愚か者、港町にて御伽話に謳われし武神と邂逅する
きちんと物語をまとめる人たちってすごい
改めてそう思った
潮の香りが微かに混じる春風が吹いている。
満天の星空の下、とんでもない事になっちゃったなと、大山サトシは全身を冷や汗まみれにして立ち尽くす。
どうしてこんな事になっているのかさっぱり分からないが、ため息を吐く余裕すらなく、両腕を前に突き出し構える。
夜明けを迎える事が出来るのだろうかと考え、その思考すら無駄だと思い、雑念を捨てる為に深く深呼吸をして前を見据えた。
サトシが所属する江崎隊は、サーシャのライブツアーの護衛任務に従事する為、エルフ温泉郷より出撃した。
改装されたドーリーには、サトシと民間志願警備員の仲間5名に加え、新たに護衛対象である王女サーシャとメイド2名。
さらに、温泉郷戦士団に所属するエルフの双子と牛人族の介護士が乗り込んでいる。
サーシャのライブセットや衣装、ライブスタッフ40名と護衛隊80名を乗せた巨大な魔道装甲車2台がドーリーを挟むように並走。
さらに、温泉郷評議会と契約し、索敵と護衛任務についている高ランクの冒険者や傭兵が乗り込んだ高機動装甲車6台が、ドーリーの前後を守るように走っていた。
一行はエルフ温泉郷から南に進み、ドーリーで3日の位置にある港町に向かっている。
その町の郊外にある丘に設置された、海を見下ろす特設ステージで、サーシャの慰問ライブツアーの初日が行われる予定だという。
「サトシ、マリーを怒らせたの?悪いことしたの?ボクは謝った方がいいと思う!師匠として一緒に謝ってあげようか?なにせ師匠だし!」
自称師匠で同僚のジュリアが腕を組みながら、小さな体を一生懸命逸らして師匠ムーブをかましてくる。
昨日からドーリーに搭乗する事になった、牛人族のマリーは温泉郷でサトシが治療してもらった後、すごくお世話になった介護士だ。
介護士になる前は、かなり高名な冒険者だったらしく、小柄ながらも巨大な2丁の戦斧を小枝のように振り回し、大量のエネミーを反撃すら許さず殲滅する戦闘力の持ち主だ。
マリーによる戦闘訓練は、ニコニコ笑いながらもかなりエゲつなく厳しい内容で、可愛がりされてしまう事もあるが、基本的にものすごく優しい。
なにせ、サトシが入院中は朝ごはんをあーんして食べさせてくれていたし、毎日丁寧に清拭もしてくれた。
サトシが魔法使い歴7年を超えるプロフェッショナルじゃなければ、勘違いするレベルで優しかった。
そのマリーのご機嫌が、サトシと話す時だけ何だかよろしくない。
他の仲間たちにはいつも通り、ほんわかした優しいお姉さんという接し方だ。
今も昼食後にジュリアと仲良くおしゃべりしながら、お茶を楽しんでいる。
「サトシさん、なんやの?そないに見つめてきて。なんか用事あんの?」
ツンとした顔で冷たくそう言われ、サトシは少し落ち込んでしまう。
「いえ、なんでもないです……すみません……」
その反応が気に入らなかったらしく、ますます不機嫌な顔になるマリー。
「そやな、サトシさんはウチみたいな背の小さいもんと話すより、サリーやアイシャ様みたいな背の高い美人と『仲ようお話』する方が好きやもんなぁ」
マリーの冷えた声の呟きに、サトシの全身から汗が吹き出す。
「サリー?誰なの?サトシはまた新しい女の人に手を出したの?イケナイと思うなボクはそういうのイケナイと思う。師匠としてそう師匠としてね」
いつもは星が煌めくような、自称師匠の大きな瞳がドス黒く濁っていく。
街に出ていたジュリアは、温泉郷を出る直前に戻ってきたせいか、サリーには会っていない。
まずいこれはまずい流れになってきたと、鼓動が早くなる。
「サリーはウチの親友なんよ……サトシさんの大好きな背の高い美人なんよ……しかも娘のマーヤちゃんまで」
「サトシ?また人妻に手を出したの?しかも親子なの?サーシャとマリエールのエロフ親子を一緒にハーレム入りさせる伏線なの?」
無表情で問い詰めてくるジュリアに怯えながらも、またってなんだよと思う。
