娘が、ニンゲンの首に愛の証をかけるとは。これまた重すぎる女になったものだのう」


 魔人族でもかなりドン引きされる風習であり、実行する者などほぼいない。


「我らも世界と新たな関係を築く時代になったのかもしれません」


 ラナがそのきっかけになってくれれば嬉しい。魔人族の長老と族長は、あの恐ろしく強く優しい娘に、笑顔満ちる未来あれと強く願った。






「ねえ様?どうされたの?」


 ラナはその言葉に我にかえった。幼児たちが皆んな不思議そうに見ていた。


「ごめんなさいね、少しお祈りをしていたの」


 幼児たちが顔を見合わせて、くすぐったそうに笑い賑やかにはしゃぎ出す。


「ねえ様!サトシの事でしょ!」「すごく綺麗なお顔でお祈りしていた!」「サトシ、次いつ来る?ねえ様がお嫁さんにするの?」「ぼくも!ぼくもサトシに赤ちゃん産んで欲しい!」「ねえ様もお母さんになる?わたし、ねえ様の赤ちゃんのお世話たくさんする!」


 幼児たちのあまりにも暖かな想いがラナの体を包み、多幸感に涙が溢れそうになる。


「ありがとうみんな。でもサトシ様はニンゲンだから女性体にはなれませんよ」


 その言葉に驚愕して、またはしゃぎ出す幼児たち。生きる以外の事で楽しめる、とても幸せな光景だと思う。


「待っていてくださいねサトシ様。お高く止まっているエルフどもや牛人どもではなく、このラナが幸せにしてさしあげますからね」


 あの柔らかい笑みと大きな体を思い出し、ラナはその傾国の美貌を蕩けさせ呟いた。


「なんだか寒気がするなあ」


「サトシ大丈夫?薄着して寝たんと違うの?」


「風邪をひいているようには見えないですが」


「あ、僕は風邪をひいた事がないので大丈夫だとは思います。何だか食べられるような?そんな感じがして」


「なんやのそれ?変なサトシ」


「勘でしょうか?その感覚は大事にした方がいいですよ。サトシは女難の相が強すぎますから」


「もう、怖い事言わないでくださいよアンジェリカさん。こちらでは優しい女性にしか会った事ないです(なお、メイド長は除くものとする)」

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