サトシはハーレムや人妻どころか、女性と致した事すらないというのに。
「ちゃ、ちゃうんです」
焦りすぎて言葉が出ず、何故か関西弁が出てきた。
サトシは硬い床に正座をさせられて2人から尋問を受ける事になり、冷や汗が止まらない。
マリーの友人のサリーから手当たり次第に女性に手を出していると疑われて、温泉郷中を追い回された事。
途中で遭遇した、休日らしく華やかな装いの義勇団4番隊隊長のアイシャが仲裁に入ってくれた事。
何故か3人でお茶を飲むことになり、駄目だしをされ続け、泣きたくなるレベルの言葉を浴びせられた事。
ドーリーに戻ってくる途中、きちんとエスコートしなさいと言われて、追撃の駄目だしをされながら戻ってきた事。
それだけで何にもしていない事を、サトシは必死に訴えた。
本当はサリーとアイシャから、絶対に誰にも話すなと約束させられた事があったけれど、必死に隠し通す。
なにせ内緒にしている内容を知られたら、稽古という名目の可愛がり確定なので。
何か身につけるものを渡されなかったかと聞かれたので、2人から別れ際に手首に巻きつけられたものを見せる。
サリーから貰った赤いミサンガと、アイシャから貰った複雑な紋様の刺繍が入ったハンカチだ。
それを見たマリーとジュリアは難しい顔をして、小声で何かを話しだした。
内容が気になったサトシが聞き耳を立てると、ものすごく嫌な顔をされて叱られてしまう。
「サトシ、ダメだよ!レディのナイショ話は聞かないフリをするのが嗜みだよ!デリカシーないのはダメ!」
「そやで。まぁ今回は許したげるさかい、次からは気ぃつけるんやで。それと気軽にプレゼントもろたらあかんよ」
ミサンガはサリーが右手首に結びつけてくれたものだし、ハンカチはアイシャが左手首に巻きつけてくれたものだ。
サトシが受け取ったわけではないと主張しようとしたが、何だか言ってしまうと更に良くない事になるような気がして、神妙な顔で頷いておく。
この場はそれで収まり、マリーもいつも通りに話してくれるようになった。
一行はほぼ予定通り17時過ぎに、本日の目的地である12種族連合が運営する運送会社『クロドラ』の配送拠点に到着。
「人類の生存圏全てに迅速に配達」を企業理念としているだけあって、分厚く高い2重防壁に囲まれた広大な敷地には、見えるだけで10棟もの巨大な倉庫が並んでいる。
倉庫が立ち並ぶ敷地の奥に、宿泊施設や休憩施設も整備されていて、旅人たちの休息地点にもなっている。
これでも拠点としては小さな方で、クロドラドーム5個分程度の敷地だが、中核拠点となると小さな町くらいの規模になるという。
クロドラドームとは、この異世界での大きさを例える基準となっているクロドラの本部に併設されている施設らしく、サトシ達の世界での帝都ドームのような存在らしい。
「サトシ、クロドラドームは色々と凄いぞ。サーシャ姫さまのツアー千秋楽2daysの会場だしな。我らが直々に案内してやろう」
「流石はシア、クロドラドームマスター。サトシ、案内料身内価格にしてやるから感謝するの」
サーシャはライブを開催する場所以外では、ドーリーから降りないという事なので、朝食と夕食はドーリー内のリビングに集まって済ます。
朝食と昼のお弁当はサトシとサキが作り、夕食は持ち回りとなっている。
大皿に山のように積まれた鳥の唐揚げをモリモリと食べながら、双子エルフのシアとミアが色々と教えてくれてた。
「う、うん、シアとミアはそのクラドラドームに詳しいんだね。楽しみにしておくね。あと、野菜も食べなきゃ駄目だよ」
今夜の夕食当番である双子が作った唐揚げはよく出来ていた。
塩とニンニク醤油の2種類が用意されており、どちらもサクサク系の衣からジューシーな肉汁が溢れてくる。
「サトシは愚かなの。エルフは唐揚げで必要な栄養素の全てを得ているの。無知は罪なの」
「流石はミア、唐揚げマスター。唐揚げをすべしモノだ。我らはクラドラドームの大先生だからな、楽しみにしておけよ」
「そんなわけないでしょ。せめてこっちのりんごサラダも食べてね」
ただ、2人はそれ以外は作れないらしい。
ライブを控えたサーシャは脂質と炭水化物の摂取を必要量のみにしたいという事なので、サトシがササミの湯引き、セセリと野菜の串焼き、鳥蕎麦やサラダを用意した。
そのお姫さまは、サトシの左隣で長い耳をピコピコさせながら、ご機嫌に料理を味わっている。
「旦那さま、申し訳ありません。料理が出来るメイドを乗せるべきでした。明日の朝、魔道装甲車から呼びますね。それにしても、旦那さまのお料理は美味しいです。わたくし、大好きです」
至近距離で蕩けそうな可憐な笑みを向けられ、思わず唾を飲み込む。ライブ直前という事もあり、磨き上げられた肌や髪には光り輝くような艶がある。
「だ、大丈夫ですよ。朝食を作る時に下拵えをして、簡単に作れるようにしておきますから」
ほぼ毎晩、サトシのベッドに潜り込んできて一緒に寝ているというのに、起きて顔を合わせるとサーシャの可憐な笑みに見惚れてしまう。
その反応に満足げに耳をピンと伸ばして、サーシャは少しドヤ顔になりながら、ジュリアの様子を伺う。
サトシの右側に座るジュリアはモリモリと山盛りご飯と唐揚げを爆食中だ。
いつもなら、サーシャにすかさず噛み付くのに、平然と美味しそうに食事を味わっている。そんな口喧嘩相手の様子に怪訝な表情になる。
その視線にやれやれとばかりにお茶碗を置き、ぐいっとお茶を飲み干したジュリアは、これみよがしにため息を吐く。
「はぁこれだからエロフプリンセスは。まだ、そんなステージにいるの?サトシの左腕に気付いていないんだね。ボクはすでに次のステージでの対策を練っているからね!」
こちらもドヤ顔になり、爆食を再開する。
それを聞いたサーシャは失礼しますとサトシの左腕に手を触れ、赤いミサンガを発見して顔を近づけ目を閉じて匂いを嗅ぎ出す。
まるで腕にキスをしているかのような様子に、体が硬直してしまう。
「これは糸ではなく髪で編まれていますね。この香りは何処かで……豊穣祭?そう豊穣祭の奉納舞で歌った時に……赤い髪……豊穣祭……まさか、牛人族の踊り巫女のサリー様?でもこの香りは確かにサリー様の髪の……旦那さま?」
目を開いたサーシャからは可憐な笑みが消えてなくなり、まるで人形のような無表情になっている。
精巧な人形のように整っている端正な顔から表情が消えると、凄まじい迫力がある。
その上、サトシの左腕を骨が軋むような力で握りしめてくる。細くしなやかな指からは信じがたい程の握力に、恐怖が湧いてくる。
「旦那さま、サリー様の美しさに見惚れるのは許します。とてもお美しい方ですから。わたくし、これでも寛大な方だと自負しておりますし、旦那さまを独り占めする気はありません。エリナ様やマリー様とは上手くやっていける自信はありますし、不本意ながらジュリア様は認めます。しかし、お母様だけは許しませんし、人妻はトラブルになりますからお辞めください。サリー様は踊り巫女として、世界中にファンがおりますし、ご結婚されて娘さんもいらっしゃいます。旦那さまの好みではあってもご遠慮下さい。それと先程からシアとミアを呼び捨てにしているのはどうかと。あの者たちはわたくしの娘同然です。手出しは無用に願います」
「わ、わたしを入れないでくださいまし!サーシャ様!」
「エリナ様、こういう事ははっきりとさせておかねばなりません。後から、刃傷沙汰になる事もあるのですから」
感情を込める事なく滔々と話し続けるサーシャに、エリナが顔を真っ赤にしながら詰め寄るが一蹴。
サトシの掴まれた左腕にサーシャの指がめり込んで、ミシミシと音がする。必死に氣を集中して防御するが、じわりじわりと食い込み続けてくる。
仲間に助けを求め視線を飛ばすが、ユウキは顔を真っ青にして洗い物に立ち、サキとセイラはいつも通りイチャイチャしている。ジュリアはご飯のおかわりをよそい、エリナは真っ赤になり俯き何事かを呟いていた。
「姫さま、奥さんは沢山いた方が良いの。サトシのエゲツないから5人くらいじゃ無理なの」
「そうだよ姫さま。想像の遥か斜め上くらいにえっぐいよ。それに子沢山になると10人はいないと体が持たない」
「姫さま、牛人族の男性はパートナーが産んだ子なら誰の種だろうと気にしませんよ。種族全体にそういう概念が薄いですから揉め事にはなりません。子が生まれるのは喜ばしい事だという風潮がありますので」
双子とメイド長から助け舟が入り、サーシャの指の力が緩む。
「サーシャ姫様、ミリアメイド長様のおっしゃる通り、牛人族にそういう概念は希薄です。強い雄の子を産むのは誉れという風潮があります。雄も誰の子か気にするものはほぼいません」
マリーの言葉に張り詰めた雰囲気が無くなり、サーシャから癒しの魔力が流れ込んできて、左腕の痛みが消えていく。
可愛らしく頬を膨らまして、上目遣いで睨んでくるすごく可愛い。
「旦那さま、許してあげようと思いますが、そろそろ言葉遣いを改めてください。わたくし、寛大な方ですが、娘同然のこの子たちより下に置かれるのは許せません。それと、お母様だけは許しませんからね!」
つまり、サーシャを呼び捨てにして普通に話せという事かと察するが、なかなかハードルが高い。
「姫さまはエルフには珍しく、男を立てるタイプだぞサトシ。テイシュカンパクとかいうのだガハハ」
「私たちが色々教えてあげるの。身内料金でレクチャーしてやるの」
「ボクたちも!ユウキだけ呼び捨てにしてズルいよね!そろそろ、気安く話してくれてもいいよね!」
双子がニチャアと笑い、ジュリアが瞳を煌めかせながらそう言ってくる。
「うん、わかった。これからはそうしま……そうするねサーシャ、ジュリア」
サーシャは子供のように嬉しそうな満面の笑みを見せてくれ、ジュリアはムフーとドヤ顔になる。
2人が喜んでくれているのが嬉しくなり、サトシも笑みが溢れる。
サーシャから怖い雰囲気が無くなったので、懐のハンカチを取り出して汗を拭う。
「おや?ダンナ様、そのハンカチはなんですか?我が家に伝わる殿方への安全祈願の刺繍が施されていますね。この複雑な紋様はアイシャの手によるものでは?あの子は昔から器用でしたからね」
メイド長の言葉に再びサーシャの眼が座る。
どうして余計な事を言うのかと、サトシがミリアを恨めしげに見ると、口元が小馬鹿にしたように吊り上がっていて、この人タイミング測っていたなと察する。
そもそも、サリーとアイシャからは人としての尊厳が失われるレベルの、激しいダメ出しばかりされたというのに。
これはあかんかもしれんねと、サトシは睡眠時間が短くなる事を覚悟した。
翌々日、サトシの精神と肉体が消耗する多少のトラブルがありつつも、一行は無事に港町ボートビアードに到着する事が出来た。
大陸から突き出した半島に囲まれた湾に面しており、沢山の船が寄港する海上輸送の拠点となっているそうだ。
「サトシ、ここは3つの街に分かれている。海に面した港、倉庫区域と行政区域、高台にある商業区域と住宅区域に分かれているんだ」
「私たちは住宅街から少し離れた、郊外の丘にある特設ステージ裏にある宿舎に滞在するの」
「すごく大きな港街だね。シアとミアはこの街にも詳しいの?」
双子は顔を見合わせた後、不敵に笑う。
「私たちは初めてきたの。海鮮料理が楽しみなの」
「去年までここは別の護衛隊だった。初めての街だからワクワクしている」
初めてでどうして自信満々なのか、サトシにはよく分からないが、何となく頼もしくはある。
ステージが設置されている会場は楕円形になっており、それを横向きに使うらしい。
夕暮れが迫る中、ライブスタッフ達が忙しく魔道装甲車からセットや機材を運び出し、会場裏手にあるバックステージから搬入している。
冒険者や傭兵達は、サーシャのライブが終わるまでは休みらしく街に滞在するそうだ。
「どういう事です!旦那さまが宿舎に入れないとは聞いておりません!わたくし、旦那さまとご一緒でなければ眠れない体にされてしまったというのに!」
ドーリー後部の倉庫にて、補給する物資のリストを双子と一緒にチェックしていたら、外からサーシャの大きな声が聞こえた。
なんだかとんでもない事を叫んでいる。
「ひ、姫様、落ち着いてください。宿舎はセキリュティの観点から、男性は入れないようになっています。姫様と同室にメイド長ミリア様と使徒セイラ様、前室にナージャ様と青山サキ様。扉前に戦士団2名、館内に派遣されたロイヤルガーズ24名が歩哨として配置されます。これは事前に決まっております。どうかご理解ください」
外を覗くと警備責任者である護衛団の団長が、必死に主を宥めている。
サトシも事前に聞いていた通りの内容だが、サーシャには話が通っていなかったようだ。
宿舎は3階建となっており、1階には食堂や浴場に会議室があり、2階と3階に宿泊する部屋が設置されている。
2階にはライブスタッフが泊まり、3階にサーシャ達と護衛隊が泊まる部屋がある。
サトシ達の部隊からは、エルフ達から絶大な信頼があるセイラと、叡智のギフテッドを持っているサキがサーシャの側で護衛につく。
「わたくし、旦那さまに抱きしめて頂かないと、眠れない体にされてしまったのです!喉やお肌にも影響が出てしまいます!変更をお願いします!」
サーシャは温泉郷に滞在している間、ライブの準備やリハーサルの為、サトシ達の宿舎に来ない日もあった。その日は王宮で眠っているはずだから、明らかな嘘である。
「サトシ、毎晩、姫さまと楽しんでるみたいだな!見えるところに跡はつけんなよ!ガハハ!」
「ライブを控えた姫さまを貪り、歪んだ征服欲を満たすとんでもないヤツなの。きっとライブ終わりは衣装を着せたままなの。けしからんヤツなの」
双子がニヤニヤ笑いながらからかってくるが、もちろんそんな事はしていない。
サーシャやジュリアと一緒に眠ると、サトシは何故か深い安心感に包まれて爆睡してしまう。
朝起きると体の一部がとんでもない事になってはいるが。
宿舎周りに待機している護衛隊やメイド隊から、軽蔑するような視線が飛んできて、サトシは居た堪れなくなる。
「サーシャ、僕はドーリーで待機しながら宿舎の防衛に付くから。お願いだから、ミリアやセイラと過ごして」
慌ててドーリーから飛び降りて、近くまで駆け寄り説得をする。警備責任者の女性から、どうにかしろと凄まじく強い視線で睨まれた。
「旦那さま!ジュリア様だけでなく、わたくしの代わりにエリナ様やマリー様をベッドに招いて過ごすおつもりですか!?わたくし、寛大な方ですが仲間外れは嫌です!」
頬を膨らませたサーシャが、子供のように地団駄を踏み叫ぶ。
そんな事してんのかこいつという、無数の軽蔑の視線が矢のように飛んでくる。
「ジュリアは宿舎の屋上で警護隊と備えるし、マリーはゴーレムたちを展開して、ドーリーで警戒任務だよ。僕はユウキとエリナと3人でドーリーに待機して宿舎を守るから」
周りにも聞こえるように、サトシは大きな声で必死にサーシャを説得をする。
隣に控えているメイド長は目を伏せてはいるが、口の端を吊り上げている。この人楽しんでやがると怒りが込み上げてくる。
「仕方ありません……今回は我慢しますが、次からは許しませんからね!では旦那さま、ハグをしてください。いつものようにおやすみなさいのハグを」
サーシャは可愛らしく両腕を広げるが、そんな事やった事ないだろうと思いながらも、針のむしろ状態から一刻も早く逃げ出したくて、サトシは恐る恐る抱きしめる。
暖かく柔らかな体と圧巻の質量を押し付けられて、両腕が首に絡みつく。柔らかな甘い香りに力が抜けそうになる。
「旦那さまの体はおっきくて安心します!」
サーシャは蕩けそうな甘い声を上げ、首筋に顔を埋めた後、艶かしい表情で囁いてくる。
「……旦那さまお気をつけください。護衛隊の一部から旦那さまを遠ざけたいような意思を感じます。こちらはミリアとナージャがおりますので大丈夫ですが、旦那さまが心配です。害意はあまり感じませんが、マリー様から決して離れないようにしてください。お願いします」
周囲からは甘えているようにしか見えないよう振る舞い、警戒するよう促してくる。
警備責任者は少し距離を取り、顔を赤くして視線を逸らした。
「旦那さま、わたくしのお尻に触れてください。早く」
囁くような小さな声で叱咤され、震えながら手を伸ばす。張り詰めつつも柔らかな感触に、サトシの心臓の鼓動が速くなる。
「あぁん!いけません旦那さま!皆が見ております!わたくし、恥ずかしいです!外では許してくださいませ!」
サーシャが媚びを含んだ嬌声を出し、メイド長が手を振ると集中していた視線が無くなる。
「この後、ミリアと一緒にドーリーに戻り、指輪とチョーカーを受け取ってください。それを肌見離さずに持っていてください。アルスとアイシャから受け取った腕輪とハンカチも、必ず身につけてくださいね。ハンカチは心臓の上にくるよう、懐の内ポケットにお願いします。ご無事を心よりお祈りしております」
ふわりと柔らかな感触が唇に触れる。
耳まで真っ赤になったサーシャは体を離し、ナージャを従え宿舎の中に入っていく。
「ダンナ様、明日の打ち合わせがありますのでドーリーに参りましょう」
その声に我に返ったサトシは、ふらふらとした足取りのままドーリーに向かって歩き出す。
すごく柔らかかったし、すごくすごいふるふるしていたし、意識が無くなりそうな位いい香りがした。
街中で目に入るカップルが、チュッチュしているのを見て、人前でするなと僻んでいた過去の自分を張り倒したい。こんな素晴らしいものなんて知らなかった。これまでの無知な日々に別れを告げ、新たなる輝かしい毎日が待って痛い痛い何だかお尻が痛い
「ミリア、どうして僕のお尻を蹴っているの?」
メイド長が長い脚でサトシのお尻をバシバシと蹴っていた。
「ガキみたいなキスされたぐらいで、いつまで浸ってんだよダンナ様。身の危険があんだから気合い入れろ気合い!生死の狭間なんだぞ。チョーカー巻いてやる」
白銀に輝くチョーカーを首に巻くため、体が近づいてくる。濃密な甘い香りがして、思わず唾を飲み込む。
「いいかダンナ様。こいつは切断と損壊を防ぐ為の魔道具なんだ。付けている感触ないだろ?皮膚に一体化するもので効力は約1年だ。首を落とされんのがいちばんヤベェからな。……なんだ?姫さまにキスされて盛ってんのか?生き残ったらいい事してやっから我慢しろ」
何という事を言うのかとサトシは憤りを感じる。
そういう叡智な感情は全く全然さっぱりなくもっと精神的な繋がり的なアレであり、いい事って何なんだろう。別に全く全然一切興味はないけれど挙動不審になってしまう。
「この指輪は肉体再生を加速させるもんだ。左手を出しな。よし、拳を握れ。違和感ないな?よし、後はアルスからの腕輪の説明は受けてんな?そいつは大抵の魔力攻撃を弾くから、絶対に外すな。アイシャのハンカチは、あの子が魔力を込めて刺繍したもんだ。物理攻撃の大半を減衰させる効果がある。頭と首と心臓が無事なら魔法で命は救えるし、四肢もなんとかなる。絶対に死ぬんじゃねえぞ!」
ドン!と胸を拳で叩かれるが、衝撃が吸収されているようで痛みすらない。
「この腕輪とハンカチ、そんなにすごいものだったんだね……つぎに会った時にお礼言わないと」
何でもないように渡してくれたものだが、どちらもサトシの身を守る強力な宝具だったようだ。
それはそうとミリアの体が近すぎる。意識しないようにするが、なにせ雄大なブツが触れているものだからそれはもう大変である。
「礼なんか必要ねえから、元気な姿を見せてやれ。死地ばかりのあたしら温泉郷のエルフにとって、それが最上の土産だからな……はぁ、これだから男は仕方ねえなあ……こんな時に盛りやがって……アイシャの口はすごかったろ?まだ戦時中にあたしが仕込んだんだ。あの頃は全滅するか、バラバラに買われるかの瀬戸際だったしな。生き残ったらもっとすごい事してやるから、今は我慢しろダンナ様」
「な、何の事でしょう全く全然さっぱり意味が分からないですはい」
だってアイシャからは絶対に内緒にしろと言われたし、漏らしたら去勢するとまで言われたし怖い。
「あのハンカチは魔力で満たした髪の毛を使って刺繍してんだ。旅の安全を祈る魔道具というだけでなく、この雄は自分のだというマーキングなんだよ。経験ない姫さまですら気づいてんぞ。それから、サリーさんに貰ったそのミサンガな。それも似たような意味だから全部バレてんぞ」
サトシの思考が停止する。全部バレているって事は、全部バレているって事でもう駄目なのではと思う。
「あきませんやん……」
「許してもらっている内に覚悟キメな。順番だけは間違えんなよダンナ様。ジュリア様、姫さま、エリナさん、マリーさんの順番だ。あたしらはその後だからな。そこ間違えたら刃傷沙汰まっしぐらだぞ」
なにそれこわい。
さらっと言われたが、ミリアからロックオンされているのも怖い。
怖いが逃げ出すわけにはいかない。そもそも、サトシに逃げる場所などないけれど。
「サーシャや皆んなは大丈夫なのかな?」
「そこは安心しろ。警護隊に横槍を入れられる立場の者は限られているし、誰がやったかも分かっている。理不尽な事をされる方ではない。あちこちの種族とのしがらみで、ダンナ様の事を試しに来るんだろう。ただ、甘い方ではないからな。気合い入れてけ」
なんだかもの凄い人に試される事になるらしいと思い、サトシは気持ちを引き締める。
「あたしは宿舎に入る。かなり強い結界を張るから、朝まで介入出来ないし、ジュリア様も屋上から出られない。万が一の時はマリーさんを頼れ。あの方とは強い縁があるからな。くたばんなよダンナ様」
去っていくミリアを見送り、ドーリーの主砲室に向かう。
「エリナ、ユウキ。何だかすごい人が、僕を試す為に来るみたいなんだ。温泉郷の関係者らしい。危害を加えるような人じゃないらしいけど、ドーリーからは出ないようにしてね」
操縦室のユウキと、後部の機関室にいるエリナにそう告げる。
「サトシ、ダチがピンチになったら俺は迷わずポチで突っ込むぜ。この前みたいなのは2度とごめんだからな」
「わたしは機関砲をぶち込みますわ。あの時、何も出来なかった自分を許せませんから」
即座に帰ってきた言葉にサトシは胸がいっぱいになる。たった1ヶ月しか共に過ごしていない関係だというのに、そこまで言ってくれる事が嬉しい。
絶対に巻き込まないようにしないといけないと決意する。
主砲室のロッカーから戦闘用装甲を取り出し、補助服の上から身につけていく。
貸与されているサブマシンガンと大口径ショットガンに目をやるが、サトシの力量では当てられないと判断して大振りの戦闘用ナイフのみを装備する。
アルスから貰った腕輪、アイシャから貰ったハンカチ、ミリアを通じてサーシャから貰った指輪とチョーカーを確認する。
最後に水を一口飲み、前方にあるハッチから飛び降りた。
サトシの体調は完璧に整っていた。
温泉郷から出撃して3日の間、ジュリアとマリーからは防御の技術を徹底的に叩き込まれ、何とか及第点をもらう事が出来た。
あのアークデーモン戦以来の実戦になるかもしれないのに、落ちつけているのが不思議だった。
「サトシ、すまんなぁ。うちでは守り切れへんかもしれへん」
背後から声がかかる。振り返ると7体の人型ゴーレムを従えたマリーがいた。
巨大な2丁の戦斧を携えている。
あのエンジェル種の大群からの防衛戦でさえ身につけていなかった、重装甲を身につけている。
いつもはほんわかした柔らかな表情は引き締まり、珍しく緊張しているようだ。
「ミリアがマリーに縁のある人が来るって言っていたけど、そんなに凄い人なの?」
「こっちの世界の伝説なんよ。ジュリアちゃんのお母様と同じく4英傑の1人や。うちの亡くなった実母と友達やったみたいなんよ。今は母親代わりにようしてもらってる。けど、甘いお人やないからなぁ」
「死なないように頑張るよ」
「うちのゴーレムを4体を預けるさかい。この子らもその人が用意してくれた子たちやさかい、気休めにもならんかもしれんけどな。3号、4号、5号、0号、サトシを守るんやで」
7体のゴーレムのうち、3メートルを超える3号と4号と呼ばれた、大きな盾を持った個体がサトシの両脇に立つ。
2メートル程度の5号が背後に立ち、1メートル程度の0号が正面に立つ。
「ありがとうマリー。3号、4号、5号、0号、皆んなよろしくね」
マリーとゴーレムたちに頭を下げる。
このゴーレムたちは何だか感情を発しているような気がする。まるで生きているかのような動きをすることもあるので、サトシは人と同じように対応している。
その様子に嬉しそうな笑みを浮かべたマリーが、3体のゴーレムを引き連れて駆け出した。
「ほなな、生き残るんやでサトシ!朝まで生き残れたら、サリーよりもっとすごい事したるさかいな!」
その言葉に顔が真っ赤になる。すごい事って何なんだろうとドキドキする。
深く深呼吸をし、早くなった鼓動を落ちつかせる。
しばらくすると、前方で夜空を切り裂くような轟音が鳴り響く。
金属同士を叩きつけるような音が連続して鳴り響き、空高く土煙が舞い上がっている。
少しの時間で収まり、サトシが前方に目を凝らしていると『其れ』はゆっくりと歩いてきた。
白いワンピースを着た小柄なエルフに見える。
女性らしい華奢な体に、腰まである艶やかな明るい茶髪が夜風に靡いている。
小さな顔は可愛らしく、困り眉のせいかなんだか申し訳なさそうな表情をしているような印象がある。
魔力や闘気を一切感じない、まるで散歩をしているかのような足取りだ。
「こんばんは、風の気持ちの良い夜ですね」
柔らかで優しい声だった。
「こんばんは、いい夜ですね。名乗る前に失礼ですがマリーは無事でしょうか?怪我はありませんか?」
ゴーレム1号にお姫様抱っこされたマリーは、眠っているだけのように見えるし、装甲も破損していない。
サトシの問いかけに、笑みを深くするエルフ。笑い方がマリーそっくりで少しだけ驚く。
「安心してください。想定よりかなり強くなっていたので、怪我をさせないように眠ってもらいました。半時間もすれば目覚めます」
その言葉とマリーを優しく見る視線に、サトシは少しだけ安心する。
「そうですか。3号、4号、5号、0号。申し訳ないけどマリーを守ってもらえないかな?」
ゴーレムたちは迷っているような素ぶりだったが、0号が促すような仕草をすると、マリーを抱き上げている1号を中心に集まり、少し離れた位置に待機する。
「あなたはとても良い子ですね。名乗りが遅れましたが、わたしはアンジェリカと申します。温泉郷の付与術師ですが、12種族連合の相談役をしております」
12種族連合は自衛軍と協力して、人類の生存圏を確保している異世界最大最強の暴力装置だ。
その相談役という何だか偉い人が、わざわざサトシに会いにきたらしい。
「こちらこそ名乗るのが遅れて申し訳ないです。僕は大山サトシです。民間志願警備員としてこちらにやってきました。今は温泉郷のサーシャ王女の警備任務についています」
「サトシ様、サーシャ様の護衛について頂き感謝致します。そのような方にこういうやり方でお会いするのは心苦しいですが、様々な種族の様々な事情が絡み合い、致し方なく無理を通させてしまいました。お手数ですが、わたしと手合わせを願います」
深々と頭を下げるアンジェリカ。
特別な力は何ひとつ感じない。
ただの華奢な女性にしか見えない。
それなのに、あのマリーを傷ひとつなく眠らせる程の力の持ち主だという事実に、サトシの全身から冷や汗が吹き出る。
「サトシ様、全力でわたしに立ち向かってきてください。生き残れば、あなたの稀少なギフテッドを恐れている者たちを必ず納得させます。12種族連合筆頭指南役及び相談役『武神』アンジェリカの名において必ず」
そう言って柔らかく微笑む異世界最強の怪物に、サトシは立ち向かう事になった。
「やりました!わたくし、ジュリア様より先にやり遂げました!見ていましたかナージャ!わたくし、大勝利!」
「はい、、、はい?大勝利?何のことですか姫さま」
「何を言っているのです!口付けです!わたくし、ジュリア様より先に旦那さまの唇を頂いたのです!大勝利!サーシャちゃん大勝利!」
「お、おう、、、大勝利ですかそうですか。そのままの姫さまでいてくださいね」




